青い春は、いつだって強引に
「あれ、なんだろう。凄い人だかり……」
ここは紅葉学園。
現在はまたもや放課後だ。
アオイは部室に向かう前に、飲み物を補充する為に購買を訪れていたが……お茶の会計を済ませた後、レストルームの壁際に人だかりが出来ているのを見つけた。
「へぇー、昨日そんな面白そうな事やってたんだ」
「昨日暇だったんだよなー、見に行きゃ良かった」
「勿体ないことしたな貴様ら〜。凄かったぞぉ」
「へー、模型部って意外と可愛い子揃いじゃん」
「おいおい、テンジョウの奴見て言ってんのか?」
「テンジョウ以外だよ」
「このURLのやつ見た?」
「見た見た。ガンプラバトルってすげーんだな」
ざわざわと会話を交わす声に耳を立てると、どうやら昨日体育館で行われたガンプラバトルについての話題の様だった。
(……あっ、新聞部があるって言ってたし、学園の新聞なのかな?もう話題になってるんだ)
そうアオイは推測する。
1晩しか経っていないのに、もう紙面にしているとは……と、アオイは素直に感心していた。
模型部存続の為に行われたバトルだったが、こうしてガンプラに詳しく無い人達に興味を持ってもらえるきっかけとなっているのは喜ばしい事だった。
(ふふ……どんな内容なのかな)
人混みを回り込んで、壁に貼られた新聞……「紅葉新聞」と銘打たれたそれを見やる。
新聞らしい縦書きの文面が踊り、幾つもの写真が紙面を彩っている。
文面の内容はなんだかハイテンションに見えるが、存外に新聞らしいものだった。
(……うん?)
ふと、1つの写真の中の人物と目が合った。
……長い前髪の片側を見覚えのありすぎる星の飾り付きバレッタで留め、口元に三日月の様な笑みを浮かべ、瞳孔の縮まった瞳をギラつかせる───────自分と。
「ひゃ、ひゃあぁっ!?」
(す、すっごくはしたない顔撮られちゃってるーっ!?)
思わず口元を抑えたが、甲高い悲鳴が漏れ出る。
こんな顔している所を撮られ、あまつさえこんな形で晒されているなど、アオイは夢にも思っていなかった。
そして声に出てしまったのがまた、悪手だった。
「うん?」
「誰の声だ?」
「……あっ、この娘!」
「新聞のガンギマリ娘だ!?」
「がっ、ガンギマリ!?ガンギマリって言われました私!?」
「かわいい……」
「ええやん!」
「これは捕まえて色々聞き出すしか!」
「かこめかこめー!」
「ひゃあああああああああっ!?」
……
「はぁ、はぁ……なんとか、撒いたの、かな」
アオイはなんとか包囲網を突破し、模型部部室に向かっていた。
現在は一時的に、人目につきづらい校舎の角に身を隠している。
「居たー?」
「逃げられたかもー」
「っ!?」
光速で口を両手で抑える。
遠くで追っ手の声が聞こえる……どうやら、部室までスニーキングを強いられているようだ。
もっとも、目的地はもう目と鼻の先ではあるが。
周囲をしっかり見渡し、クリアリング。
移動は、一息に。
「……よし、着いた……!」
模型部部室のドアノブに手をかけ……入るところを見られていないか、素早くもう一度見渡す。
メタルでギアなソリッドの経験が活きている。
誰も見ていない事を確認し、ドアを開け室内に滑り込む。
「はぁっ……ふぅうっ……」
ようやく落ち着ける場所に辿り着き、ドア背に胸を撫で下ろす。
やはり注目を浴びるのは苦手だと、そう感じるアオイであった。
と、その時。ガタリと立ち上がる……部室内で待ち構えていた者が1人。
「うぇーい!!」
「ふぇっ!?」
アオイは室内の様子を見れていなかったので、その声量に心底驚く。
待ち構えていたのは、明らかに模型部員では無い。
声の主は、ぱっちりとした目のサイドテールの美人ギャル。
ブレザー(上着を袖で結び腰に巻いているが)を着ている為学生の様だがバチバチにメイクをキメており、爪にはオレンジの美しいネイルを付けている。
「キャーっ!キミがアオイちゃんよね!?やっぱ美人だしカッワイイじゃーん!」
「ふ、ふぇ?誰なんですか!?」
「むふふふ、これはあーしの腕がなりますなぁ!」
「え、えっと……?」
ギャルはそう言いながら、しゃきーん、とどこからともなく小さな筒状の物を幾つも取り出し、ビギニングガンダムの様に両手の指に挟み構え、アオイに襲いかかった。
