自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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お待たせしました。
サブタイはこのぐらい緩い方が良い気がする。


爺様、王様に会う

 

 かっぽかっぽと、耳に心地よい蹄の音が室内に響く。

 港町に一泊した翌日、私たちは二頭立ての立派な馬車へと乗り込んで王城への道を進んでいた。

道中は石畳が敷かれ舗装こそされていたものの、固い車輪とサスペンションも何もない車体ではそれなりに揺れる。小さな段差で尻が浮き上がることも珍しくなく、窓の外に広がる牧歌的な光景を楽しむ暇もないありさまであったのだが、聞くところによるとこういった人を乗せる馬車自体が他国のお偉いさんや教会の司祭が謁見の為に登城する時ぐらいにしかお披露目されない代物らしく、つまりは儀式用というか、乗り心地は二の次として作られているそうな。

 

「余りにも大袈裟、とは言わんが、どうにも落ち着かんなあ」

 

 それは翼や尻尾のせいで窮屈だから、というだけではなく、やはり元庶民の身としてはこう、空港で降りたら急にやたら長い高級車に押し込められた感じというか、それほどの居た堪れなさを感じずにはいられない。

 これならばいっそのこと歩いて向かった方がのんびりできて良かったかもしれない。そんなことをぽろっと零せば、対面に座っていた団長さんが楽し気な笑みを零し、隣のシエラ嬢がため息と共に肩を落とした。

 

「それ、外では絶対に言うなよ。送迎用の馬車が出されるなんて、よっぽどのことなんだからな」

 

「わかっているさ。だからこそ、朝っぱらから団長さんが腕を振るっておめかし(・・・・)をしてもらったんだろうに」

 

 きっとこの気怠さは、馬車の揺れだけが原因ではないのだろう。窓硝子にうっすら映り込む我が顔を見て、私は小さく息を吐く。そこには薄く紅が引かれ、頬にも目元にもしっかりと化粧を施され化けに化けた美しい少女の姿があった。

 化ける(よそおい)とはよく言ったもので、初めて目にした際には見慣れた顔だというのについ見惚れてしまう程の化けっぷりであった。頭から伸びる大きな角にも金のネックレスやら腕輪やら、無人島で暮らしていた頃に集めていた貴金属の中からそれらしいものを団長さんの手により選別され、これがまた絶妙に俗っぽくないというか、派手過ぎず寂しすぎず、私という素材を最大限に活かせるような絶妙な手腕をもって飾り付けられている。

 何というか、筆舌に尽くしがたいというか、世の女性たちの美に対する技術というものは凄まじいものなのだなと感心するばかりだ。

 そうこうしているうちに、馬車は城門の前までやってくる。御者が門番の兵士と一言二言やり取りを済ませると、大きな扉が重々しい音と共にゆっくりと開かれた。思わず見上げてしまう程に立派な門を抜けると石畳が敷かれた広い中庭があり、どうやら馬車はその城壁沿いに停められるようだった。

 団長さん、シエラ嬢がまず外に降り、最後に私が角や尻尾をぶつけないよう慎重に顔を出すと、そこにはまるでおとぎ話の世界にでも迷い込んだのではと思ってしまう程の光景が広がっていた。

 

「おお、これはまた……」

 

 こういったお城の中庭というと丸い噴水があったり、芝生が敷き詰められていたり薔薇が咲いていたり、そういった華やかな風景を想像していたのだが、実際にはそういったものはなく、大きな樹木が一本佇むだけの随分と無骨なものであった。

 しかしその荘厳な佇まいといえばどうだろうか。真っ白な壁に高い塔、長方形の立派な建物に三角屋根。

 この、これぞ男が大好きな城というか、これで嘴が尖った全身甲冑の騎士でも立ち並ぼうものなら、男子であれば誰もが昂ぶりを抑えられないような、そんな光景であった。

 

「おい」

 

 そうして目を輝かせていると、横から小さく声をかけるものがあった。何事かとそちらへ目をやると、何やら少し居心地の悪そうな顔をしたシエラ嬢がちらちらとこちらへ視線を投げている。

 その視線の先を追ってみれば、そこには建物まで伸びる赤絨毯の脇で控えた老紳士が、穏やかな笑みを浮かべてこちらに手を伸ばしていた。

 白髪交じりの灰色の髪を後ろに流した、すらりとした体付きの紳士である。丸い片眼鏡(モノクル)を左目に乗せて、燕尾服に白手袋。皺だらけの顔であって不思議な色香があり、英国紳士然とした雰囲気を纏う男であった。

 

「僭越ながら、お美しい姫君のお手を取らせて頂いても宜しいでしょうか」

 

「姫君……あ、いや、これはご丁寧に、どうも」

 

 おっかなびっくり手を取って馬車を降りれば老紳士はすぐさま我々に一礼し、自身は王家に仕える執事であり、謁見の間までの案内を仰せつかっているのだと告げた。名はウァルターというらしい。団長さんたちとは知古の間柄らしく、シエラ嬢のことを『シエラお嬢様』と呼んだ時にはついぎょっと目を丸くしてしまった。

