自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

87 / 91
お待たせしました。


爺様、市場にてかく語りき

 

「疲れた」

 

 結局あの後、かれこれ二時間ほど団長さん達から着せ替え人形のような扱いを受け、解放された頃にはすっかりお日様も高くなり、市場を流れる人の波も、少し落ち着きを見せ始めていた。

 ぐう、と腹の虫が派手に抗議の声をあげる。

 

「腹が減った」

 

 私がそう言って腹をさすり、項垂れるように垂れた尻尾の先でこれ見よがしに何度も地面を叩いてみせれば、少し前に立つ娘の背中に僅かに戸惑いの色が浮かんだ。

 

「ああ、腹が減ったなあ」 

 

「だあ、もう、わかったわかった。好きなの食っていいから、そろそろ機嫌を直してくれ」

 

 大きく溜息を吐きながら、シエラ嬢はがっくりと肩を落とした。そのしおらしい姿に、思わず笑みが漏れる。

 流石に意地悪が過ぎ、あまりに大人げない真似ではあったが、そも初めに騙し討ちを仕掛けてきたのは彼女の方であり、反省はしつつもそこに申し訳ないという気持ちはこれっぽっちもなかった。

 しかし彼女とてこちらのことを慮っての行動であろうことは百も承知であるので、私としてはこれで手打ち、後腐れなく仲直りとしたいところである。

 

「呵々、すまんすまん。お前さんが意地悪をするものだから、つい揶揄(からか)いたくなってな」

 

 少しばかり小さくなった肩を叩いて、私はぐるりと辺りを見回す。六色と名の付く市場ではあるが、店先に並ぶ品々はとてもその程度では収まりようがない程に多色であり、食べ物もその例に漏れず見たことのない魚であったり、果物であったりと、その豊かさは私の心を惑わせるには十分なものであった。

 私は懐に忍ばせた巾着をそっと握りながらほくそ笑んだ。巾着の中には先日拝謁した際にお付きのウァルター殿から渡された、銀貨やら銅貨やらが入っている。つまりは王様からの贈り物というか、お小遣いのようなものであるのだが、どうやらこれで飲み食いをし、我が国を楽しんでほしいと、そういうことであるらしい。

 そんなわけで、先程は飯をねだる様な真似をした私であるが、流石に孫の歳ほどの娘の懐にたかるほどの甲斐性なしではない。流石に露店で銀貨何枚だなんて話にはならないだろうし、これだけあればそれなりに腹を満足させることもできるだろう。

 

「おっちゃん、これ二つ」

 

 そうしてまず目を付けたのは、骨がついたままの動物の肉を炙り、なかなかに悪魔的な香りを立ち昇らせていた店。首に手ぬぐいを引っかけた、如何にもな感じの強面な店主の目玉がぎろりと動く。

 

「あいよ、銅五枚だ」

 

「銅貨が五枚ね。はいどうぞ」

 

 空腹に響く肉の香りに耐えながら銅貨を取り出し、店主へと渡そうとした私であったが、その前にその伸ばした手を掴むものがあった。何者かと背後を見やれば、何やら穏やかではない目つきをしたシエラ嬢が店主を睨みつけている。

 彼女は何か無作法をしただろうかと訝しむ私の手から銅貨をひったくると、その中の四枚を摘まんで店のカウンターに叩き付けた。

 

「おいこら、ドランのおっさん。いつもは一本銅貨二枚でやってる癖に、初顔の客だからってボッてんじゃねえぞ」

 

 いやはや、怒っている美人というのは何とも恐ろしいものである。その眼光はまるで狼のような鋭さで、これを受けては大抵の男は怯んでしまい、酒に誘おうという気すら失せるだろう。

 店主は舌打ちをひとつ、カウンターの銅貨を集めると焼きたての肉を二つ包み、シエラ嬢へと差し出した。

 

「なんだ、アンタの連れかよ。ってことはあれか、例の亜人の姫様ってやつか」

 

「そんなとこだ。見ての通り、お姫様って柄じゃないけどな」

 

 何やら、本人が与り知らぬところで貶められている気がする。

 とはいえ、受け取るや否や肉を頬張っている辺り、気品より食い気が勝っているのは疑いようのない事実ではあるのだが。

 焼かれていた肉は、どうやら羊のものであるらしかった。香草が擦り込まれた表面からはどこか懐かしい、カレーのような香ばしさが漂い、がぶりと齧り付けば歯を立てたそこから肉汁がじわりじわりと滲み出てくる。

羊肉独特の臭みは僅かに残るものの香草のおかげでかなり癖の強さは抜けており、大きさの割に肉厚で食いでがある、現代でいうファストフードのような感覚だった。

 何より骨を掴んで食うというのがいい。食い終わった後は手が油まみれになるのが難点ではあるが、それもまた買い食いの楽しみといえよう。

 

「美味い! ほら、お前さんも一つ食うといい、美味いぞこれは。おっちゃん、もう一つ、いや二つおくれ」

 

 これはいい。これほど手軽に食える、これほど美味い肉をこれ一本で終わらせるのはあまりにも勿体ない。

 私は巾着から銅貨をまた四枚取り出して、カウンターに並べる。それを見てシエラ嬢は呆れたようにため息を吐き、店主のおっちゃんはぎょっとして目を丸くした。

 

「俺が言うのもなんだがな、嬢ちゃん。アンタも随分と肝が据わってるな」

 

「何を言うか。美味いもんは美味い、それだけのことさ。明日からは銅貨三枚で売るといい」

 

