魔界の国のお侍さん   作:アルジェリア

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第十三話 「竜の子(其の六)」

 時刻は暮六つ(くれむつ:午後六時)。

 季節は冬ということもあり、すでに陽は落ちている。

 いかに南国の『共和国』とはいえ、冬の夜は気温が下がり、風も冷たくなる。

 が、この場所まではその寒風も届かない。ハラワタのように曲がりくねった洞窟の奥なので、火を炊いてもその光が入口から漏れることもない。

 また、木を組み合わせワラ袋を敷いた簡易ベッドが人数分据えてあったり、洗った衣服が干してあったりと、数日間分の生活感はある。

 とはいえ、その天井にはコウモリが飛び回り、空気も焚き火によって少しは暖かくなったが、それでもじっとりとした湿気は健在で、寒気が刺すように伝わってくる。

 つまり、お世辞にも居心地のいい空間とは言い難いのだが、それでもこの四人組はむき出しの地面に座り込んで愚痴の一つもこぼす様子はない。

 彼らは無表情に淡々と、会話すらなく、それぞれがそれぞれの赴くままに時間を潰していた。

 

 

 肥満体のリザードマンは、木の枝に突き刺した肉を焚き火であぶってパクついている。

 名はザーン。

 一同の中では最年少であるが、その体格的貫禄によって初見の者ならば誰もがそうは思わない。

 長身痩躯のリザードマンは、焚き火に背を向け、一心不乱に読書にふけっている。

 名はリア。

 一同の中ではお調子者のムードメーカーだが、その「火」の魔法の腕は一流で、しかも一度本を開くと周囲でうるさく騒ぐ者には本気で怒りを向けるような、大人気ない一面もあった。

 標準体型のリザードマンは、日本刀の手入れをしている。

 名はムーア。

 一同の中では最も身分が高く、来世流の免許皆伝という剣の腕と沈着冷静な性格もあって、四人のリーダー格を勤めている。

 小柄のリザードマンは上半身裸になり、包帯を巻き直している。

 名はハッテ。

 飛ぶ鳥落とすとまで言われる投げナイフの腕と、その飛び抜けた身軽さを利用し、主に潜入作戦などで能力を発揮する。

 さらに治癒魔法の使い手で、一同の衛生兵的役割も果たす。

 

 

 ここはジュピトリアム南区――の更に南のはずれにある円象山。

 その斜面北側の森林には、市街地に面しているという立地条件もあって、陽が出ているうちは薪拾いやキコリなどの林業民で賑わうが、この南側は人も寄らない荒地として姿を晒している。

 その中腹にある、とある洞窟を彼ら四人は滞在拠点と定めていた。

 理由は色々ある。

 彼らは自分たちが緑竜王の幼生を狙っているという事実が、いずれ露見するという確信を持っている。なにしろグワジニアで一度失敗している身だ。当局がその気になって捜索すれば、市内の適当な宿に潜んでいるよそ者のリザードマン集団など、あっという間に見つかってしまうだろう。

 いやこの場合、彼らが恐れるのは市警騎士団のごとき官憲どもではない。真に警戒すべきは緑竜王配下のリザードマンであり、そいつらが、いつ彼らの居場所を突き止め、逆に殺しに来るかわからないのだ。

 ならばこそ、ムーアはこの洞窟の存在を知った時、まったく躊躇することなく、ここを塒(ねぐら)と定めたのだ。

 そして彼らは今、ジュピトリアム中央区の露天市場での後始末をつけた後、しばしの休息に身を浸していた。

 

 

「おい、少しは手伝ってくれよ……包帯って自分で巻こうとすると結構難しいんだからさ」

 ハッテがそう言うが、三人は誰も返事をしない。

「おぉい!」

「さっき巻くの手伝ってやったろ。なんで同じことを二度やってるんだ」

 リアが、本のページをめくりながら、いかにも面倒くさそうに言う。

「お前が巻いた包帯が適当だったから今になって緩んできやがったんだよ」

 そうハッテも言い返すが、リアはもはや彼の方向を一瞥すらしない。睨むような眼差しをページに注いでいるだけだ。

「仕方ないですねえ、もう……」

 あぶり肉を食べ終えたザーンが、口元をハンカチで拭いながらハッテの元まで来ると、その背後に座り込んで包帯を巻き直してやる。

 彼らが仲間の声を無視したのは、そこに不和があるためではない。

 彼らは集団行動をとってはいるが、その個々の関係性に至ってはむしろ互いに冷淡かつ無関心であり、極端に言えば、彼らはビジネスでチームを組んでいるだけであって、友人でもなければ同志でもなかった。

