ミリしら音楽で短編小説を   作:月下ミト

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 朝日が昇る。東に広がる海原から、陽の欠片がのぞき見る。

 それを合図に、音が鳴り響いた。

 

 ぺっぺぽっぺ、ぺっぺぽっぺ、ぺっぺぽっぺ、ぽぽぽー。

 ぺっぺぽっぺ、ぺっぺぽっぺ、ぽっぽぺぺ、ぽぽぽー。

 

 金管楽器であるラッパ特有の、芯ある音ではなかった。明らかに間の抜けた音が、しかし妙に堂々と吹かれ、海と空に吸い込まれる。

 波打ち際には1人の影。真っ直ぐと伸びた黒は、急に天辺をこてんと傾けた。

 

「うーむ、今日もうまくないでありますな」

 幼い少女の声だった。緑がベースの迷彩服を着ているが、サイズは合っているにも関わらず、着せられている様に感じる雰囲気。

 

 少女は首をかしげて手元を見る。

 小さな手には、少しばかり大きすぎる喇叭(ラッパ)が握られていた。ピストンが1つもない簡素な作りで、曇りのない鈍い金色は、大切に扱われていると一目で分かる。

 

 ラッパ吹きの少女、ミヤの仕事は、起床ラッパを吹くことだ。

 ただそれだけが、彼女がここにいる理由。

 

「よし、今日のお仕事は終わりであります! それじゃあ基地に戻って、そうだ、ちょうど充電が無くなりそうでありましたな。補給に行きましょう!」

 ラッパを胸に抱え、くるりんと回れ右。軍服に似合わない軽い足取りで海に背を向け――。

 

「およ? あれ、何でありましょう?」

 ピタリと停止。再度、海へと体を向ける。

 じぃーっと見つめる先には、銀色で長方形の箱があった。波で打ち上げられたのか、砂浜と海の境目に鎮座している。

 

 見覚えは、全く無かった。少なくとも昨日までは。

 ミヤは走り寄ると、銀色の箱をまじまじと見つめる。複雑そうな機器が幾つも表面に取り付けられいるが、それらを無視し、上辺にあるボタンへ指を伸ばす。

 

「ふむふむ……保管用のケースでありますな。見たこと無いタイプですが、まあ普通のと同じでありましょう。ほい、ピッと」

 

 悩む素振りすら見せずに即断。小さな電子音が鳴った。直後、蒸気機関に似た排出音、続いて機械音がけたたましく響く。

 銀の箱が開かれ、その中を覗き込んだミヤは、ほぅと息を吐く。

 

「おぉー、すごい美人さんであります」

 箱の中身は女の子だった。美しく長い銀髪、透き通るような肌、それに見合う青のドレス。お嬢様然とした姿は、触れるのも躊躇われる。

 

 さてどうしようか、とミヤが考えていると、ピクリと女の子が動いた。

 長いまつ毛を震わせ、ゆっくりと、その目を開く。黒にすら見える深い緑色の瞳が現れ、一度左右に揺れた。

 

「起きたでありますな。大丈夫ですか?」

「…………アナタは、ああ、そう。ここは何処でしょう」

 声を掛けられると、少女は凛とした佇まいのまま上体を起こす。その様子にミヤは思わず敬礼しつつ、頑張って明瞭な発音で答えた。

 

「はいっ。ここは軍の基地、その隣りにある浜辺でありますっ」

「そう、日本の軍施設なのね」

「はぇっ!? ど、どうしてここが日本だと!」

「アナタ、日本語で話しているでしょう」

 

 たしかに! ミヤは『あ』の口で固まり、そういえば異国風の女の子へ普通に日本語で話しかけていた自分に呆れた。

 今度同じことがあれば「ぐっもーにん」から始めようと頭に覚えさせていると、女の子は目を細め、落ち着いた声色で喋る。

 

「ワタシには、やるべき事があります。付近にいる管理者(マスター)へ案内しなさい。軍属なのでしょう。直属の上司でもいいわ」

 氷から音がするなら、きっとこんな音色。そう感じさせる声だった。

 それに、ミヤは即答する。

 

「無理であります」

 

