自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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お待たせいたしました。


爺様、大地に立つ

 

 無人島を発って三十と九日。本日も空は青く晴れ渡り、真っ白な鳥たちが風に乗って泳ぐその横で、私は興奮を隠しきれずにいた。

 

「見えてきたぞお!」

 

 帆柱の天辺から船乗りの声が響く。丸い望遠鏡が覗くその先には、私が三十年以上も夢見てきた光景が広がっていた。

 

「おお、おお、あれがそうか!」

 

 手摺から乗り出し、年甲斐もなくはしゃいでしまう。

 そこには島があった。無論、ただの島ではない。いくつもの島々が連なった、まるでおとぎ話に登場するような不思議な島である。

 まず中央に大きな、あの無人島が三つは収まりそうな程の大きさの島があり、それを囲むように大小さまざまな島が浮かび、それぞれから巨人が扱うような、目を疑うほど大きな鎖が中央の島へ向かって伸びていた。

 よく見ればそれぞれの島から小さな船が幾つも行ったり来たりしていて、規模は小さいが港町のようなものも見て取れる。

 しかし驚くべきはやはり中央の島だろう。

 王国というぐらいだから相当に大きい島であろうことは予想していたが、まさかこれほどとは思いもしなかった。島の端、突き出した岬などには多くの港が設けられ、そこから中央へと延びる道の先には鮮やかな赤煉瓦の屋根が連なった、美しい街並みが広がっていた。

 さらにその中央に聳えるのは、目を奪われる程に美しい白亜の城だ。小高い丘の上に建てられたそれは雲のような白さで、青い煉瓦が敷かれた三角屋根の周りに、円錐状の帽子を被ったような塔がいくつも飛び出している。

 

「凄いなあ、これは凄いなあ!」

 

「あれがティアラ城だ。ティアラってのは光って意味で……って、そういうのはアイツから習ったか。城を中心にして円形に広がってるのが王都ファンフェルで、手前にあるのが島で一番大きな港町ルーノクだ」

 

 翼をはためかせ、尻尾を暴れさせる私の隣でシエラ嬢が指差しながら教えてくれる。

 光の城か、たしかにそう呼ばれるに相応しい立ち姿だ。

 

「あの鎖はなんだ!」

 

「ありゃあ龍の鎖って言ってな、大昔の王様がエルフやらドワーフやらと協力して作ったって話なんだが、あれで島と島を繋いで大きくなっていったのが、今のマスティアラ王国って訳だ」

 

 ちなみにマスというのは王国の言葉で集まる、集うという意味があるらしく、つまりは古代の人々が過酷なこの世界でも生き抜こうと身を寄せ合い、協力し合ったことが国の起こりとなったのだという。

 そして当時小競り合いばかりを起こしていた周辺の種族、民族を束ね先導したのが初代国王アレキサンダーその人であり、彼の冒険譚といえば枯れ切った年寄りの私をもってしても心が躍るような物語ばかりであった。

 

「そろそろ船を寄せるわよ。しっかり働け野郎どもォ!」

 

 舵輪を握りながら団長さんが吼える。いつもは(たお)やかな彼、いや彼女ではあるが、仕事にかかる場面となればやはり根は海の男というか、見た目通りの雄々しさが顔を出す。聞くところによると素手で熊すら殴り殺したことがあるとか、ないとか。

 酒の席で語られる武勇伝であるので多分に尾ひれ背びれは付いているだろうが、しかしそうであっても不思議ではないと思えるほどの威圧感であった。

 そんな団長に尻を叩かれるものだから、それはもう船の男たちも人一倍以上は働く。それはまるで訓練を積んだ軍隊のようで、言葉遣いこそ粗野ではあるものの、このような働き者たちは生前の日本でさえそう目にしたことはない。

 そうしている間にも迫る港の景色。近づいてみれば目の前の港は他の港よりも規模が大きく、停泊している船たちもかなり大型の物が多いようだった。しかし不思議なのは、海岸が広がる島の側面ではなく、王城を正面に見る切り立った崖の腹に港が設けられている点であった。いや、大型の船をこれだけ収容するとなると海岸ではなくこうして崖を利用して立体的に空間を使った方が便利というのはわかるのだが、いやはや何とも面白いというか、文字通りに岸壁に船を停めるその光景は目を丸くしてしまうには十分なものあった。

 そうして口を開けて間抜け面を晒している間に、どうやら我々の船は港の一番天辺にある場所へと停泊するようである。

 

