魔界の国のお侍さん   作:アルジェリア

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第二十一話 「辻斬り(其の四)」

「ねえナマイキ」

「ん、どうしたのお姉さん?」

「あなたの家臣はあなたが死ねと命じれば死ぬの?」

「へ……?」

 その異様な質問に一瞬、幼竜ナマイキは目を白黒させるが……それでも静かに答える。

 

 

「うん、死ぬよ」

 

 

 そっか……死ぬのか――そうつぶやきながらクシャトリスは静かに目を閉じる。

 そのまま何も言わなくなった彼女に対し、ナマイキも少し不安になった。さすがの緑竜王の息子も、今日彼女が市庁で師匠と幼馴染に何を言われたかなど、予想のしようもない。

 

 ここはバーザムズール家のクシャトリスの部屋であり、時刻は子の刻(午前零時)。

 普段なら彼女はとっくの昔にベッドに潜り込んで寝息を立てている時間であるが、今夜に限ってクシャトリスは、なかなか眠ろうとはしない。

 ついでに言えば、幼竜ナマイキの就寝する空間は、この家においては特に決まっておらず、クシャトリスの布団の中に入り込んでくることもあれば、両親のベッドに潜り込むこともあり、さらに庭や屋根といった吹きっさらしの屋外で眠ることもあった。勿論その意図を、ここの家族はただの気まぐれだとしか理解していない。

 そして今夜、クシャトリスのベッドに当然のような図々しさで潜り込んできていた彼は、夜中に不意に目を覚まし、そこでようやくこの部屋の主が傍らにいないことを知ったのだ。

 彼女は布団から出、ベッドに腰掛け、明かりも付けずに虚空を睨みつけている。その表情はいかにも沈痛なものであったが、窓から差し込む月光のせいで、ナマイキにはむしろ彼女の背中が美しい一個の彫像のようにさえ見えた。

 

「ねえ、お姉さん、何かあったの?」

 クシャトリスは答えない。

「お姉さん?」

 重ねて呼びかけ、彼女はようやく顔を上げた。

 が、その目にいつもの毅然とした覇気はない。

 

 

「あたしが試合で八百長しないと、最悪の場合、新助と先生が切腹しちゃうんだってさ」

 

 

(なるほど……)

 ナマイキは納得したようにうなずく。

 満年齢に換算して一歳にもなっていない彼ではあるが、それでも竜族独自の「叡智」によってナマイキは、この世界に対する膨大な知識を遺伝的を所有している。

(たしかサムライという階級には、自害の際に自らの腹部を切り裂いて己の赤心を晒すという野蛮な風習があったんだっけ)

 と、他人事のように思い出すと同時に、彼女の暗然とした態度も理解できたのだ。

 池波新左衛門と渡辺源太夫なら、彼にとっても知った顔だ。そしてその二人が、眼前のダークエルフ娘にとって単なる幼馴染と師匠という以上の存在であるということもだ。

 

 

「……じゃあ、八百長してあげればいいじゃない。それで事が済むなら簡単な話でしょ?」

 

 

 それを聞いて、こっちを見るクシャトリスの瞳に、揺るぎない殺意が浮かぶ。

 ナマイキは思わず恐怖にのけぞるが、そのキツイ視線も一瞬だった。彼女はすぐに顔をそらし、寂しげにフッと笑う。

「そうよね……それで済むなら、そうすべきよね……」

「へ……?」

 その非常に彼女らしくない言い草に、ナマイキはこの会話二度目の気の抜けた返事をする。が、発言とは裏腹にクシャトリスの表情に浮かぶ苦悩を見届けると、彼は何も言わずに頭を掻いた。

 

 もちろんナマイキは、このバーザムズール家という居候先の一人娘が、どれほどの情熱を剣に打ち込んでいるかを知っているし、そんな彼女にとって、剣の試合で勝ちを相手に譲るという行為が、どれほどの精神的苦痛を生むのか、ほぼ完全に理解することができた。