 それゆえ一度作戦行動に移れば、それぞれ担当する役割分担を歯車のようにこなしはするが、それ以上の個人的なフォローまではまるで気を回すことはない。

 

「すまねえなザーン、恩に着るぜ……っていうか覚えてろよテメエら」

「その肋骨はハッテさんの治癒魔法で完治できないんですか?」

「無茶言うな。魔力付与した杖でぶっ叩かれたんだぜ? 折れて肺に刺さらなかっただけマシってもんさ」

「あの娘の腕は本物だったということですか」

「少なくとも、腕だけならな」

 そう答えたのはハッテではなく、それまで無言で刀の手入れをしていたムーアだった。

 が、彼の目は相変わらずハッテには向けられない。

 その眼差しの先にあるのは、洞窟の隅に放り出された、六尺(約180センチ)ほどの、口を縛った布袋だった。

 よく見れば、規則正しい間隔でわずかに伸縮を繰り返しているその袋は、その内容物が呼吸している「誰か」であることは明白であった。

 

 むろん「腕だけなら」というムーアの言葉は、この場にいる四人全員が理解している。

 自分の母親が人質に取られたということを認識した瞬間に見せた、あの狼狽っぷりから判断して、彼女が真の意味での修羅場を経験していない剣士であることは、あまりにも歴然だったからだ。

 クシャトリス・バーザムズールは、道場で防具をつけて竹刀で打ち合う分には、十分な強さを持っている。それは間違いない。

 が、ここで重要なのは、そういう種類の「強さ」は、彼らにとっては意味を持たないということであり、そして、そういう相手であればこそ、彼女に対して特に警戒する必要を、彼ら四人は感じない。

 クシャトリスのうろたえっぷりから判断して、彼女が事態を官憲に通報するとは考えにくいし、その上で、明日の指定時刻までに彼女が『目標』を連れてくれば人質を引き渡す。さもなければ人質を始末して立ち去るまでだ。 

 加えて言うなら、この不運な人質に対する何らかの感傷も、この四人組にとっては、やはり存在しない。約束を違えた敵の人質を殺すなど、彼らにとっては食事に等しいほどに日常的なものでしかないのだ。

 これは彼らの人格が特に酷薄なものだというわけではなく、彼ら四人が身を置いている世界とは、そういうものであるというだけの話でしかない。ルールが違えば戦法もおのずと違ってくるものなのだ。

 

 

 その瞬間――四人の表情が同時に変わった。

 

「結界に侵入した者がいる」

 そう言いながらリアが静かに本を閉じる。

「人数はわかるか」

 日本刀を鞘に収めながらムーアが訊く。

 この洞窟には、その入口を中心に半径一町(約百メートル)にわたって簡易結界が張られており、その実施者は、四人の中では最も魔法技術に長けたリアである。つまり、結界を破った者がいればそれは直接リアに伝わるということなのだ。

 もっとも、彼らほどの手練ならば、結界の魔力の乱れを敏感に察知することくらいは出来る。

「一人……いや二人ですか?」

 さっきまでとは別人のような厳しい顔でザーンが気配を読む。

「二人だ」

 が、そう答えたリアの頬には、逆に皮肉っぽい笑が浮かんでいる。

 

 

 

「来たのは例の娘だ。しかも『目標』を片手にぶら下げている。隣にいるのは……サムライか?」

 

 

 

 その言葉を聞いた三人のリザードマンは、それぞれ唖然となっていた。

 クシャトリス・バーザムズールが、何故この洞窟の場所を知っているのか。

 または、そんなエルフ娘を利用するように使い捨て、逃げ去ったはずの『標的』を、彼女がどうやって捕獲することができたのか。

 そして、そのサムライとやらは一体何者なのか。

 が、しかしそれも一瞬のことだ。

「……まあいい。諸々の疑問は女に直接訊くだけだ」

 ムーアが膝を払いながら立ち上がり、それに促されるようにハッテも着衣(黒背広)を着込み、ザーンとともに動き始める。

「リア、貴様はここに残れ」

「人質か?」

「そうだ。目を離すなよ」

「わかった」

「では行こう」

「行こう」

「行きましょう」

 そう口々に言い、三人は洞窟から出て行った。

 

 

