自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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お待たせしました。


団欒と龍と

 

 朝が来た。

 この島で、この世界で目覚めてから数えきれないほど繰り返してきた、しかしその中でも間違いなく一番特別で新鮮で、喜ばしい朝がやってきた。

 結局、昨晩は誰もあの三つ首ドラゴンの肉を食らうことなく床に就いた。

 どうやらあの手の化け物の肉というのは内に宿す魔力というものがあまりにも大きく、普通の人間が食べれば一発で気が狂ってしまうような代物なのだという。

 一応、食えるようにする方法もあるらしいのだが、それが熟成、つまりは時間経過によって自然と肉から魔力が抜けていくのを待つしかないのだとか。

 いつものように、日課の水浴びを行いながら私は思考に耽る。

 思うに、魔力とは生前の世界でいう毒に近いものなのだろう。つまりは適量であれば薬になるが、過ぎれば身体に害を成すもの。より巨大で、食物連鎖の上位にいるものほど内包する魔力が増えていくというのも、いわゆる生物濃縮のような現象が起こっていると考えれば理解もしやすい。

 下から上へ、内包する魔力の薄い個体を上位の者が大量に喰らい、そしてまたその上位者に食われる。牡蠣が食あたりしやすかったり、河豚が毒を溜め込んでいるのもこの生物濃縮という仕組みが原因だ。

 まあ、それでも(わたし)たちは例外なのだが。

 龍だけは、他から魔力を補うことなく、大気中の、否、世界という存在そのものから魔力を取り込み、燃料にすることができる。

 私が力を振るう時、肌を晒した方が火力が出たり、全身の紋様が発光するのはこれが理由であるのだが、しかし世界から魔力を汲み上げているとは言え当然ながら我々が世界よりも上位に位置している訳ではなく、借り受けている、といった方が正確だろう。

 世界から一時的に魔力を借り、そして龍が力を振るった後その魔力は世界に還る。

 まあ、そもそもが魔力の塊とも呼べる龍であるので、よほど未熟な状態でなければそうそう世界から魔力を借り受けることもないのだけれど。

 

「だーっ、お前ーっ!」

 

 そんなことを考えながら泉から上がると、少し離れた場所から大声をあげて駆け寄って来る者があった。

 肩まで伸びたくすんだ金髪に、モデル顔負けのスタイルを誇る美女。シエラは翼を振って水気を払う私を一目見るや否や、その負けん気が強そうな釣り目をさらに吊り上げてやってくると、手にした麻布、現代でいうところのバスタオルぐらいの大きさをしたそれを投げつけてきた。

 

「野郎だらけのところで何やってやがる! 早く隠せっ!」

 

 突然タオルを投げつけられて目が点になっていた私であったが、身体を私と小屋、つまりは昨日の一団が寝床として使っている辺りとの間に割り込ませて壁を作った彼女を見て、ああなるほどと呑気に手を叩き。

 

「ああ、いや、そうかそうか。そうだな、そうだったそうだった」

 

 そう言って、両の翼を身体の前に回して目隠しをしつつ、念のために渡されたタオルでも前を隠しながらそそくさと大樹の陰へと引っ込んでいった。

 そう、今の私はうら若い娘の身体で、朝早いとはいえもうそろそろ男衆も寝床から顔を出す頃だろう。荒くれどもに、今の私の裸体は毒以外の何物でもない。なのだけれど、どうにも男として一世紀近く生きた魂と、二十八年も人目を気にしない無人島生活を送っていたせいでどうにもそのあたりの機微に疎くなってしまった。

 いっそ婆さんのような姿をとってしまえば、いや、元が龍とかいう規格外であるので、老婆の姿であっても腐りかけの果実のような、鼻の奥にずしりとくるような色香を放ちそうで怖い。ならばいっそ、倫理観に訴えかけられる今の幼い姿のほうが都合がよいか。青い果実を貪りたがる変態(ろりこん)は古今東西、世界変わっても尽きぬだろうが。

 そうして手早く身体を乾かしいつもの一張羅を着込んで出ていけば、先ほどまで顔を真っ赤にしていたシエラは自分たちの船から鍋やら何やら持ち出して、泉の傍で炊き出しを始めているようだった。

 

「良い匂いだな。どれどれ、おお、これは美味そうだ」

 

 鍋の傍で匙を回す彼女の脇からちょいと中を覗き込んでみれば、どうやら中身は肉と野菜のスープらしかった。大人数に振舞うための大きな鍋の中には、角切りにされた白い鳥の肉に、人参とキャベツに似た野菜が浮かんでいる。透き通った鳥の脂が表面に浮かび、胃袋をくすぐるような甘い香りを立ち昇らせていた。