 しかし、それと同時に新左衛門と源太夫の立場に対する理解も、少なからず不可能ではない。詳しい事情をまだ聞いていないので、あくまで想像でしかないが、武士階級の男たちは、この『共和国』の社会では珍しく封建的な忠誠心に基づく思考をする存在だからだ。

 つまりサムライという連中は、絶対服従の宗教的主従関係に結ばれた、彼の「眷属」と同じ思考パターンを保持していると解釈してほぼ間違いない。早い話が、ナマイキにとって立場と自由意思の板挟みに苦しむ武人というものは、かなり見慣れた存在だったのだ。

 

 

「お姉さんが試合する相手は、そんなに大物なの?」

 

 

 という質問に、彼女は無言でうなずく。

 しかし彼女が、その人物の名を敢えて挙げないという事実によって、ナマイキはその相手が何者なのかという予測を、ほぼ完全に立てることができた。

(相手は豊臣家、か)

 もっともナマイキは、あの二人のサムライとはともに生死の境をくぐった仲だ。直情的な池波新左衛門ならともかく、あの老獪狡猾な渡辺源太夫なら、よほどの事情がない限り己の弟子に敗北を強要などするはずがないのだが、相手が豊臣公爵家ならナマイキも納得できる。

 たとえどのような形であれ、主君に恥をかかせることを最大の禁忌とするのは、君主制の普遍的な常識というべきものだからだ。

 

「でもお姉さん、そういう事情なら仕方がないじゃない。お姉さんが負けることで保たれる秩序ってものがあるなら、それこそお姉さんの価値が認められてる証拠だと思わないと」

「……意味がわからないんだけど」

「だから、お姉さんがただの雑魚なら、勝ちを誰かに譲ったところで何も生まれないでしょ? クシャトリス・バーザムズールが勝ちを譲るからこそ意味がある――そういうことだと理解して、溜飲を下げるしかないってことだよ」

「…………」

「そもそも、お姉さんに八百長をやらせることに関して、あのお爺さんとお兄さんが何も悩まなかったと思うかい? 二人ともひょっとしたら、お姉さん以上に悩んでるはずだよ。特に新左衛門のお兄さんは真っ直ぐな人だしね」

「……そう、かもね」

 池波新左衛門の名を聞いた瞬間だけ、この強情なエルフ娘の表情は緩む時がある。しかし、それも刹那のことだ。彼女は不意にナマイキに真摯な目を向け、尋ねる。

 

 

「でもさ、でも――もしもあたしが、その相手に負けてあげなかったら、やっぱり新助と先生は腹を切ると思う?」

 

 

「それは……ボクにもわからないよ」

 ナマイキは正直に答える。

 彼らサムライは、竜の眷属と違い、その封建的主従関係を過去において断絶させられている。今もなおその忠誠心とやらがどれほど本物なのかは、もはや現役の武士階級の者たちにしかわからないことだろう。

 しかし、まだ若い池波新左衛門ならともかく、あの渡辺源太夫が、そんなに簡単に腹など切るだろうか。少なくともナマイキから見たあの老人は、そういうキャラクターではないような気がする。

 とはいえ語らぬままの彼を見て、クシャトリスはその沈黙を、自分の質問に対する肯定と解釈したのか、

「つまり……やっぱりあたしには、選択の余地はないってことね?」

 そう言って寂しげに笑う彼女に、ナマイキは返す言葉を持たない。

 やがてクシャトリスは静かに立ち上がり、無言のままベッドの中にもぞもぞと入ってくると、「おやすみ」の一言も言わず、布団を頭からかぶってしまった。

 

 

――翌日、クシャトリス・バーザムズールは道場にその姿を見せなかった。

 

 

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「来て……くれたのか」

 

 さらにその翌日、つまり源太夫に告げられた『明後日』、市庁内のロビーに姿を見せたクシャトリスを見て、新左衛門はホッと息を漏らした。とはいえ、彼女の表情は変わらず曇ったままではあるが。

