魔界の国のお侍さん   作:アルジェリア

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第十六話 「竜の子(其の九)」

「名乗れ。さすれば名も無き誘拐犯としてでなく、せめてその剣に見合った死を与えてやる」

 

 

 新左衛門の宣告に、リザードマンの右斜め後方を飛ぶチビ竜は、

(おいおい、そんな悠長なこと言ってないで、とっととやっつけちゃいなよ)

 と言わんばかりの顔をし、それに反して、リザードマンの左斜め後方に回り込んだ源太夫は、

(それでええ。そろそろバーザムズールのやつも洞窟から出てくる頃合いじゃ。それまで時間を稼いで三対一でかかれば、万に一つも逃がす恐れはないわ)

 と言わんばかりの顔をしている。

 が、新左衛門にはそのいずれの意思にも添う気はなかった。

 

 

「安心しろ、後ろの連中に手は出させない。武士として誓ってやるが、これはおれ――池波新左衛門と貴様との一騎打ちだ」

 

 

 その言葉に頬を緩めたのは、当のリザードマンだけだった。

「ずいぶん人の良いことを言われるが、その言葉を信じてもいいのか」

「かまわぬ。武士としてと申した以上、偽りを言う気はない」

 そう断言した新左衛門の表情に真剣なものを感じ取ったのか、源太夫やナマイキが、

「おい、本気で言うとるのか池波!?」

「違う! そうじゃない!! この男は――」

 口々にそう叫ぶ両者を遮るように新左衛門は声を荒げた。

「ご両所は口出し無用に願いまする!!」

 その言葉にムッとしたように口を閉ざした幼竜や、ため息をつきながら顔を背ける師匠に反して、新左衛門は、

(むしろ、いい機会だ)

 などと思ってさえいた。

 あの居合を見て以降、このリザードマンに剣士として興味を覚えていたのは事実なのだ。

 ならば、その剣士としての欲求を抑える気は新左衛門にはない。

 この敵にしても、あれほどの剣の使い手ならば、そういう気持ちを理解できるはずだ。

 現に、彼の言葉を聞いてリザードマンの表情も少し変わった。

 

「変わっておるな貴公……賊の頭目である俺を剣士として遇しようとてか?」

「敵に対する敬意を忘れず、その敬意ごと敵を斬る。それが武士というものだ」

「…………」

「して、そなたの名は?」

「……ムーア・フォースサイズ。貴公の名は池波新左衛門、でよいのか?」

 敵に名を聞かれる。それは互いに一人前の武士にとって誇るべき事実である。

 しかし、そう思う新左衛門の目に映ったリザードマンの顔に浮かんだ表情は――あからさまな嘲笑だった。

 

 

 

「しかし池波殿、今後のために言っておいてやるが……敵に『お人好し』と言われたら、それは褒め言葉と解釈しないほうがいい」

 

 

 

 上空から突風に近い風がこの場を襲う。

「な、にぃ……ッッ!?」

 反射的に後ろに飛び下がった新左衛門が見たのは、上空から真一文字に急降下してきた一頭のワイバーン。

 そして、リザードマンの黒背広の胸元からこぼれる、首飾り状に紐で結えられた「竜笛」。

 

 それを見た瞬間に、新左衛門は先刻の自分への警告が、なぜ源太夫ではなくナマイキからの声だったのか、ようやく理解していた。

 あのリザードマンは、意識を回復させた瞬間に新左衛門に襲いかかったのではなく、まずその竜笛でワイバーンを呼んだのだ。犬笛と同じく、人間の可聴域外の音波でワイバーンを操るその笛の音を、この場では同じ竜族のナマイキだけが聞き取ることが可能だった。だからこそ、あの瞬間に新左衛門に警告を発することができたのだ。

 そして、新左衛門が体勢を立て直して刀を抜く前に、リザードマンが続けて斬撃を打ち込んでこなかったのも、単純に峰打ちのダメージが抜けきっていなかったというだけではあるまい。この男もまた、ワイバーンが到着するまでの時間を稼いでいただけに過ぎなかったのだ。

 

 

 ワイバーンは、その後ろ足でリザードマンを鷲掴みにすると、再び羽ばたいて、ふわりと宙に浮き、口をカッとほぼ垂直に近い角度にまで開いた。

(まずいッッ!!)