「にしても、随分な歓迎だなあ」

 

 見えてきた停泊所は、それはもう結構な賑やかさだった。花弁が舞い音楽隊が高々と行進曲を吹き奏でる、とまではいかずとも、少なくとも三桁には達しそうな人々が手に手に花を投げたり、手ぬぐいを振ったりする程度には賑わいを見せていた。

 中には着の身着のままといった風体で、涙を浮かべながら手を振る妙齢の女の姿もあった。

 

「そりゃあ冒険団の、それも黒薔薇冒険団の凱旋となったらこうもなるだろうさ。空の旅、それも未開の地への冒険ともなれば港で別れたきり、二度と帰ってこないことだってざらにある。大体は命知らずの馬鹿野郎どもだが、その中には家族を残して船に乗った大馬鹿野郎だっている。残された側からしたら、そりゃあこうもなるだろうさ」

 

 その瞳は目の前の光景ではなく、どこか遠く、ここではないどこかへ思いを馳せているようであった。あの日、あの晩、あの丘に響いた慟哭が脳裏をよぎる。

 その小さく震える肩を見て、私はしばし目を伏せることしかできなかった。

 

「そうか、そうか」

 

 短く呟き、再び港の方を見る。シエラ嬢の言を聞いた後だと、この光景もまた変わって見える。

 ふと、今まさに船が横付けしようとしているすぐ傍の、桟橋の端っこに乗り出して何やら振り回す子どもの姿が目に留まった。十歳前後の男の子。刈り上げた坊主頭に水兵のような帽子を乗せて、端材をそのまま繋ぎ合わせたような玩具の剣を頭上に高々と掲げてこちらの気を引こうとしている。

 そこだけ見れば微笑ましい、船乗りに憧れる子どもが背伸びをしている姿であるのだが、気になったのはその背後。何人かの子どもが、明らかに仕切り代わりに張られたロープの向こう側で、全員が顔を真っ青にして木剣の子どもに何かを呼び掛けている。さらにその後ろには、慌てて駆け付ける大人たち数人の姿もあった。

 これはもう、尋常ではない。

 背筋に冷たいものを感じ、気づけば私は羽織っていた外套(がいとう)を脱ぎ捨てて隣のシエラ嬢に投げ渡していた。

 

「すまんシエラ嬢、少し預かってくれ」

 

「わっ、お前、いったい何を――」

 

 突然のことに目を丸くするシエラ嬢をしり目に私は船の縁に足をかけ、畳んでいた翼を目いっぱい広げた。

 

「ちょ、ちょっと待っ――」

 

 そして制止する声を置き去りに、空を駆ける。言うまでも無く、桟橋ではしゃぐあの子どもの元へ向かって。それと同時に、無邪気に木剣を振っていた男の子の足元の板がぐらりと傾く。あっと手摺に手を伸ばすも、子どもの手足で届くはずもない。誰か、港に集まった女性の悲鳴が響く。

 小さく息を吐いた。

 広げた翼で力いっぱい大気を叩き、悲鳴をあげて落ちていく子どもの元へ。ここは港の中で最も高い位置にある停泊所、つまり下にはまだ何層にも分かれて停泊所が存在し、当然ながらそこには船が幾つも泊っている。そこにぶつかればまず命はない。

 崩れた足場をすり抜け、目を丸くする少年の手を掴み取る。そうしてそのまま横抱きにすると、すぐ下の停泊所に泊められていた船の帆柱を掠めるようにして急上昇。正しく皮一枚ではあったが、何とか先程の停泊地にまで戻ってくることができた。

 腰が抜けたのだろう、あんぐりと口を開けて微動だにしない少年をゆっくりと桟橋の上に下ろすと、これまで以上の歓声がわっと沸き上がった。あまりの音量に、びくりと尻尾が跳ね上がる。

 

「なんだなんだ。いや、それよりもだ、こら、子どもがあんな危ない場所に入ったら駄目だろう! 今回はおれがおったからどうにかなったものの、怪我どころじゃあ済まんのだぞ!」

 

 こほんと咳払いを一つ、私はぴんと指を立てて少年を怒鳴りつけた。無邪気、元気なのは良いものであるし、無理無茶無謀は子どもの専売特許のようなものだがそれにしたって限度はある。こういうときは大人がしっかりと叱ってやらなければ。

