線路と道路の両方を走れるDMVの試運転に乗ることとなったお遍路巡りの"僕"と、車掌を務める少女アマテとの小旅行の物語。
線路と道路の両方を走れるDMVの試運転に乗ることとなったお遍路巡りの"僕"と、車掌を務める少女アマテとの小旅行の物語。
四国には、密教真言宗の始祖である空海弘法大師がかつて修行したと言われる寺院が八十八ヶ所存在する。
四国八十八ヶ所の霊場である。
その霊場を巡礼することをお遍路巡りと呼ぶ。古くからは修行として知られ、今では観光としても知られている。
ここからの話は半年前。
ちょうど世間がオリンピックとパラリンピックの熱気が冷めやらぬ中、感染症の波がにわかに引き始めた頃のことである。
その時の僕はまさにお遍路巡りをしており、紀伊水道の海の美しい町、徳島県海陽町にいた。
海陽町は四国八十八ヶ所の内、第二十三番札所の薬王寺と、第二十四番札所の最御崎寺の間の、長い長い道中の真ん中に位置している。
自分で自分のことをさん付けするつもりではないが、いわゆるお遍路さんたちが立ち寄る町である。
そもそも、なぜ僕みたいな若輩者がお遍路を巡っているのか。
なんてことはない。ただ、長い間続けてきた居酒屋のアルバイトで、とうとうお暇を出されてしまったというだけのことである。
いや、やはり痛手であった。
昨今の外出自粛の煽りをもろに食らっていた居酒屋であったが、ちょうど直前の緊急事態宣言でいよいよ店も決断を迫られることとなったのだ。
そしてアルバイトである僕は泣く泣く首を切られてしまったのだった。
今でこそ感染症の波がすっと引いて、外食の活気が戻りつつあったが、切られた店員が戻るわけではなかった。
他の飲食店に働き口のあてを探そうにも、どこも同様な苦境にあり、新たに学生をアルバイトに雇ってくれるような店は無かった。
かといって全くの異業種のアルバイトを探したり、そのためのスキルを身につけ直す気力も今更持てない。
そうして、なすすべと気力をなくした僕は貯金を使い切る勢いで四国の遍路を歩くこととなったのだった。
しかし四国の美しい風景は、やさぐれ気味だった僕に心の落ち着きを取り戻させてくれた。
今いる海陽町はこれまでに二十三もの札所を巡ってきた中でも、特に美しい風景の町であった。
険しい岩場と、そこに波寄せる綺麗な青い海。
潮の香りと、ほんのり漂う遍路の白装束と笠の藁の香り。
それは歩き疲れた僕を癒す安らぎであった。
「しかし弱ったなぁ……このペースじゃ日が暮れちまう」
次に参拝し、宿坊に泊まる予定の第二十四番札所の最御崎寺は遠い。
非常に遠い。
高知県の東の果て、室戸岬に位置している。
室戸は太平洋に向けて突き出した半島の一番端の町であり、山に面している北を除いて、東、南、西の三方位が海に囲まれいる。
そのため、朝陽と夕陽の両方を楽しめる町として知られている。
しかし、このままでは夕陽はおろか、朝陽すら拝めないかもしれない。
なぜならば、僕はまだ徳島県と高知県の県境すら越えられていなかったからだ。
僕は、これまでの札所と札所との間の距離とはまるでケタの違う遠さに目を回した。
見通しが非常に甘かった。
出来ることなら歩きで遍路を一周したいと考えていたが、次の宿がある町までたどり着けずに夜を越すことになるかもしれないことまでは考えていなかったのだ。
かといってヒッチハイクをする勇気も無ければ、ましてや昔ながらのように地元の民家に一晩の厄介になる勇気も僕には無かった。
ここは臨機応変に移動手段を選ばねばと思った。
何でもいい。他に何が無いか。
辺りを見渡した時、僕は希望を見つけた。
あるじゃないか、あるじゃないか。
この美しい風景の片隅に。線路があるじゃないか。
線路があるということは駅があり、列車がある。