 しかし前日、彼女が道場を休んだ時には、新左衛門もかなり慌てたことは間違いない。

 とはいえ、クシャトリスは約束の時間に、約束の場所にきた。

 ここから先はもう、新左衛門にはどうすることもできない。

「じゃあ、行くか……」

 そう言うと、彼はクシャトリスに背を向け、歩き出した。

 謁見室まで先導しているといえば聞こえはいいが、つまるところ新左衛門は、もう彼女の顔を見ていられなかったのだ。

 にもかかわらず、その沈黙にも、やはり後ろめたさを覚えるような腰の弱さが、池波新左衛門という男にはある。

 

「……なあクシャ子、ちょっといいか?」

「……なによ」

「お前、その、なんで昨日、稽古休んだ?」

「それっていま訊くこと?」

 その言葉に思わず口ごもる新左衛門の背中をドンと叩き、疲れたような微笑を浮かべたクシャトリスは、言う。

 

 

「そんなことよりちゃんと訊きたいことを訊きなさいよ。カンパクデンカさんにわざと負ける覚悟は決まったのかってね」

 

 

 一瞬顔を引きつらせる新左衛門だが、しかし数瞬のうちに迷いを捨て、腹をくくった表情を浮かべると、口を開く。

「そうだな……で、どうなのだ?」

 むろん新左衛門の目は笑っていない。

 しかし、クシャトリスも厳しい顔で訊き返す。

「その前に一つ聞いておくわ。もしもあたしがその人に勝ったら、あんたと先生は本気でハラキリするの?」

「……そうだと言ったら負けてくれるのか?」

「質問に質問を返すのは、この場合卑怯だと思わない?」

 真顔でそう言い返すクシャトリスに、またも新左衛門は引きつったような顔をするが、それでも彼はもうひるまない。

 

 

「実はな……正直に言えばそれもよくわからんのだ。お前が勝つにしろ負けるにしろ、要は殿下がお前に対してどれだけお怒りになられるか、というだけの話でしかないのだ」

 

 

 その言葉にクシャトリスは口を挟まない。無言で続きを言えと目で促す。新左衛門もそれを見て口を開く。

「あの御方は貴人には珍しく下々に対して寛容にして鷹揚と聞く。実際のところ、お前が余程ムチャをしない限り、おれたちが腹を切る羽目にはならんと思うが、それでも万が一ということがある」

「…………」

「特にお前は、剣に対しては妥協を許さない性格をしているしな」

「…………」

「とにかく、全てをつつがなく無難に収めるためには、お前に勝ちを譲ってもらうのが一番手っ取り早いのは確かなのだ」

「…………」

「さんざん切腹という言葉をチラつかせて脅したのは申し訳ないとは思うが、万が一お前が殿下に勝ったとしても、我らがその場で責任を負わされる事はない、と思う――殿下がお前に対して余程お怒りにならない限りはな」

「……だから?」

 

 

「だから……だからさ、お前が負けなきゃ、おれたちが即ハラキリってオチには多分ならないと言ってるんだ。だから、お前が……そんなに負けを認めるのが不本意だっていうなら、勝ってもいい――そう言ってるんだ」

 

 

 それはわざと負けろという師の命令に、憔悴するほどに苦悩していた彼女にとって福音となる言葉のはずだった。

 しかし、クシャトリス・バーザムズールの表情は相変わらず晴れない。

「…………クシャ子?」

「でも、結局のところアンタたちの生殺与奪の権利を握ってるのは、そのお偉いさんであることに変わりはないってことでしょう?」

「……まあ、それは確かに、な」

「だったら、やっぱりあたしに選択肢はないってことじゃない」

「じゃあ、お前……?」

「うん、まあ……他ならぬアンタと先生のためだしね」

「…………」

「仕方ないよね、世間ってそういうものなんだから」

 

 きっぱりとそう言い切った彼女の顔には、何かを諦めたような潔さに溢れていた。

 

 

