魔界の国のお侍さん   作:アルジェリア

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第十話 「竜の子(其の三)」

(くる……!)

 クシャトリスは顔を上げた。

 いままで付かず離れず自分たちを追尾してきた視線が、殺気を含んだものに変化したのだ。

 その変化は微妙なものではあるが……しかし間違いない。

 周囲の気配から察するに、尾行者は、自分たちを包囲するように七人存在している。

 しかし、この露天市場の混雑の中でいきなり何かを仕掛けてくる可能性は低いと、彼女は見ていた。なにしろ自分たちは今、幼竜のせいで必要以上に周囲の注目を浴びている。

 ならば、連中は一体どう仕掛けてくる気だろうか。

 いや、どうせやる気ならば、敵の仕掛けを待つなど馬鹿げている。

(どうせ動くならあたしの方から、よね)

 市場の表通りから、裏道に続く角を左に曲がり、人気のない方に歩を進める。

 同時にナマイキに目配せを送り、彼を上空に逃がす。

 路地裏にたむろしてる酔っぱらいや客引き女郎が、ギョッとした顔を見せるが、気にしている暇もない。

 足を早め、次の角を右に曲がったところで彼女は待ち伏せた。

(そろそろね……)

 自分たちを包囲していた七人が、一斉に狭い路地をバタバタと追っかけてくるとはおもっていない。位置的に前方にいた数人は別の裏道から、クシャトリスを挟撃すべく回り込んで来るはずだ。

 そして、クシャトリスの予測が正しければ、自分たちを背後から追っていた何人かが、そろそろ眼前に現れるはずだった。

 

 杖を握り直しながら魔力を通し、杖に仕込まれた魔力回路を励起させる。

 この杖は、いわばクシャトリス・バーザムズールにとっての魔術礼装の一つで、かすかな魔力を通すことで、魔力付与を施された武器と同じ威力を発揮させることもできれば、彼女個人の魔力属性たる「風」の魔法補助具として使うこともできる。

 ダークエルフ種である彼女は、その種族特性として生まれながらに強力な魔力をその身に宿しているが、それだけでは魔法を行使することはできない。

 己の魔力をエネルギー源として「魔法」という物理的奇跡を行使するには、そのやり方を学ばなければならない。

 彼女はそれを、両親から、そして「学校」で学んでいる。

 この『共和国』には義務教育の制度はない。だが、中流層以上の市民には例外なく近在の私塾で初等教育を受ける習慣があり、その事実が『共和国』の高い識字率とともに、世界でも類のない魔法習得人口と魔法技術水準の高さを支えているのだ。

 例を挙げるならば、池波新左衛門を始め、彼女が道場でともに学ぶ同門の者たちも、そのほとんどが基礎レベル以上の魔法技術を持っている。

 この国において魔法とは、文字や九九と同じく、あくまでも一般的なものなのだ。

 

 つまり何が言いたいかというと、彼女の追っ手もクシャトリスと同じく、ほぼ間違いなく魔法の使い手であり、彼女は追っ手の武技と同じく魔法を警戒せねばならないということだ。

 三人分の足音が近づいてくる。

 相手はいつもの――戦闘に剣しか使わない連中ではない。

 何をしてくるかわからない。

(だからこそ……面白い)

 クシャトリスは無意識のうちに口元が緩んでいるのを自覚していない。

 

 

 一人目のワーホースは、眉間にクシャトリスの刺突を受け、その瞬間に昏倒した。

 二人目のミノタウロスは、脳天に面打ちの一撃を受けると同時に、股間に強烈な金的蹴りを喰らい、泡を吹きながら失神した。

 この時点でようやく、三人目のワータイガーは事態を把握したようだった。

 が、どっちにしろ遅い。

 相手が魔法を使う可能性を考慮した上で、剣士が取れる最上の攻撃法は、すなわち奇襲。

 敵が呪文を口する前に倒してしまえば、どんな強力な攻撃魔法の使い手であっても関係ないのだから。

 そして、魔力回路を励起させることで『魔剣』と同じ威力を持つこの杖で打てば、たとえ獣人といえども、それは人間を木刀で打つのと同じレベルのダメージを容易に与える。

「てめ――」

 その台詞を言い切る前にクシャトリスが動く。

 ワータイガーは、首筋に袈裟斬りの一撃を喰らい、後方に吹っ飛んで倒れた。

 

(弱い……)