 新左衛門がそう思った瞬間、源太夫がナマイキの首根っこを掴み、彼の傍らに飛び込んできた。

「ボヤボヤするな、息(ブレス)が来るぞっ!!」

 正直なところ、新左衛門にとって、この師匠の声がこれほどまでに心強く響いたのは久しぶりの経験だったというしかない。 

 返事すらせずに、彼はナマイキや源太夫と魔力を同調させ、自分たちの眼前に防御結界を張る。

 まるで竜巻のごとく螺旋に渦を巻いた火炎を、その結界は見事に防ぎ切った。

 しかし、それだけのことだ。

 数瞬後、視界が晴れた三人の前には、すでにワイバーンは上空遠くに飛び去ったあとだった。

 

 

「その名は覚えたぞ池波新左衛門!! 機会があったらまた会おうぞッッ!!」

 という捨て台詞だけをのこして。

 

 

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「――で、先生は怒ってたの?」

「当然だろ。おれが奴をとっとと縛り上げていれば、少なくともこんな結果にはならなかったんだからな」

「ま、そりゃそうよね」

 そう言ってクシャトリスは微笑む。

 正直なところ、新左衛門にとっては笑い事では済まされない話なのだが、この幼馴染の笑顔を見た瞬間に――まあそれで済んだのならいいかと思ってしまったのも事実だ。

 今は道場での本稽古の帰りである月夜の晩。

 時間にして、ムーア・フォースサイズと名乗るリザードマンがワイバーンで逃げ去ってから三日が経過している。

 クシャトリス・バーザムズールはこの日の夜、事件以降初めて道場に顔を出した。

 

「で、おばさんは元気にしてるか?」

「うん、結局のところ単に眠らされてただけだしね。自分が拉致されたことさえ知らなかったし」

「……それ一体どういうことだよ?」

「だからさ、母さんは魔法で眠らされてから奴らの手に落ちたから、自分が誘拐された記憶がないのよ。結局次の朝まで起きなかったし、話を聞いたらパートの職場である大衆食堂へ向かう途中までしか憶えてないらしいから戸惑ってはいたけどさ」

「で、どう説明したんだ?」

「してないわよ、そんなもん」

「なに?」

 その言葉に新左衛門は目を剥いた。

 

 

「ナマイキの奴に、今度の事件の関係者全員に精神魔法をかけて記憶を改変させたのよ。まあ、関係者って言ってもそんなにいないし、時間もかからなかったしね」

 

 

 新左衛門はしばし絶句したが、クシャトリスはそんな彼を見て、むしろ不快げな顔をする。

「なによ、言いたいことでもあるの?」

「……いや」

 と、言って彼は目を逸らした。

 そんな新左衛門に彼女は口を尖らせる。

「どうせ、あたしがナマイキの精神魔法に頼りすぎてるとか勝手に思ってるんでしょう? 言っとくけど、これは先生の指示でもあるんだからね。母さん本人と父さんと食堂の人たちに、ラヴィアン・バーザムズールはその日風邪で一日寝てたっていう記憶を上書きして解決しろってね」

「……人の心や記憶を簡単に操るような術を気安く使うべきじゃない。そう思うだけさ」

「それですべてが丸く収まるならいいじゃない。今回の一件は、どうせ嘘で誤魔化すしかないんだし、だったらより確実な方法をとっただけよ」

「まあ……確かにな」

 その言い捨てるような口調がやや気に食わなかったが、しかし新左衛門にしてもクシャトリスの今の一言に反論することはできない。

 

 今回の一連の事件は、市長ゲイル・マルクスによって最重要機密指定を受けており、直接事件に関わった源太夫・新左衛門・クシャトリスの三人には守秘義務が課せられている。

 つまりクシャトリスが、リザードマンの魔法で丸一日眠らされていた母に「自分に何が起こったのか」と問われても、真実を説明することはできないということなのだ。

 そして、口下手で不器用なクシャトリスが、関係者を恒久的に黙せるような上手い作り話を考えつくはずもなく、ならば源太夫が彼女に、ナマイキの精神魔法を使うように指示したのも当然と言えた。

 

「まあ、あんたの言い分もわかるけどね……」

 

