バタバタとしながらもあっという間に時間は過ぎ、あれから数日が経った。
現在は土曜日。
学生たちの殆どにとって休日である。
アオイも例外でなく、今日は自身の住む住宅地から発車するバス……通学にも利用している……に乗り、最寄り駅周辺の散策に出ていた。
……と、言ってもアオイの目的はただ1つだった。
「ええっとナビによると……あった、あそこだ」
片側2車線、歩行者視点では十分に広い国道沿い。
そこにその店はあった。
白塗りの外壁に、さり気ないアクセントになっている青の装飾の組み合わせは小綺麗な印象を与える。
入り口付近はパッと見のオシャレな印象とは程遠い、アニメの物や手作りの物が混在したポスター群が貼られており、入り口のドアには「ホビーショップ N-FLAG」とロゴが書かれている。
つまるところ、個人経営の模型店だ。
アオイとしては初めて対面した模型店。
少し気圧されながらも意を決してドアを開くと、入店を告げる優しいベルが鳴る。
ガラス越しにも見えた、少々手狭なスペースに対して多種多様に敷き詰められた商品群がアオイを圧倒し、入店に気付いた店員……らしき少女が声を上げる。
「いらっしゃいませ〜……まあ! 可愛らしい娘!」
そう言う彼女も、アオイよりもかなり身長が低く、一般的に幼く可愛らしいと言える外見である。
アニメから出てきた様な紫髪に、外国人らしき青い瞳で、モノトーンのロングスカートのワンピースの上に店名ロゴの入った青いエプロンを着けている。
店内の掃き掃除をしていた様だ。
(……この人、まるで)
「初めましての方よね? 私はアリア。N-FLAGへようこそ♪」
「は……初めまして。アオイって言います」
「アオイちゃんね! 名前まで可愛い! 素敵ね♪」
「え、えへへ……そうですかね」
捲し立てられアオイは聞けなかったが……明らかにあの人のそっくりさんである。
「ん、ああ……いらっしゃい。ゆっくりしていくといい」
今更入店に気づいたのか、カウンターからも声がかけられる。
その主は、白いシャツの上にアリアさんと同じエプロンを着用した、金髪碧眼で優男と言った雰囲気の偉丈夫で、勤務中だが……展示用なのだろうか? 丁寧にプラモデルを組み立てている。
「……! マク……」
「もう! あなたったら、初対面のお客様なのに……ああ、彼は私の夫で、このお店の店長。マークって言うの」
「あ、ああ。マークさん、ですか……うん? 夫?
あの、失礼を承知で、つかぬ事をお聞きしますが……アリアさんはお幾つなんですか?」
「? 26よ」
「にじゅっ……!?」
アニメ通りの見た目にして、アオイの実に10個上。
見覚えのある人達のようで、なんだか色々違うようである。
現実はアニメより奇なり。
「それにしても、こんな可愛い娘がこの町に居るなんて知らなかったわ」
「ああ、私、こっちに越してきたばかりで」
「まあ、それはどおりで!」
「紅葉学園だったかな? 転校生が来たなんて噂を聞いたが……もしや、君か」
「紅葉学園……そうです、間違いないですね……」
…………
「ありがとうございま〜す! また来てね、アオイちゃん♪」
「はい、これからも贔屓にさせていただきたいと思います……ありがとうございます」
会計を済ませたアオイは、少々予想外だが欲しかった物を買えたようで、ホクホク顔で店を後にしようとしていた。
ベルの付いたドアのノブに手をかけ……
……ようとしたところで、バン、と勢いよくドアが開く。
「わっ」
「あっ! ごめんなさい!」
「気をつけろって言ってるだろケン〜」
「あはは……でもタクにーちゃんとバトルしてーもん」
「まったく……弟がごめんなさい」
「ううん、私は大丈夫。でも、気をつけてね」
「「は〜い」」
入ってきたのは、兄弟らしい2人の小学生くらいの男児。
素組みのガンプラ……兄はダブルオークアンタ、弟はガンダムバルバトス……を手にしている。
「そろそろ来ると思っていたよ、タマキ兄弟。いらっしゃい。いつも通り、バトルだね?」
「うん!」
「マークさん、お願いします!」
「よし、2階のバトルシステムをつけてこよう。アリア、店番を頼む」
「男の子は好きよね、バトル……わかったわ」
どうやらこの店は2階にバトルシステムがあり、兄弟はバトルをしに来たらしい。
……バトルを意識すると引っかかるもののあったアオイだが、無邪気な2人の様子にはつい笑みがこぼれた。
そんな店内を尻目に、改めてアオイは店を後にした……
…………
「ふんふんふんふふ〜ん♪」
店番と言っても、特に誰も居ない店内でする事もなかった為、アリアは鼻歌を歌いながら再び掃除に精を出していた。
店内は狭いとは言え棚が多く入り組んでいるため、存外ホコリの溜まりやすい場所はあるのだ。
そうしていると、興奮冷めやまぬ、と言った様子で3人が階段から降りてきた。
「ふっふーん、今日はおれの勝ちだな!」
「2人とも、ナイスファイトだったよ。今日のは特に見応えがあった」
「やっぱすっげーよタクにーちゃん! あの前からおれを踏み台にしたやつ、どうやったんだよ!?」
「アレはコツがいるんだぜ〜。しかも、よく動けて遠くを撃てるガンプラじゃなきゃな……」