 とは、クシャトリスは思わない。

 一呼吸の間で三人を倒した彼女であるが、こんな攻撃はしょせん不意打ちだ。誇れるような技を振るったわけではない。

 が、それでも彼女が対決を望んだ追跡者は、眼下にブザマに横たわるコイツらではない。この三人の獣人は、おそらく彼らが臨時使いに雇ったチンピラだろう。

 つまり――。

 

 

「なるほど評判通りの腕ですね、クシャトリス・バーザムズール」

 

 

 そこには、黒の背広に身を包んだ四人組が立っていた。

 種族はリザードマン。

 肥満体、長身痩躯、小柄、そして標準体型とそれぞれ体格は違えど、あつらえたように身の丈にピッタリな揃いの背広を着込んだ四人のリザードマンが路地裏に立っている光景は、ある種のコントのような場違い感を醸し出しているが――しかしクシャトリスには笑みを浮かべる余裕など無い。

 それも当然であろう。

 彼ら四人組が発しているものは、歴然たる戦意であり、今の一瞬の攻防から彼女の技を見極めんとする分析の視線でり、さらには厄介事に巻き込まれた哀れな被害者を見る目でさえあったからだ。

 彼女を後ろから追ってきたこの四人こそがおそらく――いや間違いなく、クシャトリスがその冷静なる気配を嗅ぎ取った「玄人」たちなのだろう。

 いや、雰囲気を感じ取るまでもない。

 彼らの目の配り、腰の座りからして、一瞥で彼女にはわかった。この四人全員が、さっきのチンピラたちとはまるで違う手練の戦士であることが。

(一体こいつら何者なの……?)

 そう思考する暇さえなかった。

 クシャトリスは、地面に寝転がるミノタウロスの着る派手なシャツ――その襟元を引っ張り上げ、とっさに盾にする。

 

 

「ぎぇぇえええあああっっっ!!!」

 

 

 

 その瞬間に周囲に轟くような野太い悲鳴を上げて、ミノタウロスは火だるまになった。

 評判通りの腕ですね――と、先頭にいる肥満体型のリザードマン(以降、本文中ではデブと呼称)が話しかけ、彼女が動きを止めたその瞬間を見計らって、その背後にいた長身痩躯のリザードマン(以降、ノッポと呼称)が呪文を詠唱し、彼女に向けて放ったのだ。

 おそらくは「火」の上級攻撃魔法なのだろうが、その魔法名もクシャトリスには見当もつかない。

 いや、そうではない。

 その瞬間、彼女は動揺したのだ。

 タンパク質が焼ける悪臭。

 耳をつんざく悲鳴。

 なにより紅蓮の炎に巻かれてのたうつ半人半牛の男。

 そして、さっきまで自分たちの為に働いていた「味方」に対して攻撃魔法を放っておきながら、まったく表情も変えない、この男たち。

 無論こうなることを見越して、彼女はこのミノタウロスを盾にしたわけではない。

 しかし、彼を身代わりにしなければ、ここで丸焼きになっていたのは間違いなくクシャトリス本人だった。

 つまり――この連中の意図は、自分と戦うことではなく、自分を殺すことなのだ。

 

 

 

 そう思い至った瞬間、クシャトリスは無意識のうちに恐怖を覚えていた。

 

 

 荒事には慣れているという自負はあった。

 真剣での決闘を申し込まれて、相手を斬ったことも一度ならずある。

 しかし、それはあくまで戦闘の結果による「死」だ。

 最初から「殺人」を目的として剣を振るった経験は、クシャトリスにはない。

 なるほど、確かに以前、彼女は師匠たる渡辺源太夫からズサ・ハンマガルスの「始末」を命じられた。しかし、それだけだ。彼女は結局あの一件で誰とも戦うこともなく、誰を斬ったわけでもない。

 何より、あの死霊術者はいわば「国家の敵」であり、それは彼女自身にとっても戦う理由としては十分なものだったのだ。

 しかし今回のこの一件は違う。

 クシャトリスにとっては、彼らが何者なのかも、自分に戦いを挑んでくる理由さえわからない。戦いに応じたのも、いつものように売られた喧嘩を買っただけだ。見知らぬ者たちから命を狙われるような覚えはない――。

 

 書けば長いが、しかしこの瞬間にクシャトリスの脳裏に浮かんだ感情を、文章化すればこうなるというだけの話であり、それは時間的には一瞬のものに過ぎない。

 この路地は大人が腕を広げれば指先が両壁についてしまうほどの広さしかない。したがって、倒れこむように四人組の方向によろめく、火だるまのミノタウロスとすれ違うことなど不可能だ。

