悪巧みは、くじかれる物
「……ほう、本当に了承を得られたとは。入部届け、確かに受け取ったよ」
紅葉学園、現在は放課後。
多くの生徒が部活動に精を出す時間だ。
彼女らもまた、部活動の為に部室へ向かっている所であった。
「しかし、嫌だと言っていた彼女とどう交渉したんだ?」
「それはまぁ〜、企業秘密と言う事で」
「なんだい、それは」
そう苦笑するのは模型部顧問キリタニ。
並んで歩くは、同部部長ユイと部員マヒロだ。
「でも、これでようやくスタートラインと言ったとこですね」
「そうだな。まあ、今は羽ばたく準備が出来た事を祝おうじゃないか……おや、あれは」
談笑しながら歩けば、部室まではすぐだった。
見慣れたプレハブ小屋が見えてくる……と、入口前に立つ人影。
噂をすれば、と言うのだろうか。
「やあ。一番乗りとは、随分熱心だね」
「あっ、顧問の先生ですか?
初めまして。アカツキ・アオイです」
それはアカツキ・アオイ……紅葉学園にやってきたばかりの転校生。
1枚の紙を手に、部室前でキリタニ達を待っていたようだ。
「その通り、模型部顧問のキリタニだ。君の事は彼女たちから聞いているよ……おや、その紙は?」
「はい、これを提出する為に待ってたんです。
……“退部届け”です」
「……は?」
「「え、えぇぇえーっ!?」」
《第2話 このままじっと、してられない》
……それから数十分。ガチャ、と音を立てて内からドアが開く。
顔を出したのはキリタニだ。
「すまない、待たせてしまった。入ってくれ」
「あっ、はい。わかりました」
ようやく、アオイは模型部部室内に通される。
元よりそれほど大きくもないプレハブ小屋な為、当然、中もとても広いとは言えない……教室の半分程……が、部屋の中央にはN-FLAGに置かれていたものと同じ現行型のバトルシステムが1台鎮座。
パイプ椅子に折り畳み机という組み合わせだが、確かに確保されている制作スペース。
よりどりみどり、ガンプラもそうでないプラモデルも入り交じった積み置き場に、綺麗に仕上げられた作品たちの収まったガラス棚。
部屋奥の棚にはびっしりと模型誌が敷き詰められている。隅にはエアブラシセットの置かれた塗装ブースがあり、Y社製乾燥機の姿も。確かに、設備は潤沢だった。
……そして、片隅に人影がふたつ。正座をした、ユイとマヒロだ。
「大体の話は聞かせてもらった。
……彼女らにはきっちりと説教をしておいた。二度と
同じ様なことをしないと誓わせたから、安心してほしい」
「は、はぁ」
2人とも相当に絞られたようで、何時もの余裕は無さげで俯いていた。
ついでに、「私は嫌がる後輩を無理やり入部させました」と書かれた小さなホワイトボードを首から下げさせられている。
「……では、退部届けは受理していただけますか?」
「ああ、勿論。君の自由を尊重しよう。
……と、言いたい所なんだがね」
「えっ」
嫌な予感がアオイの頭を過ぎる……
「……まさか、キリタニ先生も?」
「音に聞く君の実力をバトルで活かして貰いたい。
……と、そうも思ってはいるが、それは私個人の意見だ。
それよりも……模型部顧問として、君に大切な話がある」
「はあ」
……バトルとは関係のない話のようだ。
「我が校の部活動は、顧問1名と、部長を含む部員が最低3名以上所属していなければ部活動とは認められない。つまるところ廃部となるんだ。
……それで、現在この模型部の部員なんだが、現在はそこのテンジョウとハザマの“2名”しか居なくてな」
「……部員数が、足りてないんですか?」
「そう言う事だ。撤退の手間と、これでもかなり前から存続し続けている部活動故に、ある程度は容赦されていたのだが……期限が迫っていてね」
「その期限と言うのは?」
「明日だ」
「明日、ですか……
……明日!?」
「そうなんだ。正直に言うと、君が入部してくれなければ……我々に明日は無い。実に困っている」
アオイにとって寝耳に水な話だった。
が、初対面時のユイとマヒロの必死さを思うと合点がいった。
「あの……先輩がた」
「……何かしら? グスッ」
顔を上げた2人はまだ涙目だった。
……それ程恐ろしかったのだろうか。
「そう言う事情があるなら、話してくだされば良かったのに。
私、バトルはしませんが、入部するだけなら構いませんよ」
「えっ」
「えっ」
「はい、バトルはしませんが」
「2回言った」
「2回言ったわね」
「大事な事ですから」
……本心だ。
アオイは、誰かの為になるのなら、身を粉にしても一向に構わない性格なのだ。
バトルだけはいただけないだけで。
「……じゃあうちらの頑張りって、無駄だったってこと!?」
「はい、無駄です」
「あう」グサリ
「案外キッパリ言うわね貴女……」グサリ
「……あんな事されれば、棘も出ますよ」
「そ、そっか〜……」
「ふふ……では、アカツキ。退部届けは、無かったことにしても?」
「はい、構いません。……わざわざ用意してくださった、アリマ先生には申し訳ないですけれども」
「ああ、そういえば担任はアリマだったか。私の方から話をしておくよ」
「親しいんですか?」
「元教え子なんだ」
そう言いながら、キリタニは退部届けを手早く折り畳み、スーツのポケットに収めた。
───────
それからまた数十分。
キリタニは「手続きがある」と部室を後にし、ユイとマヒロも解放され、残った3人は
なんだかんだ似通った趣味を持っている3人は、意外にもすぐに打ち解けてきていた。
「……ほんとにバトルする気は無いのね」
「おうおう、1番デカい箱開けちゃってぇ」
「部員なら、ここの積みは自由にしていいんですよね?