アオイは、受難がまだ終わっていない事を……今日という日が厄日の類であると察して泣いた。
「ひ、ひぁあああああああああああああっ!?」
《第4話 あの輝きを、確かめに行こう》
「あら、カギ開いてるわね」
「アッ、昨日閉め忘れたかも」
「もう……万が一作品を盗まれたりしたら恨むわよ?」
「イゴキヲツケマス」
遅れてやってきたのはユイとマヒロだった。
鍵が開いているならばと、遠慮なくドアを開ける。
「アオイ、居るかしら?」
「せ、先輩方……た、助けていただけませんか?」
「ちょいちょい、ズレるから喋らないでね〜」
「えっ、どういう状況なのそれ?何故メイク?」
「えっ?なんでアケミちゃんここに居んの?」
部室内にはアオイと、ユイには見慣れぬがマヒロはよく見知ったギャルが1人。
先日のバトル中、何故かチアリーダーの真似事をしていた生徒だ。
2人はパイプ椅子に対面するように腰掛け、アオイは何時ものでは無い髪留めで前髪を上げさせられ、ギャルがアオイの顔に恐るべき速度でメイクを施していた。
「……うぇい!かんせーい!どや!」
「は、はう……」
「あら、可愛いじゃない」
「さっすがアケミちゃん!カンペキでは?」
「しっ、知り合い!?まさかグルなんですか!?」
「いんや、特に示し合わせてた訳じゃないけど」
「あーしが勝手に来ただけー!カギ開いてたからはいっちった!」
「不法侵入で訴えられるわよ貴女」
アオイは普段のノーメイクから、的確にファンデ、アイシャドウ、チークにリップまで付けられ飛躍的に美少女度が上がっていた。
もはや振り向かぬ者は居ないレベルだろう。
多少はメイクの心得のあるユイはツッコミながらも、アオイの出来栄えを見て、ギャルの腕前には内心舌を巻いていた。
「……で、貴女何者?」
「あーしは2年の
「Bernard and Felix Foundationですか?」
「Best Friend Foreverだよ!アケミちゃん、うぇーい!」
「うぇい!」
そう言いながら、マヒロとアケミは手元も見ずにタイミングも位置もバッチリなハイタッチをぱちーんと鳴らす。
相当仲がいいらしい。
「ふっふっふ……部長さん、マヒロっちから聞いたっすけど、ネット配信やら中継がされるようなでっかい大会に出るそうで?」
「ガンプラバトル全国大会の事ね……それが?」
「あーしはこの通りメイクとか、あとファッションとかが得意なんすよ〜。どうです?あーしをスタイリストとして雇うとか。テレビに映るともなれば、キレイにしたいっしょ?」
「ふむ……って、雇うかと言われても、給料なんて出せないわよ?」
「お賃金は要らないっすよ〜、ボランティアみたいなカンジでなんとか!というかなんでもいいんで応援させてくだち!」
「アケミちゃんの腕前はうちが保証しますよ〜」
ユイはもう一度アオイの顔を見る。
一瞬目を閉じ思案し───────
「採用」
「うぇーい!」
「良かったねアケミちゃーん!」
「ふぇ……またこれ、されるんですか……?」
「良いじゃないの、可愛くなれるわよ」
「別に、そういうのは興味無いのですが……」
「それはちょっち勿体なくなーい?」
諸手を上げて喜ぶアケミに、抱きついて喜びを分かち合うマヒロ。
何にせよ、模型部を肯定してくれるサポーターが増えたのだった。
そんな中、部室のドアが開く。
顔を覗かせたのは、キリタニだ。
「ハザマ、やはり此処だったか……おや、もう1人の探し人も都合良く居るじゃないか」
「あ、キリタニ先生。お疲れ様でーす」
「えっと、探し人とは?」
「そこの2年の2人だよ。ハザマにヒノ」
「うぇい?」
「うちらっすか?」
「……何か、忘れていないかい?」
そう言われキョトン顔を見合わせる2人。
「はて?」
「今日はテストの返却があったくらいで、特に何……か……あっ」
「うぇ?マヒロっち?」
何かを思い出したか、マヒロの顔がサッと青ざめる。
「あ、アケミちゃん……うちらギリ赤点で補習だよ……!」
「え?……あ゛っ」
「歴史科のサカエダ先生が探していたよ……それはもう、カンカンだったね」
「ヒェ」
「すっすぐいきまーす!」
2人は脇目も振らずにばびゅん、と駆けだした。
その様子を見て苦笑するキリタニ。
「やれやれだね……」
「そういう事はしっかりして貰わないと困るのに」
「もう、何が何だか……」