 そう言いながら彼女も、なにか苦いものを飲み下すような顔をする。

 その顔を見て新左衛門も、クシャトリスが決してチビ竜の精神魔法を、何の抵抗もなく便利使いしていたわけではないと知り、やや安心した。

「そうか……なら、それで以前と同じく平凡な日常に戻ったということでいいのか」

 新左衛門はそう言い、大きく息を吐いた。

 どのみち、もう幼竜ナマイキはすでにジュピトリアムにはいないのだ。

 新左衛門は、事件の翌日に市庁に現れた、緑竜王配下のリザードマンに会っているし、彼らは今すぐにでも、この人騒がせな御曹司を里に連れ帰ると言っていた。

(ならば、災いを持ち込んだあのチビ竜に、最後に一仕事やらせたというだけの話ではないか)

――そう思った瞬間だった。

 

 

 

「ひどいなあ、まるでボクを厄介払いしたような言い方してさあ」

 

 

 

 数瞬の沈黙の後、クシャトリスは、ふわふわと自分たちの眼前を浮遊する幼竜に向かって歩を進め、その眉間に向かって拳を振り下ろした。

「いぎっ!?」

 ナマイキの口から悲鳴が漏れる。

 さっきの沈黙の間に、チビ竜がクシャトリスに精神魔法をかけたのではないかという疑いが新左衛門の脳裏を走らぬでもなかったが、その鉄拳制裁を見て、そんな事実はないと安堵した。

 彼女の背中から発散される感情は、紛れもない怒りだったからだ。

 

「そんなに怒らなくてもいいじゃん……」

「どういうこと? あんた里に帰ったんじゃなかったの? それともまた家出してきたの? 親御さんに心配をかけたことを後悔してるって言ってたのはやっぱりウソだったの!?」

「帰ったよぉ! その上で今度はちゃんと父上の許しをもらってきたんだよぉ!!」

「許し? 許しって緑竜王の?」

「そうだよぉ! お前ももう少し世間を知る必要があるって言ってくれたんだよぉ!!」

「ナマイキ殿」

 そこで初めて新左衛門は竜と少女の会話に口を挟んだ。

「それは一体どういうことです? まさか再びバーザムズール家に滞在するという意味ですか?」

「うん、そのつもりだけど、それが何か?」

 

 しれっとそう言う竜の幼生に、新左衛門とクシャトリスは深い溜息を吐く。いや、吐くだけでは終わらない。

 クシャトリスは、無言で幼竜の首根っこを引っ掴むと、エルフ独特の端正な顔をチンピラのように歪ませて睨みつけた。

「……ねえナマイキ、あんたがウチにいる間にまた誰かに襲われて、それでウチの家族がまた巻き込まれたら、今度は誰が責任を取ってくれるの? あんた? それともあんたのパパ?」

「ああ、さっきから怒ってたのはその件か。それなら大丈夫さ、黄竜王とはもう話をつけたって父上が言ってたし」

「嘘をつきなさい!! そんな簡単に仲直りできるくらいなら初めからあんたを狙って殺し屋なんか来るはずないでしょッッ!!!」

「本当だよっ、そうでなきゃいくらボクでも、護衛もつけずに一人でフラフラ飛んでやしないさっ!!」

 その言葉の持つ意味に、さすがに二人はしばし沈黙し、顔を見合わせるが、ナマイキの口調は変わらない。

「護衛がいないっていうのは、つまりボクの最低限の安全保障に関する話がついたって証拠さ。ボクだって命は惜しいからね」

 

 

「クシャ子……ナマイキ殿を離してやれ」

 新左衛門からそう言われ、少し不満げな顔で振り向いたクシャトリスだったが、しぶしぶ幼竜を彼の胸元に放り投げる。

「ふう、助かったよサムライのお兄さん、首のここをギュッとされるのって結構痛いんだよね」

「ナマイキ殿」

「なに?」

「そなたの言葉、本当に信じてもよいのですな? そなたを家に招くという事は、クシャトリスのみならず彼女の家族の命にさえ関わる事柄です。今の言葉が単なる作り話ではないと、本当に信じてもよろしいのですな?」 

「……偉大なる竜族の言葉が信用できないと?」

「残念ながら」

「え、なんでよ?」

 そう問われ、新左衛門の表情にムラムラと抑え込んできた怒りが立ち上る。

 

 

 