 

「お前、昨日あれだけ食っておいてまだ食い足りないのか」

 

 そう呆れ声で言うのは頭上のシエラである。

 というのも昨夜、魔力が濃すぎて食えないと誰もが遠慮した三つ首ドラゴンの肉であったが、その場で適応できる者が一人だけいた。

 私だ。

 魔力の濃いだの薄いだの、そのような話は龍にとって全く関係がない。どれだけ魔力を取り込もうと世界の一部である龍の許容量を超えるようなことはあり得ないし、その胃袋の強靭さは語るまでもないだろう。

 

「いいじゃないか。飯は皆で一緒に食った方が美味いというし、爺を一人除け者にするもんじゃあないよ」

 

「爺って、またその話かよ」

 

 涎を垂らす私に、シエラ嬢は呆れたようにため息を吐いた。

 こことは異なる世界。そこで生き、大往生した一人の男の生涯。そして誰もいない無人島で目覚め、二十八年生き延びてきた一人の娘の物語。そういった身の上話は、昨夜のうちに皆に語って聞かせていた。

 しかしこの無人島での出来事はともかく、こことは違う世界での話となれば流石に荒唐無稽に聞こえたのだろう、龍のする話は難しくていけないと早々に聞き流されてしまった。

 

「そもそも、アンタたちは自由自在に姿を変えるらしいじゃないか。男とか女とか、そういうのはないだろう」

 

「いやまあ、そこは好みというか、男の姿にもなれるのだろうが、なんというかこう、どうにもしっくりこなくてなあ」

 

 尻尾をくゆらせ、私は眉間に皺を寄せて答えた。

 たしかにその気になれば男だろうが女だろうが、何だったら獣にだろうと姿を変えられるのだろうが、実際にそういった姿を選ぶ必要がないというか、気が向かないというか、収まりが悪いというか。形も大きさも歪な椅子に、無理矢理ぎゅっと尻を押し込んでいるような不快感があるのだ。

 そう私が云々しているうちに男衆も起き出し、皆で火を囲んでの賑やかな朝餉が始まった。

 わいわい、がやがや。いかにも荒くれ者といった風体をした、傷だらけの肌を晒した筋肉質な男たちが手に手に皿を持ち寄り、大鍋から野菜のスープをよそわれては豪快に笑いながらそれぞれ気に入った場所に腰を落ち着ける。

 

「ほら」

 

 そんな賑やかな様子を傍目に眺めていると、横合いからぶっきらぼうに茶碗のような、両手に丁度収まるぐらいの大きさをした皿が差し出された。使い込まれ、縁の部分などが少しばかりささくれだった木製のそれには熱々のスープが注がれ、こちらの食欲を誘うように湯気を躍らせている。

 

「呆けてないで、ほら、アンタの分」

 

「おお、これはかたじけない。うん、実に美味そうだ」

 

「余分にはないから、よく味わって食えよ。場所は、うん、丁度あそこが空いてるな」

 

 そうして連れてこられたのは、大樹のすぐ傍。いくつか丸太が転がった先では、既に小さな先客が大口を開けて野菜くずに齧りついていた。その横には、美しい妖精の少女の姿もある。

 

「どこに消えたのかと思えば、こんなところにいたのか」

 

 丸々太った狸の背をさらりと撫で、足元の丸太を椅子代わりに腰を下ろせば、私の肩にルールーがすっと降りてきてさも退屈そうに足を組んでいた。

 

「ここが一番、魔力の巡りが良いのよ。アンタこそ、よくもまあ人間の傍で眠れるわね」

 

「なんだ、人間は嫌いか」

 

「どうでもいいわ。ただ、人間がいると明かりで夜空が薄れてしまう――それが嫌いなだけ」

 

 なるほど。彼女は月の妖精であり、月夜にこそ安寧を見出す種族である。だからこそ闇を恐れ、火で闇夜を吹き払わんとする人間の考えには理解できないものがあるのだろう。

 それを言うと私も月の龍。静寂な闇こそが我が領域であるのだが、まあ中身が私なので足し引き丁度いい塩梅といったところか。

 それよりも、今は目の前の料理である。

 

「いただきます」

 

 手を合わせ、よく煮込まれて柔らかくなった野菜を匙ですくい口へ運ぶ。流石に香辛料などは入っていないだろうし、少し塩を効かせた程度の優しい味付けだろうと思っていたのだが、驚くことに出汁が効いていた。

 これは、鶏がらのスープだろうか。よく見ればスープの表面には透き通った脂が浮かび、素朴な味わいの野菜たちに深みを与えている。かなり簡易的な物ではあるが、生前の世界でいうブイヨンに近い。