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「そなたがクシャトリス・バーザムズールか、会いたかったぞ」

 

 そう言って爽やかに笑ったのは、謁見室のソファに座りつつ、湯気の立つ白磁のカップから、紅茶の香りを楽しんでいた青年だった。

 

 

 この部屋は市庁の謁見室なので、当然の如く和室ではない。したがって上座下座の区別もなく、床に畳も敷いていないので、クシャトリスが苦手な正座もしなくて済む。とはいえ貴人の前であることに変わりはないので、同じくソファに座るどころか、床に片膝をついて礼を守らねばならないのだが。

 しかしクシャトリスは、にこやかに微笑しながら無遠慮な眼差しを自分に注いでいるこの男に、なぜか好感のようなものが胸中に生まれつつあるのを自覚していた。

 なぜか――といったが理由はある。

 この男が、一瞥でハッキリとわかるほどに、若者独自の陽気さ、爽やかさ、こだわりのなさ、そして精気と活力を発散していたからだ。

 

 

「いかがした? 緊張しておるならその必要はないぞ。なにしろ余は一介の貧乏貴族でしかないからのう」

 

 

 そう言って高笑いするこの男からは、その自嘲じみたセリフとは裏腹に、拗ねたひねくれ根性など一片たりとも感じられない。

 彼はその笑顔を崩さぬままにソファから立ち上がり、カツカツと靴音を鳴らして彼女に歩み寄ると右手を差し出す。反射的に立ち上がったクシャトリスはどう反応していいのかも分からず、思わず口に手を当てて仰け反りそうになったほどだ。

 もちろん握手の慣習は『共和国』にも存在したが、それはあくまで平民同士、貴族同士といった社会階層を同じくする者同士の挨拶であり、現役の公爵と一介の平民エルフがする行為ではない。

 が、そんな彼女の戸惑いなど意にも介さず、男は「余と握手するのは嫌か?」などと言い、結果的にクシャトリスはこの『共和国』武家階級の頂点たる存在と、右手を握り合わせざるを得なくなった。

 

 

「豊臣秀綱と申す。今日は国内最強の誉れ高きバーザムズール殿が、我が招きに応じていただき、余としてもまことに祝着至極じゃ」

 

 

 サムライ独自の和装ではなく、公爵らしき贅を尽くした洋装を着込んだその体格は、六尺(約180センチ)越しの長身でありながらバランスのとれた筋肉に包まれ、その容貌は明るさと精悍さが見事に同居しており、貴族の御曹司によくある脆弱さは全く感じられない。

(これが「武家の棟梁」と呼ばれる男か……)

 クシャトリスは思わず納得した。

 この男が戦陣に立って鼓舞すれば、数万、数十万の大軍といえど喜んでその指揮下において死地に赴くだろう。その程度のカリスマならば彼は充分すぎるほど持って生まれている――少なくとも、彼女にはそう思えた。

 

 

「クシャトリス・バーザムズールです。本日はお招きいただき、誠に有難うございます」

 

 

 普段から無愛想なクシャトリスとしては、いま自分がうまく笑えたかどうか自信はなかったが、それでも秀綱は短くうなずくと、傍らのソファを目で示し、

「どうか楽になされよ」

 と言い、それを合図のように秀綱の後ろに控えていた者たちが無言で動き出し、彼女のテーブルに白磁のカップになみなみと注がれた紅茶と、茶菓子とおぼしき黒い塊(のちにこれはヨーカンという和菓子であることを彼女は知った)を提供する。

 秀綱に従ってソファに腰を下ろしたクシャトリスは、さすがにそれらに手を付けはしなかったが、それでもようやく周囲を見回す余裕が出来た。

 秀綱は洋装であったが、彼の周囲で動くサムライ装束の男たちは、そのいずれもが手練の遣い手であることはクシャトリスの目から見れば、まさに一目瞭然だった。彼らこそがこの豊臣公爵様の世話役兼護衛なのだろう。

