ミリしら音楽で短編小説を   作:月下ミト

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奥田民生 - さすらい

 

 

「住所不定無職です。働かせてください」

 久しぶりの連休、その初日の朝。開口一番とはこの事か、家のドアを開けた瞬間にその言葉は飛びかかってきた。

「あーーー、は?」

 寝起きの脳みそが動かない。起きていても理解できるかは不明だが、なんだこの状況は。

 

 目の前にいるのは少女。黒いワンピースを着て、すらりと伸びる腕は病的なまでに白い。顔立ちに特徴はないが、パッツンに切りそろえられた前髪が印象的だった。

 そんな少女は、何度も瞬きをする俺をじっと見つめ、繰り返す。

「働かせてください。メイドの押し売りです」

「そんな宣伝文句があるか! あと買ってたまるか犯罪だぞ!」

 

 思ったより強く出た声だったが、少女は驚きもせず首をかしげる。それから、ああ、と呟くと無表情のままにこう言った。

「安心してください。成人してます。身分証明書はありません」

「犯罪臭しかしねえ!? 警察犬じゃなくても嗅ぎ取れるぞこの危険は!」

「そんなご主人さま。自分を犬とするなど過激です」

「犬でも主人でもねえええええええええ!!」

 

 何なんだ、一体俺は何と遭遇してしまったんだ。眉間を押さえて考えを巡らせるが、その間もゴソゴソと音が途切れず――え、なにその音。

「待て待て。どうして家に入ろうとしてるんだお前は」

「あ。お代は後払いで結構です。よいしょっと」

 

 何処に持っていたのか、唐草模様の風呂敷包みを床に下ろし、俺の脇をくぐって侵入しようとする。思わず腕で進行方向を止めるが、少女は俺を見遣って言った。

「お代の後払いですが。私が叫んで警察を呼び。性犯罪者としての慰謝料でも良いですよ」

「よし、話を聞こうじゃないか」

 どうして俺は出社の目覚まし通りに起きてしまったのか。暫くはタイマー音がトラウマになりそうだ。

 

 

 

「で、自分探しの旅をしてると。そういう訳か」

「はい。何となく自分の存在理由を知りたくなりまして。無一文で旅をしています」

 テーブルを挟んで向かい合い、少女の話を一通り聞いてみた。結果、彼女は自分探しをしているらしい。正真正銘の住所不定無職であった。

 

 話が長くなったのでペットボトルのお茶を出してみれば、少女は上品にそれを飲む。所作は名家のお嬢様のようだが、一口飲んだあと「粗茶ですね」の一言が出るあたり気のせいだ。

「ご主人さま。働かせてください」

「その呼び方は働くの確定してるんだよ。……まあ、明日までならいい。この連休は出かける用事がないからな、見張ってられるし」

 

 流石に他人を置いて家を空けるのは無理だ。休みの間だけなら、と念押しすると、少女は口に手を当てる。

「その。監禁趣味はちょっと」

「今すぐ追い出すぞ警察なんか知るか!」

「冗談です。どうぞ短い間ですが宜しくお願い致します。ご主人さま」

 

 表情を動かさずに笑うと、少女は三指をついて優雅なお辞儀をする。

 改めて俺は、綺麗な女の子だなと思った。一目で分かる美しさというより、内から溢れる麗美な雰囲気が、彼女をそう思わせる。

 

「それでは部屋の片付けから始めます。ご主人さまは一人暮らしですね。伴侶がいればこうはなりませんから」

「一言どころか二言多い! あー、やってくれるなら、頼むよ。仕事続きでろくに掃除してないからさ」

「かしこまりました。性犯罪になる物は隠していただけると幸いです」

「性に確定させるな、そしてちょっと待て後ろ向いて30数えてくれ」

 

 少女は可愛らしく手で目を覆ったが、それには反応せず急いでベッド下と押入れ下段と、そうだ布団の下にもアレが……とブツを回収して高度な隠蔽を図る。

 作戦は成功したが、ゆっくりと30数えた少女の、再度開かれた瞳の色を俺は忘れられない。

 

 

 

 恐ろしいことに、と言うべきか。少女は真っ当なメイドだった。

 今日は連休の2日目で、その昼。俺はテーブルに肘をついてボーッとしているが、少女は手際よく昼食を作っている。小気味良い包丁の音が狭いワンルームを彩っていた。

 

 少し周りを見れば、彼女の有能さは分かる。独身男性らしい雑然として隅にゴミの溜まっていそうな部屋が、小綺麗に整頓されていた。この部屋ってこんな広かったっけと、つい言ってしまったほどに。

 

 住所不定無職と言っていたが、まさか本当に流しのメイドでもやっているのではないかと、そう錯覚してしまうほど、少女は完璧だった。

「ご主人さま。ジロジロと見るのもセクハラですよ」

 冷ややかな視線が送られる。同時に、その手には温かな料理。

 

「どうぞ。夕餉はカレーなので。和風の麺にしました」

「キノコのパスタか、いいね。ちなみにどうして晩飯はカレー確定?」

「作り置きできますから。家の鍋全てに入れておきます。どうぞ召し上がってください」

「優しいが一週間はカレーしか食えないなそれは!」

「出来合いや即席麺よりましです」

 

 それは……そうか? 野菜も取れるし、バランスは悪くないが、言いくるめられた気がする。

 向かい合ってパスタを食べ、皿の片付けまで終えると少女は言う。

「それでは最後に大きな片付けを。押入れの中は随分と宝物が多いようで」

「押し入れは、そりゃなあ。引っ越しそのままな物も多いし」

 

