魔界の国のお侍さん   作:アルジェリア

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第十五話 「竜の子(其の八)」

 

「済まんのう、中におったおぬしの部下は全員斬らせてもらったぞ。まあ、わしの弟子にちょっかいかけた以上は、少しは懲りてもらわんとな」

 

 

 その言葉に何も感じなかったといえば、さすがに嘘に近い。

 しかしクシャトリス・バーザムズールの師匠ということは、この老武士こそが、世に高名な渡辺源太夫ということになる。ならば、リアとハッテの二人があっさりやられたのも当然と言える。

 いや、どうせなら、この老剣客と相対する役は、是非ともムーア自身が勤めたかった。

 暗黒街で生きてきた彼にとって、敵に対する奇襲・不意打ち・騙し討ちは「正義」と断言できるほどに当然の行為であったが、それでも前世流皆伝の剣士としての矜持は今もなお存在している。

 敵にまんまと一杯食わされ、こんなブザマを晒すくらいならば、まだ剣士として一対一で戦える機会を得る方がまだマシだ。たとえその結果が死であったとしてもだ。

 とはいえ、ムーアにはもはや余計なことを考えるだけの余裕さえもなかった。

 大地に倒れ、焦げた肉の臭いをまき散らしながら微動だにしないザーン。その横に並ぶようにムーアも崩れ落ち、意識を失った。

 

 

 

「おうナマイキ殿、おぬしに借りたこれは大したもんじゃのう。洞窟の中におったリザードマンが、目をパチクリさせておったわ」

 そう言いながら源太夫は、お守りのように首からぶら下げていた物を見せつける。 

 大きさ一寸(3センチ)ほどの半透明の楕円形の物質が三枚、穴を開けて紐に貫かれ、薄く光っている。

 竜の鱗――ドラゴン種はそのウロコの一枚一枚に対魔法属性があり、あらゆる攻撃魔法や防御結界に有効である。むろん一枚一枚の効果は知れたものであるが、それを数枚も重ねれば、術者に気づかれずに結界を素通りすることなど何でもない。

 もっとも、そこからリザードマンたちに全く気付かれることなく洞窟に侵入し、中にいた敵を斬り捨てて、人質たるラヴィアン・バーザムズールを救出したのは――新左衛門とクシャトリスが敵の三人の目を引きつけていたおかげもあるが――渡辺源太夫の隠業がいかに完璧なものであったかということを証明するものでもある。

 が、そんな老人に、幼竜が何かを言おうとした瞬間、クシャトリスが飛び込んでくる。

 

「母さんは!? 先生、母さんは無事なの!?」

 

「中じゃ。魔法か薬で眠らされとるから死んではおらん。安心せい」

 その言葉に返事をする暇さえ惜しむように、クシャトリスは洞窟に飛び込んでいき、その背中を柔らかい視線で見送りながら……しかし新左衛門を振り向いた老人の表情は厳しかった。

「池波、殺してはおらんじゃろうな」

「はい」

「よし、この男には色々と話を聞かせてもらわんといかんからのう」

「はい……しかし」

「なんじゃ?」

「先程この男が見せた見事な居合から考えても、まともに仕合っていたら、おそらくはこうも簡単に峰打ちなど入れられはしなかったでしょうね」

 そう言ってうつむく新左衛門を、源太夫は鼻で笑うように言い返す。

「何を言うか、お前とバーザムズールを同時に相手にして凌げるような剣士など、この国にゃ三人とおらぬわ」

「同時にって……先生!?」

「冗談じゃ、冗談」

 

 真顔で抗議せんばかりの新左衛門を軽くいなすと、源太夫は脇差を抜き、パタパタと浮遊する幼竜の手足を縛っている縄を切断してやる。

 が、ナマイキはむしろ不機嫌そうな口調で老人に言う。

「まあ段取りが予想以上に上手くいったことに関しては喜ばしいと言うべきだけどさ」

「ん、どうした?」

「そのウロコ早く返してくれない? 生皮になったところがまだ痛いんだよね」

「おう、それは気づかず済まなんだな」

 源太夫はその場に座り込むと、首からぶら下げた紐をほどき、ぬいぐるみのようなチビ竜を膝に置いて、その背にウロコを差し込んでいる。

 傍から見れば、まるで縁側で猫のノミ取りをしている好々爺に見えなくもないが――それでも新左衛門の心は晴れなかった。

 