そして列車があれば、少しでも早く室戸岬へ近づけるかもしれない。
そう淡い期待を抱いたが、最寄りの阿波海南駅に着いた瞬間にそんな期待もむなしく打ち砕かれた。
「阿佐海岸鉄道は2020年9月をもって、営業を終了いたしました。今までご愛顧いただきありがとうございました。この先……」
僕は諸行無常とも言えるような顔をして、空を見上げた。
空はどこまでも青く、そして僕の目線を虚空の彼方へと吸い込んでいった。
もちろん期待が砕かれたこともショックであったが、それだけではなかった。
「そうだよな、鉄道も……」
ここ数年で人々の間には、移動自粛の意識やオンライン化によるリモートワークの定着等が進んだ。
有り体に言えば、人々が移動をしなくても生活できるように社会が変わり始めていたのだ。
今落ち着いて社会を見回してみると、煽りを食らったのは飲食だけではなかったことに改めて気づかされたのだ。
元々人が移動することを前提に社会が回っていたため、その在り方が急に変化してどこもかしこも皆が苦しんでいたのだ。
各地を襲う苦しみの影は、この美しい海の町にさえも差し込んでいるのだろうか。
「違いますよぉ?今は次のための準備をしてるんですよぉ」
急に誰かから思いを読まれたかのように声をかけられた。
ふと振り向くと、そこには綺麗な黒髪を結わえた巫女服の少女がいた。
「次のための準備…?お祭りでもあるのかい?」
お遍路の町で巫女服というのはいかにもミスマッチのようにも思えた。
「お祭りじゃないですよぉ!これは私の仕事着なんですよぉ?」
「じゃあ、神社のお巫女さん?」
「ふふっ、ハズレでーす……」
巫女服の少女はふにゃっと笑った。
しかし巫女服を着ているのに仕事が巫女さんではないのだとしたら、コスプレイヤーかあるいはそれに類する仕事くらいしか思い浮かばない。
僕が口ごもっていると、少女の方から続けた。
「ところでお兄さん、お遍路さんでしょお?」
「よく分かったねぇ!」
「笠、真っ白な服、同行二人の杖!その格好でお遍路さんじゃなかったら、ちょっと怖いですー…」
巫女服を着ているのに巫女ではないと言う少女に言えたことだろうか。
しかし、構わず少女は続けた。
「でも次のお寺まで随分かかりますよねぇ?だから、まだ準備中なんですけどぉ……よかったら試しに乗っていきませんかぁ?」
試しに乗る。
試しに乗るとは言うが、一体何に乗るのだろうか。
そこにある線路にはもう列車は走らないというのに。
僕は訝しげな顔をしたが、ぱあっと明るい少女は構わず声をあげた。
「ほぉら、来ましたよぉ?」
少女が指差した道路の奥のその向こう。
まだずいぶんと距離があるが、その姿はハッキリと見えた。
「ああ、バスか!」
アスファルトや背後の山々とは一線を画した鮮やかな海色をしたバスが、こちらへと向かって走ってきた。
鉄道を廃止した地方で、バス転換が行われるという話はよく耳にする。
鉄道と比べて輸送人数は遥かに少ないが、バスの方が維持費が安いためだ。
苦境にありながらも、地域の足を保ちたい思いがバスを走らせている。
ここ、海陽町でも同じことが行われていたのかと僕は納得した。
しかし、やって来たバスは見慣れたバスとはどこか様子が違った。
大昔のバスのように、前頭のボンネットが大きく突き出しており、まるで犬の横顔のような見た目をしていたのであった。
「今時珍しいね!」
「ふふっ、今も昔もこんな珍しい乗り物、なかなか見られませんよぉ?」
またしても少女は変わったことを言っているが、僕はそんなことよりも次のことが気になっていた。
「それで、このバス。聞いたところ試運転みたいだけど、どこまで走るのかな」
僕は日が暮れるまでに室戸の最御崎寺の宿坊を目指さなければならない。
「この列車……いや、バスはですねぇ……。室戸岬まで行きますよぉ」
