自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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お待たせしました。


爺様、教鞭を執る

 

「先生だぁ?」

 

 とある日の昼下がり。今日も今日とて額に汗し鍬を振っていた私であったが、ふらりとやってきたシエラ嬢の話に思わず手を止め、訝しむような視線を投げてしまった。

 対して彼女はどこ吹く風といった体で、畑の傍にあるりんごの木の下に布を広げてのんびりとサンドイッチのような、薄くスライスした黒パンに野菜やら干し肉やらを挟み込んだ物に齧り付いている。

 

「ああ、港近くの空き家を使って三日に一回ほど、街の子どもを集めて文字の読み書きやら、物の数え方やらを教えてるんだが、そこでちょっと知恵を貸して欲しくてな」

 

 なるほど、つまりは寺子屋のようなものだろうか。尋ねてみればどうやら先代の王が存命だった頃から行われていたものらしく、特に先の王は子を愛し、先人の知恵をより多く次の世代に引き継ぐことこそ豊かな国を創ると説き、わざわざそれ用の家まで建てさせたという。

 やはり鳶から鷹は生まれぬというか、鷹の親もまたやはり鷹なのである。船旅の中でフライデーの坊から教わった歴史では先々代の王様はちょっとあれというか、戦上手ではあるが統治には向いていない性格であったようだが、先代、つまりはアレキサンダー王の親父さんがそうして教育に力を注いだことで国内の識字率も上がり、優秀な人材も次々と生まれているのだという。

 

「アンタ、どうせ暇だろ?」

 

 いや、お陰様で最近は実に充実した毎日を過ごさせてもらっているし、畑仕事もそれなりに忙しいのだが、担いだ鍬に呆れがちな視線を注いでいる辺り、彼女にとっては暇そうに見えるのだろう。まあ実際、そう間違ってはいないのだけれど。

 

「そもそも、私に何を教えろって言うんだ。自慢じゃないが、死ぬまで畑仕事ばかりやっていた爺だぞ、私は」

 

「いや龍だろアンタ。こう、魔法とか、俺たちが知らない理とかさ」

 

「知らん」

 

 そもそも魔法といってもそれっぽいことが出来るというだけというか、火を吐いたり空を飛んだりというのも感覚的なところでやっているし、龍の力に至ってはそれこそ人間の理解の外にあるものだ。彼女らにそれを伝えたところで益があるとは思えないし、そもこの国においての私は世界の片隅にある小国の姫君、という体になっている。

 そのやんごとない筈の身分の者が昼間っから畑仕事をやっているのはどうなんだ、という言もあるだろうが、まあそこは田舎者のじゃじゃ馬娘ということで納得してもらった。してもらう。

 

「いや、長生きばかりしているからな、蘊蓄(うんちく)はそれなりにあるが、そんなのでいいのか」

 

「ああ、何だったら子どもたちの質問に答えるだけでもいい。知りたいことを知れるという機会も、ありそうでそうないことだからな」

 

「そんなもんかね」

 

「そんなもんだよ」

 

 そういうものらしい。

 こんな老人の話を聞かせたところで退屈させてしまうだけのような気もするが、世界が変われば感性も変わるものなのだろうか。

 

 そんなこんなで翌日、私はそれなりに身綺麗な格好をして件の学び舎までやってきていた。隣には監督役兼見張りのシエラ嬢と、普段から子どもたちの先生役を買っているというフライデーの姿もある。

 学び舎とは言ったがその大きさは小屋に近く、扉を開いたらすぐに教室という構造になっている為、中にいる子どもたちの騒ぎ声が響いて辺りは随分と賑やかな様子であった。

 

「いいか、アンタは信用しているが、変なことはしないでくれよ」

 

 冗談交じりにそう釘を刺してくるシエラ嬢に、肩を竦める。

 

「やらんよ。あ、いや、豚もおだてりゃ木に登るというし、龍もおだてられれば火ぐらいは吐くかもしれんな、呵々っ」

 

「頼みますよ、本当に……」

 

「お前さんは相変わらず肝が小さいな。もっと胸を張らんと男前が台無しだぞ」

 

 そうして丸くなったフライデーの背を叩いていると、やれやれとため息を吐きながらまずはシエラ嬢が扉を開け、中へと入っていった。途端、わっと教室内が沸き上がる。

 それなりに女子の数も多いのか、沸き上がった歓声の中には何やら黄色いものも随分と混ざっていた。

 

「女の子には人気なんだよ、彼女。ほら、男顔負けの強さだし、実績もある冒険者だからさ」

 

「ああ成程、憧れの存在というやつか」

 

 そうこうしているうちに教室内の喧騒は徐々に大人しくなり、やがて小さく開かれた扉の隙間から、シエラ嬢が手招きしているのが見えた。どうやら出番のようである。

 

「さて、それじゃあひとつ頑張りましょうか」

 

 尻尾を一振り、私は扉に手をかけいよいよ教室内に顔を突っ込んだ。建物の中はやはりというか手狭な感じで、日本の小学校のひと教室ぐらいの広さしかなかった。

 教室の前方、出入り口がある側が一段高い教壇こそあるものの黒板はなく、子どもたちは三つ並んだ長机に羊皮紙、いやパピルスだろうか、それらしい茶色い紙を広げている。

 ほとんどは見慣れた人間の子どもだが、中には頭に犬のような耳が生えていたり、小さな翼が生えた亜人の子どもも混ざっていた。

 しかしこれは何だろうか。

 先程まであれほど賑やかだった教室が、まるで水を打ったように静まり返っている。

 その異様に、後から教室に入ってきたフライデーも首を傾げるほどだ。

 ふと、生徒たちの一人、赤毛を三つ編みにして肩に垂らした少女と目が合った。丸眼鏡にそばかすが特徴的な、可愛らしい顔立ちをした少女である。

 呆気にとられたような顔をするその少女に、何の気なく手を振ってみる。

 

「わ」

 

 和?

