自分以外誰もいない状態でジャングルに投げ出され、異世界の無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に冒険者たちに助けられた中身が日本出身の爺な竜娘の生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述   作:野良野兎

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大変お待たせ致しました。



爺様、練り歩く

 

 その日、王都ファンフェルに激震が走った。

 月の光を紡いだような煌めく銀髪に、匂い立つような妖しさを放つ瑞々しい褐色の肌。血のように赤い瞳の上には長い睫毛がすらりと並び、ぷっくりと膨れた薄桜色の唇から紡ぎ出される言葉の前ではどのような勇者であろうともその魂すら差し出してしまうだろう。

 更に、芸術的なまでに完成されていたのはその(かんばせ)だけではなかった。

 異国風の着物(ドレス)の下から激しく主張する、たわわに実った二つの果実。帯で引き締められより強調された細い腰。小さすぎず、しかし大きすぎもしないほど良い臀部。時折スリットから覗く太ももには男女問わず目を奪われずにはいられなかった。

 しかしそれ以上に目を引くのは、背中から生えた大きな翼と尻尾だった。それぞれが漆を塗ったかのような黒い鱗で覆われており、よくよく見てみれば両手や両足にも同様の、彼女が亜人であることを示す異形が現れていた。

 すわ何処かの姫君か、あるいは神が遣わした御使いか。

 正しく絶世、傾国の美女とは彼女のことを言うのだろうと、後に吟遊詩人が国中に語り広めることになった謎の美女――つまり私のことであるが、まさか己の知らぬところでそんなことになるとは露とも知らず。

 

「だからな、シエラ嬢や。男というのはああ見えて大方が優柔不断で、さらに厄介なことに気位が無駄に高い。自分から一歩踏み出すべきだと自覚はあっても、それなりに場が整い機が訪れるまでその一歩を踏み出そうともしない。あれはそういうタイプだぞ」

 

 そんな風なことを、隣を歩くシエラ嬢に向けて熱く語り聞かせていた。そしてその彼女はというと、先程から何やら疲れ果てたように溜息を吐いては頭を抱えたり目尻を揉んだりと何やらお悩みのようで、どうしたものかと体調を気遣ってみればまるで親の仇を見るような恨めしそうな目をこちらへと向けてきた。

 

「お前はほんと、どうしてそうなんだろうなあ」

 

 万感の思いを乗せた、絞り出すような声であった。

 

「何やら不当な誹りを受けた気がするぞ。なんだ、爺の話はそれほどに退屈か?」

 

 想い人との関係をもう一歩進めたいと言うからこうして散策がてら講釈を垂れているというのに、街に入ってからずっとこの調子だ。

 いや、たしかにこの身体、大人の姿に成れることを隠していたことに関しては少しばかり申し訳ないと思わなくも無いが、それにしたってそろそろ機嫌を直してくれてもいいのではないだろうか。

 

「いや、そうじゃないけどさ。はあ、とにかくお前、今後はその格好でふらふら歩きまわったりするなよ」

 

 特大のため息の後、藪から棒にそんなことを言って、シエラ嬢は唇を尖らせた。

 

「せっかく拵えて貰った一張羅になんて無体なことを」

 

 雅に揺れる袖を翻し、背後の尻尾が抗議するように空を薙ぐ。

 今の私の恰好はちょっとした筋、まあお姫様なのだが、そこから伝手を頼って一流の職人の手で作り上げられた逸品で、そこそこのお金をかけている。

金糸で刺繍された鯉と牡丹の花。布地は銀の髪色がより映えるよう黒で統一し、帯には金の青海波を鱗のようにあしらっている。

 そう、この世界ではかなり珍しい和装だ。

 しかしかつて同胞、かの嵐を纏う龍である狂飆(きょうひょう)が好んで着物を身に着けていたことから日本に近い文化を持った国が存在していることは察していた。姫様曰くそこは王国より遥か東にあり、かつては他国との交流の一切を絶っていたそうだが、ここ百年の間で少しずつ国交が回復しつつあるそうな。