アリアはガンプラバトルはしないし、ゲーム自体もよく分かっていないが、それに熱狂する人達を見ているのは嫌いではなかった。
和気藹々とした3人を微笑ましく眺めていると……
入り口のドアが開き、再びチリンチリンとベルが鳴った。
「いらっしゃいませ〜。あら、貴女たちは……」
「おや、君たちは……ああ、成程。そうか───────」
───────
徒歩で駅前のバス停に戻ってきたアオイは、バスが来るまでまだ時間があった為……公衆トイレの建物に併設された小さな待合所に居た。
「うふふ……」
そこで、袋を覗き込む形で買ったものを眺め、にんまりとしていた。
その様はまさしくオタクだが、美少女故にそれも結構絵になっており、道行く人達の視線をそこそこ集めている。
だが、それよりもアオイは買ったものに釘付けのようで、気にした様子は無い。
(まさか、通販限定品まで入荷するお店だったなんて……AGE-1レイザーとAGE-2アルティメスのセットに、MOE版レギルス……買えないと思ってたな。1度に買うには、ちょっと買い過ぎかもだけど、悔いはないな)
まだバスが来るまで結構な時間があるが、それでもその幸せそうな様子を見ると、そのくらい苦でも無さそうだった。
……と、不意に音楽が鳴る。
それは、アオイのスマホから発せられる着信音。
(……ママかな? 昼間にかけてくるのは珍しいな)
そう思いながら画面を見ると、発信者はつい数日前に連絡先を交換したクラスメイト、イナホだった。
緑のアイコンをスワイプし、通話を繋げる。
「もしもし? イナホちゃん?」
『ハアッ、ハァ……あ、アオイ!? 聞こえとる!?』
「どっ、どうしたの、イナホちゃん?」
『弟たちが、ぜェっ、なんか、怖いねーちゃんに、ハァッ、ガンプラ、盗られた、とかで』
「……え?」
脳裏に過ぎるは、先程入れ違った少年達。
それは、波乱の幕開けの報せだった。
───────
「はぁ、はぁ……おまたせ!」
報せを受け、アオイは走って来た道を戻り、再びN-FLAGの前に来ていた。
「アオイ! ウチらも今来たところや! ……ごめんね、呼び出して」
「ううん、すぐ近くに、居たから。それに……はぁ……ユウヤくん、も、来たの?」
「ああ、何か手伝える事があれば、と」
3人とも息も絶え絶え。2人も飛ばして来たのだろう、イナホとユウヤはそれぞれ自転車に跨っていた。
手早く駐輪した後、3人は入店。
「イナホねーちゃん! ……に、さっきのねーちゃん?」
「ユウヤにーちゃんも来たの?」
「タク! ケン! 大丈夫か!?」
「ううん……あのおねーさんたちに、ぼくたちのガンプラ取られちゃった」
イナホの弟らしい、兄弟達が指し示す先には……
「あら、もう
待っていたわよ、アカツキ・アオイさん」
「やっほ、どもども〜」
紅葉学園模型部、ユイとマヒロの2人組。
その手には、少年達の持っていた素組みのガンプラ。
「……!」
「アンタがたは……! なんで玩具の巻き上げなんか!」
「ちょ〜っと、改造パーツ用に素組みのガンプラが欲しいな、って思っちゃったの。素組みでも、組むのって意外と手間だもの」
「ま、そゆことだね〜」
「アタシ、欲しいと思った物は何がなんでも手に入れる主義なの」
「だからと言って……!」
「……どうして」
「……アオイ?」
話についていけてなかったユウヤだが、アオイの様子に気づいた。
……静かに、しかし怒っているようだった。
「タク、ケン! 待ってな、ねーちゃんが取り返したる!」
「おっと、店内で暴力沙汰は遠慮願いたい」
と、ここまで状況を静観していたマークが、飛び出しそうだったイナホに声を掛ける。
「どうしても、と言うなら……バトルで決めるのはどうだろうか?」
「バトル……」
「そう、ガンプラバトルだ」
そう提案するマーク。
しかし、イナホとユウヤはガンプラを持っていなければ、作ったことも無い。
「ええわ! ガンプラでもコンプラでも今から作って、バトルでもなんでも……」
「イナホちゃん」
やったるわ、と喉まで出かかったイナホを制したのは、アオイだった。
「っ、アオイ……?」
「この勝負……私に預けて貰えないかな?」
アオイは覚悟を決めた様子……だが、イナホには数日前の出来事が頭をよぎっていた。
「アオイ……キミ、ガンプラバトルは嫌だって」
「敢えて言わせてもらうけど、あの人は強いよ。私には分かる。この場で始めたばかりの人が、敵う相手じゃないよ……それに、私にも今、戦う理由が出来たから」
そう言って、ユイ達の方へ向き直る。
「……貴女方が、そんな人だとは思ってませんでした。ガンプラが好きなんじゃ、ないんですか?」
「好きよ? ガンプラ……バトルも、ね」
「だったら、わかるんじゃないんですか……! こんな事をされた子たちの、気持ちが!」
「そんな事どうだっていいわ」
ユイはあっけらかんとした様子。
その様子にますます、アオイは怒りを募らせている。
「私が勝ったら、ガンプラを返してあげてください」
「それはいいけれど。所で貴女、ガンプラはどうするの?」
「……念の為、持ってきた子があります。問題ありません」
「ならよし。アタシの準備は出来てるわ……オーディエンスもお待ちかねよ。始めましょう」