 

 焼死体の隣で、地面に転がったまま死んだように動かないリザードマン。

 この、名も知らぬ敵を、新左衛門は背中から斬った。それも二対一の形でだ。

 もっとも、それは彼にとっても反射行為に等しいものだったので、意図的な攻撃ではなかったと言い訳することもできなくはないが、しょせんは詭弁だ。それを仕方のないものだったと割り切る大雑把さを、若い池波新左衛門は持ち合わせない。

(武士としてあるまじき行為だ)

 そう思う心を抑えきれない。

 もっとも、このリザードマンが手段を選ばぬ単なるチンピラだったなら、新左衛門の罪悪感も、ここまで湧き上がることはなかっただろう。

 現に新左衛門は、幼馴染の母親を誘拐したこの犯罪者たちに、非常に真っ当な怒りを覚えていた。その怒り自体は今もなお完全に冷めたわけではない。

 が、それとこれとは、また別なのだ。

 このリザードマンが見せた、あの見事な抜き打ち。渡辺道場『練武館』次席剣士たる彼にはわかる。

 あれは二年や三年の修練で身につく技ではない。その人生の大半を剣に捧げた者のみが可能にする鋭さを、あの居合は持ち合わせていたからだ。

 あれを見た瞬間、新左衛門の認識の中で、この敵は、単なる犯罪者ではなく一人の「剣客」になってしまった。願わくば、まともな立ち合いで雌雄を決したかった――そう思う心がある限り、新左衛門の心は晴れない。

 

(いや、違う……)

 我ながら、何故こんなことにここまで罪悪感を覚えてしまうのか、それを問われれば理由はハッキリしていると答えざるを得ない。

 そう思いながら、新左衛門は師匠と、その膝の上の竜の幼生に目をやった。

 

 

――話は数時間前にさかのぼる。

 

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「……で、ナマイキ殿、結局そなたは今までどこで何をしておられたのでござるか?」

 

 

 落ち着いた口調で新左衛門が、幼竜ナマイキに尋ねる。

 一応は竜族に対する敬意を残した言葉遣いであるが、事件の一因がこの竜にあることを考えると、少なからずその言葉尻には穏やかならぬものが混じるのを抑えきれない。

 もっとも、その向こうで師匠になだめられながらも狂犬のごとき表情でこっちを睨んでいるクシャトリスを見れば、彼の意識も自動的に冷静にならざるを得ない。

 ナマイキは、特に恥じる様子もなく言った。

――身を隠しつつ、例の四人組を上空から見張りつつ追尾し、その塒(ねぐら)を突き止めていたのだ、と。

「あんたのッッ!! あんたのせいで母さんがッッ!! それについて言うべき言葉は無いのッッ!!」

 と、ヒステリックに叫ぶクシャトリスだが、幼竜はむしろ無邪気なままの口調で、言い返す。

「だって、あのときは逃げるしかなかったじゃない。お姉さんはボクを引き渡す気満々だったし、奴らに捕まったらもう逃げられないのは目に見えてたしさ」

「そのせいで母さんが今どういう目に遭ってると思ってるのッッ!?」

「まあ、それに関しては謝るけどさ、ボクにも自分の身の安全を守る権利はあるからさ」

「それで謝ってるつもりッッ!!」

 そう喚きながら剣を抜こうとするクシャトリスだが、さすがに源太夫がその手を押さえ、

「よさぬか、たわけ者がッッ!!」

 と、一喝する。

 だが、そんな老人でも幼竜を振り向く視線は険しい。

「で、ナマイキ殿は、これからどうなさるおつもりで我らの前に姿を現しなされたのか?」

 しかし――と言うか、やはりと言うべきか――ナマイキはまったく態度を変えることなく放言する。

 

 

「決まってるじゃないか。あの四人組をやっつけておばさんを救い出すんだよ」

 

 