 その護衛たちと距離を置いて、この謁見室の壁際に直立不動で立っている源太夫や新左衛門は、普段身に着けぬ裃(かみしも)さえ身に付けている。

 今この瞬間こそ、二人とも対面の挨拶がつつがなく済んだことに胸を撫で下ろしたような顔をしているが、それでも秀綱が自らクシャトリスに握手を乞うた瞬間は、顔を引きつらせていたに違いない。

(それを見逃すなんてもったいないことしちゃったな)

 と、思わず失笑しそうになる頬を引き締める。

 この男がどれだけ涼しげな大将ぶりを見せても、それでも幼馴染と師匠に対して生殺与奪の権限を持つという事実を忘れてはならない。わずかな油断こそが自分にとっての普段通りの無礼さを発露させてしまうかもしれぬと思えば、こんなところで気を緩めるわけにはいかない。

 

「さあ遠慮はいらぬ、御賞味くだされ、サラミス産の紅茶でござる」

 

 嬉しそうにそう勧める秀綱の言葉に、クシャトリスは「では」と目礼して、眼前のカップに手を伸ばす。もちろん彼女はサラミス産などと言われても、それがどこなのかも、そこで採れた紅茶がどの程度高級品なのかも知らない。

 一口飲んで「美味しいです」と礼を言うくらいの才覚はあったが、普段から紅茶を飲み慣れていない彼女にとっては、正直なところ味の良し悪しなどわからない。

 むしろこれが最高級の緑茶だったならば、さぞかし美味しそうに舌づつみを打ってあげたものをと思わずにはいられないが、それでも自分がエルフだということを考えて紅茶をわざわざ用意してくれたのかと思えば、そんな失礼な本音を吐くわけにもいかない。

 そう思った瞬間だった。

 

 

「さて、早速だがバーザムスール殿は、余がそなたを招いた理由を聞いておるかな?」

 

 

 あまりにも単刀直入な物言いだったので、クシャトリスはしばし絶句するが、それでもそこで気後れするような性格はしていない。壁際に立ったまま狼狽を必死に隠す渡辺源太夫に一瞬目をやり、せいぜい無礼にならないように言葉を選びながら口を開く。

「殿下は……剣士としてのあたしとの謁見を望まれたと師から聞いております」

「ふむ、それで?」

「さらに師は、殿下御自身も一流の剣士であると仰っておられました」

「おう、こう見えても神風流の免許持ちじゃ。とはいえ、あれは我が豊臣の御家流じゃから、余が本当に免許皆伝にふさわしい技量を持っておるのかは少し疑問なんじゃがな」

 そう言いながらも、彼の笑顔からは己に対する揺るぎない自信が伝わってくる。恐らくはこの男は、本心では自分の実力が皆伝の水準に達していないなどとは毛ほども思っていないに違いない。

「それを踏まえて師は言いました。殿下があたしに対して望まれているのは、剣士としての試合であろうと」

「――うむ、そのとおりじゃ。承知の上なら話は早いのう!!」

 

 そう快活に言うや、秀綱は背後に控える護衛たちを振り返り、「バーザムズール殿に剣を持って参れ」と指示する。

 無論クシャトリスも今になって慌てたりはしない。ここまでの展開は新左衛門や源太夫を通じて散々言われてきたことだからだ。

 もちろん試合に備えて愛用の竹刀や防具を持参しているため、いまさらここで剣を借りるまでもないので、一人のサムライから袋に入った棒状のものを差し出されたが、ソファから立ち上がり、それを断ろうとしたが……しかし、袋から出された「それ」を見た瞬間、彼女は言葉を失った。

 そのサムライがクシャトリスに差し出したのは、一本の真剣だったからだ。

 

 

 

「勝負は一本、もっとも真剣勝負である以上、一本決まれば次など無いのじゃが……では、庭に出ようか。まさかこの部屋で斬り合う訳にもいかぬからのう」

 

 

 

 豊臣秀綱は、そう言って一部の曇りもない表情で微笑んだ。

 

 

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