この子欲しかったんですけど、ちょっとお高くて、手が出なかったんです」
「へぇ……知らないロボだからスルーしてたけど、高いんだ?」
「確か8000円ほどですね」
「たっか」
「ああーそれは手が出ないわね……ってウチそんなの置いてたの」
その箱には、セピア色の背景に烏の嘴の様に尖った黒いロボットのボックスアートが描かれている。
知る人ぞ知る、身体が闘争を求めるアレだ。
「はっ、一介のリンクスとして言わねば……
実際のゲームにはそんなセリフも、キャッチコピーもありませんからね。ミームはミーム、です」
「誰と話してるのよ一体」
「……あっ、そういえば、気になってたのですけど。
なんで、“姫”なんですか?
確か、テンジョウ先輩は……」
「“
「女王先輩って言うと語呂悪いからね〜。ユイ姫先輩で定着しちゃった」
紅玉の女王……今から3年前に、“レグルス”と言うチームがあった。
そこに所属していた頃の、ユイの異名がそれだ。
中学生のみで構成されたチームながら、中高生対象の全国大会を初出場で制覇という偉業を成し遂げている。
圧倒的な実力で今でも全国で語り継がれる、名実ともに最強のチーム。
……だが、現在はチームメンバー各々の進学先の違いにより解散していた。
「数年前……中学時代は調子良かったのだけれどね。
高校に上がってからは、全国大会では負け続きよ。名誉は失墜、玉座に戻るなんて夢のまた夢……そんな感じね。女王の名前は返上したわ」
ここで言う“全国大会”とは、正しくは「全日本ガンプラバトル選手権」のジュニアクラス大会を指す。
その名の通り、日本国内のジュニアクラス……高校生までのファイターのみで競われる一大トーナメントだ。
ルールは3on3の“小隊殲滅戦”……制限時間中に相手を全滅させるか、相手より多くの撃墜数を稼ぐ事が勝利条件となる。
全都道府県から予選により1組ずつ代表を選出し、その頂点を決める……由緒正しき、栄えある大会である。
「……返上したものを取り返す為に、また今年の全国大会に出たい、と。
そういう事なんですか?」
「その話はまだしてなかった気がするのだけど」
「大体察しはつきますよ。私に固執した理由、ですとか」
「まあ、それもそうかしら。
……質問に答えると、“全国大会に出たいのは正解、その理由はちょっと違う”かしらね」
「? どう違うのですか?」
「まあ、そこは追々……ね」
少し遠い目をするユイ。
何かあるようだが、アオイも抱えているモノがある為、聞き出そうとはしなかった。
「ふむ……あっ、そういえばもう1つ。
「そうよ。あんな事に“相棒”は使いたくないもの」
「……あんな事っていいましたねあんな事って。
自覚あるじゃないですか」
アオイはあからさまに頬を膨らませる。かわいい。
2人が話している最中、珍しく難しい顔をして少し考え込んでいた様子のマヒロが、意を決して口を開いた。
「……ユイ姫先輩。やっぱ早めにうち、強くなった方がいいっすよね?」
「そうねぇ……今のままじゃ、全国は少し厳しいわよね」
「私は、マヒロ先輩のバトルを見た事がないので、なんとも」
「まー、そっか。
んじゃ、アレをやりますかね……見ててもらっていいですー?」
《You have control. Mission start!》
マヒロがただ1人で、バトルシステムを起動。
今回行うのは、対人戦では無い……1人プレイ向けの、
スマホのバトルシステム連携アプリを通じてシステムに反映するDLCで、原作アニメや他のガンダムゲームをモチーフとしたシチュエーションバトルや、
ホログラムで写し出されたジオラママップは、巨大なドラム状空間内の夜間の街並み……ポケットの中の戦争に登場した、サイド6のリボー・コロニーをモチーフとしたステージだ。
それだけで、多くのガンダムファンは相手が誰なのか、1発で分かるだろう。