「おお!なんと幸運にも!」
室戸岬ならば最御崎寺のすぐ近くだ。
そこまでバスで行くことが出来れば万々歳である。
これで僕は今夜、暖かい布団にありつけるというものだ。
僕は意気揚々とバスに乗り込み、試運転に乗せてくれた礼をした。
「まだ試運転なのに今回は乗せていただきありがとうございます!」
「はーい。こちらこそぉ!ご乗車ありがとうございまーす!」
料金は2400円と少々値が張ったが、その分早く目的地へ着けるのならばむしろ儲けものだと思えた。
車内も小綺麗なマイクロバスといった様子で、快適な旅が出来そうだと思わせてくれた。
僕が席へ着くと、先ほどの少女もまた運転席の隣の補助席へと腰かけた。
なるほどと納得した。
この少女はおそらく地元の観光ボランティアのガールスカウトか何かだったのだろう。
まるでコスプレか何かの類いと思われた巫女装束も、そのガールスカウトの衣装だったのだろう。
「本日は阿佐海岸鉄道にご乗車いただき、ありがとうございまーす!この列車は室戸岬行きでーす!走行中は安全のため、シートベルトを着用するようお願いしまーす!」
どこか覚束ない車内アナウンスだった。
これが列車なのか、それともバスなのかどっち付かずになっている。
しかしその覚束なさもまた、子供の観光ボランティアだと思えば可愛らしく思えた。
「本日は、運転士が天田力男。アテンダントが私、神楽アマテで参りますー!」
神楽アマテ。
その少女の名前はまるで神様のような名前であった。
僕がその少し仰々しい名前に驚いていると、無口そうな強面の運転士は帽子を脱いで軽く会釈した。
アマテもまた運転士にならって敬礼した。
僕もつられて二人に会釈した。
そうしてバスはゆっくりと動き出した。
しかし、動き出したかと思うと、線路脇ですぐに停車してしまった。
試運転である。何かトラブルでも発生したのだろうか。
不安になりつつも、乗せてもらっている身の僕は静かに座り続けた。
「ただ今、阿波海南駅のモードインターチェンジでーす。これより、バスから鉄道への"モードチェンジ"を行いまーす!」
アマテの元気なアナウンスが車内に響いてきた。
モードインターチェンジ。
バスから鉄道へのモードチェンジ。
何もかもが聞き慣れない言葉の連続であった。
モードチェンジなどという言葉はロボットアニメか、あるいは特撮ヒーローでしか聞いたことがなかった。
バスで聞くには違和感のある言葉である。
これから一体何が始まるのかそわそわしていると、車内で何やら賑やかな舞踊の太鼓と笛の音が流れてきた。
「あ、これは阿波おどりのBGMですー!本格運転が開始された時に、観光のお客さんに楽しんでもらうためのBGMなんですよぉ」
アマテが補足したかと思うと、その直後、にわかに揺れて車両の先頭が持ち上がった。
「あ、アマテちゃん……?今、何が!?」
僕はわけも分からず問いかけたが、アマテは答えを言うことなくバスの外へ降りて呼び掛けてきた。
「普通なら安全確認は運転士さんだけがやるんですよぉ。でも今日は特別なので、お兄さんも降りて見てみますかぁ?」
見るとは言っても、まず僕は何が起きたのかをそもそも分かっていない。
そして機械類の心得もない。
それで何を確認するというのだろう。
アマテに促されるままに一旦降車した僕だったが、降りてすぐに起きていることを理解した。
「バスから車輪が!」
そう。あの犬の横顔のように突き出していたボンネットの中に、実は鉄道の車輪が隠されていたのだった。
そして先程アマテが言っていた「モードインターチェンジ」とは一体何なのかも理解した。
道路と線路の境目である。
線路が途中で途切れて道路へと切り替わっている。
そのモードインターチェンジで一時停車したバスは、ボンネットに格納されていた車輪を展開し、あっという間に鉄道へと早変わりしたのだ。
