自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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爺様、出会う

 

 マスティアラ王国とは中央に座す本島と、その周囲に配された六つの小島から成る島国、と言ってもこの世界に大陸があるのかどうか、という疑念はあるがともかく、六つの島は農耕が盛んであったり、林業が盛んであったり、あるいは職人が集まり日々鎬を削っていたりと、不思議なことにそれぞれ特色があった。

 それが元々そうであったのか、はたまたかの名君の采配によるものなのかは定かではないが、ともかくそういった六島から集められた数多くの品々が集まるのがこの港町から王城へと向かう道筋に伸びる露店の集まり、通称『六色市場』である。

 国内でも最大の市場だけあって、まだ昼前だというのに通りは多くの人でごった返し、露店からはいかに己の扱う品が素晴らしいかを語る威勢のいい声が響いていた。

 見たことも無いような珍しい物からどこか見覚えのある品まで、興味を惹かれるものには事欠かない場所ではあるものの、何よりも私の心を動かしたのは市場を行き交う人々の、その多様性であった。

 生前から見慣れた普通の人間は勿論のこと、獣の耳や尾が生えたもの、羊の角を持つもの、手足が鳥のようになったものなど、正しく小説の挿絵や映画でしか目にすることのなかったその姿に私の目は爛々と輝き、ワンピースの裾からちらりと覗く尻尾はそれはもう、大好物を目の前にした犬のようなありさまだった。

 

「あんまりきょろきょろするなよ、恥ずかしい」

 

「いや、本当に色々あるもんだなあと、世界は広いなあと、そう思ってな」

 

「どんだけ田舎者だよ………」

 

 呆れた様子のシエラ嬢もなんのその、右へ左へと忙しなく眼玉を動かしながら歩いていると、私はようやくお目当ての人物を見つけ出し、嬉々としてそこへ駆けていった。

 

「あ、おいこらどこ行くんだ!」

 

 背後からの制止の声すらまるで聞かず、向かった先には一軒の露店。赤、黄、緑と色とりどりの果実を扱うその店の軒先には、子ども程の背丈しかない、尖った耳に禿げ頭をした若い男が立っていた。服装こそ革のチョッキにズボンと立派なものを身に着けているが、その特徴は見間違うはずもなかった。

 私は彼の傍にさっと駆け寄ると、突然のことに狼狽える彼の手を取り。

 

「突然すまないね、いやあ、あの島を出たらまず真っ先に探そうと思っていたのだけれど、よもやよもやこうも容易く見つけられるとは思ってもいなかった。おっとこれは失礼、私はシエラという者なのだが、君、ヨークという名に覚えはないかい。あるいは、ユーノという名の少年を見たことはないか。ああ、彼らは私の恩人なのだが――」

 

「この馬鹿ッ!」

 

「あいたぁっ!」

 

 目を白黒させる男を前に早口で捲し立てる私の頭に、シエラ嬢の鉄拳が振り下ろされた。じんじんと痛む頭をさすりながら背後を見やれば、そこには何故か涙目になって飛び跳ねるシエラ嬢の姿が。

 

「この、石頭めっ」

 

「いきなり殴りつけておいて、酷い言い草だ」

 

 それに、まだ角を殴らなかっただけましな方だ。私の角は鱗と同じような素材で出来ているので、文字通り鉄より硬い。素手で殴ろうものなら拳を痛めるのは確実である。

 しかしいきなり拳骨を落とすとは、あまりにも乱暴が過ぎるのではないだろうか。子どもを躾けるときにだって、最初はもう少し穏便に、まず言い聞かせるところから始めるというのに。この分では、子どもが出来た時に色々と苦労するに違いない。

 そんなことを言ってみると、彼女は顔をますます真っ赤にして、今度は私の見事な角を鷲掴みにしてぐいと引っ張ってみせた。

 

「いくら止めても聞かないからだろ! なあ、耳が遠いのは歳のせいか、それとも龍というの(おまえら)はいっつもそうなのか、なあ?」

 

「ああ、それはいかん、いかんぞ! 首が、首がっ!」

 

 なんか、こう、物凄く寝違えた時みたいになるというか、ああ、筋が、筋が!