匍匐飛行で街並みを掻い潜る様に翔ける、一本角と重武装が特徴的な濃紺の機体が1つ……ご存知、ケンプファーだ。
このケンプファーは、ミッションの撃破目標である無人機だ。
そして、それをホバー移動で追う機影が1つ。
牛の様な二本角と、アメフト選手の様な体型……そして、身の丈以上の長大さを誇る大剣が目を引く機体。
「まてまて〜っ! 今回こそは逃さんぞ!」
マヒロの駆るガンプラ、ヘルムヴィーゲ・リンカーだ。
青と黄土色だったカラーリングは、明るい黄色と白のジム・トレーナーの様なパターンに塗り直されている。
既に大剣を抜刀、振りかぶっており臨戦態勢だ。
「どっせーい!」
掛け声と共に、ビルドファイターズ式のアームレイカーをマヒロが突き出すと、角を曲がる為に減速したケンプファー目掛けて大刃が振り下ろされる。
バスターソードがビルの角をスライス……と言うより叩き潰し砕くが、巧みにスラスターを吹かしステップを踏んだケンプファーには当たらなかった。
「ええい、いっつもちょこまかと!」
そう言いながらも離脱の為に、ビルから大剣を引き抜く。
……ケンプファーはビル街の影に消えた。
この入り組んだビル街では、どこから襲ってきてもおかしくは無い。
ヘルムヴィーゲがキョロキョロと見回し、周囲を警戒する。
「居ない。っと、こういう時は、レーダーを見ると……」
現在は僚機が居ないため
その為自前のレーダーを使用しているが……自機が熱源、音響データを得られなければあっさり反応が消えてしまう為、あまり信用ならない。
それでも、何も無いよりはマシだが。
その時、不意にアラートが鳴る。ロックオン警報だ。
方向は……
「後ろかぁ!」
振り向くと、2つの弾頭がヘルムヴィーゲに向かってきていた。
ケンプファーが背部に携行する、二丁のジャイアント・バズのもの。
それに対し……ヘルムヴィーゲは、大剣を振りかざす。
「むん!」
炸裂音と共に衝撃が機体を揺らす……が、それ以外の被害は無い。
大剣の腹で、バズーカの弾頭を受け止めたのだ。
しかも大剣には傾斜をつけ、衝撃波を受け流していた。
続け様に、ケンプファーはバズよりも大きな弾頭……シュツルムファウストを左手で1つ発射。
「それはヤバいって、知ってるんだよね!」
今度は受けずに避ける。
バズーカ弾なら何とか耐えられるが、炸薬量の多いシュツルムファウストは少々厳しいのだ。
マヒロは先程、間違えて受けてしまい酷い目を見ていた。
そして避けながらも、距離を詰める為に前に出る……ヘルムヴィーゲには、近接武器しかないので詰めるしかないのだ。
「今度こそ、ぶっ飛ばしてやるんだからあああ!」
ヘルムヴィーゲはスラスターを全開。
重量級の機体だが、その分スラスター出力は高いので突っ込むだけなら十分に速い。
反応の遅れたケンプファーに、大剣が届く───────!
「どぉりゃぁぁぁあああ!!!」
ズドン、とバスターソードが振り下ろされる。
その切先はケンプファーを……
……捉えられなかった。
ケンプファーは再び瞬間的なスラスター制御により、ステップを踏んだのだ。
「わっ、あ……やっば!?」
切っ先は道路に深く深くめり込んでしまっていた。
素早い復帰は無理だ。
足を止めてしまったヘルムヴィーゲに、ケンプファーは容赦なくショットガンを接射。
「ぎゃん!」
拡散する弾丸が、余すことなくヘルムヴィーゲの上半身に叩き込まれた。
凄まじい衝撃がマヒロの視界を揺らし、突き立った大剣から手を離させ体勢を崩させる。
間髪入れず、ケンプファーは右手の武装をシュツルムファウストに持ち替え……左手には、いつの間にか
「ほんっと容赦無いね!? ちくしょうおぼえてろ……
あばばっばばばば!!?」
夜の街に大輪の火の花が咲き、連鎖する爆発音が轟いた───────
《Battle ended! Mission failed!》