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 洞窟の外はすでに陽が落ちている。

 しかも今夜は雲が出ているため、月光や星明かりが見えにくい。

 が、その男女の姿はすぐに見つかった。

 彼らは赤々と燃える松明を持ち、一直線にこの洞窟に向かって山道を歩いてくるからだ。

 とはいえ、洞窟の中から出てきた三人の黒背広のリザードマンたちを見て、彼ら男女のの表情にも一応動揺が生じていた。

 サムライの方は腰に大小二本の刀をたばさんでおり、エルフ娘も例の杖を持っているが、それでも甲冑を着込んでもいなければ、槍も弓矢も持ち合わせていない。二人ともやや長めの松明を掲げている以外には、いわば平服平装のままなのだ。

(どうやら殴り込みに来たわけではないようだな)

 ムーアはそう判断するが、もちろん油断はしない。そう見せかけているだけの可能性も当然あるのだから。

 しかし重要なのはそこではない。

 リザードマンたちの視線が、エルフ娘の左手に集中する。

 彼女はその左手に、両手両足を一まとめに縛り上げた竜の幼生をぶら下げていたからだ。

 ムーアは二人の部下に目配せして、洞窟の入り口から十歩の位置で立ち止まる。

 

 

「まさか本当にここにいるとはな……この人さらい野郎が」

 

 

 そう言ったのはエルフ娘の隣に立つ、年齢二十歳ほどの若いサムライだ。

 身にまとう殺気から判断して、かなりの手練であろうと推察できる。そして、ムーアたちに対して本気の怒りを抱いていることも。

 クシャトリス・バーザムズールが学んでいる渡辺派無明流は、ニホン人の――いわゆるサムライ式の剣の流儀だ。つまりこの娘には、同門のサムライに人脈があるということになる。ならばこの男も渡辺派の剣客の一人であろう。

(まあ、それはどうでもいい)

 ムーアは思う。

 この状況を素直に受け取るならば、この数日感にわたった彼らの「竜の子捜索」の仕事が一気に解決したことになる。

 だが、果たしてこの事態を素直に受け取っていいものであろうか。

 結界に侵入してきたのは二人だけ――これは間違いのない事実だ。

 ということは、この二人には伏兵はいない。ならば彼らが今ここにいるという事実も何かの陽動という線は考えにくい。

 もっとも、あるいはこの男女が全く何も考えずにここまで来た、という可能性もある。

(まあ『目標』さえ入手できれば、必ずしも皆殺しにする必要はないのだがな……)

 が、そんなムーアの思惑の機先を制するかのように、サムライが言う。

 

 

「最初に言っておくが、おれたちは剣を捨てる気はないぞ。そちらがあくまでが武装解除にこだわるならば交渉は決裂。おれたちは剣を抜き、全力で戦わせてもらう」

 

 そのあまりな言い草に、ムーアはしばし絶句する。

 いや、彼だけではない。部下の二人も同じく呆れたような顔になっている。

「……一応、参考のために伺いますが、人質の命はどうでもいいと?」

 そのザーンの言葉に、エルフ娘は一瞬うろたえたように何かを言おうとするが、サムライはそんな彼女を目で制し、言葉を続ける。

「そんなわけなかろう」

「では何故――」

「決まっておろうが。刀を捨てれば、貴様らは今この瞬間に襲いかかってくる。そのチビ竜を奪うためにな」

「…………」

「刀を持たねば何の抵抗もできず、結果として人質もおれたちも両方殺されて終わりだ。違うか?」

「…………」

 ザーンとハッテは何も言わない。

 ムーアもそうだ。

 その理由を聞かれれば答えは簡単――このサムライの言葉はすべて真実だからだ。

 図星を突かれたという事実に対するショックなどない。そもそも交渉とは、武力において相手と対峙できる立場になければ成立しないものだ。だからこのサムライの言い分はある意味当然のものだとすら言える。

 

 この場合、ムーアたちにとって最も優先すべきことは、その幼竜の入手であり、そして最も回避すべき事態は、幼竜を取り逃がし、なおかつこの男女と戦闘になって味方に被害を出すことだ。

 ならば、戦闘回避は『目標』入手のために当然踏まねばならない段階ということになる。

「やむをえんな……ならば、帯剣の権利だけは認めてやろう」

 ムーアはそう言いつつザーンに目配せし、視線を受けた太ったリザードマンは一歩前に出た。

「いいでしょう。しかし、その前に貴方たちにいくつか質問があります。人質交換はその返答を聞いてからです。いいですねクシャトリス・バーザムズール?」

 名を呼ばれ、それまで一歩後方に控えていたエルフ娘は、ようやく顔を上げ、こちらを見る。

 その視線は、やはり猜疑と戦意と緊張が混ざった、複雑なものになっている。

「……なによ?」

「まず、貴女はなぜ我々がこの場所にいることを知っていたのですか?」

 そう問われ、クシャトリスは初めて頬を緩めた。もっともそれは、いかにも質問者を小馬鹿にしたような皮肉な笑みであったが

「あたしたちはこのジュピトリアムの地元民よ? 円象山で取引してやるなんて言われたら、この洞窟を思い浮かべるのは当然でしょう。ここは昔、あたしたちが秘密基地にしてたような場所なんだから」