 新左衛門とクシャトリスはさすがに凝然となった。

 今回の一件の責任を取って人質交換に身を晒す――そんな殊勝なことを言うキャラクターではないことは、今までのやり取りの中で充分理解できたが、言うに事欠いて、まさか人質奪回などとは……。

「……まあ、そうするしか無いわな」

 という一言で新左衛門の思考を遮ったのは、師匠の渡辺源太夫だ。

「馬鹿な!! 先生は母の命を見捨てろと申されるのですか!!」

 と、クシャトリスも声を荒げるが、源太夫はむしろ沈鬱な表情で振り向く。

「実はなバーザムズール、そなたには言っておらなんだが、わしらも市長から直命を受けておる。この幼竜殿を保護し、緑竜王に無事引き渡すという使命じゃ」

「え……?」

「役目に従ってこの者を緑竜王の使いに渡せば、人質交換は不可能になる。かといって人質交換を優先すれば、この幼竜殿もタダでは済むまいから、わしらはお役目を果たせぬことになる」

 その含みを持った言い方にエルフ娘は、それこそ刺すような視線を向けて問いかける。

 

 

「それでは先生は、あたしの母親の命より自分のお役目とやらの方が大事だと……そう仰るのですか?」

 

 

 いや、そうではない――と言いながら、首を振る源太夫。

「もしもこの幼竜が四人組に引渡し、殺されでもしたら、その直接の死に関わったわしらを緑竜王は決して許すまい。最悪の場合、そなたの母君が無事に帰ってきても、この街は緑竜王に襲撃され破壊されるという可能性も考えられる。わしらは立場上、そんな可能性を見過ごすわけにはいかぬ」

 そんな馬鹿な……とつぶやくクシャトリスだが、その表情にはもはや怒りはない。

 確かに竜族を怒らせるという行為がいかなる結果をもたらすか、彼女にしてもその程度のことに考えが至らぬ程に頭に血が上っているわけではなかったのだ。

「じゃあ……どうすれば……」

 しかし、絶望したように宙に視線を漂わせる彼女に返答したのは、源太夫ではなかった。

 

 

「わからない人だなぁ……だから四人組をやっつけて、おばさんを救い出すんだって言ってるじゃないか。ボクの身柄を父上の家臣に渡しても、例の四人組に渡しても、結局はろくな結末にならない。なら、残された選択肢は一つしかないじゃないか」

 

 

(確かにな……)

 新左衛門としても、その発言に納得するしかなかった。

 むしろ強攻策を前提として考えないと、この一件はとても円満に大団円を迎えられそうにない。

 それに戦力としても、ここにいる自分たちなら申し分ないと言えるだろう。無明流渡辺派の総帥と道場序列一位と二位の剣士ならば。

 そして幼竜ナマイキは、この場にいる全員の視線を引き受けつつ、むしろ得意げに言葉を続ける。

「だからこそボクがわざわざ連中のあとをつけて、その拠点を突き止めてあげたんじゃないか。それともお姉さん、腕ずくだと無事に済ませる自信がないのかな?」

 その言葉が終わらないうちに飛び出したクシャトリスは、幼竜の眉間に拳の一撃を叩き込み、黙らせる。

 しかし、そのあと振り向いた彼女の表情には、確かな覚悟があった。

 

 

「――でナマイキ、あんたが突き止めたっていう四人組の塒(ねぐら)はどこだって?」

 

 

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 以上の成り行きの末、新左衛門たちはこの円象山の洞窟にやってきたわけだが、しかし、実は彼がそれを思い出したのは、ついさっき――幼竜が口から息(ブレス)を吐いて、太ったリザードマンを焼き殺した瞬間だった。

 つまりナマイキは、新左衛門とクシャトリスに精神魔法をかけ、その記憶を改ざんしていたのだ。

 それは自分たち二人も承知の上であったし、師匠たる源太夫も賛成したことである。

 無論その効果も永久的なものではない。

 現にナマイキは、己の「火を吐く」という行動を引き金に、彼らの記憶が回復するように魔法を調整してくれていた。

 そもそも、ナマイキが何故そんな魔法を彼らにかけたのかといえば、新左衛門とクシャトリスの不器用さに、作戦遂行上の不安を覚えたからであり、早い話が、彼ら二人自身の責任だと言えなくもない。

 