「どうですかぁ?珍しいでしょお?世界中探しても、ここだけなんですよぉ!」
「ああ、驚いたよ!こんなバス、いや、列車!いや、これはそもそも……」
僕はこの乗り物をバスと呼ぶべきか、列車と呼ぶべきか迷っていた。
アマテはニヤリと笑って、そして胸を張って言った。
「これはですねぇ……DMVっていうんですよぉ!」
「DMV?」
「ふたつにモードチェンジする乗り物、Dual Mode Vehicle!略してDMVでーす!」
「なるほど、面白い!」
「ねぇ?だから、今は新しいことを始める準備をしてるんですよぉ」
「そういうことだったのか!」
阿佐海岸鉄道は確かに普通の鉄道としては一旦廃止になったらしい。
しかし、今まさに新たに生まれ変わろうとしているのだと気づいた。
と、その時。運転士はアマテに合図を出した。
「ささ、お兄さん!乗ってくださーい!運転士さんの安全確認が終わりましたからぁ」
この短い間に、運転士は手早く確実に、ちゃんとレールの上に車輪が乗っているかどうかを確認していたのだった。
その確認をもってして、DMVはモードインターチェンジを越えて、レールの上を走れるようになるのだ。
この間、わずか一分にも満たない。
アマテは僕が再びシートベルトを締めたことを確認し、号令をあげた。
「出発、進~行~っ!」
DMVは「がったん……がったん……」と音をあげ、走り出した。
僕のお遍路巡りの足に、DMVが加わることとなった。
DMVは線路を駆った。
阿波海南駅、海部駅、宍喰駅、そして甲浦駅。
鉄道区間はわずか四駅だけであったが、DMVの進行は続く。
あっという間の四駅を越え、そこで線路は打ち切られたが、DMVは再び車輪を格納しタイヤを地に下ろして、今度はバスとして道路を走り続けた。
東の車窓には海が、西の車窓には山が。そして山の向こうへ次第に傾いている太陽が見えた。
アマテは要所要所で観光案内を張り切って行い、僕もそれに聞き入っていた。
「……というわけで、この阿佐海岸鉄道は室戸まで走ることが昔から夢だったんですよぉ!」
アマテは張り切るあまり、阿佐海岸鉄道の歴史についてまで語り始めていた。
元々は"阿"波と土"佐"を結ぶために作られたが、諸事情によって断念してしまったこと。
ほとんど徳島県しか走っていないのに、"阿佐"海岸鉄道となっている名前もその名残であると。
今はまだDMVとして試運転中であるが、近い内に本格営業がスタートすれば、夢のまま諦められていた高知の室戸への乗り入れがようやく叶ったと。
「へぇ……アマテちゃん随分と詳しいね!」
「えへん!いっぱい勉強しましたからぁ!」
最近の小学校では地元の地理や歴史も盛んに習う。
かつては僕も、3~4年生くらいの頃には、地元の地理や歴史を習ったものだった。
「でもでもぉ、私のふるさとはここじゃないんですよぉ」
しかし、アマテは海陽町の生まれではないらしい。
他の徳島の町でも、高知の町でもないとのことだった。
転校生なのだろうか。
「転校生……みたいなものですねぇ。前は宮崎の高千穂にいましたぁ!」
「高千穂!?」
その少女、神楽アマテの名から連想できてしまう町である。
宮崎県の山奥の町、高千穂。
天照大神(アマテラスのおおみかみ)にゆかりがある町だ。
知っての通り、アマテラスには天岩戸伝説がある。
太陽の化身であるアマテラスが岩戸に隠れたため日が出なくなってしまい、みんなが困ったので、アメノウズメが岩戸の前で歌い踊ったのだという。
そしてその歌と躍りが気になって岩戸から出てきたアマテラスが、外で待ち構えていたタヂカラオによって引っ張り出され、再び日が出るようになったという伝説である。
何を隠そう、高千穂にはそのアマテラスが隠れたとされている岩戸が実在するのである。