 その名もヒノ国。日が昇る場所に最も近いことと、天辺から火を噴く霊峰を背にしていることからその名が付いたのだとか。

 何やらノスタルジーを抱かずにはいられない話ではあるが、今はそのヒノ国の職人が拵えた一張羅の話である。

 確かに私には似つかわしくない煌びやかな衣装であるし、翼や尻尾がある手前どうしても多少着崩すようになってしまうのはこれを仕立てた職人の方々に対し本当に申し訳なく思うのだが、まさか表を歩き回るなと咎められる程とは。

 

「だから違うっての。お前、そんな恰好をして路地裏に連れ込まれたらどうするんだって話だよ」

 

 しかし私の考えは杞憂だったようで、どうやら彼女はただただ私の身を案じてくれていたようだった。やはり、その口調から初見は粗野な印象が勝るが、根は実に優しい女性なのだ。その優しさをもう少しばかり素直に口に出すことが出来れば、幼馴染もとい想い人との関係もとんとん拍子で進んでいくだろうに、勿体ない。

 

「心配には及ばんぞ。女子を手籠めにしようだなどと考える無法者には、しっかりと仕置をして懲らしめてやるからな」

 

「それが心配なんだよ。アンタの場合、力加減を間違って人型の燃えカスを作りかねない」

 

「呵々ッ、それもそうだ!」

 

 まあ、火傷で済めば運がいい方だろう。あの力を振るったのなら、という前提だが。

 シエラ嬢の前で口にすることはないが、私が彼女ら、いわゆる普通の人間を相手に龍の力を振るうことはまずないだろう。それは生まれたての赤子に対して対艦砲を構えるようなものであり、私とこの世界の人間との間にはそれほど隔絶した力の差がある。

 まあ、お仕置きするといってもデコピン辺りがせいぜいだろう。

 

「それよりも、次は港の方に行くぞ。あそこの海沿いにとても雰囲気の良い店を見つけたんだ」

 

「やるなよ、マジで。アンタはもう少し自分の見てくれを意識してくれ」

 

 失礼な。これでもきちんと把握している。

 そも、シエラ嬢やらアイビス女史やら、果てはご近所さんの肝っ玉お母さんまで、この世界の人間には美形が多い。元々そういう存在(もの)なのか、あるいはこの険しい世界で生き残り続けた結果そう成ったのか、それはともかくつまり何が言いたいかといえば、この世界の人間は目が肥えている、俗っぽく言ってしまえば面食いが多い。と、思われる。

 故に、私程度の見てくれでは初めこそ物珍しさから目を引くものの、それはあくまで一時的なもので、時間経過と共にそれもまた薄れていくと、そういう風な考えをしていた。

 

 そうしてやってきたのは港町ルーノク。

今日も今日とて何隻もの貿易船やら漁船やらが行き交い、屈強な海の男たちが喧騒の中で忙しなく動き回るその光景を、我々は一段高い、港を一望できるレストランのテラス席から眺めていた。

 目の前にはシェフが腕によりをかけた見た目にも美しい、いや見た目にも美味しい料理の数々が並び、私は木製のマグに注がれた葡萄酒を煽りながら鶏もも肉のステーキに舌鼓を打つ。うん、香草が良く効いていて美味い。

 

「どうだ、良い店だろう。夜になると満天の星空で水面が煌めいてな、波の音を聴きながらそれを眺めているとこう何とも言えない、心が洗われるような気持ちになる」

 

 生前の世界はたしかに平和で豊かなものではあったが、その代償は大きかった。空は曇り、山は禿げ上がり、海は濁っていた。かつての環境を取り戻そうと学者さんが色々と知恵を尽くしていたようだが、それも何年かかるか見当もつかないような話であった。

 しかしこの世界には、それはない。

 科学ではなく、魔法という技術が発達した、淀みのない世界。

 たしかに危険も多いし、何かと不便ではあるが、ここにはかつての世界にはなかった活力が漲っていた。

 大切にしてほしいと、尊ぶべきであると、そう思う。

 陽光に照らされ揺れる水面を眺めながらそんな考えに耽っていると、ふと目の前から視線を感じた。顔をあげてみれば、シエラ嬢が目を真ん丸にしてこちらを見ている。

 