 ミヤの、それが当然と思わせる態度に、女の子はつい動きを止める。何度かまばたき。それから、吐き出すように質問する。

「……軍は民間を守るのが務めではなくて?」

「そうですが、案内は無理であります」

 

 繰り返される断定。

 意味が分からないと固まる女の子へ、ミヤは言葉を続ける。

 

「人類は絶滅したであります。ここにいるのは、起床ラッパ係のロボット、個体名称『ミヤ』のみです」

 ミヤは言う。

 

「最後の人類を確認したのは、今から150年前。以降、この星にはロボットしか残っていないであります。残念ながら、そのロボットも稼働限界を迎えています」

 少し悲しそうに、ミヤは言う。

「貴方がどういう型式か分かりませんが、貴方に命令をする人間はいません。申し訳ないであります、美人なロボットさん」

 

 海辺にいる2つのロボットは、互いを見つめて動かない。

 10は波の音が聞こえてから、ようやく女の子は声を発した。

「……嘘」

「本当であります。通信回線が何も飛んでいないでしょう。耐用年数を超えてしまったので、整備ロボットと共に停止しているであります」

「嘘よ」

「残念でありますが――」

 

「それじゃあ、ワタシは、『歌姫型』のミューズは、どうしたらいいの?」

 

 切とした声が女の子、ミューズから放たれる。それを聞き、ミヤは理解した。

 歌姫型は、人を喜ばせるロボットだ。戦争で疲弊した人類に希望を与える、その為に多くの機体が生まれ、麗しい声で歌った。

 ミヤの記憶装置にはその情報が、かつて聞いた歌声が鮮明に残っている。

 

 だがその役目は、二度と果たせない。未来永劫ありえない。

 ミューズの存在理由は、遥か昔に消えてしまったのだから。

 

「貴方の名前は、ミューズというのでありますな。それではミューズ、まずは機体の確認をするであります。保存ケースに入ってたとはいえ、長期間の未稼働は故障の原因にもなるです」

「もう、意味はないでしょう」

「役割としてはないであります。ですが、必要であります」

 

 どうして、とミューズが声を出す前に、ミヤは言う。

「初稼働でしょう? ならば、歌ってみたいと思うはずであります」

 

 ミューズの声が詰まる。演算を巡らせて理由を探す。けれど、不明。

 ようやく声が出たのは、柔らかく微笑むミヤを見てから。

 

「アナタ、どうして感情プログラムをもっているの。軍用なら不必要じゃ」

「あ、失礼したであります。起床ラッパ係というのは、戦争の頃に管理者(マスター)から命じられた仕事でありますな」

 

 こほん、と咳払い。ロボットには不要な動作を挟み、機械には無い笑みでミヤは喋りだす。

「自分は『メンタルヘルス型』であります。戦地専用で作られました」

 

 思い出すように、感情を持つロボットは語りだす。

「精神的に困窮した兵士の方を癒やすのが自分の主任務であります。もっとも、今は不可能なので起床ラッパのみ行っている状況でありますが」

 ミューズと似たようなものであります、とミヤは苦笑。

 

「や、ミューズの方が大変でありますな。歌姫型は心を込めて歌うために感情を搭載しているでしょう。失礼したであります」

「――アナタ、……いえ、ごめんなさい。ワタシの言い過ぎだったわ。こちらこそ、酷い言い方をしてしまって、本当にごめんなさい」

「問題ないでありますよ。ロボット同士、仲良くするであります!」

 

 にへへと言いながらミヤは笑う。まるで人間のように、無機物の冷たさを微塵も感じさせずに。

 そしてミューズも、本来は不必要な呼吸を一度、大きく行う。吸って、吐いて、その動作に意味を見出す。

 

「……そうね、生まれた理由は失われてしまったけれど、歌わずに停止を待つのは歌姫型の誇りが傷つくわ。――ワタシの最初で最後のお客様になってくれるかしら?」

 

 目覚めた時の無機物(ロボット)らしい冷たさと一転、柔和な微笑みだった。細くしなやかな腕を伸ばし、ミューズは手を差し出す。

 舞踏会へ誘うような姿に、ミヤの肩が大きく跳ねる。それから、おずおずと手を重ねた。

 

