魔界の国のお侍さん   作:アルジェリア

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第七話 「討手(其の七)」

「バーザムズール、その死霊術者は、本当にそなたが殺したのではないのじゃな?」

 

 

 そう問われ、クシャトリスの顔にも緊張がもどる。

「はい」

「鎧の亡霊は術者の男が死んだことで成仏を遂げた……それはええ。なら、その術者ズサ・ハンマガルスを殺したのは誰じゃということになる」

「少なくともあたしじゃありません」

「ならば誰じゃ」

「わかりません。あたしが奴の部屋に踏み込み、取り抑えようとした瞬間、突然血を吐き、苦しみ始めたのです」

「自害か?」

「そうとも思えません。あの男は自分が吐いた血に驚いていたくらいですから」

「つまり、ズサ・ハンマガルスもまた、何者かの罠にハメられていたと?」

「おそらくは」

 

「ちょっと……二人ともさっきから何を言ってるんです!?」

 が、新左衛門は二人の会話を遮り、理解出来ないかのように訴える。

「市長や大統領からは奴を殺せと指示があり、我々はそれを無事果たした――それだけの話でしょう!?」

 しかし、源太夫は瞑目したまま新左衛門に向けてつぶやく。

「それだけの話……で済めばええがのう」

「どういう意味です」

「これは口封じじゃ。おそらくはあの白人もまた、何者かに操られる人形じゃったのじゃろう。これはそやつが仕掛けた呪いの類いじゃ」

 新左衛門は絶句した。

 

 

「おそらくは黒幕は、ズサ・ハンマガルス本人が官憲に現場を押さえられるようなヘマをしたら、すぐさま発動するような呪いを仕掛けていたのじゃろう。ズサの様子を聞くに、どうやら奴本人もおのれが呪われていることに気付いておらなんだようじゃが」

 

 

「いったい誰がそんな真似を……?」

 うわごとのように新左衛門が問うが、もはや源太夫は答えない。

 常識で考えるなら、例の怪文書をばらまいた連中の組織が、任務に失敗した死霊術者を始末した、と考えるべきであろう。

 この、誰が得をしたのか全くわからない今回の一件で存在が証明された、『共和国』内部に暗躍する巨大諜報組織であるが、その存在を主張するわりには、組織の末端構成員をあっさり始末するやり口に、源太夫はどうしても違和感を禁じえないのだ。

 むろん、本来は知られざるべきその組織が自分たちの存在を主張することと、そんな目立ちたがりの彼らが、その内情を知る構成員を始末することは矛盾しない。

 ある意味、任務に失敗して敵国の官憲に捕らえられそうになった工作員など、有無を言わさず「処理」して当然だ。非合法組織としてはむしろ健康的であるとさえ言える。

 しかし……源太夫には引っかかるのだ。

 どうしても、そこに違和感を覚えずにはいられない。

 もっとも、その「違和感」自体、他人に説明しろと言われても、素直に言語化するのが難しい、ある意味フワッとしたものでしかないのだが。

「わしに言えるのは、今度の黒幕連中が、この件を片付けた我々に狙いを定めぬように祈るだけじゃ……」

 齢六十を越えてなお『共和国』屈指の剣客――そう呼ばれる渡辺源太夫は、染み入るようにそう呟いた。

 

 

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 天に瞬く無数の星空。

 そして満月を背景に、犬の遠吠えが聞こえる。

 が、それだけだ。二人の耳に響くその遠吠えが、街の静寂を一層強調する。

 聞こえるのは、互いの足音くらいだ。

 しかし池波新左衛門とクシャトリス・バーザムズールは、仲良く並んでいるわけではない。彼女の三歩ほど後を、新左衛門は、微妙に頬を赤らめつつ歩いているだけだ。

 もっとも、その顔色が赤いのも、結局あの話し合いのあと渡辺家で酒が出たからであり、一緒にいるのも、帰る方向が同じだからというに過ぎない。

 なにしろ家が隣の幼馴染だ。違う道を歩くような白々しい真似はできない。

 

 

「……なあ」

 

 

 新左衛門の声に、クシャトリスは無言で振り向く。

 その沈黙に、彼は自分が呼びかけたにもかかわらず、少し眉をしかめた。

 何か返事をしてくれたというならともかく、こういう場合の無言で反応されると、それは、いわゆる無言の圧力というものに簡単に変容してしまい、話を切り出しにくくなってしまうからだ。

 が、ここで「やっぱり何でもねえよ」と茶を濁すわけにもいかない。

 新左衛門が、今ここで聞こうとしていることは、彼自身にとっても捨て置けない重大な問題だったからだ。

 

 

「おまえ、あの時……なぜあの場所に、鎧の騎士が暴れてるはずの、旅館の前に来なかったんだ」

 

 

 そう。

 それこそが新左衛門の胸の奥に引っかかっていた最後の疑問。

 新左衛門が鎧の亡霊と一騎打ちに臨んでいた――その隙を突いたからこそ、彼女は死霊術者ハンマガルスの結界を突破し、奴の部屋に踏み込むことができたのだ。

 鎧の亡霊が、その意識の赴くままに新左衛門と全力で戦うことを可能とするには、ズサ・ハンマガルスからの圧倒的な魔力供給が要求される。『彼』は肉体込みで召喚に応じたゾンビやグールではないのだから。

 つまり、あの瞬間、ハンマガルスはその魔術儀式にそれこそ全身全霊で没頭していたはずなのだ。

 そして、彼ほどの術者を狙うなら、まさしく、周囲の現実に対する注意力を失うその瞬間しかないし、彼女は見事それをやってのけた。

 つまり新左衛門は、知らずしてクシャトリスがハンマガルスの部屋に踏み込むための陽動の役を果たしたことになる。

 それはいい。しょせん物事は結果が全てだ。

 しかしここで一つ問題がある。

 彼女が、どういう意図で自分を囮にしたのか、ということだ。

 

