魔界の国のお侍さん   作:アルジェリア

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第十一話 「竜の子(其の四)」

 

「竜の幼生?」

 あまりに意外な言葉を聞いて、池波新左衛門は思わずオウム返しに聞き返した。

 そして、その上ずった声に、渡辺源太夫が重々しく頷く。

「そうじゃ。今このジュピトリアムに数ヶ月前に誕生したばかりの竜の幼生が逃げ込んできているらしい」

「逃げるって誰から? いや――そもそもここ数年で『共和国』のドラゴン族に子供が生まれたなんて話は初めて聞きましたよ?」

「そりゃそうじゃろう。わしも今朝初めて聞いたのじゃからな」

 そう言い返す源太夫に、たまらず新左衛門は眉をしかめる。

「どうも話が見えてきませんね。最初から順序だてて話してくれませんか先生」

 

 

 ここは市庁のとある一室。

 市長直轄の「特別総務掛(とくべつそうむがかり)」の詰めの間だ。

 ジュピトリアム市庁舎は基本的な構造としてはやはり洋館であり、庁舎内に和室は存在しない。だが、渡辺源太夫はその権限で、部屋に畳を敷き、火鉢を据え、座布団を用意し、入室する者は全員履物を脱がせるというスタイルを強制していた。

 とはいえ、今この部屋(つまりこの職)に籍を置いているのはわずか二人。

 局長の渡辺源太夫とその局員たる池波新左衛門だけである。

 

 この役職は、行政職でも司法職でもない。市庁の各セクション間の意見調整やら人手不足の応援やら、つまりは雑務に近いと言えなくもない。

 が、それはあくまでも庁舎内での仕事内容だ。この特別総務掛の真の役目は、むしろ庁舎外にある。

 市長ゲイル・マルクスの直命によって、ジュピトリアム市の抱えるあらゆる面倒事の芽を摘む――というのが、あくまでもこの部署の任務である。

 先日のズサ・ハンマガルスの一件も、市長がこの二人に対して命令権を持っていたのは、あくまで彼らが「市長直轄」の役職に就く役人であったからで、クシャトリス・バーザムズールに対する命令権はない。彼女があの一件で動いたのは、あくまでも師匠たる渡辺源太夫の言葉と、彼女自身の自発的な意思の結果である。

 つまり、この『共和国』の法理的には市長といえども、あくまでも市民個人に対する強権発動は不可能であり、ローマの属州総督やヨーロッパの封建領主のような、その地に住む一個人に対する絶対権を持っていないということだ。

 そして、なればこそ『共和国』の自治体指導者は、例外なく手足たりえる駒を、その支配下に揃えており、ジュピトリアム市庁の場合は、それがこの二人だというだけなのだ。

 もっとも、市長レベルの高官が、二人しか手駒を持たないなどありえないと言えなくもないので、彼らの知らない「市長直轄」の人員が他にいるのかも知れないが。

 

 

 

「で、竜の幼生がどうしたんです?」

「おう、その話の途中じゃったな」

 そう言うと、源太夫は畳に置かれた膳の上の緑茶を一口飲み、続きを話し始めた。

 

 現在、『共和国』内には、確認されているだけで八柱の成竜がいる。

 真名を世間に秘する彼らは、ウロコの色である赤青白黒黄緑紫灰のカラーリングで個体識別され、俗に「八大竜王」と呼ばれている。

 その一柱たる緑竜王が四百年ぶりに子を産んだという情報を、五日前『共和国』中央政府が掴んだのだ。

 

 ドラゴン種は、その能力の高さから、個体数の増減には特に『共和国』政府が目を光らせている。

 なにしろ彼らがその気になって蜂起すれば、国家程度の存在などあっさり引っ繰り返るのだ。大統領を始めとする政府首脳が、彼らに熱い目を注ぐのは無理からぬと言える。

 ドラゴンたちも、それを理解しているため、政府の監視に特に文句は付けない。彼らも自分たちの存在が警戒に値するという事実を認識しているからだ。

 彼ら八大竜王は、個々に政府との間に相互不干渉を主旨とした契約を結んではいるが、それでも戦時にはドラゴン族の戦争協力に関する交渉権などを認めており、完全に国家としての『共和国』と断絶しているわけではない。

 その契約条項の一つとして、繁殖または死亡による個体増減の報告義務があり、ここでようやく話は本題に入ってくるわけだが、緑竜王と呼称される成竜が、自分たちの新生児誕生を政府に報告しなかった、という事件が起きた。

 つまりそれが、前段落での「政府がつかんだ四百年ぶりの新竜誕生の情報」という一文につながってくるわけだが、ここで問題なのは、その情報が緑竜王サイドからの情報開示ではなく、政府がそのドラゴンのもとに潜入させた「隠密」からのものであった、という点だ。