「じ、自分なんかで良いでありますか?」

「ロボットとして大先輩でしょう。それに、感情を持つアナタだからこそ、よ」

「それじゃあ、えへへ。お言葉に甘えてその大役、任されるであります!」

 

 自ら軍用と名乗りつつ、歯を見せて笑うミヤにミューズは苦笑する。ロボットらしくない、と言えば、自分の事も指しているようで口には出来なかったが。

 その心の中を隠すように、ミューズは空いた手を自身の胸に当てて目を瞑る。

 

「少し待って頂戴。自己診断プログラムで機体の確認をするわ」

 沈黙の時間はロボットにとって不快とならない。しかし早く早くと、歌姫はコード実行のパーセンテージを数える。

 処理は数分で終わった。ゆっくりとミューズは目を開く。

 

「……確認終了。アナタの言ったとおり、長期の未稼働が原因での破損があるわ」

 優しい声色で、言葉を続ける。

「破損は2箇所。1つは声帯部品で、普通に話すなら問題ないけれど、歌ったら――」

 雰囲気が変わる。ミューズは大きく口を開け、その声を発する。

 

 出たのは、捩じ切れた金属が騒いだような不快音だった。

 歌姫型の声帯は、通常のロボットが使用する簡素なスピーカーではない。人間のそれを模倣し、人工で作られた、人への移植すら可能な逸品である。

 未稼働でも、100年以上の耐久は想定していない。通常の声が出ていることすら奇跡だった。

 

 ミヤの表情が、常に笑みを携えるその顔が曇る。そこへ、ミューズは言う。

「もう1つはバッテリーよ。再充電は不可。残り時間はあと1日ってところね」

 くしゃりとミューズは笑う。喜びではなく、諦めで。

 残念だけど――、そう声にする、直前。ミヤは手を強く握る。

 

「修復してみるであります。可能性はあるはずです」

 真っ直ぐな瞳が向けられる。射抜くような、引き込むような目で。

 それでも、ミューズは首を横に振るしかない。自身をよく理解している故に。

 

「それは、無理、よ。ワタシは一般型と違って、特殊な部品が多いの。声帯は人に移植も出来る人工部品。バッテリーも戦地に行く可能性を考慮して、鹵獲されても再利用を防ぐのに独自規格の物を使っているわ」

 

 至高となるべく生まれた、その弊害。歌姫型は特別だからこそ、替えられない。

 だから、と。歌を歌うためのロボットは、伸ばした手を戻そうとする。

 そしてミヤは、それを拒否した。

 

「可能性はあります。感情ではなく、演算回路を持つロボットとして、それがゼロではないと言えるであります」

 幼さのある声、だが芯のある、心の込もった声音だった。

「自分を信じてほしいであります」

 

「……ロボットがロボットに、信じてほしいって言わないわよ。変な物ね」

「そ、それをミューズが言うでありますか!?」

「言うわよ。ロボットだもの。でも、そうね」

 

 苦笑した風にミューズは言い、握られた手を握り返す。

「ワタシたちに偶然や希望、嘘は無い。事実とその物だけが、ここにある。案内してもらえるかしら? アナタの可能性に」

 

 瞬間、ミヤの笑顔が弾ける。造られた物(ドライフラワー)ではない、生花の如き笑みで。

「案内するであります! 自分の、みんなの家に!」

 走り出したミヤに合わせ、ミューズも浜辺を駆ける。

 戦地用にヒールではなくシューズで良かった、と回路の中で思ったのは内緒だ。

 

 

 

 ミューズが案内されたのは巨大な倉庫だった。人間の為の建物に併設された、物専用の置き場。外観からは、そうとしか判断できない様相だ。

 赤錆と汚れで動きの悪い引き戸を器用に開け、ミヤは内部へとミューズを招く。

 

「軍施設の方は使わないのね。不便ではないの?」

 先程に通り過ぎた、寂れているが質実な建造物を思い出しながらミューズはミヤに問いかける。

 ミヤは照明を点けつつ答えた。

「自分たちは物でありますから。それに、住めば都というのは本当でありますよ」

 