 そうして肉を受け取り、また齧り付く。

 いかん、美味い美味い。尻尾が止まらん。

 気付けば二本目もぺろりと平らげ、ついでに店の周りにはちょっとした人だかりが出来ていた。どうやら私があまりにも美味しそうに食べるもので、どんなものかと道行く人々が足を止め始めたらしい。

 ついでに、私の容姿も流れを澱ませることに一役買っていることは間違いなく。

 

「見たか、すっごい綺麗な女の子」

 

「噂によると、どこぞの国のやんごとないお方らしい」

 

「亜人のお姫様だって」

 

 がやの中に、ちらほらそんな声が混ざっていた。

 右を見る。シエラ嬢が少しばかり困った様子で周囲を警戒している。

 左を見る。予想だにしない事態におっちゃんがその強面をさらに固くして立ち呆けていた。

 ゆらりと、尻尾が揺れる。

 なるほど、なるほど。

 小さかった澱みは徐々にその大きさを増し、ついには通りの半分ほどを埋めるほどになっていた。

 そのような光景を前に、私は考える。

 目を伏せ、無い頭で思考を巡らし、思案する。

 また、尻尾をひと振り。

 そうして目を開いた私は、おっちゃんの屋台に転がっていた、恐らくは肉を焼く際に椅子代わりにしていたであろう木箱を店先まで引っ張ってきて、その上に飛び乗った。

 外套に、手をかける。

 それにぎょっとしたシエラ嬢が止めようとするが、まるで遅い。

 私は人で溢れる市場の大通りにて、さぱっと外套を取り払った。

 銀の髪が舞う。

 青空の下で広げた翼は、いつになく気持ちがよかった。

 衆目に晒されながら、人々がどよめく中で大きく息を吸う。

 胸いっぱいに空気を吸い込んで、ぴたっと止めて――

 

「さあさあお立合い。家で赤子が泣いている、葬式通夜でなければ見といで寄っといで。ほらそこ行く麗しいお嬢様、そう、貴女でございます。そんなに生き急いでどこ行くの。散り行く様が美しいとは誰もが言うが、美しい花はなるべくのんびり、長いこと咲いていてほしいと思ってしまうのが男の甲斐性というもんですよ。そう、そうそう、なにそんなに長いこと捕まえはしませんよ。蝶は自由に舞ってこそのものでございますから」

 

 そうして始まるは竜の娘の売り口上。娘を売るって? 馬鹿を言っちゃいけねえ。

 これここに並ぶはこの店主が手ずから仕上げた羊肉の香草焼き。無骨な店主が作った無骨な料理、しかしその味はまるで生娘のように繊細でまろやか。香草で丁寧に臭みを消してあるので淑女様方のお口にも大変宜しい。馬鹿な野郎どもは手で掴み取って齧り付きますがね、この料理はそれが作法でございやす。

 なによりこの肉汁。見てくれほらこの通り、綺麗なもんでしょう。下拵えが違いますよ。

 私も初めは蜜でも仕込んであるのかと疑ったものだがそれぐらい甘い。そして美味い。ナイフフォークで切り分けてこの肉汁を無駄にするだなんてとんでもない。お天道様が許しても、この私が許しゃあしません。

 まあまあまずはひと齧り。なに金がない? 馬鹿だねえお前さんは、一つぐらい奢ってあげるからまた明日にでも返しに来なさい。ほら食った食った。どうだ、美味いだろう。そら美味いに決まってる。なんせ人の銭で食う飯だ、美味いと言わなきゃ後が怖い。

 さあこの魅惑の香草焼き、一本銅貨三枚でどうだと言いたいところだが今回はこれだけお客様に集まって頂いたもんだからもう一声、一本二枚でどうだ。

 さあさあ一本二枚。この私が太鼓判を押す絶品が銅貨二枚となっちゃあもう買うしかない。なに、お前は誰なんだって。よくぞ聞いてくださった。

 何を隠そうこの私、果てはここより三十日は空を泳いだ先にある、それはもう辺鄙で小さな島からやってきた、口先と見栄えだけが取り柄の娘でございまして、名はなんと隣におりますこの美人と同じシエラと申します。

 故あってしばらくこの辺りで世話んなることになりましたが、見た目以外は皆様方とそう変わりないただの娘っ子なもんで、何卒宜しくお願いできればと思います。

 姫様姫様とちやほやされるのも悪くはないが、こちとらここまで名も響かない田舎の国の姫でございますから、向こうじゃ着飾るより土をいじってることの方が多いくらいで、あまりにも畑に入り浸るもんでほら日に焼けて肌もずうっとこんな感じになっちまった。

 おっ、いいねご主人、二本お買い上げ。二本でいいのかい。いや羊肉というのは精をつけるにはもってこいな代物でね、うちの国じゃあ戦に出る前の男たちがゲン担ぎにこぞって食ってたようなもんで、そんなもんだからね、沢山食べて精をつけりゃあ、そりゃ夜の戦も負け知らずってなもんで――はい四本ね、まいどあり!

 

 そんなこんなで、突如始まった叩き売りは店の在庫が底をつき、店主のおっちゃんがひっくり返るところまで続いた。

 しかしそのお陰で私の人相と人柄はあっという間に街中の人々の知るところとなり、際立ったこの容姿や世間離れした言動も、ちょっと変わったお嬢さんぐらいの認識で落ち着くことになった。

 その後、私はこれ以上ないほどシエラ嬢に叱られ、家に帰るまではひたすら荷物持ちをさせられる羽目になったのだが、それはまた別の話。

 

「あ、ちなみにアンタ、十日後には出てって貰うからな」

 

「は?」

 

 見知らぬ土地での波乱万丈な生活もまた、始まったばかりだった。

 




なお箱は尻尾含めた自重で潰れかねない為、ひっそりと尻尾で支えている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。