 

「こりゃあ美味い。鶏の出汁が良く効いてる」

 

「あったりめえよ。シエラの姐さんが作った料理だぜ。美味いに決まってらあ!」

 

 想像以上の一品に私が思わずそう零すと、少し離れた場所で仲間と食事をしていた男衆の一人がそう言って、手にした匙を高々と天に掲げた。

 

「なんでお前らが偉そうにしてるんだよ。調子の良いこと言ったってお前の分のスープは増えねえぞ!」

 

「そりゃねえぜ姐さん!」

 

 がっくりと肩を落とす男を、周りの男衆が笑い飛ばす。そしてああは言ったが料理の腕を褒められて悪い気はしないのだろう、男衆と共に溌溂(はつらつ)とした笑みを浮かべるシエラ嬢の耳の先は少しばかり赤くなっていた。

 しかし、これだ。この団欒(だんらん)を求めて、私は二十八年もこの島で生きながらえてきたのだ。

 かつて小鬼族の人々と囲んだ団欒もまた、私にとってはかけがえのない唯一無二の大切な思い出だ。しかしこうして言葉を交わしながら同じ釜の飯を食う。人間同士、とは言えないが、そこに特別な価値を感じる私は文字通り人でなしなのかもしれない。

 

「そういえば」

 

 そう一人で感傷に浸っていると、ふとシエラ嬢が何やら思い出したようにそう言って、スープを啜る私へ視線を落とした。

 

「アンタ、あの時俺たちの船に落ちてきた時は随分と傷だらけだったが、ありゃ何があったんだ。あれ、あの三つ首の化け物にやられたんだろ。あれだけの力の差があるのに、何をどうしたらあれほどの手傷を負わされるんだ」

 

「ああ、あれはな――」

 

 咀嚼していた人参、に似た野菜を飲み下し、私はあの日、シエラ嬢たちの船に墜落するまでの経緯を語って聞かせた。

 私は龍としてまだまだ未熟であること。未熟故に、揺り籠であるこの島から出ればその力は極端に制限されてしまうということ。そして、その制限を知りながらも元々幽霊船だった船に荷物を押し込み、無謀な旅に出たところであの三つ首の竜に不意を突かれ、偶然彼女らの船に墜落することになったこと。

 そういったことをかいつまんで説明した。

 まだまだ未熟という話をした時には周りの男衆共々かなり引きつった顔をしていたが、幽霊船の話をした時にはシエラ嬢が何やら神妙な面持ちになり。

 

「なあ、その元幽霊船ってまた見つけられたり、この島に持ってきたりできないのか」

 

 そんなことを訪ねてきた。

 

「いやあ、難しいだろう。私とて乗せていた家畜たちを取り戻したい気持ちは十分あるが、何せ突然襲われてなり振り構わず飛び降りたのでなあ」

 

「成熟した龍なら可能でしょうけどね。この子が出来るようになるには、まだまだ時間がかかると思うわ」

 

 ルールーの言葉に偽りはない。

 時間をかければ私の力の残滓から見つけ出すことぐらいはできるだろうが、そこから引き寄せたり、動かしたりするとなると相当に細やかな力の制御が必要になる。

 そして、それを成せる程の技量はまだ私にはない。

 

「しかしまた、なんでそんなことを気にする。船ならもう立派な奴があるじゃないか」

 

「それが、この島に落ちてきた時に随分と派手にやられちまってな。幸い重要な部分は無事だったから補修すれば問題ないが、この島から木を切り出して必要な材料を用意してたらかなり時間がかかるんだよ」

 

 なるほど。だから他の船から修理に必要な部品を流用しようと、そういうことのようだ。

 たしかにそうすれば修理に必要な時間はかなり短縮できるだろうし、何ならあちらの船に積み込んでいた食料や家畜たちをシエラ嬢たちの船に移してもいい。そうすれば、帰りの航路でも飢えることはなくなるだろう。

 まあ、それも件の船を再び手に入れる手段が用意できなければ絵に描いた餅だ。やはり時間はかかってしまうが、根気強く材料を用意するしか方法は――

 

「貴公の船ならここにあるぞ。同胞よ」

 

 不意に響く、澄み切った声。それは私の背後より、この場にいる誰一人にも察知されることなく現れた。

透き通るような白い肌に、氷のように冷たい金の瞳。

 艶やかな着物を纏うその肩を、真っ赤な長い髪がさらりと流れる。

 私の同類であり、そして私がこの世界で初めて言葉を交わした少女。

 嵐を纏う龍が、そこにいた。

 




もう少し続きます。
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