 

「わあーっ!」

 

「凄く可愛い、なになにどこの子!?」

 

「すっげぇ、角生えてる!」

 

「尻尾もあるぜ、かっけえ!」

 

「げっ、アイツあの時の……!」

 

「彼氏いるの!?」

 

「結婚してください!」

 

「男子サイテー!」

 

 どっと、赤毛の少女の声を皮切りにして、そこからはもう興奮の坩堝(るつぼ)のようなありさまだった。

 ところで最後の方でふざけた奴がいるな。先生怒らないから表に出なさい。

 

「こらこら皆、落ち着いて。今日はこちら、シエラさんに特別にお話をして貰うことになりましたので、失礼のないように、マスティアラ王国の民として恥ずかしくない振る舞いをするように」

 

 生徒をなだめるように教壇に立つフライデーだが、教室に集まっているのは誰もが十もいかない、生前の日本でいえば小学生低学年ぐらいの子どもたちだ。流石に百年以上平和が続いた現代国家と化物(まもの)が蔓延り、文明としても精々が中世が始まるかといったところのこの世界の価値観を同列に語ることはできないが、子どもという純粋無垢な存在であるからこそ、そこに差異は生まれないだろう。

 と、長ったらしく語ったが、ぶっちゃけ下の話やらなんやら(う〇こち〇こ)で盛り上がる鼻たれ小僧たちにそう語っても、誰も聞く耳など持たないだろうと、私は薄く笑みを浮かべ、困り顔のフライデーの肩を叩いた。

 

「まあ、そう堅苦しくやることでもないだろう。みんな初めまして、私はシエラ。見てのとおりちょいと変わった種族でな、こんな姿だがここにいる誰よりも長く生きている老人だ。今日は長生きの秘訣と、みんなの知りたい(・・・・)に応えるためにやってきた。では前の席から順番にやっていこう」

 

 そうして私が手を叩くと、教室中の子どもたちが我先にと勢いよく手を上げ始めた。その、どこか懐かしさを覚える光景に思わず口元が緩む。

 

「ではそこの女の子から。お名前は?」

 

「ラニ! お姉さんどこから来たの?」

 

「遠い遠いところからさ。あの黒薔薇冒険団でさえ、行くには三十日はかかるような場所だよ」

 

「次は俺な! その角って本物!? 触ってもいい!?」

 

「名前を教えてくれたらな。うん、漁師の息子のジャック君か。ではお礼に角を触ってもいいぞ。優しくな、力を入れると節で指が切れるかもしれないから気を付けるんだぞ」

 

「コリンですっ。あの、どれぐらい長生きなんですか?」

 

「コリンちゃんか、宜しくな。歳はそうだなあ、覚えている分では百年とちょっとぐらいかな。生きてる分で言えば千年は生きてるぞお」

 

「千っ、いや伝説が本当ならそれ以上にはなるか……」

 

 そんな風に所々シエラ嬢の驚く様子を挟みつつ質疑応答は進んでいき。

 

「さて次は、おっと、お前さんあの時の悪ガキか」

 

 とうとう残った生徒もあと少しというところで、何やら見覚えのある丸頭が目に入った。

 たしかロビンという名前だっただろうか。彼は私に気付かれないようにと必死に他所を向いていたが、あの丸坊主の頭はしっかり印象に残っている。

 

「おふくろさんには心配をかけてないか。あれから危ないところには近づいてないだろうな」

 

「うっせえ。お前のせいで、来たくも無いこんなところに来ないといけなくなった」

 

「あれからこってり叱られたらしくてな。罰としてここに通わされてるらしい」

 

 ああ成程。それで先程からご機嫌斜めなのか。

 我々大人からすれば自業自得以外の何物でもないのだが、子どもからすれば理不尽な仕置に感じるのだろう。

 

「いいかロビン、学ぶというのは大事なことだぞ。字が読めれば仕事が増えるし、計算、勘定が出来れば商売だってできる。畑をやるのだって、学があるのと無いのとでは雲泥の差だ」

 

 私としては暖簾に腕押し、馬の耳に念仏といった結果になるだろうとは思いながらの言葉であったが、どうやら何か感じるものがあったようで、ロビンは顔を横にしたまま視線だけをこちらに向けて。

 

「お前も、頭がいい奴の方がいいのか」

 

 そんなことを言ってきた。

 はて、どのような心情だろうか。

 

「頭が良いから、というのは少し違うかもしれないが、真面目な奴は好きだぞ私は。そして人とは己が好きな物事ほど真面目に向き合うもんだ。仕事も同じだぞ、ロビン。自分が真面目に向き合えるように、自分が好きな仕事が出来るように最低限の知識は学んでおくべきだと、私は思う」

 

 あの時真面目に勉強していれば、そんなことを言いながら腐っていく人間を、私は散々目にしてきた。そうして後悔をしないように、あるいは時間を無駄にしない為にも、学は必要だ。

 そのようなことを語ると、ロビンはそうかよ、と一言だけ零して、またそっぽを向いてしまった。なんともはや、やはり難しい年頃である。

 

「本当厄介だなお前」

 

「なんだ藪から棒に、失礼な」

 

 そんな一幕もありつつも授業は滞りなく進み、私は頭から尻尾まで散々質問攻めにあって本日はお開きとなった。

 それ以来、定期的に開かれる勉強会に私も度々招かれることとなるのだが、その時の出席率は他の日より群を抜いて高かったそうな。

 やはり、良くも悪くも子どもの原動力は好奇心なのだろうと、私は呵々大笑するのであった。

 




初恋ハンターG(爺)
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