 軽い明滅をしてから天井の明かりが灯る。

 照らされた中の様子をミューズの視覚センサーはつぶさに捉え、直後に下した感想は『おもちゃ箱』だった。

 

「とても、そう個性的、ね」

 感情プログラムによる優しさ(オブラート)を利用してミューズが言うと、ミヤは照れ笑いした。

「えへへ、良い所でありましょう。自分の他に3体ほど感情持ちがいたので、みんなで好きに飾ったであります」

 

 壁紙が無彩色なのにビビットカラーの家具が配置されていたり、工具や重機を逆に埋め尽くす量のファンシーなぬいぐるみがあったり。異様過ぎる光景だった。

 人の制御を失ったロボットの末路を垣間見た気がする。ミューズは目を細めたが、ミヤに連れられて入った倉庫の奥を見てその考えは途絶した。

 

「アナタの仲間、なのね」

「そうであります。みんな、根幹部分が修理不可能で止まってしまいました」

 

 横たわるロボットがあった。人型も、特化型のアームや円柱の物も含めて大量に。

 全ては、かつて施設で動いていたミヤの仲間、同僚だった。けれど破損し、部品を失い、ミヤを除いて停止した。

 

 ロボットの停止は人の死とは違う。だが、どうしてもミューズには、目の前の場景が墓場としか判断できない。

 

「こういう時、物であるワタシはどうすればいいのか、分からないわね。人だったら拝んだり、お悔やみを申すのが礼儀でしょうけど」

「確かに自分も困ったでありますな。環境的に埋めるのも危険と思いましたし」

「あのね、そういう意味じゃないんだけど。本当にメンタルヘルス型?」

 

 じっとりとした視線を受け、ミヤは「えっ」と声を上げるが、わざとらしく咳をして誤魔化し、話を始めた。

「それでは、修理をするであります! ミューズもこっちに来てください!」

 

 ちょいちょいと手で招き、ミューズをそばに寄らせる。そうしてからミヤは明瞭にこんな事を言った。

「手前のこの方と、そっちの短髪の方、奥にあるピンクの長髪の方がミューズと似たような声帯部品を備えているであります。良い部品を選んで欲しいでありますな」

 

 あまりにも当然とした言い様に、ミューズはついミヤを見る。

「仲間の方を使うの? 予備パーツではなくて?」

 それに、ミヤはうんと頷く。

 

「俗に言うニコイチであります。予備の物はずっと昔に使い尽くしました。停止したロボットのパーツを使い、動ける物を補う。そうして自分たちは稼働し、最後に残った自分は、みんなと一緒に動いているであります」

 

 そう言われ、ミューズは自己の想定がズレていたのに気づいた。

 本来なら、まだ人類が生存していた時代に起動し、それを前提として事前の演算を行っていた。だが、目を開けた瞬間から前提は覆された。物は、人に頼れないと。

 

 よく見れば、横たわっているロボットたちはチグハグな物が多かった。大きさの合わない手足や、用途が違う同士の組み合わせ。本当になんでもありだ。

 感情を持つミヤは、一体どれほどの思考を巡らせたのか。ミューズには予測もつかない。

 

 それでも、だからこそ、ミューズはミヤにこう返した。

「ありがとう。頑張って探してみるわ」

 視線を前へ、沢山のミヤの仲間の方へ。思いを繋げるためにミューズは前を向く。

 

 ミヤはそれを嬉しそうに見つめ、ラッパをぎゅっと抱えながら言った。

「こちらこそであります。あと、バッテリーは難しいですよね?」

「そうね、方式が全然違うから。別の動力を繋げるのもありだけど、電源系統の混雑は何が起こるか分からないし最後の手段ね」

「確かに、でありますな。それでは、自分も探すの手伝うであります! 工作型ではありませんが、ちょっとは覚えたでありますな!」

 

 昼過ぎまでかかって、見つけ出したのは1つの部品。肺と喉に相当する部分だ。

 場所を移し、今度は精密機械が並べられた一角で2人は話す。

 