 

「おまえは、おれを時間稼ぎのための捨て駒にしたのか? それとも――」

 

 

 クシャトリスは答えない。

 しかし、いつもの水のように冷静な表情もまた、彼女から消え去っていた。

 その上目遣いの視線には、まるで親に説教される子供のように、なかば怯えたような感情さえ込められているように見えた。

 むしろ新左衛門にとっては、彼女のこんな表情など意外としか言い様がなかった。

 その予想外な表情に「それとも」以降の言葉を続けられない新左衛門に、クシャトリスは、おずおずと口を開いた。

 

 

「ひょっとして……やっぱり怒ってるの?」

 

 

 意味がわからなかった。

 いや、その発言の意味が完全にわからない――とは言わない。

 もしもクシャトリスの意図が、自分を捨て駒として使い潰すことにあったというなら、新左衛門はそれこそ激怒する権利があるというべきだろう。

 しかし彼は、少なくともそういう話をしようとするつもりはなかった。

 

 

「怒る気はない。ただ、おまえの気持ちが知りたいだけだ」

 

 

 あたしは――、

 そう言いかけて、彼女は再びうつむく。

 が、その沈黙もせいぜい数秒の間だった。

 おずおずとではあるが、顔を上げたクシャトリスの目には、ある種の覚悟のようなものが宿っていた。

 

 

「あたしは……あんたに手柄を立てさせてあげたかった。だから、敢えてあの場に行かず、アイツをあんたに譲ったのよ」

 

 

 腹は立たなかった。

 おれが死んでたらどうする気だったんだ――などと言う気は、もとよりない。それは源太夫も言ったとおり、結果論の話だからだ。

 だが、頼みもしないのに、彼女が勝手に便宜を計らった根底にある感情は、間違いなく自分に対する同情と憐憫であり、それは本来ならば新左衛門のような戦士階級に属する者にとっては「屈辱」と解釈すべきものであったろう。

 しかし、それでも新左衛門にとって、彼女の言葉はむしろ、ある程度予想できたものであった。

(そうだ……おれの知ってる、あの頃のクシャ子は、そういうことを言うやつだった)

 己を一人前の存在だと自認している者ほど、予想外の同情をかけられることを嫌う。

 いや、今回の一件以前の新左衛門であれば、間違いなく怒りに任せてクシャトリスを怒鳴りつけ、場合によっては剣を抜いていたかもしれない。

――誰がそんなことを頼んだ、と。

 しかし今は違う。

 今の新左衛門は、同情とは優しさや思いやりの別の側面でもあることを理解している。

 なにより新左衛門が知っている、あの頃のクシャトリス・バーザムズールという少女は、無口で無愛想ではあったが、決して無神経ではなかったという事実を思い出していたからだ。

 だが、それでも一応、訊くべきことは訊いておかねばならない。

 その「同情」のあげく自分が生きているのは、やはりただの「結果論」なのかと。

 

 

「違う! そうじゃない!! あたしは、あんたがアイツに負けないと踏んだからそうしたの!! 死体の傷口を見て、何度も何度も太刀筋を検証して、あんたが十分対応できると思ったからこそ譲ったのよ!!」

「…………」

「現にあんたは勝ったじゃない!! あたしがやった仕事はしょせん体臭のきつい術者の死体を持ち帰っただけ。でもあんたは違う! あの鎧と戦い、勝ち、『共和国』の面目を保ったのは、他ならぬ池波新左衛門その人!! そうでしょ!?」

 

 

 そう言い、訴えるかのような眼差しを送るクシャトリス。

 しかし、彼女はあの鎧騎士の発する、妖気のごとき剣気を知るまい。

 対峙した瞬間に、新左衛門が確実な敗北を予感し、『彼』に対しての敬意を含んだ絶望さえ覚えた事実を、彼女は知るまい。

 しかし……それはもう、どうでもいい。

 この女は、おれに期待をかけ、そしておれは、この女の期待に応えた。

 それだけで十分ではないか。

 そう思えるだけの余裕が、今の新左衛門にはあった。

 

 

「そう、だな。お前の言うとおりだ」

 

 

――今回の一件、あらためてその配慮に礼を言う。

 そう伝え、改めて彼女に頭を下げる。

 そして、ふたたび顔を上げたとき、そこにあったのは、むしろ呆然と新左衛門を見返すダークエルフの赤い瞳。

 そのとき、新左衛門はようやく気付いた。

 今の言葉は、それこそここ数年の、顔を合わせてもろくに挨拶すらしなかった自分たちにとっては――まあそれでもここ数日で、かつての冷え切った関係は随分とマシになったというべきではあるが、それでもなお、非常に「らしくない」ものであったことを。

 

 

「…………っっ、話はここまでだ、帰るぞッッ!!」

 

 

 今度こそ、羞恥で顔が真っ赤になるのを自覚しながら、新左衛門は顔をそらしたままクシャトリスを追い抜き、足早に立ち去ろうとする。

 その背中に、彼女の声が追い討ちをかけた。

 

 

「待ちなさいよ、新助!!」

 

 

 それは池波新左衛門が、まだ元服を済ませていなかった頃の幼名。

 そして、彼女と互いに泥まみれになって遊んでいた頃の呼び名。

 反射的に振り向いた新左衛門の背中に、軽い肘打ちを入れつつ、やはり頬を染めたクシャトリスが小声で囁いた。

 

 

「今度あたしをクシャ子呼ばわりする時は、少なくとも二人きりの時だけにしなさいよ。いいわね?」

 

 

 




第一章、完といったところです。
第二章以降はまた近日中に、ということで。
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