 

 

「市長によれば、中央の閣僚どもは大騒ぎになったらしい。なにせ四百年ぶりの新たな竜の誕生じゃ。ドラゴンどもにしてもそれを祝う気持ちこそあれ、後ろめたく思う気持ちなどあるわけがない。じゃが――結果として新竜誕生の情報は報告されなかった」

 

 

 何故じゃと思う? とイタズラっぽく笑う源太夫。

 だが、無限の寿命を持ち、この世界の生物進化の究極に位置する生命体の考えることなど、矮小卑小なる池波新左衛門に理解できようもない。

 いや――そうではない。彼らが究極生物たるドラゴンであればこそ、一つだけ思い浮かぶ理由がある。

「誇り高き竜族が、その子孫誕生をいちいち政府ごときに報告する義務など、馬鹿馬鹿しい。やってられるか……と、考えたとか?」

 その言葉を聞いて、源太夫は愉快そうに笑った。

 新左衛門は、その師匠の哄笑にやや不快を禁じ得なかったが、それでも源太夫が笑い飛ばすというからには、彼の出した解答は不正解ということになる。

 

 

「いやいや、そうではない。わしが笑うたのも、そなたの発想が中央の閣僚どもと全く同じだったからじゃ」

 

 

 政府首脳は、この報告不履行を「情報隠匿」と解釈した。

 そのドラゴンには、新生児誕生の情報を政府に隠匿せねばならない理由があるのだと判断したのだ。

 つまり政府は、緑竜王が『共和国』との間に結んだ契約内容に不満を持っているのではないかと警戒を高め、最悪の場合、緑竜王による首都攻撃までも想定した対策案を立て始めた。

 そして同時に、緑竜王への事情聴取のため、大統領は何人かの政府高官をその「巣」へと派遣した。

 官位・職階ともに政府内で位人臣を極めたとも言えるはずの高官たちが、わざわざ足を運んで、彼を怒らせぬように、そして彼の真意を見抜くために直接会談に臨んだのだ。

 

 

「じゃがのう、蓋を開けてみればそんな空騒ぎもとんだお笑い草よ。なんと緑竜王は、新竜誕生祝いの百日宴の真っ最中で、報告を怠ったのも単なるど忘れじゃったという話じゃ」

 

 

 はぁ!?――と、声をあげたのは新左衛門だ。

 愉快そうに源太夫は頬を緩める。

 彼としては、竜族に必要以上に怯えて空回りを続ける政府の対応と、それを歯牙にもかけない緑竜王の反応に、たまらぬカタルシスを感じているのだろう。

 まあ竜族といえども所詮は子の親だ。特に配偶者を必要とせず単性生殖で繁殖する彼らにとっては、我が子というのはそれこそ己の分身のごとき存在であり、その情愛も並々ならぬものがあるという。

「神の叡智」とか「文明開闢の父」などと呼ばれていても、一子誕生の嬉しさの前には、そんな契約なぞ頭から綺麗さっぱり消えてしまうらしい。

 

 余談になるが――上の段落でも言及したが、この世界のドラゴン種は「性」という概念を持たず、その繁殖に同種との交尾という手段を取らない。

 彼らは数百年に一度産卵し、その卵から孵った幼生と、親子水いらずな核家族構成で巣を構えるが、その幼生も齢二百歳ほどで親から巣立ちして、いずこかに独自の生活権を築き上げ、そのまま二度と親竜と接触を持たないケースがほとんどであるという。

 だがドラゴンの「巣」には、その眷属として多くのリザードマンが忠誠を誓い、居住区を築いて定住し、教祖に対する信者のごとく仕えているため、そのコミュニティはむしろ大所帯と言って差し支えない。

 政府から情報隠匿の真相を詰問すべく現地に到着した高官たちが最初に見たものは、そのコミュニティが飲めや歌えの大騒ぎをしている真っ最中だったのだ。

 そのあまりにも微笑ましい事件の真相にホッとした反面、彼らは少なからず怒りを覚えたという。

 

 

「まあドラゴンの側からすれば、忘れてスマンの一言で済む話じゃしのう。じゃが、その『詰問団』の随員の中には苛立ちのあまり、そのドラゴンに生意気な口を叩いた者もおったという話じゃ」

 

 

 とはいえ、その失言が緑竜王の逆鱗に触れた――というわけではない。

 竜族は基本的に、他種族の言動には寛容だ。というより、幻獣種同士ならばともかく彼らドラゴン種が、人間やエルフ・獣人などに対して感情を剥き出しにすることはない。『共和国』から市民権を付与されていても、彼らにとっては、二本足で地上をうろつくしかない矮小な生物など、しょせん自分たちと同格の生命体たりえないのだ。