「全くだ……おっと、彼女らが逃げていないか見届けないといけないので失礼するよ」
「キリタニ先生もお忙しいですねぇ」
「まあそれでも、好きでやっている事さ……ではね」
そう言ってキリタニも部室を去って行き、アオイとユイの2人が残された。
アオイは疲労困憊と言った様子だった。
「なんだか、この学校に来てから振り回されてばかりな気がします……」
「気のせいじゃないかしら?」
「原因の1人がよくもぬけぬけと……!」
また机に突っ伏しながらも、顔だけ横に向けユイを見やりながら不満げな顔で遺憾の意を示すアオイ。
なおバチバチに可愛らしくメイクした美少女が“頬を膨らませる”という意思表示を選んだので、威圧どころか癒し効果を放っており、ユイは微笑ましく見ていた。
「まあまあ……そうねぇ、丁度アタシ達が残った訳だし“本気”の1VS1バトルとか、どうかしら?」
「やります」
アオイはすぐさまシャキッと背筋を伸ばした。
「即答すると思ったわ」
「む……もしかして、バトルジャンキーとでも思っているんじゃないですか?そうだとしたら遺憾なのですが。私はゲーマーです」
「バトルになれば目をギラつかせるわ、家に帰っても対戦ゲームやってるわじゃあしょうがなくないかしら?」
「む、むむむ……」
と、その時、ドアがコンコンと打ち鳴らされた。
「はーい、何方?」
「アオイのクラスメイトの、オグラ・ユウヤだ。入れてもらってもいいか?」
「ユウヤ君?」
ドア越しでくぐもってはいたが、それは確かにユウヤの声だった。
「へぇ、アオイのクラスメイト……カギは開いてるから、入っていいわよ」
「そうか、失礼する……む」
「……あの、ユウヤ君?どうしたの?」
ユウヤは入ってくるなり、アオイの顔を見て固まる。
「アオイ、化粧をしたのか?」
「えっ……あっ」
「すごく、可愛いな」
「───────〜っっ!!?」
声にならない悲鳴が出た。
アオイとしては、異性に「可愛い」と言われるのも初体験である上、イナホに「ユウヤはそういう事に興味のある奴じゃない」と散々聞かされていたので、不意打ちクリティカルだった。
「あっははは……転校早々に彼氏作ったの?やるじゃない」
「っ!?いや、まだ、そんな関係ではないですからねっ!?」
「?」
「まだ?」
「あっ!?あう……ちっ、違いますからぁ!」
顔を耳まで真っ赤にして必死に否定するアオイ。
まだ受難は終わっていなかったらしい。
本格的に厄日の様だ。
「えっと、その……要件を言ってもいいか?」
「あっうん!そうそう、何か相談事か、頼み事があって来たんだよね!?」
「ちぇっ、ここまでか……あら、そういえば貴方、新聞部じゃない?今日は新聞の制作で忙しいんじゃなかったかしら?」
「ああ、それは……昨日、体育館でやっていたガンプラバトルの写真とレポートを部長に渡したら、すごく筆が乗ったそうで……1人で、一晩で仕上げてしまったんだ」
「あの写真、やっぱりユウヤ君が撮ったんだ……あうう」
「あー、アイツならやりそうねぇ」
「知り合いなのか?」
「同じクラスなだけよ……なるほど、そういう訳で部員は全員手持ち無沙汰って事ね」
「そういう事なんだ」
「ふーん……で、それで貴方の要件は?」
「ガンプラの事を教えて欲しいんだ」
「ガンプラを?」
これもまた、アオイにとっては意外だった。
写真以外の趣味にはまるで興味を示さないのを聞かされていたからだ。
「ああ……昨日と、その前のバトルを見て、僕もガンプラをやってみたくなったんだ。今後、写真を撮るにも経験が活かせるかもしれないし……アオイが夢中な訳も、知りたいしな」
「ユウヤ君……」
見つめ合うユウヤとアオイ。
これが脈ない訳無いでしょ……とユイは内心思った。
「うん、そういう事なら……ここには、ガンプラが山のようにあるし、ここで1つむぐぐ」
1つ作ってみよう、と言いかけたアオイの口をユイがすかさず塞いだ。
「ユウヤ君と言ったわね……そういうことならば、こんな狭い部室よりも、うってつけの場所があるわよ」
「そうなのか?是非とも教えて欲しい」
「むぐむぐ」
食いついた事を確認し、ユイはほくそ笑んだ。
「それは……“ガンダムベース”。その内の1つの、“ドームフロントベース”よ」
「ガンダムベース?」
「むぐぐ?」