 しばらくして、何事かと周りの目がにわかに集まり始めた辺りで、ようやく私の自慢の角は解放されることになった。危うく元に戻らなくなるところだった首筋を揉みほぐしながら、突然駆けだした訳と、あの島で彼と同じ種族と出会ってからの話などをかいつまんで説明すると、シエラ嬢は何やら考え込む様子を見せた後、何やら神妙な顔で口を開いた。

 

「恐らくだが、コイツはお前が出会った連中とは別の島の出だな。もしあの無人島を知っている連中がこの国を訪れていたらその情報はまず俺たち冒険者の耳に入るだろうし、何よりお前が言った特徴でいくと、十中八九そいつらは勇ましい者たち(ブルベガー)だ。コイツらは賢しい者たち(ホブゴブリン)で、種族としては同じゴブリンだが得意としているものが違う」

 

 言われてみれば確かに、あの島で出会った彼らはもっと腕が長かったし、体格も立派だった。まあ、それでも人間の子どもの方が肉付きが良いと思える程度には頼りなかったのだが。

 

「ブルベガーも比較的友好な種族ではあるが、俺たちと取引をすることは殆どない。自分たちの生まれた島から出ることも無いし、会うことがあっても他のゴブリンたちの仲介がまず必須だ」

 

 取引する旨味もないしな、と締めくくり、シエラ嬢はいまだ状況を飲み込めないでいる目の前のゴブリンから赤い、りんごによく似た果実を二つ買い取り、そのうちの一つを投げてよこした。瑞々しく、いかにも美味そうな果実である。

 私はその果実をじっと見、そしてシエラ嬢から受け取った硬貨を大事そうに皮袋に詰め込んでいたゴブリンの青年に頭を下げた。

 

「お仕事中だというのに、大変お騒がせしました。また立ち寄ることがあれば、今度は袋いっぱい買わせて頂くよ」

 

「いえ、いえ」

 

 流石にこの通りで店を開いているだけあって、この国の言葉も十分に扱えるようであった。彼は私に気にしていないことを伝えると、これは美しくも慎ましい貴女へと、そんな口説き文句を添えてなんと追加で三つも果実を包んでくれた。まさか――これは第一印象からの私の偏見が大いに含まれているが――彼らに近しい種族の者からそのような浮ついた台詞が聞けるとは思わず、私はこの果実のように目を丸くするのであった。

 

「なんだ、口説かれるのは初めてか」

 

「口説いたのも口説かれたのも、生涯で一度っきりさ」

 

 からかう様なシエラ嬢の言葉に、肩を竦めて返す。

 

「例の、人間だった頃の妻か。なんともまあ、お熱いこって」

 

「おうとも、最愛の人さ。お前さんもさっさと良い人と一緒になって、この爺に子どもの顔でも拝ませておくれよ」

 

「うわっ、急に爺臭くなりやがった。いいんだよ俺は。どうせ縁にも恵まれねえしな」

 

 そんなことはないと思うが。

 ふと、苦労性の青年の顔が脳裏を過る。

 まさか、気軽に家を訪ねてくるような気心知れた男がいて、まるで意識していないというのだろうか。この国に向かう船旅の中でも、特にシエラ嬢とあの青年、フライデーの距離は近いように感じていたし、実際に昼間とはいえ、己の寝所に易々と招き入れることすらあったというのに。

 もしやこの娘、私が思っているよりもかなりのおぼこ(・・・)なのではないだろうか。

 

「なんだその顔は。まあいい、さっさと用事を済ませるぞ」

 

 シエラ嬢は呆れ果てた私の視線に怪訝な顔をしていたが、やがて小さく息を吐くと私の手を取って歩き出した。

 これには私も意表を突かれてしまい、先程まで浮かべていた老婆心極まりない思考などあっという間に吹き飛んで、被った外套に隠していた翼が飛び出してくるほどにぎょっとしてしまった。

 