 そういった思いからの説教であったが、少年は何やら顔を真っ赤にした後、言葉にならない叫びをあげながら脱兎の如く逃げ出してしまった。しまった、言葉がきつすぎただろうか。最近の子は繊細だと聞くし、もう少し言葉を選ぶべきであったか。

 

「わぷ」

 

 そんなことを考えていると、背後から何やら投げつけられた。何事かとそれを掴んで確かめてみると、それはつい先ほどシエラ嬢に押し付けたあの外套であった。

 

「お前、いきなり飛び出すなよ!」

 

 それに続けて、いつの間にか係留を済ませていた船からシエラ嬢が駆けつける。トレードマークの金髪が乱れている辺り、相当に焦っていたのだろう。

 

「いや、すまんすまん。嫌な予感がしたのでつい、な。しかしそのお蔭であの少年を助けられたのだから、今回は大目に見てはくれんか」

 

 そう言うとシエラ嬢はあーだのうーだの呻いた後、結局は非常時であったので致し方ないという結論に至ったようで、大きな溜息と共に肩を落としていた。

 

「ありがとな、ロビンを助けてくれて」

 

「なんだ、知ってる子か」

 

 外套をまた羽織っていると、神妙な面持ちでシエラ嬢がそんなことを言ってきた。なんでも先程の少年は港町でもそこそこ名の知れた悪童らしく、彼の母親が自身の両親と懇意にしていたこともあり、昔はシエラ嬢もそれなりに手を焼いていたようだ。それこそオムツを変えたこともある間柄だそうだが、最近は船乗り、それも黒薔薇冒険団に入れるような凄い冒険者になるんだと息巻いているそうな。

 なるほど、あの年頃の子が華やかな舞台に憧れるのは古今東西、世界が変わっても同じらしい。

 

「しかしあの無謀さは危ういな。それこそ、そこいらの船にこっそり忍び込みかねんぞ」

 

「私からも、おばさんにきつく言うよう伝えとくよ。まあ、さっきの様子を見るにしばらくは大人しくなりそうだがな」

 

「そりゃああれだけ怖い目にあえば、しばらく港に近づこうともしないだろう」

 

「そうじゃないが、いや、まあ、港には近づかないだろうな」

 

 顎を撫でつつそう言うと、何やら意味深な言葉が返ってきた。

 苦笑いを浮かべる彼女の様子に眉を寄せていると、何やら慌てて駆け寄ってくる一団があった。どうやら港町を仕切る組合の者たちらしく、余りにも大慌てで走ってきたものだから全員が肩で息をしながら、息も絶え絶えに感謝したり謝罪したりと、首が取れるんじゃないかと心配になる勢いで頭を下げている。

 最終的には一仕事終えた団長さんが合流し、特に迷惑を被った訳でもないので謝罪は不要であるが、桟橋の劣化をそのままにしていた件については厳重注意とし、組合の方で早急に対応するようにとお小言を貰い解散となった。

 

「で、これからどうするんだ」

 

「そうねえ、まだ荷下ろしもあるし、今日はひとまずルーノクで一休みして明日の朝に王都へ向かいましょうか」

 

「いいのか、そうゆっくりしていて」

 

「要点を纏めたお手紙はアイビスちゃんに届けてもらうし、アタシたちの王様はそんなせっかちさんじゃないから大丈夫よ」

 

 たしかに彼女の相棒であるあの鳥さんならば王都まであっと言う間だろうが、そんな感じでいいのだろうか。いや、話を聞く限りはかなり臣民に好かれる善き王様ではあるようだし、そもそもそう緊急性の高い案件でもないだろうし、いいのだろうか。

 一人云々唸っていると、団長さんはそれよりも、と指を鳴らして。

 

「バタバタしちゃって忘れてたけど、ア、レ、うちの船の反対側に着けてもらっていいかしらン」

 

 はて、何かあったろうか。何やら困り顔を浮かべて私の背後に投げられた視線を追ってみれば、そこには団長さんの輝ける白鳥号と比べても遜色ない大きさをした、相当に年季が入った船が一隻。

 あ、と間抜けな声と共に外套の中で尻尾が揺れる。

 

「いかんいかん、忘れていた。それじゃあちょっくら行ってくるかい」

 

「行ってくるかい、じゃねえよ! こんな衆人環視の中で脱ごうとするな馬鹿!」

 

 すぱこーん、と、賑やかな港町の空に快音が響き渡った。

 

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