幼女のせいで青春が終わりました、あと世界もついでに終わってます 作:今北産業小説部
秋川京果。
昨日、俺と月音を殺そうと日本刀でベンチをブチ折った掛け値なしにヤバい奴で、秋川敬吾の妹。昨日とは違う花柄の和服に変わらず下駄を履いている。和装女だ。
そんな因縁深い奴が唐突に俺の目の前に現れた。買い物の最中みたいな装いで。どうやら秋川さんに言われたのか、既に俺を殺す気は無いらしくスラリと伸びた腕は警戒に垂れ下がっている。見たところ日本刀も今日は持ってないようだ。
なーにこれ。
皆に聞きたいんだけど俺どうすれば良いの?逃げれば良いの?それとも昨日はお世話になりましたとか皮肉気に言えば良いの?俺のマニュアルにこんなシチュエーションの対応法は乗ってないぞおい。
互いに驚きの声を上げて、それっきり奇妙な沈黙が支配する。何故か黙ってる俺が悪いように思えるから不思議だ。だが悪いのは全部向こうだよな?俺間違ってないよな?
和装女は口をパクパクと金魚みたいに動かすと、意を決したのか「あの!」と大きな声を出した。
「……お時間、良いですか!?実は、謝りたいことがありまして!」
「実はって前置きされなくても分かってるから」
「うべぇ!?」
何だその声。もしかして驚いたのか?驚いたら「うべぇ」とか特撮アニメのやられ役みたいな声上げちゃうのか?それとも山口県宇部市出身でことあるごとに自分の出身地をPRしなきゃ死ぬ呪いでもかかってるのか?
「というかお前、よく俺の前に出てこれたな。俺とつき……精霊を殺そうとした癖に」
「おぐ……!?」
「まあ、あの件に関しては刑事裁判の手続きを滞りなく進めてるから近いうちに再会してたし早いか遅いかの違いか。じゃあな、次は法廷で」
「ぐぎご……!?」
軽い脅しを掛けると和装女は変な声を立て続けに出した。バリエーション豊かでちょっと面白いかもしれない。
「ちょ、本当に待ってください!私まだ前科者になりたくないです……!」
「言うに欠いて保身って……クズかよ」
「あぶち……!?」
騒がしい女だなこいつ。昨日は刀を持って襲い掛かってきた言葉通りキリングドールのような人間に思えたが、これと本当に同一人物なのか?感情豊か過ぎてちょっと引く。
「じゃあ俺、行くんで」
「か、カフェ行きましょう!私に話をさせてください!」
「そういうのホント良いんで」
「奢り!私がカフェの代金全部持つので!」
……お?
なんか風向きが変わってきたぞ。だが俺は意志の固い男の子だ。初志貫徹、決めたことは槍のように貫き通す大和男児だ。全く俺を金で釣ろうだなんて。
「断る」
「お、お金渡します!1時間1万円!それで話をさせてください!」
「……こ、断る」
「じゃあ30分で1万!」
ごめん、みんな。
お金には勝てなかったよ。
〇───〇 〇───〇 〇───〇
駅前にある中でも、秋川京果が案内したのは個室の料亭だった。内装は食事一回で諭吉一枚は飛びそうなくらい高級感のある感じで、俺は首を傾げた。
「カフェじゃないのか?」
「よく考えたら喫茶店ではこんな話出来ないですから」
「あれって考え無しで言ったんだな」
「面目ないです……」
落ち込むように顔を俯かせた。
この和装女の性格が掴めねえ……。残酷性は絶対あるはずなんだが、今日の言動だけを鑑みるとただの一般人みたいだ。変だろ。昨日はもっとロボットみたいな口調だったじゃんかよ。どうなってんだ本当に。
「それで、話って何だよ」
「昨日の話です」
だろうな。それ以外に無いし。
「昨日は本当に申し訳ございませんでした!私の早とちりで!」
和装女はガバリと頭を下げた。長い後ろ髪が勢いよく跳ねる。
ぶっちゃけ、昨日の今日だ。許してやろうという気になれないし、何なら今こうしているのも少し怖い。全く敵意が無いのが分かっているからこの場に着いたが、それでもふとした瞬間には首チョンパになってるんじゃという恐怖が脳裏を過る。せめて秋川さんがいてくれればなぁ……。
「あの……どうでしょう……」
「どうでしょうって。お前、本当に許されたいのか?」
秋川さんが仕込んだのか、まあ和装女の謝罪姿は容姿の相乗効果も相まってそこそこ見れるものだった。