「じゃあ、やっぱりアマテちゃんの名前も、アマテラスのアマテなんだね」
「えへへっ、そうかもですねぇ」
アマテは目を閉じて静かに笑った。
その瞼の裏には故郷の情景が浮かんでいるようだった。
「前の高千穂でのお仕事場、雨で流されちゃったんですよぉ……だからここに来ましたぁ」
雨で流されちゃった。
アマテは軽い口調でそう言ったが、僕は暗い気持ちになった。
高千穂は九州の山奥の町だ。九州の山奥で雨といえば、否が応でも分かってしまう。
豪雨災害である。
豪雨による洪水で被害を受けてしまったアマテもまた、僕と同じで生活を変えざるを得なかったのかもしれない。
「でも強いんだな、アマテちゃんは」
「えぇ?どうしてですかぁ?」
アマテはキョトンとした顔で聞き返してきた。
「強いさ。挫けずに新しいことを始めているじゃないか」
故郷をなくすことは辛いに違いない。
それなのにアマテは遠い地でDMVという新しいことに精一杯取り組んでいる。
そんな僕の言葉に、アマテは恥ずかしそうに俯きながら返した。
「強くなんかないですよぉ。だってぇ、今でも前の服をやめられませんからぁ……」
僕はなるほどと思った。
このミスマッチにも思えた巫女服はやはりガールスカウトの衣装ではなく、アマテの昔の仕事服だったのだ。
アマテなりの望郷の思いが、彼女に今もその服を着させていたのかもしれない。
「高千穂、忘れられない?」
「もちろんですよぉ。昔のことなんて、忘れようと思ってもなかなか出来ませんからぁ」
アマテほどのしっかりした子でも、やはり忘れられない過去はあるのだ。
僕もまた過去を忘れられない男である。しかし僕とアマテには違いがある。
同じように過去を振り返っていても、アマテは僕と違って足だけはちゃんと前へ進めている。
そう言った僕に、アマテは言った。
「え~?お兄さんだって前へ進んでるじゃないですかぁ」
「僕が!?この僕のどこが前へ!?」
僕は熱くなってしまった。
「本当に前へ進んでる人なら、今ごろとっくに新しい仕事探してるよ!僕なんてまるで自分探しみたいにここまで来たけどさ!結局は何も変わってないし、この先も変わらないんだよ!歩いて、歩いて、歩いて!その果ては最初のお寺!文字通り堂々巡り!僕はただ無駄足を踏んでるだけなんだ!」
しまった。年端もいかない子供相手に当たり散らしてしまったと後悔した僕だったが、意外にもアマテは動じずにうなずいた。
「そうかもですねぇ」
僕はそんなアマテのどこか超然とした返事に重ねる言葉を見失っていた。
「お兄さんのお遍路も、私のDMVも。もしかしたら堂々巡り。気がついたら元のお寺に戻ってきたり、同じ駅の間を毎日行ったり来たり…」
アマテは一呼吸置いて続けた。
「よく言われるんですよぉ」
「何を……?」
「DMVってただのバスでも良いんじゃないかぁ?って」
「!!」
僕はハッとした。
言われてみれば、モードインターチェンジのある阿波海南駅から甲浦駅までの線路の区間のすぐ横には道路がある。
確かに究極を突き詰めれば、わざわざその間を線路で走る必要性は無いのだ。
「色々答えを探しましたぁ。道路より高いところを走ってるから津波にも強い!とかぁ、線路を剥がす工事をしなくても大丈夫!とかぁ……」
一見すると、それらは合理的な説明に思えた。
「でもぉ、どれも突っ込まれちゃうんですー……」
津波対策や安い工事の手法等々には、僕の知らないもっと合理的な手法があるのかもしれない。
「だけどぉ、今、私たちがやってることは無駄足なんて思いませんよぉ」
「それはどうして!?」
それは何故なのだろう。
「歩いてみても、止まっていても、同じ場所には戻って来ますけどぉ。歩き出さなくちゃ見えないもの、いっぱいありますからぁ」
それはきっと堂々巡りなどではない。