「ガンプラの直売店にして、ガンプラ好きの聖地よ。よりどりみどり、ここの積みの山なんて目じゃない程大量のガンプラがあるわ。
ショッピングモール内にあるのだけど、同じモール内にガンダムカフェなんかもあるわよ」
「よく分からないが……凄い場所なんだな」
「ええ、それはもう」
「ぷはっ……確かに、ガンダムベースの方が選択肢は多いとは思いますけど……」
「言いたい事は分かるわ。名古屋の方だから、行けるかどうかって事でしょう?」
「はい」
「案内すれば良いじゃない、貴女が」
「はい……はい?」
「アオイが連れて行ってくれるのか?」
一瞬、アオイは言われた事が理解出来なかった。
……間を置いて、言われたことを飲み込めたようだ。
「……え、ええぇーっ!?あ、あの、私も行ったことは無いのですが!?」
「でもこっちに越してくると決まった時から、調べていたんじゃない?」
「そ、それは、まあ……行きたい、ですし」
「なら出来るじゃない」
「あああの、そうではなく、その、私とユウヤ君だけって事は……!」
「アオイ……」
「あっ、えっと……ユウヤ君……?」
「来てくれないのか?」
「うっ……」
少し寂しげな目でアオイを見つめるユウヤ。
そんな目をされてしまっては、アオイも心が痛んだ……
「……結局、約束してしまいました……」
「うふふふ……楽しみねぇ?で・え・と♡」
「やっぱり、そういう事ですよねぇ!?うわぁぁぁあああん!」
……
「おっ、ユウヤ。部活も休みになったに、どこほっつき歩いとったん?」
「少し、アオイの所にな」
紅葉学園は小高い山の上にあり、その校門前を通る道路はそこそこの傾斜の坂になっている。
校門前から下って行ったそこには、お好み焼きやたこ焼き、たい焼きなんかのスナックを売っている小さな小さな店がある。
ユウヤとイナホは帰る方向が同じでそこを通る為、共に下校する時はいつもここが待ち合わせ場所だった。
「ほい、たい焼き。奢ったったわ」
「カスタードか?」
「それ以外食わんやろ?」
「助かる」
2人にとっては、いつもと変わらないやり取り。
ここで待ち合わせする時は交互に100円のたい焼きを奢り合うのが通例だった。
揃ったので、2人は家に向けて歩き出す。
「……で、アオイとなんか話してきたん?」
「ああ。ガンプラの事を教えてもらおうと思ってな」
「ほほう、ユウヤがカメラ以外に興味を持つとは……人間、長生きしてみるもんやねぇ」
「少しババくさいぞ、イナホ」
「あーあー言わんでよ、ウチも気にしてるんやから
……で、教えて貰えたんー?」
「いや、今日は教えて貰えなかった。代わりに……明日、土曜日だろう?デートをする事になったんだ」
「へぇー、デートねぇ……デー、ト……」
イナホは喋りながら、粒あんのたい焼きにはむ、と1口かぶりつく。
……少し間を置いて、勢いよく粒を吹き出した。
「ぶふぅっ!?」
「うおっ!?イナホ、それは少し勿体ないんじゃないか?」
「い、いやまて貴様ぁ……!いま!今なんつった!?!」
「え?吹き出すのは勿体ないと」
「そのひとつ前やぁ!」
「……えっと、明日デートに行く、と」
「デートぉ!?ユウヤが!?誰と!!?」
「アオイだが」
「あ、アオイぃー!?!!?はァー!??」
ユウヤは、散々言われているがいわゆる朴念仁である。
色恋沙汰になどとんと興味は無く、趣味一筋。
イナホは幼馴染だからこそ、身に染みてその事を理解していた。
いずれはちゃんとした恋愛をして欲しいとも思ってはいたが……まさか、転校生と急展開などというベタな事象が起こるとは思ってもいなかった。
「う、うぉおん……百歩譲ってデートに行くのは良いとして、どうするん?」
「どうするとは?」
「いや、服装とか」
「普通で良いんじゃないのか?」
「お、男がリードしないととか」
「リード?」
「案内とか、プランとかの事よ」
「アオイに案内してもらうんだが……」
(……い、色々と心配すぎる……っ!!)
アオイがしっかりしているのは理解しているが……それに対しユウヤは色々と抜け過ぎている。
放っておけばどうなるか、イナホには想像もつかなかった。
「ああ、明日が楽しみだ……!」
「……」
(これは……ウチが見届けに行かないといかん……ッ!)
どこか浮かれている様子のユウヤを尻目に、イナホは2人のデートを密かに尾行する決心をするのだった。