自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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大変お待たせ致しました。


爺様、新しい家族を抱く

 

 子が生まれた。

 珠のような、つぶらな瞳が特徴的な可愛らしい女の子である。

 龍の身となって初めての経験であり、さらには真夜中、前兆こそあったものの突然のことであったので我が家は蜂の巣をつついたような大騒ぎであった。

 しかし苦労した分、その愛らしい顔を見た時の、胸の奥に沸き上がった暖かな感情はこの長い人生の中でも中々に得難いものであったと確信している。

 さらにその小さな身体を抱き上げた時の可愛らしさときたらもう筆舌に尽くしがたいもので、私の指を乳と間違えてしゃぶりつく様子などは、私の胸の奥底に潜んでいた母性をくすぐり、呼び覚ますには十二分の破壊力を秘めていた。

 そこからはもう、寝ても覚めてもその子のことばかりを考えていた。

 畑仕事の合間に、あるいは昼飯を食べに家へ戻った時に、あるいは夜、寝床に潜り込む前に顔を出しては、その可愛い子を愛で、戯れる。

 そんな日が三日ばかり過ぎたある日、ある朝のこと。

 我が家の扉が乱暴に叩かれ、私が寝ぼけ眼で部屋から這い出してきた辺りで蹴破るような勢いで開け放たれた。

 

「おい、子が産まれたって、お前、ほんとか!?」

 

 額に汗し、現れたのはシエラ嬢であった。

 肩で息をしながら、まさに噛みつかんばかりの勢いで私の肩を掴む彼女にすわ何事かと目を丸くする私であったが、寝起きで鈍くなっていた頭で何とか状況を整理し手を叩くと。

 

「ああ、たしかに産まれたぞ、つい先日な。よかったら見ていくか? 親に似てな、物凄く可愛いんだこれが」

 

「そりゃあ、まあ、折角だし見てみたいけど、お前は大丈夫なのか」

 

「私かい? まあ夜中のことだったし一人でやるには中々の大仕事だったからな。多少気疲れはあるが、この通り元気だよ」

 

「一人、一人だと? 他には誰も呼ばなかったのか」

 

「いや、ルールーとごん太の奴はいたが、まさか手伝わせる訳にもいかんしなあ」

 

「そういうもんなのか? まあ、(おまえ)のことだからなあ、普通とは違うか」

 

 何故か神妙に頷かれた。私の身体が頑丈なのは今更だと思うのだが。

 

「そりゃあそれなりに大変だったが、知っての通り身体だけは頑丈だからな。あれぐらいで参ったりはしないさ」

 

「そうか。でも辛かったら横になってていいんだぞ。飯の用意ぐらいは手伝ってやるから」

 

「うん? まあ、気持ちだけ受け取っておくよ。それよりもせっかく来たんだ、産まれた子の顔でも見ていくかい」

 

 何故かいつもより物腰の柔らかい彼女の様子に子首を傾げながら、まずは寝間着からいつもの作業着に着替えた後、私は彼女の手を取って屋敷の外、家畜小屋の方まで連れていくことにした。

 

「待て、外にいるのか?」

 

「そりゃあ外さ。今頃は鶏でも追っかけまわして遊んでるんじゃないかね」

 

「追っかけまわしってって、産まれたのは三日前だろ」

 

「三日前だが、そんなもんだろう。産まれてすぐ立ち上がって乳を飲むぐらいには健康だしな」

 

「産まれてすぐ立ったのか!? やっぱり人間とはだいぶ違うんだな……」

 

「うん? そりゃあ違うだろ、()と人じゃあ」

 

「やっぱりそうだよな……」

 

「そりゃあそうさ」

 

「そうか……って、待て。牛だあ?」

 

 そうしてようやく家畜小屋の前まで来たところで、シエラ嬢は素っ頓狂な声をあげて面白いくらいに間抜けな表情を浮かべた。まるで狐か何かにでもつままれたような様子である。

 そこで、寝ぼけ気味だった頭がようやく正常に回り始め、ここにきてようやく私も、これまでの会話の不自然さに気が付き始めた。

 ああ、成程。

 