本当に何かが変わるのかは、やはり分からない。
たとえどんな形でもいい。最初の一歩をまず踏み出してみなければ始まらないのかもしれない。
「つまりはですねぇ、買わない宝くじは当たらないってことなんですよぉ」
「ってオイオイ、一気に俗なたとえ話になったなぁ!」
僕がツッコミを入れて一瞬車内は静まり返り、そして僕とアマテとの笑い声が広がった。
そうこうしている内に辺りはだんだん暗くなっていったが、まだ東の海沿いを走っているので夕陽は見えない。
「あ、お兄さん!そろそろですよぉ」
アマテがそう言うと、バスはちょうどカーブを大きく回った。
「ほぉら、見えてきましたよぉ!」
「おぉ!」
カーブを曲がり切ると目の前には西の海を赤く染める夕陽が広がっていた。
「室戸岬を越えるとですねぇ、夕陽が見えるようになるんですよぉ!」
朝陽と夕陽の見える岬の町、室戸に気がついたら到着していた。
車窓から見える景色は果てしなく、僕の小さな悩みを吸い込んでいった。
「そりゃそうだよな……!ここまで来なけりゃ、この景色も見られなかったしな」
確かに、この景色を見たからといって、すぐに何かが変わるということも無いだろう。
けれどそれで良いのだ。
これで良いのだ。
そう思った僕は、どこか晴れやかな気持ちでDMVから降車した。
沈みかけた夕陽が、海色のDMVを赤く染め上げていた。
「えへへぇ、綺麗でしょお?」
「そうだな。やっぱり来て良かったよ」
「そう思ってくれて良かったでーす!お兄さんのこの先の旅がより良くなりますよーに!」
アマテは僕の旅路の幸を願い、最御崎寺のある山の頂の方へ向かって両手を合わせた。
やはり巫女装束の少女がお寺参りのポーズをしているのはどこかミスマッチだった。
しかし考えてみれば、神社とお寺が明確に切り分けられたのはここ160余年直近でのことだ。
それより前はお寺も神社も、人から人へとささやかな願いをかける場として、あまねく在ったのかもしれない。
「アマテちゃんに!そしてDMVに良き旅路を!良き未来を!」
僕も手を合わせた。
アマテと僕は顔を見合わせて笑い、そして別れていった。
あと少しで沈む夕陽に照らされ、DMVはもと来た徳島県の海陽町方面へと走り出していった。
小さく空く窓からアマテは顔を出し、叫んだ。
「お兄さーん!私、頑張りますよぉ!そしていつかぁ、お兄さんの街にも行きますよぉ!」
これは、いつの日かDMVが四国だけでなく、日本中を走る未来を夢見た言葉だと僕は捉えた。
僕も大声で返した。
「おう!待ってるぞ!僕もそれまでには次のための準備くらいはしておくよ!」
そして僕は続けた。
「高千穂にも帰れると良いな!」
最後の夕陽の一欠片が沈むかどうかの瀬戸際、アマテは遠ざかっていくDMVから目一杯叫んだが、もう何を言っているのかよく聞き取れなかったが、大きく振る手だけは見えた。
僕も大きく手を振り、夕陽と共にDMVは去っていった。
この日の人や風景との一期一会。
それもやがては日々の積み重なりに埋もれていくのかもしれない。
しかし、たとえ思い出の地層の隙間に挟まる一枚の紙片になったとしても、それはこれから僕が踏みしめる未来の大地を支えてくれる、かけがえのない一枚なのだと思う。
僕は宿坊のある山頂へ向けて、足を前へと進めた。
その足取りは少し軽かった。
その夜、宿坊にて。
僕は暖かな布団にくるまりながらスマートフォンでインターネットに接続し、阿佐海岸鉄道やDMVについて調べ、今日の思い出を振り返っていた。
DMVは鉄道ファンの間では既に噂になっており、いくつも記事があがっていた。
その多くが、アマテの語ってくれたことの通りだった。
しかし、一点だけ気になる記述があった。
「DMVはワンマン運転ねぇ……」