「おい、おいこら。これじゃあまるで子どもじゃないか」

 

「手でも繋いでないと、アンタまたどっか行くだろ。紐で繋がれないだけまだましと思え」

 

 これまた酷い言い草である。

 犬や猫でもあるまいし、そんなことをしなくとも買い物ぐらいはできるというのに。

 

「お、見ろ、美味そうな無花果(いちじく)だ。ちょっと寄っていこう」

 

「そういうとこだぞ、ほんと! 食い物の前に、まずは厄介な方の用事を片付けるって言っただろ!」

 

 そうして、甘い香りに誘われて尻尾と身体を右往左往させる私の手を引きやってきたのは、とある大きな商店の前だった。

 露店ではない、石組みの立派な建物である。正面には両開きの大きな扉が嵌められ、二階にあるバルコニーからは薔薇を模した紋章の(バナー)が風に揺られはためいている。

 扉の奥からふわりと漏れ出る花の香りに、もはや慣れ親しんだ何者かの気配。

 この大層な大商店の主が誰なのか。それを察するのにそう時間はかからなかった。

 

「ああ、そういえばごん太の飯を用意してなかった」

 

 そう言って、私はくるりと回れ右をした。

 しかし回り込まれてしまった。

 

「逃げるな。気持ちはわかるが、逃げるな」

 

「やだー! こんなの、もう何が出てくるかわかりきってるじゃないかあ!」

 

 必死の抵抗も空しく、扉は開け放たれる。

 現れたるは筋骨隆々、ギリシャの彫刻を彷彿とさせる美丈夫。丸い頭、入れ墨、煌びやかな衣装の下からはち切れんばかりの筋肉が躍る。薔薇の花弁が舞い、眩いばかりの後光が輝くその光景に、私は思わず真顔になった。

 

「あらやだ、物凄い美の気配をビンビン感じると思ったら、龍ちゃんじゃない! お城ぶりねえ!」

 

 大きく開かれた大胸筋と上腕二頭筋が、真顔で立ち尽くす私を万力が如き膂力で締め付ける。ベアハッグかな?

 私だから熱い抱擁ぐらいのニュアンスで済んでいるが、常人がこれを受ければ轢殺された蛙待ったなしだろう。ちょっと良い香りがしているのが腹立つ。

 

「どうしたのボス、急に飛び出して……あらやだなにこのお姫様、ボスの隠し子?」

 

「やだほんと、異国風(エキゾチック)な美少女じゃない。嫌いじゃないわ! 嫌いじゃないわ!」

 

「どんだけー!」

 

 そしてその広い背中から現れたのは、団長さんに勝るとも劣らない圧倒的存在感を放つ三人の男たち。三人の、男たち、である。

 それぞれが赤、黄、緑に髪を染め、ゆったりとしたローブのような服に髪と同じ色のスカーフを巻いている。団長さんのような大男ではないが、そのキャラの濃さはもうステーキの後にもつ煮込みを出された気分というか、食卓に三日続けてカレーが並んだ時のような濃ゆさであった。流石の私も胃もたれしそうだ。

 

「あー、盛り上がってるとこ悪いが、コイツの服を適当に見繕ってやってくれ。普段着と肌着、あと亜人向けのやつも幾つか。予算は気にしなくていいから、宜しく頼むよ」

 

「まあ太っ腹ねえ。任せて、龍ちゃんにぴったりなやつを用意してあげるわっ。アナタたち、気合い入れていくわよ!」

 

 若干引き気味のシエラ嬢に押され、哀れ私は魑魅魍魎ひしめく魔境へと引き込まれていく。おかしい、異世界で二度目の生を受けた筈が、いつの間にかどこぞの二丁目に迷い込んだらしい。

 背後で手を振るシエラ嬢に目いっぱい抗議の視線を向けつつ、これから襲い来るであろう光景を思い、息を吐く。

――その後、国一番の大商店から可愛らしい悲鳴が響いたとか、響かなかったとか。

 

 




オ〇マ三人衆:アードラ&ティーガー&ソトレル
たぶんそんなに出ない

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