 父親のウィリアムがかなり有名な人物であることはここまでの船旅で少し耳に挟んでいたのだが、二人のやり取りを見る限りどうやら他にも理由はあるようだ。

 

「こちらが玉座の間にございます」

 

 しばらく城内を歩くと、やがて目の前に立派な扉が現れた。左右に龍の紋章が描かれた、両開きの扉である。

 その装飾になんとも言えないものを感じながらも開かれた扉を潜ると、そこにあったのは豪華絢爛を絵にしたような、何とも華やかな光景であった。

 左右に吊り下げられ並んだシャンデリアに玉座まで続く赤絨毯。床は鏡のように磨き上げられ、立ち並ぶ柱には全て金の装飾が施されている。

そしてその奥、一段高くなった場所にある玉座に腰かけた、龍の旗を背に佇む男こそが――

 

「よくぞ参られた、龍の姫君よ。余がアレキサンダー王である」

 

 第一印象は、思っていたよりも若い、だった。

 顔つきを見るに歳は四十から五十の間ぐらいだろうか。白銀の髪が胸元まで流れ落ち、堀が深くすっと鼻筋が通ったその顔立ちは美丈夫と呼ぶに相応しいものであった。

 その隣には王妃様であろう、綺麗な金髪をした美女が静かに腰かけている。さらにその奥、王を挟んだ反対側には王妃を一回り小さくしたような、可愛らしい少女が一人。彼女がお姫様だろうか。菓子を目の前にした童女のように瞳をきらきらとさせて、湛える笑みを隠すことなくこちらを見つめている。

 そしてその近くには白と黒の鎧を着込んだ騎士が二人、王たちを守るように両脇を固めていた。背には盾、腰には剣を佩き、鷹のような鋭い眼光でこちらを睨みつけている。驚くことに、黒い鎧の方は女性であった。

 少しばかり進んだところで団長とシエラ嬢が跪き、目を伏せる。私もそれに倣おうとしたのだが、目の前の王に手で制されてしまった。

 

「よい。其方にそうさせるほど、余は愚かではない。ロートリンゲン卿、そしてシエラよ、此度の遠征、大儀であった。其方らには後ほど、相応しい褒美を与えよう」

 

「はっ、ありがたき幸せにございます」

 

 何というか、凄くこう、場違い感が凄いな。見た目は立派に飾り付けられているが、中身は片田舎の百姓であり、三十年近く無人島で暮らしていた爺である。

 それがこう、両脇の二人が粛々としている中で立ち呆けというのは、何とも居心地が悪い。

 

「父上、父上、こちらからお呼びしたのに他の方とお話ばかりをしては、龍さまも困ってしまいますよ」

 

 しかし、思いもよらなかったところから助け船が出た。少し身を乗り出し、鈴の音のような声で王に意見したのは小さなお姫様。それに対し王妃様は口元を手で隠しどこか楽しそうに目を細め、王もまるで気を悪くする様子はなく、むしろ少し困ったように眉を動かす程度であった。

 

「おお、これは失礼をした。しかし龍の姫君よ、臣民を労うのもまた王の務めであるのでな、理解してほしい」

 

「んん、いや、いえ、お気になさらず。こちらこそ、作法がわからん田舎者ですので何か無礼を働いてはいないかと気が気ではなく」

 

 何せ本物の王様とこうして話すことなど前世を含めても初めてのことだ。現代日本で一通りの教育を受けているおかげで一般的な礼儀作法は弁えているし、ここまでの道中で団長さんから叩き込まれた知識もあるが所詮は付け焼刃、いつ田舎者の癖がぽろりと零れるかわかったものではない。

 実際、私はこの部屋に入ってから戦々恐々といった心持ちであった。主に、いつ両脇の騎士が無礼者に対して激高し剣を抜かないかというところで。

 いや、実際に剣を抜かれたところで私が害される可能性は零に等しいだろうが、それとこれとは別である。

 

「ふむ、文にもあったが存外、我々に近い在り様なのだな。すまぬが、その外套を外してもっとよく顔を見せてくれぬか」

 

 王様の言葉とあらば、是非もない。私は外套を脱ぐと、背中に折り畳んでいた翼を目いっぱい広げた。少しはしたないかもしれないが、馬車に乗り込んでからずっと押し込めていたのでかなり凝ってしまっていたのだ。これぐらいの粗相は大目に見てほしい。

 そうして、いつの間にか傍に控えていたウァルターに脱いだ外套を渡すと、彫刻のような顔に少しばかりの驚きを浮かべた王様と目が合った。隣の王妃様も同じような表情で、無邪気に目を輝かせているのはお姫様だけ、いや、女騎士殿の方からも何やらまじまじと視線を感じる。

 

「成程、たしかに尋常ではない力を感じるな。龍の姿にもなれると聞いているが」

 