ワンマン運転とは運転手が車掌を兼任し、一人のみが乗務にあたる手法だ。都市部の通勤電車や、地方の小規模な鉄道ではよく用いられる方法である。
DMVもワンマン運転であり、車掌などいなかったのであった。
そもそも前身の鉄道だった頃から阿佐海岸鉄道には車掌がいなかったのだ。
それに、ボランティアによる観光ガイドをつけるような話もない。
だとしたら、今日出会ったアマテとは一体誰だったのであろうか。
不思議な気持ちになった僕だったが、次に見つけた記事に目を奪われた。
「高千穂鉄道、阿佐海岸鉄道へ」
高千穂鉄道。宮崎の延岡から高千穂までを結んでいた路線。
過去形である。なぜならば2005年の台風の豪雨によって橋が流され、そのまま復旧できずに路線ごと廃止になってしまったからであった。
取り残された車両の内、かぐら号が四国の阿佐海岸鉄道に買い取られ、昨年に鉄道として廃止されるまで走り続けていたと記されている。
僕は記事を二度見し、今日の思い出も更に反芻した。
かつて災害で廃線になった高千穂鉄道から、阿佐海岸鉄道へ転属となったかぐら号。
災害で仕事場を無くし、高千穂から四国へやって来た正体不明の巫女服少女の神楽アマテ。
偶然にしては出来すぎてはいないだろうか。
「列車の精。あるいは分け身だったとでも言うのだろうか」
しかし、今の阿佐海岸鉄道には旧高千穂鉄道かぐら号は走っていない。
DMV専用に生まれ変わり、普通の鉄道は走れなくなってしまったためだ。
そして今走っているDMVの車両は、当然高千穂鉄道とは何の縁もゆかりもない。
「いやでも、伊勢神宮の神様は二十年に一度、古くなったお社を離れて新しいお社に移ると言うしなぁ」
列車の精も伊勢神宮の神様の式年遷宮のように、新しい車両に乗り移らないとも言い切れなくはない。
あるいは本当に僕の単なる思い過ごしなのかもしれないが、ここは四国。
八十八もの霊場に囲まれた神秘の地。
少しくらい不思議なことが起きても良いだろう。
僕はそんな不思議な思い出を胸に抱き、そしてまた明日も歩いていく。
意味があるかは分からないけれど。
それでも明日も歩いていく。
そのまた明日も、明後日も。
そして。
〇後日談
それからしばらく経ち、2021年12月25日。
幾度もの試運転を重ねたDMVは、ついに開業の日を迎えた。
海色の『未来への波乗り』号。山色の『すだちの風』号。そして、陽色の『阿佐海岸維新』号。
華やかな開業記念式典に並ぶ三台のDMVと、それを一目見ようと足を運んできた人々。
アマテもそんな様子を、途中駅の宍喰駅近くから眺めていた。
「さーて、私もお手伝い行かなきゃですね!じゃあ、行ってきまーす!」
アマテは、今はもう動かない自らの分け身に声をかけ、人々で賑わう会場の方へと向かっていった。
「この町にはご恩があるんですよぉ。岩戸……車庫に仕舞われた私をもう一度外へ連れ出してくれましたぁ。だから今度は、恩返しの番でーす!」
もしいつか阿佐海岸鉄道のDMVに乗りに行く時があったら、宍喰駅から甲浦駅へ向かう途中の窓の右手をご覧ください。
そこにはきっとアマテちゃんがいるはずです。
岩戸から出て遊びに来てくれたあなたを、こっそり歓迎してくれるかもしれませんよ。
(了)
年明けすぐのことでした。
前から乗りに行こうと予約していた徳島のDMVにようやく乗りに行けました。
中身はバスで見た目もバスなのに、線路を走ったり、道路を走ったりと姿を変える不思議な乗り物でした。
そのなんとも不思議なDMVにも色々なドラマがありますが、今回はその中でもかつて高千穂から四国へ転属となった数奇な車両を題材にお話を書くことにしました。
阿佐海岸が海の美しいお寺の町だとしたら、高千穂は山と川の美しい神社の町です。
どこか対になる2つの町をほんの少しだけ繋ぐお話でした。