「修理は部品の取り替えのみであります。一応聞くでありますが、作業中に停止してバッテリーの消費を防ぐのは可能でありましょうか?」

「……無理ね。常に放電状態に近いから、停止しても消費は変わらないわ」

「了解であります。では、明朝までに終わらせましょう!」

 

 ふんすと右腕に力こぶを作る動きをして、ミヤは工具を掲げた。

 その様子を見ながらミューズは作業台の上に横たわり、片目をウインクして茶目っ気混じりで言う。

 

「間に合わなくて停止したら、化けて出ちゃうかも」

 それに、キョトンとした顔でミヤは答える。

「科学的ではありませんが、出てくれるなら寂しくなくて嬉しいでありますな」

 

 真面目に返されてしまい、手を振り首を振り、ミューズは慌てて訂正する。

「冗談だって! アナタが言うと洒落にならなくなるでしょう!」

「へへへ、自分こそ冗談であります。ロボットはお化けを見ませんから」

 

 でも、と続けてミヤは言う。

「ミューズの腕を自分のと交換すればずっと一緒でありますな。キレイな長い腕、魅力的であります」

「本当に、アナタが言うのは怖いんだけれど!? ロボットよね!?」

 

 両者笑いながら、作業の準備は着々と進む。ミューズはプログラムの停止とバッテリーの調整を、ミヤは部品と工具の選定をと。

 そして、ミューズの修理は始まった。

 

 

 

 

 長い銀のまつ毛が揺れる。瞼の筋肉を確認するように、ふるりと震え、目が開く。

 視覚センサーが光を捉え、焦点を速やかに合わせる。

 すると、映ったのはミヤの顔だった。覗き込んでいるらしく、彼女の顔がミューズの視界全体に映る。

 

 起動して安心したのか、ミヤはそそくさと離れ、何かを持って戻ってくる。その間にミューズは自己診断のプログラムを走らせた。

 バッテリー以外の問題は無かった。純正品外の相性問題が無いようで胸を撫で下ろし、視線をミヤへと移す。

 

 彼女の手には時計があった。24時間表記の物で、時刻は朝の5時34分。ギリギリではあるが、間に合ったようだった。

「ああ良かった――え?」

 ミューズは声を漏らし、驚く。

 

 声が出せたからではない。元から声は出ていたのだから。

 声が変わったから、でもない。別の部品を使ったの都合、それは織り込み済みだ。

 

「いやー、えへへ。これしか無かったでありますな」

 その声は、ミューズであった。

 ミヤの声がミューズであり、ミューズは、ミヤの声を出していた。

 

「アナタ、自分の部品とワタシを交換したの?」

「……見つけた部品、破損してたでありますな。でもミューズの内部構造を見て確信したであります。自分の物と似た部品だって」

 

 ミヤは喉と胸に手を当てて言う。

「自分はメンタルヘルス型。人に寄り添うロボットであります。なので人に優しく聞こえるよう、ミューズに似た構造なのです。自分がラッパを吹けるのも、息が吐けるからでありますよ」

 

 どうして気づかなかったのか。ミューズは自身の演算不足を悔やんだ。

 同時に、気づいたとてどうすれば良いか、感情プログラムは判断を下せなかった。

 

「大切に、するわ。アナタの、繋いでくれた声を」

 出せたのは、そんな言葉だけだった。

 幼い声色。けれど張りのある、艷やかな声音で。

 

「行きましょうミューズ。そろそろ夜が明ける時刻であります」

 氷のような、しかし丸みのある声が呼びかけ、2人は外へ出る。

 薄暗闇の中、ラッパ吹きと歌姫は砂浜へと歩を進めた。

 

 着いたのは銀色の箱が鎮座するちょうどその横。それ以外に相応しい舞台はないとミューズが決めたのだ。

 海風でドレスをはためかせ、太陽が昇る先へと視線を向ける。髪が風に梳かれ広がってしまうが、その姿すら、歌姫の美しさが映える一因となった。

 

「アナタにとっては大昔の歌になってしまうけれど、いいかしら?」

「懐メロというやつでありますな。自分はミューズの好きな歌がいいであります!」

「ふふ、おまかせね。なら、この歌はどうかしら」

 