 何度か引っ越しをしたが、その度に開けない段ボールというのは存在する。用途が狭い物品や、用事のない思い出が詰まった箱が。

「良い機会です。片付けましょう」

「確かにな。よし、じゃあやってみるか」

 掃除は気乗りがしない。普段ならゴミ出しも億劫だ。けれど不思議と、この少女と共になら苦ではないような、そんな気がした。

 

「ゴミです。これもゴミ。こっちは箱ごと捨てましょう。ご主人さまは随分と物を大切にする性分なのですね。素晴らしいと思います」

「ごめん、なんかもうゴメン」

 開始数分、少女の口からはゴミの発音が止まらない。

 

 ポイポイと袋に分別されていく物品達。華麗な手際に見とれているとジロリと睨まれたので、慌てて袋を縛って玄関に置きに行く。

 3つほど袋を置いて部屋に戻ると、少女は動きを止めていた。じっと俯き、何かを見ている。

 

「なにかあった、……ああ。それか」

 少女が見ているのは紙束、漫画の原稿用紙だ。製本された物ではない、B4サイズの生原稿。

「ご主人さま。これは如何されますか。残しておくべきでしょうか」

「それ、は。だな」

 

 言葉に詰まる。漫画は昔の夢だった。就職してからも暫くは描いていたが、今は押入れの奥に仕舞われた存在。過去の夢だ。

 どうすれば良いか分からず、隠すように遠ざけていた。

 浮き上がったそれに対し、俺は。

 

「どうしたら、良いと思う?」

 少女に聞いた。自分には何度も問い、出なかった答えを求めた。

 臆病な逃げ道だと知っている。けれど、彼女なら導き出せる気がしている。

 取捨選択を。夢と願いの、取り扱いを。

 

「捨てましょう。ご主人さま。先程から見ていないではありませんか。私の手元を」

 言われて、ハッとする。俺は床を見ていた。少女の顔も、その手元にある漫画すら視界に入れていない。結論だけを求めていた。

 

「故に捨てます。これはご主人さまを縛るゴミです」

 紙束の一番上、表紙のページを手に取り、少女は破いた。

 漫画の束は無事だ。それでも、全てが切り裂かれたように思えた。

 

 思いもよらぬ掃除だが、気分が軽くなっただろうか。ふと息を吐きつつ思っていると、少女は近くにあった半開きの箱を大事に閉じた。

「道具は残します。これは残すべきと判断します」

 その段ボール箱には見覚えがあった。画材を入れていたものだ。幾度の引っ越しの度に、そのままの形で運び、今はボロボロとなっている段ボール箱。

 

「……捨てていいだろ、なんで捨てないんだ」

 汚い言葉が、俺の口から漏れる。自分で、自身の事すら決められない、矮小な言葉が。

 酷いことを言ってしまった。それを省みるより早く、少女は口を開く。

 

「人生はさすらうもの。様々な道程があるでしょう。古い靴では役不足なこともあります」

 けれども、と少女は言う。

「まだ歩ける足を捨てるのは。私はさすらいと呼ばないと思います」

 はっきりと告げられる。

 その声は、不思議と胸にすとんと、心地よい重みを感じさせた。

 

 

 

「それではご主人さま。短い間でしたがお世話になりました」

 明くる日、平日。俺の出社と同時に少女は玄関を出る。出会った時と同じ黒のワンピースで、唐草模様の風呂敷を手に持っている。

 俺の手にはビジネスバッグと、紙束の入った燃えるゴミの袋。ペンやインクは入っていない。

 

「俺こそ、色々と世話になった。それと後払いだろ、お代。少ないけどこれ」

 昨晩忘れないよう封筒に入れておいたお金を少女に手渡す。財布に入っていた札を全部突っ込んだので、良いものを食べられる程度はあるはずだ。

 

「忘れていなくて安心しました。警察を呼ぶ必要は無くなりましたね」

「冗談でも慰謝料沙汰にはさせねえからな!? っつか、あー、なんだ。なんて言えば良いのか」

 きっとこれが今生の別れだろう。妙な出会いだったが、惜しんでしまう別れだ。

 

「そうですね。普通に手を振って別れれば良いでしょう。微妙な別れ方でもそのうち思い出が美化してくれます」

「一言余計だけどな! でも、それでいいか。なんかお前らしい、あ」

 

 そうだ。そういえば、何故俺は疑問を持たなかったのか。

 別れというなら、記憶に刻みたい。その思い出のタイトルを。

「名前、聞いてもいいか。ごめん、聞くタイミングが無かった」

「それはそうでしょう。名乗りませんでしたから」

 

 それでは、と少女が言う。改めて、口を開く。

「私はさすらいの座敷わらし。どうかお元気で。ご主人さま」

 軽く手を振りくるりと反転、少女は歩き出す。カンコンと階段を降りていく。

 

「座敷わらしって、まあ前髪はパッツンだったけど」

 家に幸福を呼ぶ妖怪の類だったか。勝手にやってきて去るのは伝承の通りとは思えないが、しかし彼女を追いかける気は全く無い。

「とりあえず、俺も会社にさすらいますかね」

 

 今日はちょっとだけ早めの時間だ。適当にぶらつく余裕もある。

 少女は、座敷わらしは次の家へ、街へと旅立ったのだろう。なら俺は、ビルの隙間をさすらってみよう。

 案外身近に、自分の大切なものは転がっているかもしれない。

 遠くへ行かなくとも、どうせ人生はさすらいなのだから。




メモ書き

・普通にさすらう人を書いたけど無難すぎたのでボツ。さすらう人を見る側にしてみた。
・執筆は6時間。ボツにした分の1.5時間とネタ考えの1時間を短縮すれば、もっと気楽に書けそう。
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