魔界の国のお侍さん   作:アルジェリア

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第二話 「討手(其の二)」

 事の発端は、まさに今日の昼頃だったという。

 ジュピトリアム北区の某旅館に、一枚の大ぶりなのぼり旗が風に翻った。

 たたみ一畳分ほどの大きさのそれは、無論ただののぼり旗ではなかった。そこには大陸共通語で、とある一文が記されていたからだ。

 

 

「『魔界』の腰抜けどもに告げる。

 己が強さに誇りがあるならば我が挑戦を受けよ。

 ――我は帝国第二騎士団ズサ・ハンマガルスなり」

 

 

 近在の住人たちはざわついた。

 ジュピトリアム市は確かに“共和国”最北端の街であり、その「北区」には、わずか数軒ながらも旅館が並び、北の国境線たるハムラビ山脈を越えて入国してくる者たち相手の宿場町として機能している。

 しかし『共和国』の外交方針はあくまで『鎖国』が国是だ。

 入国者たちもそのほとんどが“共和国”政府が敢えて入国手形を発行した隊商たちか、もしくは北の隣国たる『帝国』の外交官たちくらいであり、少なくともこんな乱暴極まりない他国人は、この百年では、ほぼ皆無であったからだ。

 

 

「まあ、こんな無茶苦茶な連中に入国手形が下りるはずもないわな。おそらくは関所を通らずに山を越えた密入国者であろうよ」

 

 

 源太夫はキセルに火をつけながらそう話す。

 ジュピトリアムは「市」という行政単位を冠してはいるが、『共和国』の国都グワジニアのような城塞都市ではない。人口の流入によって村落や集落が合併を繰り返し、外に向かって拡大を重ねた、この地域一帯すべてを指す言葉なのだ。

 したがってこの「市」にはその内と外を隔絶する市壁がなく、山脈を越えた侵入者が容易に紛れ込むことができるのだ。

 国境警備の観点からすれば、あまりに非常識な話だが、ハムラビ山脈がそれだけ急峻な山々が峰を連ねる場所なのだという事もあるし、その山脈全体に『共和国』は日頃から数万規模の国境警備軍を常駐させているという事実もある。

 たとえ個人レベルの行動であっても、この山脈を抜けて『共和国』に密入国を果たすのは、実際に容易な話ではないのだ。

 しかし、新左衛門にはいまだに話が見えない。

 密入国者であるならば、それこそ逮捕してつまみ出せばいいだけの話ではないか。

 ジュピトリアム北区には国境警備軍の本営も存在する。いざとなれば、その無作法な侵入者を捕縛する程度の人員に事欠くはずもない。

 

「ところが、そうもいかなくなってしまったのじゃよ」

 

 

 その無礼すぎる挑発に引っかかった者たちがいる。

 偶然にもそこに居合わせた、巡回中の国境警備兵一個分班。

 オーク一人とワータイガー三人の四人で構成されているこの集団は、当然のようにこの幟に反応し、冷笑した。

――どうせ『帝国』で失業した騎士くずれが、この国で一旗揚げようと舐めた真似をしているのだろう。ちょっと撫でてやれば大人しく山を越えて帰っていくさ――そう判断し、旅館の扉を蹴破り、売られた喧嘩は買ってやる、表に出ろとわめいた。

 そして、その行動が哀れな獣人たちの最期を招く結果となった。

 獣人四人の中からは代表者として班長のオークが名乗りを上げて剣を抜き、ズサ・ハンマガルスを名乗る全身甲冑をまとった騎士と、旅館から出てすぐの往来、衆目の真っ只中で剣を以て立ち合い、その数秒後には無残な屍を晒したのだ。

 

 

「一刀両断唐竹割り……わしが聞いた話では、そのオークは脳天から胸まで真っ二つにされたという。それはそれは見事な手際だったそうじゃ。しかも話はそこで終わらぬ。仲間を殺され、頭に血が上った残りの三人の獣人が、その場で男に襲い掛かり、そして三人ともがそれぞれ一太刀で叩き斬られ、男はそのまま悠々と旅館に戻り、酒を喰らって眠ったそうじゃ」

 

 

 その言葉に、新左衛門は息を飲んだ。

 一瞬で獣人三人を斬殺する。それが事実ならば、そこには重大な意味が含まれるからだ。

 まずは、そのズサなんたらの使う剣が、間違いなく魔力付与の儀式を施された“魔剣”であるということだ。

 一口に「斬る」と言っても、獣人を斬ることと人間を斬ることは、その難易度的に全く違う行為だと言える。獣人種には人間の数倍以上に強靭な皮膚・筋肉・皮下脂肪・骨格があるからだ。