だが、こいつの本心が分からない。俺がこの妙でアホ臭い癖に迷惑千万な事件を引き起こした犯人と勘違いして襲ってきたのか、それとも何かしらの私怨によるものなのか。真意が不明だと俺もコイツのことはサイコパスだとしか思えない。
俺の言葉にふぅ、と小さく息を付くと懐からカンペのようなものを取り出しておずおずと喋り出す。
「ええと…………先日の件につきましては私の勘違いのために許されざる行為をしてまったと私も大変強く感じており、今でも後悔の念が尽きません。当然金銭の……えっと……金銭で償えるとは到底考えておりませんが、それでもこの件に対する代償として……示談金?を払いたいと私は考えております」
随分と慇懃な文章だ。棒読みで噛み噛みだから台無しだが。コイツの様子を見る限りだと考えたのは秋川さんだろう。あの人、そういうの凄い得意そうだし。
「言われてる感満載だな。で、本音は?」
そう言うと、和装女は幾許か目を細めた。
「確かに貴方には悪いことをしたとは思ってます。ですがあの精霊に対しては許されるとか、罪の意識とか、そういうのは私あんまり分からないです」
やっぱサイコパスなんじゃねえのコイツ。怖いんだけど。俺はともかく、精霊には手を出して良いとかどうなってんだコイツの倫理観。確かに人間じゃないかもしれない、でも見た目あんな幼気で大人しい女の子を殺そうとかどうかしてるぜ。
「なるほど。じゃあ次あの女の子を見たらまた殺そうとするんだな」
「しませんよ?あくまで私が貴方を殺そうとしたのも、あの精霊を殺そうとしたのも女児異変を解決するためです」
「それも何だ。秋川さんに言われた建前か?」
「本当ですよ。だって仕方ないじゃないですか。精霊がいて、そして女児異変の影響を受けてない人物がいれば黒幕と疑うのも当然でしょう」
和服女は微かに昨日の雰囲気を纏いながらそう言う。
言われてみれば不審かもしれない。でもだからって意気揚々と殺しにかかってくんのは人間としてどうかと思う。というか女児異変って言葉、マジで正式名称になったの?そりゃ分かりやすいけど秘密組織としてどうなんだその呼称は。
「……まあ、精霊を殺そうとしないってんなら信用してやる」
「それは無理な相談ですね」
「……はあ!?」
さっきと言ってることが違うだろ!
「精霊は殺した方が良いです。アレは害獣と一緒です。私たちは多分、あんなものと共生できない」
「な、何でだよ……?」
さっきまで変な声を上げていた人物と同じとは思えなかった。
妙に目が座っている。
本気だ。
嫌でも理解させられる。
殺すことを厭わないと黒い眼光。日本刀みたいに抜き身な眼差し。
「大いなる力は身を滅ぼす。良く言いますよね。その通りなんですよ、精霊って。決して悪ではない、でも善でもない。純粋と言えば聞こえは良いですが、ただ無知で無感情。それだけです。それって核兵器と何が違うんです?」
「……んなの、殺す理由にならねえだろ」
「まあ、言っても無駄なのは実は私は分かってました。ホント、人間みたいですもんね」
嘆息しながら和装女は言った。俺はその目を直視できず顔を逸らす。
「つか精霊って結局何なんだよ……。核兵器だの、災禍を齎すだの、わっかんねえんだけど」
「分からないのは当然です。あの精霊、まだ一度も力を使ってないですよね」
「力……?あの時のは違うのか?」
和装女の刀をするりするりと躱し続ける身体能力。あれはどう考えても普通じゃなかった。戦闘系ファンタジーのスーパーヒロインみたいな動きで、ギリギリの間合いを見出して避け続けていた。
和装女もそれを思い出したらしく、首を振った。
「あんなのは出来て当然です。幾ら肉体のように見えても、所詮は未知のエネルギーの塊。物理的な制約は無いに等しいです」
「じゃあ何なんだよ力って。お前の兄も物騒なことばかり言いやがって、もっと具体的に言えよ」
「無理です。精霊の力は超能力とも違って、決まった方向性がありません」
「方向性……?」
「人間にとって超能力は一人に一つ……厳密には一人につき一現象。一対一対応と言うべき関係性を持ってます。ですが精霊は違う。精霊は、原則として何でもできます」
「何でもって……神みたいな言い方だな」
「否定はしません。肯定もしませんけど」
神……ね。
つまり月音も神様仏様その他諸々と肩を並べる存在……いやばっかじゃねえの俺。あんな大食らいが大層な存在のはずがない。