 この作戦の要諦は、クシャトリスと新左衛門の二人が敵の目をひきつけている間に、源太夫が結界内に侵入して洞窟内の人質を奪回するという、非常にシンプルなものである。

 しかし、そのためには、様々な意味で敵から疑われてはならないという前提条件が付随していた。

 たとえば、二人が囮の役割を果たすためには、敢えて正面から彼らの結界を破り、その存在をアピールしなければならない。

 だが、この場合、敵リザードマンに伏兵の存在を疑われないためにも、彼ら二人は、あくまでも円象山の洞窟に、何の意図もなく立ち寄り、そこで「偶然」リザードマンたちに出会ったという小芝居を貫かねばならない。

 その上で人質解放の交渉に持ち込めたとしても、二人はあくまでも自分たちが時間稼ぎの陽動である事実を敵に察知されてはならない。

 

 

 そして――そんな演技力が自分たちにあるかと問われれば、新左衛門にしろクシャトリアにしろ「無い」とハッキリ答えるしかなかった。

 

 

 しかし、今更言うのもなんだが、術が解けてしまえば、自分たちが見事なまでに事実と異なる記憶を信じ込んでいたということに、まさしく新左衛門は慄然となる。

 あの瞬間、彼自身は自分の言っている言葉をまるで疑っていなかった。

 この洞窟を探索してみようと思い立ったのも、そこに当然のように取引の切り札たるナマイキを伴っていたのも、今から思えば不自然極まりないと思うが、それでもまったく疑問を抱かなかった。

 それはクシャトリスにしてもそうだろう。あの強情狷介な女が、たとえ芝居にせよ敵への土下座などという屈辱に耐えられるはずがない。自分たちは嘘をついているなどという認識がカケラもあれば、たとえ母親の命が掛かっていたとしても、もう少し違う行動に出たはずであろうし、あのリザードマンたちの冷たい目には、そんなわざとらしさは確実に見破られていたに違いない。

 

 新左衛門は、源太夫の膝の上で身を丸めるナマイキに、視線を移す。

 ドラゴン種の個体が、それぞれ大規模なコミュニティを経営しているという事実も、ひょとしたらその「眷属」を名乗るリザードマンたち一人一人に、いま自分たちにかけたような精神魔法を施しているのかもしれない。

 そう思うと、新左衛門はぬいぐるみのような竜の幼生に、言い知れぬ不気味さを覚えた。

――その瞬間だった。

 

 

 

「あぶないッッ!!!」

 

 

 

 それが師匠たる源太夫ではなく、ナマイキの声であった事実を奇異に思う暇さえなかった。

「ッッ!!」

 とはいえ、新左衛門がその剣をかろうじて回避し得たのは、正しくその声のおかげと言ってもいい。それほどまでの鋭さを、その一撃は持ち合わせていたからだ。いや、それ以上に、新左衛門自身にとってその攻撃は文字通りの不意打ちだったからだ。

 身をひねって体勢を立て直し、腰の刀を抜き合わせて構える。

 そこには、峰打ちを喰らって意識を失っていたはずのリザードマンが、剣をぶら下げ、息を荒げながら大地に立っていた。

 

(油断していた……?)

 正直なところ、そう思う。

 願わくば一騎打ちで雌雄を決したかった――などと傲慢な思いを持ってしまったからこそ、新左衛門は気絶していたこの男の手から、握られたままになっていた刀を蹴り飛ばすこともしなかったし、その体を縛り上げることも急がなかった。

 もっとも言い訳はある。

 あのタイミングで、あの角度で峰打ちをまともに喰らった者が、こんな短時間でここまで動けるはずがない。池波新左衛門は、己の剣の威力にその程度の自信は抱いている。

 が、もはやそんな雑念というべき思考に費やしている時間はない。

 渡辺源太夫も、幼竜ナマイキも、一瞬前とはまるで別人のような表情になり立ち上がっている。いや、すでにリザードマンの背後の逃げ道を塞ぐべく動いている。

 ならば、ここで新左衛門がすべき行動は、たった一つだ。

 

 

「名乗れ。さすれば名も無き誘拐犯としてでなく、せめてその剣に見合った死を与えてやる」

 

 

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