 そんな彼らを――しかも一人ならぬ四人だ。四人の獣人を、ただの刃物を使って斬殺するなどという行為は、もはや物理的に不可能と言っても過言ではない。

 普通の人間が、攻撃魔法や砲撃ならぬ「普通の刃物」を使って獣人を殺そうとするなら、槍兵十人がかりで槍衾でも作って突撃するくらいしか方法はないからだ。

 人間と獣人種とでは、そこまでの体力差が歴然と存在するのだ。

 あくまでもその凶器が「ただの剣」であるならば、だ。

 

 しかし、その男の剣が、魔力付与儀式を施した『魔剣』であるなら、話は別だ。

 

 魔力付与とは、その言葉通り、武器に特殊な魔術儀式を施し、その切れ味を本来の数倍から十数倍にまで高める技術であり、その『魔剣』を使用するなら、獣人だろうが魔獣だろうが、そして鋼鉄の甲冑をまとった騎士であろうが、一撃で致命傷を与えることが可能になる。

 しかし、真に憂うべきはそこではない。

 獣人四人と戦い、それぞれを一撃で即死させる。それは『魔剣』を持つ者ならば誰にでも出来る――ということではない。

 当然の話だが、ただ武器の切れ味が鋭いというだけでは、それが戦闘力に直接結びつくわけではない。名刀を活かすには、それ相応の腕がなければ話にならないからだ。

 そして、獣人たちを相手に見せた手並みから判断しても、この男の実力は間違いなく当代一流の水準にあると言える。

 

 

「……こやつは強い。おそらくは『帝国』でも五指に入る強者であろうな」

 

 

 染み入るような声で源太夫が言う。

 新左衛門も、その言葉に反論はない。

 魔力付与を施された『魔剣』は、彼も持っている。

だが、仮にも軍事教練を受けた獣人兵四人を一蹴してのける腕が、果たして自分にあるかと問われれば、やはり沈黙せざるを得ない。

 剣の玄人であるからこそ、このズサという男の容易ならぬ手練が理解できるのだ。

 そして老人は言葉を続ける――問題はそれだけではない、と。

 

 

「問題は、他国の騎士を自称する男が、傍目も多い宿場町で強さ自慢を標榜し、そして我が国の兵が四人がかりで敗けた――という事実じゃ。この事実がある以上、もはや大々的に軍を動かすこともできん。国のメンツに関わってくるからのう」

 

 

 おそらく数日中には、この自称帝国騎士の噂は『共和国』の各地方にも伝わるだろう。

 そうなってしまえば、もはや正式な決闘以外でこの男を黙らせる方法はなくなってしまう。

 この男が本当に『帝国』の騎士団に籍を置く者かどうかは、現時点ではわからない。

 しかし、彼がこの国に現れた動機が、気ままな酔狂によるものでなければ、この男の背後には間違いなく『帝国』政府の意思が存在するということだ。

 彼の勝利は『帝国』本国に大々的に喧伝され、決闘以外の手段による彼の無力化――たとえば軍による捕縛など――は、それ以上に「卑怯」という尾ひれを付けられて、人類文明圏諸国に喧伝されるであろう。

 それだけは『共和国』の名誉のためにも、どうしても回避せねばならない。

 

「――くだらない」

 

 

 そう、ぼそりと呟いた声が、部屋に響いた。

 それまで一言も発することなくこの場に座していた女剣士――クシャトリス・バーザムズール。

「ほう……」

 源太夫は、そう言い切った女エルフに、むしろ笑顔を向ける。

「何がくだらぬバーザムズール」

「要するに、一対一でその男を叩きのめして、この街から追い出せばいいんでしょう? なら最初からそう仰ればいいじゃありませんか」

 面白くもなさそうにそう吐き捨てるバーザムズールに、孫を見るような視線を向けながら、源太夫は脇息にもたれる。

「まあ、そう言うな。取り合えず背後事情というやつを話しておかねば、この手の事案は、後々いろいろと齟齬が出てくるでな」

「政治がからむってことはわかりました。でも、そんなことあたしには関係ない。関係ないんですよ先生。それを……聞いてもいない長話をくどくどと」

「おいバーザムズール、先生に無礼だろう、いい加減にしろ」

 

 新左衛門としては当然そう言わざるを得ないのだが、彼女は拗ねた子供のようにそっぽを向いて、こちらを見ようともしない。

 もっともここ数年、新左衛門はこの無愛想な幼馴染と、まともなコミュニケーションをとった記憶もなかったが。

 彼が知る限りクシャトリス・バーザムズールが道場内でまともに口をきくのは――その言葉尻の大半は無礼もしくは喧嘩腰なものであるが――この道場の老先生だけなのだ。

 しかし源太夫はこのダークエルフ娘の悪態を、いつも可愛くてたまらない駄々っ子でもあやすような態度で応える。それが二人の間の「師弟の絆」であることは新左衛門にも理解できる。だが正直なところ、心にモヤっとしたものが疼くのも事実なのだ。そして、その感情が何であるのか、彼にはわからない。