「産まれたってのは、うちの富士とちよの子だぞ」

 

 そう言って私は家畜小屋の中に入り、すかさず駆け寄ってきた一頭の子牛を抱え上げた。

 ふわふわとしたこげ茶の毛に覆われた、元気な女の子だ。

 牛の出産に立ち会うなど初めての経験であったので当時はそれはもう慌てふためいたものだが、終わってみれば母子ともに健康なまま、立ち上がってすぐ乳を探す元気な姿を見せてくれた。

 

「ほれ、可愛いだろう。目元なんかお母さんそっくりでな、おっと、その様子だとどうやら本気で勘違いをしていたみたいだな」

 

 遊んでくれると思ったのだろう、嬉しそうにこちらへ駆けてきた子牛を捕まえて撫でていると、シエラ嬢はがくりと膝から崩れ落ち、何やら地獄の亡者のような呻き声を漏らした。

 そうなのである。どこをどう誤って伝わったのか、彼女はどうやら私が(・・)赤子を産んだと勘違いし、朝も早くからこうして駆けつけてきたようなのだ。

 冷静に考えて、ありえない話である。そもそも相手がいないし、仮にいたとしても龍と他の生物では子を成すことはできない。いや、厳密にいえばその方法はあるのだが、私がそれを選択することはまずないだろうと断言できる。

 

「そも、子が産まれたというのは誰から聞いた」

 

「……ピピから」

 

「アイツかあ……」

 

 ピピとは、私の家に頻繁に出入りしているハーピーの少女である。手紙であったり、ちょっとした預かり物を届ける仕事をしていて一日中王国を飛び回っている、天真爛漫を絵に描いたような少女なのだが、どうにもハーピー族はせっかちというか、会話をする際に主語が抜け落ちてしまうことが多々ある。

 恐らく今回も、そういった種族としての悪癖というか、特徴が勘違いの原因となったのだろう。

 

「それにしたってもう少し落ちついて考えればわかるだろうに」

 

「面目ない……」

 

「そもそも、龍と他の種では子は成せないと前にも言った筈なのだが」

 

「いや、(おまえ)のことだから、どうとでもできるかと思って……」

 

 しょんぼりするシエラ嬢の頬を、興味深げな様子の子牛がべろんべろん嘗め回している。

 まあ、実際のところできなくはないのだろうけれど。私に眠る、龍としての膨大な知識を用いれば不可能ではない。

 しかしそういったことは子が欲しいと思えるような相手があってこそというか、今のところ生前の妻一筋である私には限りなく縁遠い話であるように思う。

 

「どちらかといえば私は、お前たちの子を早く抱かせてほしいのだけれども」

 

 こういうことを言うとなんとも押しつけがましい年寄りの小言のようになるが、やはり親しい人間が暖かな家庭を持ち、子に恵まれるというのはとても安心するものだ。生前のように恵まれた、一人でも問題なく人生を走り切れるような時代であればともかく、ここは平和ではあるが常に死が隣り合う世界だ。

 島から一歩出れば化け物たちで溢れ、人でさえその弱肉強食の掟に従わざるを得ない原始的な世界がそこにある。それは、その世界の中で三十年近く暮らしてきた私が一番よくわかっている。

 だからこそ、彼女たちには幸せになってもらいたい。きっと彼女たちは私よりもずっと早く、あっと言う間に老いてこの世を去っていくのだろうけれど、それでも、だからこそその血を長く引き継いでいってほしい。少しでも長く、彼女たちを傍に感じたいのだ。

 それはあまりにも気が早い話なのだろうが、龍となり悠久の時を生きることが定められた今となっては、人の生は余りにも短すぎるのだ。

 

「子って、お前、俺に子どもができるもんかよ」

 

「よく言うよ。あれだけ足繫(あししげ)く通う男がいれば、期待もするだろう」

 

「おいこら、フライデー(あいつ)はそんなんじゃねえって。そりゃあ、まあ、あいつとは子どもの頃からの付き合いだし、俺のこともよく理解してくれてるけどさ、俺みたいな、冒険者なんてやってる男みたいな奴とは釣り合わねえって……」

 

 おっと。

 おっとっと?