「あー、たしかにそれはそうですが、少し部屋が窮屈になるやもしれません」

 

 目を細める王様に対し、謁見の間を見まわしてそう答える。私は龍としては小さい個体であるのでこのぐらいの広さであれば何とか収まるだろうが、そうすると長い首が王様のすぐ傍まで伸びてしまう。それ自体がとんでもない不敬になるだろうし、何より首筋が騎士さんたちの間合いに入るのが物凄く嫌だ。

 だが無邪気なお姫様には、そのような些事は関係がないようで。

 

「まあ素敵っ。龍さま、わたくし是非その御姿をお目にしたいです」

 

 宝石のような青い瞳をきらきらと輝かせながら身を乗り出すお姫様。

 ううむ、と私は思わず唸った。

 私とて、孫娘ほどの年頃の姫様の喜ぶ顔は見たい。しかし本当に良いのだろうか。柱や床に傷が入る恐れがあるし、龍の力を間近で当ててしまってはそれこそ恐慌状態にならないだろうか。

 そんな私の考えは、王様の眼を見た途端に全て否定された。

 それは王の眼であった。一国の王としての、まさに人の上に立ち導くに相応しい、人を超えた強い意志を感じさせるものであった。

 ちらりと団長さんとシエラ嬢へ視線を投げる。異議はなし、と。

 

「いやあ、しかし、ううん、仕方ありませんなあ」

 

 どちみち、私が龍であることを完全に信用してもらうにはこれが一番手っ取り早いのだ。団長さんたちと話し合った際にも、どうしても王の信頼を得るに必要であればやむ無しとしていた方法でもあるし、正直なところ早いか遅いかの違いでしかなかった。

 私は皆に部屋の隅へ寄るように頼み、自身は部屋の一番奥、入ってきた扉の方へ陣取った。ここならば、王様に近づきすぎるということもないだろう。

 

「では、失礼をして」

 

 大きく息を吸い込み、力を巡らせる。

 思えば、龍としての力を行使するのも随分と久しぶりのこと。あの島では日常的に、それこそ火をおこす際に毎日使っていたようなものだったので、ここまでの道中はかなり新鮮というか、本当に穏やかなものだったのだなと今更ながら実感する。

 全身に紋様が浮かび上がる。身体の奥底、龍の心臓に火が灯り、謁見の間が月明かりにも似た柔らかな光に満たされていく。

 

「……美しい」

 

 零れた言葉は誰のものか。

 光が収まったそこには、闇夜の如き漆黒の鱗と(あか)い月のような瞳を持った、美しい龍の姿があった。

 しかしその姿を晒したのも一瞬のこと。先の言葉が解け消える頃にはまた光がその姿を覆い隠し、次の瞬間にはまた少女の形をした私の姿があった。

 元の姿に戻った私は恐る恐る目を開き、右、左と視線を彷徨わせる。

 

「こ、こんな感じ、ですう……」

 

 空気が重い。

 予想はしていたが、なんというか、今にも騎士さんたちが剣を抜かんばかりの緊張感があった。というか、実際に騎士二人は腰の剣を掴んで王の前に立ち塞がっていた。

 そこは龍の圧倒的な存在感の前であっても王を守らんとしたその忠誠心を褒めるべきなのだろうが、あと少し元の姿に戻るのが遅ければ首元にそれを振り下ろされかねなかった私の心中も察して欲しい。

 しかし流石に予想を遥かに超えていたのだろう、先程まで目を輝かせていた姫様は呆けたようにこちらを見つめ、王妃様も口元に手をやり驚きを隠しきれない様子。ただ潜ってきた修羅場の数が違うのか、王様だけは先程と変わらず、全てを見透かすような目でこちらを静かに見据えていた。

 

「凄まじいな。その力にその心の在り様では、さぞ難儀するだろう」

 

 それは、あるいはこの部屋に入ってから初めて耳にする、人としての感情を孕んだ声であった。

 

「我が王国は貴女を歓迎しよう。望むものがあればそこのウァルターに言いつけるといい。余の名において、善処することを約束しよう」

 

 そうして、何十年かの寿命を擦り減らすような緊張感の中、謁見は終了した。

 後日、私には王国の一部の土地と、立派なお屋敷が与えられることになり私は腰を抜かすことになるのだが、それはまた別のお話。

 

「ああ、私はもう肝が冷えて冷えてどうにかなってしまいそうだ。帰って温かいスープでも飲みたいなあ」

 

「何言ってんだ、今晩はこのまま家臣も集めた晩餐会に出るんだぞ」

 

「……もう勘弁してくれえ」

 

 このまま飛んで逃げてしまおうかと考えたのは、後にも先にもこの一度きりであった。

 尚、晩餐会に供された食事はそれはもう大変美味しかったことを、ここに記す。

 




王様の言葉遣いがちょっと不安。
気を抜くと一人称が我の英霊が出てきてしまう病に侵されています。
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