 静かに深呼吸。胸の少し上に手を置き、ミューズはミヤを見つめて言う。

「歌姫ミューズ、アナタの為にこの歌を贈りましょう。毎朝を水平線と共に迎える、そんなミヤへ。ワタシの歌、聞いて頂戴ね」

 

 ゆったりとミューズは歌い始める。

 ミヤの声で、ミューズの心で、歌が生まれる。

 

 ずっと昔の流行歌だった。優しい気持ちが綴られた、少し寂しい歌詞の。

 けれど、ミューズが唄ったそれは、嬉しさと喜びに満ちた歌。歌を歌えたロボットによる、たった1日の出会いと、心を持ったロボットへの感謝の歌。

 

 5分ほどの曲。しかしミヤには、ミューズには、それ以上の時間に思えた。

 計測される秒針を超えた何かが、夜明け前の浜辺には、確かにあった。

 

「――――。どうだったかしら、変じゃなかった?」

 歌い終えたミューズがちらりとミヤを見る。すると、ミヤはブンブンと首のモーターが折れんばかりの頷きをした。

 

「すごかったであります! 自分の声とは思えない美しさでありました!」

 ラッパを抱えながら精一杯の拍手をするミヤを見て、ミューズはほっと息をつく。歌姫型の機能を発揮できたから、ではなく。幸せな拍手を受けられたから。

 

「じゃあ、そろそろね。バッテリー、電圧が限界みたい」

 カクンと膝を曲げ、銀の箱の縁にミューズは腰を下ろす。直立の負荷に耐えきれないからだと、判断する必要は無かった。

 

「ミューズのことは、大切にみんなと一緒に保管するであります。だから、ゆっくり休んで大丈夫でありますな」

「そう、それなら、よかった」

 倒れる前に、ミューズは銀の箱へと入った。目覚める前と同じ姿で、違う中身で。

 

「ああ、そういえば、ひとつお願いがあるんだけれど」

 瞳を閉じながらミューズは言う。

「ミヤの仕事、ラッパを聞かせてもらえる? いつか、起きた時に、また聞いてわかるように。覚えておくわ」

 

「了解、であります。ミューズの為の起床ラッパ、吹かせていただくであります」

 簡素な作りの、鈍く金に輝くラッパを口元に当てる。海の彼方から陽の欠片が現れて、ラッパは光り輝いた。

 

 ペっペぽっペ、ペっペぽっペ、ペっペぽっペ、ぽぽぽー。

 ペっペぽっペ、ペっペぽっペ、ぽっぽペペ、ぽぽぽー。

 

「なんだか、ずいぶん、ミヤっぽい音色ね」

 少し笑いを含めた声でミューズは言う。

「むぅ、今までで一番うまく吹けたはずでありますよ!」

 それを聞いたミヤは頬を膨らませ、しゃがみ込んで歌姫を見た。

 

「この音、覚えたでありますか?」

「ええ。起こすとき、吹いてね、ミヤ」

「はいであります。おやすみなさい、ミューズ」

「おやすみ、なさい――」

 

 ミューズは停止した。残されたミヤは、すぐに立ち上がる。

 数え切れない別れの、その1つだ。だから、ミヤは行動を止めない。ロボットだから、みんなと繋いできた、自分だから。

 

「ミューズと一緒に、自分は動くであります。大丈夫、また会えるであります」

 まずはミューズを運ぶであります! そう言いながら、ミヤは倉庫へと戻る。

 

 その日はきっと、記録には存在しない日だ。

 記したとて、読み手は存在せず、雑音と変わりない。

 

 ミヤはラッパを吹き続ける。明日も、その次の日も。

 起床ラッパを、自分の存在を高らかに。

 目覚めのラッパは叫び続ける。




メモ書き

海辺でラッパを吹くロボット(R2-D2にラッパをくっ付けた風)が思い浮かんだので主人公に採用。
短く纏められなかったから、次回は簡潔にしたい。
ラッパの『ぺ』の音。最初はひらがなだが、最後はカタカナ。ほんとに上手かったらしい。
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