 だが、そのミノタウロスは、その瞬間に火刑の苦痛から解放される。

 四人組の先頭に立つデブを追い抜くように、その背後から標準体型のリザードマン(以降、標準と呼称)が一歩前に踏み込み、抜き打ちにその眼前の燃える牛頭を斬り飛ばしたのだ。

 いや、それだけではない。

 見事な居合抜きを見せた仲間の背を踏み台に、一丈(約3m)ほどの高さまで跳躍した、四人組の中で一番小柄なリザードマン(以降、チビと呼称)が、そのまま空中から彼女にナイフを投げつけてきたのだ。

 

 

 しかし、その攻撃によってクシャトリスの精神状態は、むしろは均衡を取り戻したと言える。

 

 

 標準の見事な一太刀。

 そしてチビの鋭い投げナイフ。

 己に迫る危険こそが、彼女の剣士の本能を揺り動かし、その五体を縛る恐怖を忘れさせる。

 一流の剣客は、戦闘において「思考」という隙を作らない。

 そこに在るのは、すべからく反射だ。状況に対する最善・最上の一手を、思考に頼らずして選択する。それが出来てこそ初めて一流を名乗れるとさえ言えるだろう。

 

 チビは仲間の背をジャンプ台にして、直上ではなく前方に向けて跳躍していた。

 つまり、クシャトリスが足を止め、ナイフを防御している隙に、そのまま彼女の間合いに飛び込み、直接攻撃を仕掛ける意図だったのだろう。

 彼女の背後には、さきほど一瞬でやられたワーホースとワータイガーが未だに昏倒したままだ。その二人が邪魔で、後退してナイフを躱すことは不可能だ。

 彼女がナイフを処理するには、手に持つ杖で叩き落とすしかない――。

 しかし、クシャトリスはそうはしなかった。

 彼女はそのナイフを杖で防ぐ動作すら取らず、空中のチビの方向に踏み込むことによって飛来するナイフを回避したのだ。

 これはチビにとっては、完全に意表をつく動きであった。

 彼女の杖は、いまだ宙にあったチビの脇腹を打ち、その肋骨をへし折りながら壁に叩きつける。

 そして、壁にぶつかってバネ仕掛けのように地面に倒れ伏す彼の首に、杖を突きつけた。

 

 

「ほう……」

 四人組――いや、三人組は、そんな彼女に、またも感嘆したような声を漏らした。

 

 

 首を失ったミノタウロスは、すでに黒焦げの焼死体となって横たわり、黒煙を吐き出し続けている。

 その煙越しに、彼らに向けてクシャトリスは口を開く。

「今すぐあたしの視界から消え失せなさい。さもないとコイツを殺すわ」

 可能な限り冷徹に、冷酷に言い放つ。

 しかし……いや、やはりというべきか、彼らはまるで動じない。

「ハッタリだと思ってるの?」

「キミ、大統領杯の優勝剣士だか知らないが、戦場経験もないオンナノコなんだろ? 簡単に殺すなんて言葉使っちゃいけないよ」

 このセリフを吐いたのは、さきほど見事な「火」の魔法を使ったノッポだ。

「舐めないで、あたしは剣士よ。降りかかる火の粉を払うためなら「敵」を斬ることをためらうと思うの?」

「いや、我々はむしろ貴女のために言っているのですよ。それはやめた方がいいとね」

 そう言いながらデブは、そのズボンのポケットに手を突っ込んで何かを取り出そうとする。

 

「動かないで!!」

 とクシャトリスは声を上げるが、デブはまるで気にせず、ポケットから手を抜き、その掌を彼女に向けて広げる。

「これが何か、わかりますか?」

 クシャトリスは無言で首を振る。

 嘘ではない。実際、彼女の目には、デブの掌に乗った、光る小さな何かが見えただけだ。

「なら、これは差し上げますよ。受け取ってください」

「ちょっ、待ちなさい!!」

 という彼女の声も虚しく、デブはヒョイっと「それ」を投げ渡し、クシャトリスは三人から視線を外さぬように警戒しながら、「それ」を受け取った。

「確認しろ。そして、要求する側は貴様か我らのどちらなのか、それを理解しろ」

 と、大仰な口調で言ったのは、見事な居合いを見せた標準体型のリザードマンだ。

 そしてクシャトリスは、むしろ渋々と掌を広げ、そこにある物を初めて視認する。

 

 

――その瞬間、驚きのあまり彼女の呼吸は止まった。

 

 

 そこにあったのは、彼女の母親ラヴィアン・バーザムズールが常に身につけている結婚指輪だったからだ。

 

 




書き溜め分がなくなるとどうしても更新が遅れがちになりますね・・・
また四日後までに投下できるように頑張ります。
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