 『詰問団』の一同も、結局は緑竜王にあしらわれ、その酒宴に半ば無理やり付き合わされ、そのまま首都グワジニアに無事帰還という成り行きになったわけだ。

 が、それでも当の緑竜王本人がいかに寛大でも、その周辺に仕えるリザードマンたちからすれば、それは穏やかな話ではない。偉大なる主君に対する無礼、このままには捨て置けぬ――と、いきり立つ者たちも少なからずいたが、それでも主の意に背いてまで何かをしようとはしない。彼らにとっては主君たる竜族の意向は絶対なのだ。

 が、そう考えない者がいた。

 

 

 

 

「それが、他ならぬ生まれたばかりの幼竜じゃ。なぜ我ら偉大なる竜族が、政府ごときにそんなイヤミを言われねばならんとな。で――「巣」を飛び出した、と」

 

 

 その言葉に新左衛門は唖然となった。

 源太夫の言葉が真実ならば、その幼竜は生まれて間もない赤ん坊のはずだ。

 それがわずか百日程のあいだに知性を芽生えさせ、偏見まみれとはいえ「誇り」という感情を理解し、「巣」から単身飛び出すほどの行動力を見せたというのか。

 ドラゴン種という生物の潜在能力の凄まじさに驚きながらも――しかし、それでも新左衛門には納得がいかない。

 源太夫は最初に、その幼竜は「ジュピトリアムに逃げてきた」と言った。

『詰問団』とやらの失言に怒ったのなら、その幼竜の向かう先はグワジニアであってジュピトリアムであるはずがない。

 つまり――首都に向かったはずの幼竜が、このジュピトリアムに逃げ込まねばならない羽目になる過程が、もう一つあるはずなのだ。

 新左衛門が信じられないのはそこなのだ。

 単なる失言で幼竜を怒らせたというだけならともかく、竜に本格的な害をなそうとする者がこの『共和国』にいるはずがない。その幼竜に手を出せば、今度こそ緑竜王が本格的な怒りをむき出すだろう。そうなれば、もはや国家規模の大災害だ。

 考えられるとすれば、ズサ・ハンマガルスの一件で暗躍した例の組織の連中が、緑竜王の怒りを『共和国』に誘導しようと意図的に幼竜に危害を加えるというケースくらいだが、それも疑わしい。成獣化したドラゴンの知能は並みの人間やエルフの比ではない。そんな小細工はあっという間に見破られて、緑竜王が『帝国』を襲撃する結果となるのがオチだろう。

 この世に竜と戦おうとする者がいるとすれば、それは――。

 新左衛門は不意に表情を改めた。

「まさか…………」

 そして、源太夫も真顔で応える。

「そのまさかじゃ」

 

 

 

「その幼竜は、他の竜から襲撃を受け、やむなく進路を変えてこのジュピトリアムに逃げ込んできた、というわけじゃ」

 

 

 

 ドラゴンという種族は、その叡智から鑑みれば信じがたいことだが、実は同族間でのコミュニケーションが極度に不得手で、中には歴然たる敵対関係にある者たちもいるほどだ。

 たとえば黒竜王と赤竜王などは、何度も直接対決を繰り返したほどの仲で、互いに指揮下のリザードマンを引き連れ、火炎や稲妻を吐きながら巨大な四足獣が闘う様子は、まさに特撮怪獣映画そのものと言っていいほどに壮観なものであったという。

 そして緑竜王にも、やはり同じく敵対関係にある一柱の成竜――黄竜王が存在する。

 おそらくはその眷属のリザードマンであろうが、その一団が、巣から飛び出しグワジニアに入府寸前だった幼竜を襲ったのだ。

 

 

「ゲイル市長からの命令じゃ。早急にその幼竜を保護し、緑竜王に返さねばならん。やつらがこのジュピトリアムを舞台に殴り合いを始める前にじゃ」

 

 

 とはいえ――。

 源太夫は途方に暮れたように顔を上げる。

「しかし、あてもなく闇雲に探したところで見つかるはずもないしのう……」

 確かにそうだ。

 竜の生態に詳しい専門家ならばともかく、都市に紛れ込んだ幼竜を見つけ出すなど、どう考えても市庁中の人員を総動員した人海戦術でやるのが一番手っ取り早い。というか、自分たち二人だけにそんな仕事を押し付けられるのが、むしろ納得いかない。

 が、一人の武士として上から与えられた「お役目」に不満を漏らすわけにも行かない。

 つまり――新左衛門もまた、うつむくしかなかった。

 その時、部屋の扉がノックされ、取次の者の声が聞こえてくる。

「渡辺局長、局長に面会を希望している方が受付に参られていますが」

「わしに面会? 誰じゃ?」

「ダークエルフの女性で、クシャトリス・バーザムズールと仰られるお方です」

 

 

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