 

 

 そう言われて、ムーアは内心舌打ちしそうになった。

 いかにもここは円象山中腹の天然の洞窟だ。

 この数日、彼らはここを拠点にしてジュピトリアム市中での『目標』捜索に勤しんでいたわけだが、それとて誰かの指示を受けたからそうした、というわけではない。彼らがこの場所を見つけたのは、全くの偶然だからだ。

 重ねて言えば、この円象山を彼女との取引場所に指定したのもムーアだが、これも取り立てて深い考えがあったわけではない。敢えて言うなら、自分が拠点にしている地点を、まさか取引場所に指定するなどとは考えないだろうという程度の思考の結果に過ぎない。

 例えば麻薬取引の定番場所といえば港の埠頭だが、その取引相手がまさか「その埠頭に住んでいる」などと考える者はいない――そういうことだ。

 だが、所詮それはアウトロー同士の思考法でしかない。

「では、我々がここにいることを知っていたわけではないと?」

「当然でしょう。知っていたらそれこそアンタたちが言った時間に来ているわよ。まさか本当にいるなんて思わなかったもの」

 むしろ憎々しげにバーザムズールが言い捨てる。

 その言葉に、

(確かに油断だったか)

 と、ムーアも思わずにはいられない。

 この洞窟の存在をあらかじめ知っている者ならば、確かに彼女の言葉通り、ここを一度は検分してみようと思うかもしれない。そういう可能性を考えなかったあたり、素人女に所在をあっさり突き止められてしまった責任は、全面的にムーア個人にあると判断せざるを得ない。

 

 

「で、訊きたいことはそれで終わり!?」

 と、いかにも苛立たしげにバーザムズールが言う。

 が、それでも彼女のペースに合わせる義理はないとばかりにザーンが言葉を続ける。

「まだです。質問はいくつかあると最初に言ったでしょう」

「だったらさっさと言いなさい! いちいち勿体つけるんじゃないわよ!」

「では、貴女の横にいるそのサムライは一体どなたですか? 我々は取引に余人を連れてきていいなどと言った覚えはありませんよ」

 そう言われて、初めて女の目元がわずかに歪む。彼女にしても、やはり痛いところを突かれたという思いはあったのだろう。

 そこでサムライが、バーザムズールに代わって口を開く。

「おれは池波新左衛門、ここにいるコイツの幼馴染でな、お前らが拉致したラヴィアン・バーザムズールはおれにとっても他人にあらざるゆえ一枚噛ませてもらった」

「気軽におっしゃいますが、当方としてはそれを許した覚えはないと言ってるんです」

「こっちも人さらいに何かを許してもらおうと思ってはおらん。こいつの言葉を信じるなら貴様らは『騎士団には通報するな』としか言っておらんはずだ。だったら、おれがここにいることに何の問題もないはずであろうが」

 

 敢えて開き直ったかのように断言する若いサムライに、ムーアは失笑を隠せない。

 なるほど、その直情的な面構えを見れば特に嘘を言ってるようには見えない。幼馴染という関係も本当だろうし、その母親を心配するのも納得できる。

 だが、彼は本当に自分の行動がもたらす結果を予想しているのだろうか。

 自分たちは、このサムライが言うところの「人さらい」なのだ。そんな言い草が通用するような相手ではないことくらい理解しているはずだ。

 現にザーンも、自分と同じく苦笑いを浮かべながら言い返す。

「屁理屈もいいところですね。こちらは今この瞬間に人質を始末することもできるんですよ?」

「…………そうなったら、このチビ竜を空に逃がすぞ。それでもいいのか貴様ら?」

「好きにしなよ。どうせこの間合いじゃ、どこに逃げたところで俺のナイフからは逃げられねえ」

 ハッテが内ポケットから取り出したナイフをぺろりと舐めながら言う。

 さっきまでアバラの痛みに耐え兼ねて泣き言を漏らしていたくせに、この男はこういうチンピラ臭い振る舞いが実に上手い。

――が、その効果はある。現に二人の表情が明らかに変わった。

 エルフ娘の表情は恐怖に蒼白になり、サムライの表情は焦燥に歪んだ。

 

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