「なんでもクソも……忘れたとは言わさねえ……てめえは三日前のあの時、あの居合抜きのリザードマンが竜笛を吹いていた事実を、おれに言わなかった。それを知ってりゃ、さすがにおれも野郎と一騎打ちでケリをつけたいなんて思わずに、とっとと動いてたはずだったんだ。あの後おれが先生にどんだけ怒られたか知ってるか?」

 

 

 

「そっ、そんなことボクは知らないよっ! だいたいボクが言おうとしたのを遮って口出し無用に願いますると叫んだのはお兄さんじゃないかっ!!」

「うるせえ!! とにかくお前を先生のとこに連れてくから、あのときのおれの弁護をしろ!! ぶん殴られたこっちの奥歯がまだ痛いんだぞ!!」

「いやだよ面倒くさい!!」

「嫌とか言うなこの野郎、とにかくこっち来い!!」

 そう言いながら二本差しのサムライが竜の幼生を追っかけ回すシーンは、傍目に見ても滑稽なものであったが、それを仲裁しようと両者の間に入るダークエルフ娘の背中にナマイキは隠れる。

「おいクシャ子、そいつをとっととおれに渡せ!!」

「もうやめなさいよ、みっともない……いま聞いた話はあたしからも先生の耳に入れておくからさ」

 が、そう告げるクシャトリスの顔は、明らかに笑いを噛み殺してた。

 その弛緩した空気を敏感に読み取ったのか、ナマイキはすかさず調子に乗る。

「お姉さん、ボクお腹が空いたんだけどな」

「アンタ、なし崩しにうちに厄介になろうなんて甘いこと考えてないでしょうね?」

「え……じゃあ、やっぱりどうしてもダメなの……?」

 

 まるでヌイグルミのような可愛らしい外見を持つ幼竜が、真摯な表情で手を合わせ、拝むようにこっちを見上げてくる姿は、傍目にはいかにも健気で哀れを誘う。

 だが、クシャトリスがかれに向ける視線は、新左衛門に向けていたそれとは違い、冷たいままだ。

 もっとも彼女にしてみれば、それも無理はない。

 生後百日という一歳に満たない幼齢でありながら、このチビ竜の性格が、まさに一筋縄ではいかないものである事実を、クシャトリスはこの街の誰よりも知っているからだ。

 

 

 

「三つ――あたしの家で暮らしたいなら、少なくともこの三つの条件だけは絶対に守ってもらうわ。それでもいい?」

 

 

「……わかったよ」

 彼女の厳しい表情に、少し困惑したような表情をしていたナマイキも、やがて諦めたように顔を伏せる。

「まず、今後はあたしに隠し事を一切しないこと。もしもアンタがうちに来た時点で自分が狙われてることを話してくれてたら、少なくとも母さんは巻き込まれずに済んだのよ。わかってる?」

 無論そんな事実を最初に聞いていたら、クシャトリスは躊躇なくこの竜の幼生を、自宅から叩き出していただろう。そういう意味では、ナマイキにとってはあの時点でそんなことを言えるはずもなかったのだが、しかし彼はその不満を極力出さず、うなずく。

「……はい」

「次に、あんたの精神魔法――あの術は、今後はあたしの許可なく使わないこと。いい?」

「え、なんでよ!? ボクの魔法をボクがどう使おうとボクの勝手じゃないか」

「口答えしないッッ!!」

 その一喝に、幼竜はふたたび口を閉ざす。もっとも、今度の沈黙には明白に不満げな感情が浮き出ていたが。

「…………はい」

「最後に――いい? いま言った二つを守っても、この三つ目の条件に逆らったら即座に家を追い出すからね」

「………………はい」

 

 

「たまには肉ばかりじゃなく、野菜も食べること。健康に悪いからね」

 

 

「え?」

 反射的に顔を上げたナマイキの目に映ったのは、少し照れたように顔をそらすダークエルフ娘。

 そして、塀にもたれながら、そんな彼女を見て肩をすくめる池波新左衛門。

「で、返事は?」

「は、はい!!」

 そう叫ぶと、幼竜はクシャトリスの頭上に飛び乗った。彼女はそれを鬱陶しがりもせず、言い訳のようにつぶやく。

「ま、ここでアンタを追い返したりしたら、母さんが悲しむからね」

「ありがとう、お姉さん!」

「その代わり、もう厄介事を持ち込むんじゃないわよ、わかったわね!」

 

 

 




ちょっと時間がかかりましたがこのお話はここまでで終了です。
次回からは新展開が始まります。
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