「なんだ、その変な顔は」

 

「いや、ひ孫までいたってのは本当の話なんだなって。アンタ、今完全に母親の顔だったぞ」

 

 シエラ嬢の口から出たとんでもない言葉に、私は思わず顔を顰めた。

 

「なんだそりゃあ」

 

 たしかに親は親だが、母とはどういうことだろうか。この身体になって、母性が父性に取って代わったか。まあこちとら合わせて一世紀以上も生き、人の理に外にいる存在であるので、そんなこともあるのかもしれない。或いは、一種の悟りに近い何かか。

 

「まあそんなことはどうでもいいさ。とにかく飯にでも誘って、夜にここで酒でも飲め。場と流れを整えてやりゃあ、あの男も少しは甲斐性を出すだろうさ」

 

 そうして食事を済ませ、先程よりも少しばかりは落ち着いてきた港をのんびりと歩く。

 聞けばあの男、フライデーは気象やら浮島の観測やら、空にまつわることを色々と研究している学者さんのようだが、その仕事柄から私の時のように冒険者の一団と共に船に乗る時以外はもっぱら研究所に引きこもって文献と睨めっこばかりしているらしい。

 それにしたってもう少し甲斐性というか、惚れた相手に想いを伝える度胸ぐらいは持つべきだと思うのだが。次に会った時は畑の手伝いでもさせて、身体を鍛えさせるか。

 

「だから、俺は別にアイツのことはどうでも……」

 

「お前さんもほんっと素直じゃないねえ」

 

 と、そんなことを話しながら歩いていると、ふと目に入るものがあった。一人の少年が、藁で出来た人形を前に必死の形相で木剣を振るっている。我流なのだろう、その太刀筋は荒く、切りつけるというよりは乱雑に叩きつけている風には見えるが、汗を飛ばし、一心不乱に剣を振るその姿は実に清々しいものであった。

 

「あれは、ロビン坊か」

 

「ああ、最近は家の手伝いやら、勉強の傍らああして鍛えてるらしい。どうしてもと頭を下げられて、俺もたまに剣を教えたりしてる。ああ見えて中々筋がいいんだぜ」

 

「ほう、そいつは凄いな」

 

「ほんと、誰の影響なんだろうな。ったく、アイツにもあれぐらいの根性があればな……って、おいこら!」

 

「ようロビン坊、精が出るなあ!」

 

 何やらぶつぶつもにょもにょしているシエラ嬢をしり目に、私は丁度ひと段落したらしいロビン坊に手をあげ、近づいて行った。

 声からして私だと察したのだろう、ロビン坊は何故だか悪戯がバレたようなどこか居心地の悪そうな顔をしていたが、こちらを見るや否やまるで蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。

 

「え、おま、いや、アイツの、姉ちゃん……?」

 

 目を点にして、ぱくぱくと鯉のように口を動かしていたロビン坊の顔が徐々に、下から真っ赤に染まっていく。その様子はまるで火にかけた鍋のようで、ぐるぐると目を回すその頭のてっぺんからは蒸気すら昇っているようだった。

 

「だからさ、アンタはほんとさ、そういうとこだぞ」

 

 追いかけてきたシエラ嬢がその光景を目にし、特大のため息と共に頭を抱える。

 解せん。私はただ、頑張っている少年を労おうとしただけだというのに。

 尚、その後再起動したロビン坊に事情を説明し、再び目を回した彼を家まで送り届けることとなり、その際、彼の母上殿に淑やかさとは何かを滾々と説教されることになるのだが、それはまた別の話である。

 王国は、今日も今日とて平和であった。

 




流行り病でモチベが崩壊し、中々仕上げられませんでした。
もうすぐ黄金でレガシーなアレが始まるので、更新ペースが亀になるかもしれません……。
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