「じゃあ聞き方を変える。過去の精霊はどんな力を行使した?」
「申し訳ないですが機密事項ですので」
「機密事項?んなのあんのかよ」
「組織ですので。精霊の力の詳細は公開すれば、組織内でさえ混乱が起きてもおかしくありませんから」
淡々とそう述べた。確信をしているのだろう。
でもコイツはそんな機密情報を知れる立場にあるのか。こんな変な出で立ちだというのに重役なのか?或いは戦闘のエリートだから戦う相手のことは良く知っているとか……。分からんが、どうも組織では上っぽいのは確かだ。
「本題に戻りましょう。昨日のことはあまり言いふらさないようお願いいたします」
「んだそれ……別に言い触らす気なんてねえよ。幼女相手に言ってどうすんだって話だ」
「それなら良いです……ではこちらを」
そう言って懐から白地の封筒を取り出す。かなりの厚みだ。
「ここには百万ほど入っています」
「なるほど、これが口止め料と……百万!?」
「はい。それと先程のお話の通り、一時間ほど話したので別口で二万円ほど同封しております。謝罪金は手元に無いのでこれとは別にお支払いします。これで如何でしょうか?」
なるほど、百万円ね。何というかまたテンプレートなもんが出てきたぞ。封筒の中に万札百枚とかドラマじゃん。マジかよお前。
俺は中身を開封する。指を中に突っ込んで引っ張り出すと、本当に札束が出てきた。一々数えるのも億劫なので、適当に指でなぞってみる。銀行員じゃないから正確な枚数は分からないが、枚数的には本当に百枚ありそうだ。表だけ万札で、中身が千円札じゃなければだが。
いやいや待て待て俺よ。
いいのか、俺。
こんな大金を貰っちゃっていいのか?
良心とか痛まないのか?何もせずに、うえ~ん怖かったよ~と相手の瑕疵を出汁に女から金だけを受け取って、心痛まないのか?
……あれ、全然痛まない。
俺、クズじゃん。めっちゃゴミじゃん。社会に誇れるクソ野郎じゃん。
寧ろあればあるだけ欲しい。嘘だろ俺、こんなに守銭奴だったとは思わなかったわ。
「……まあ、受け取っておく」
「はい。どうぞ」
震える手で俺は百万円の入った封筒を持った。
い、良いのか?
だって百万だぞお前。百万円あれば世の中大体のことが出来る。回転寿司で財布の中身にビクビクと怯えずに堂々と大トロでも何でも取ることが出来るし、何となく入ったコンビニで理由もなく千円以上使って鬱になることもない。あとスピカ・オンライン、略称スピオンに課金だって出来る。夢が広がるぜ……って何か俺の金の使い道ってしょぼくね?これが学生の想像力の限界なのかもしれない。
まあ、持っていて腐る金など存在しない。
仄暗い穴の底のような仄暗い罪悪感を覚えながら百万円を俺は静かに懐へと仕舞った。
俺が受け取ったのを確認した和装女は、表情を微かに緩めた。
「ありがとうございます。良かったです、分かってもらえて」
声に柔らかさが戻る。
……何だかまた雰囲気変わってないか?
「なあ、和装女」
「……それ、私のことですか?」
「さっきから疑問だったんだが、もしかしてキャラ作ってるのか?」
「無視しないで下さい……はあ。素ですよ。ただ集中すると人が変わるとはよく言われます」
それってハンドル握ったら強気になるドライバーみたいにか?それともキレたら記憶無くすチンピラみたいな?あ、そっちは意外に当てはまりそうだな。あの時は殺意の波動というものを生まれて初めて感じたものだ。
そう言っていると、失礼しますと着物姿の幼女が入ってくる。
運ばれてきた料理は料亭らしく鍋だった。ふぐ鍋だ。この部屋に入って和装女が頼んだものである。
「じゃあ、あの、食べましょうか。折角ですし」
「あ、俺。月音を待たせてるから帰るわ」
「え?ちょっと待ってください、私一人残すつもりですか?料亭まで来て一人で食べろと?」
「あいつ、大食いだからな。家に飯もねえから、帰んねえと核爆弾すっかもしれねえし」
「精霊が大食い?って、本当に出てく気ですか!?まだ刑事裁判を示談に纏めるお話もしてないのに!有罪者になりたくないんですけど!」
「あの話は嘘だ。じゃな」
「あ、ちょっと!?」
懐に入った百万円を入念に確認しながら俺は部屋を出る。
なお、その後の俺の姿を見たものはいない。
なんてペシミスティックなモノローグを考えてしまう小心者な俺、錦田一心だった。