 何の気もなく突っついてみたが、これはまた、私が彼女の家を出てから少しは心境の変化があったらしい。

くすんだ金髪をいじらしく指先で弄びながら、僅かに頬を染める彼女を見て私は意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「そんなことはないと思うがね。私から見てシエラ嬢は十分に魅力的な女性だし、気が強いのを気にしているのなら、そんなものは皆同じだぞ。むしろ、ご近所の奥様方に比べればシエラ嬢なんかは猫みたいなもんだ」

 

 いつぞやか市場に行ったときなんかは、台所を預かる歴戦の奥様方の気迫に、かつて私を救ってくれたかの大虎を重ね見たものだった。

 そりゃあ王族であったり貴族であったり、その辺りまで含めれば時代が時代であるので慎ましく、お淑やかにと育てられた女性もいるだろうが、その本質、気の強さでいけば彼女らも市井の者とそう変わりはない。

 ただでさえシエラ嬢は冒険者をやっているだけあって体付きもよく、俗っぽい言い回しになるが男好きする身体をしているし、実のところ両想いなのだからそれっぽい雰囲気を作ってしまえばあとは流れでどうとでもなると思うだけれども、しかしどうやら彼女はその育ちからか、いまいち自分に自信が持てないらしい。

 人には女らしくしろだのなんだの口うるさく言ってくるくせに――

 と、そこで私の頭に閃くものがあった。

 

「そうだ、なら私が教えてやろうか」

 

「何をだ」

 

「男心の掴み方さ。こう見えても私は男を知り尽くしているからな」

 

 何といっても元男だからな。良くも悪くも、その好みは熟知している。

 しかしシエラ嬢は訝しむような顔で私の身体を頭の先っちょからつま先までじっくりと眺めたかと思えば、まるで憐れむように鼻で嗤った。

 

「そりゃあそうだろうな。見た感じ、男にはたまらない身体をしているようだし」

 

「呵々、皮肉のつもりだろうが、そりゃあ私には効かんぞお嬢ちゃん」

 

 そういえば、何だかんだで彼女にはまだ見せたことがなかったか。

 私は着ていた作業着の腰ひもを緩めた後、ぐるりと首を回した。何せあの姿(・・・)にならなくなって随分と経つ。失敗することはまずないだろうが、それでも少しばかりの心構えは必要だった。

 相変わらず不思議そうな顔をするシエラ嬢に対しにやりと笑みを返し、私は全身に力を行き渡らせた。身体が熱を持ち、周囲の草木がにわかに騒ぎ始める。

 

「な、なんだっ!?」

 

 閃光。

 朝日にも負けんばかりの光が辺りに迸り、その中心で私は己の手を握り、なんの滞りも無く変身が完了したことを確認する。

 流れるような銀の髪はそのままに、先程までゆったりとした佇まいだった作業着ははち切れんばかりに押し上げられ、胸元などはボタンがひとつふたつ弾き飛ばす程の破壊力であった。

 そうして私は、あまりの出来事に釣り上げられた魚のような間抜け面を晒すシエラ嬢を見てしてやったりと笑みを浮かべた。

 驚いている、驚いている。そうだろう、そうだろうとも。

 

「呵々ッ、どうしたそんな鳩が龍の咆哮(ドラゴンブレス)でも食らった顔をして。ふふん、どうだ、私が本気を出せばこんなもんよっ」

 

 胸を張る私に、彼女の顎はいよいよ落ちてしまいそうだった。

 別に件の淑女教室が終わってしまえば隠す理由もないこの姿ではあったのだが、ここまで彼女を驚かせることに成功したのならば隠していた甲斐もあったというものだろう。

 

「なんつぅインチキ……」

 

 頭を抱えるシエラ嬢の裾を、元気いっぱいの子牛が遊んでくれとばかりに力いっぱい引っ張っていた。

 




ということでしばらくはまた、ないすばでぃお爺ちゃんです。
またどこかの青少年の性癖が破壊される気配がしますね。
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