 そして、そんな自分を振り払うように、新左衛門は脱線してしまった話の流れを戻す。

「要するに先生は、我々に、その男を正々堂々と破った上で街から追い出せとおっしゃるのですか」

「いや、それでは足りんな」

「足りない?」

 

 

「斬れ――ということよ。そやつを生かしてこのジュピトリアムから外に出すなということよ」

 

 

 飄々とした態度を崩さずに吐いたにしては、殺伐すぎる言葉だった。

 むろん冗談でないことは、源太夫の目を見ればわかる。

 いや、目を見るまでもない。「斬れ」という言葉と同時に、老人から発された歴然たる殺気を感得した二人の男女は、まさしく冷水をぶっかけられたかのような表情になった。

「正々堂々と立ち合い、一切の言い訳ができぬ状況で、奴を斬れ。失敗は許さん。これは市長閣下ならびに、大統領閣下の意思じゃと思え」

(大統領!?)

 意外すぎるその名のもたらす響きに、しかし新左衛門は久しぶりに味わった師匠の殺気による動揺からむしろ覚めた。

 まるで茶飲み話でもするかのように師匠が語り始めたこの一件が、ここまで大事になっていたのかという驚愕だ。

 そして、むしろ納得もできた。それほどの事件が起きていたにもかかわらず、市庁の役人である自分に何の情報も入ってこなかったということは、国境軍どころか付近の住民に至るまで、よほど厳しい箝口令を敷かれたということであり、さらに、そんな権力をこの国で持つ者といえば、やはり『共和国』最高主権者しかありえない。

 そして、だからこそ源太夫が次に吐いた言葉に、彼は敏感すぎるほどの反応を示した。

 

 

「討手はそなたじゃ、クシャトリス・バーザムズール。池波は万一の場合に備えて控えおれ」

 

 

 

「――どういうことです、それは!?」

 反射的に新左衛門の口から出た言葉がそれだった。

 しかし老人は顔色も変えない。

「どうもこうもない。いま言った通りのことじゃ」

「拙者をこの女の補欠に回すことも大統領閣下の御意志であると申されるのか!?」

 が、源太夫はむしろ粛然とした口調で――さにあらず、と答えた。

「人選に関しては大統領ではなく市長の命令じゃ。その裏にどういう仔細があるのかは、もとよりわしの知るところでは無いわ」

「馬鹿な……先生は拙者に、そんな茶番に付き合えと仰せになるのですか!?」

「そうじゃ」

「冗談ではない!!」

 新左衛門は憤然と席を立った。いや、立とうとした。――が、それを制したのは、

 

 

「落ち着かぬかたわけ者がッッ!!」

 

 

 という鉄鞭のごとき一喝だった。

 新左衛門は雷に撃たれたように凝然となった。

 が、そんな彼に、源太夫は口調を変え、いたわるように言葉を続ける。

「万が一に備えて待機、と言うたであろうが。そもそも、その自称帝国騎士が本当に独りであるはずもない。無関係な他人のふりをして陰日向にそやつを見守っておる『帝国』の間諜の何人かは必ずそこにおる。万が一の場合、そやつらが立ち合いに乱入してこぬとも限らぬであろうが」

「…………」

「勘違いするなよ池波、なにもおぬしの剣が、その男に敵わぬと申しておるわけでもない。このわしとて池波新左衛門の実力は認めておる。ただ、市長が直接バーザムズールを指名した以上、市の官吏である我らには逆らえぬのじゃ。この道理はおぬしにも理解できるであろう?」

「…………はい」

 そう言われてしまえば、確かに新左衛門にも反論はできない。

 彼と源太夫が市庁に役職を持つ身であるのは厳然たる事実だからだ。そうである以上、所属組織のトップである市長に逆らうことなど出来はしない。子供でもわかる理屈だ。

 が、納得できるかと問われれば、やはり話は別なのだ。

 彼とて現役の剣客である。己の実力に自信も誇りもある。二番手扱いなど屈辱以外の何者でもない。

 奥歯を噛み鳴らしながらうつむく彼を、水のような目で見つめながら、源太夫はキセルを火鉢に叩きつけて灰を落とした。

「――話はここまでじゃ。夜も更けた頃であろう、そろそろ行くがいい。外まで送ってやる」

 そう言って老人は座布団から立ち上がった。

 

 




また二日後に更新します
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