いずれ至る未成   作:てんぞー

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第弐話

 ―――本来であれば潜水艦を除いた艦娘は絶対に水の下には潜らない。

 

 それはシンプルに艦娘の持っている武器、弾薬の類が濡れて使い物にならなくなってしまう場合があるからだ。海面を滑っているのであれば力場の様なもので濡れるのを防げる。だが海中に潜ったとなると流石に防ぎきれなくなる。故に潜水艦以外の艦娘は海中へと潜らないし、濡れる事を嫌う。魚雷の様に防水加工の施されたものでもなければ戦うことができなくなる、というのは艦娘にとっては大打撃となるからだ。

 

 ―――それが艦装を持たぬ”土佐”へと適応されるかどうかはまた別の話となる。

 

 月と星々だけが辺りを照らす夜の暗闇の中で、艤装の機能をほぼカットした”土佐”は海面から頭だけを覗かせるような恰好で進んでいた。艤装には艦娘を浮かせるほかには水を弾いたり、そして被弾の際に艦娘の体を守る機能がついている。それを切るというのはつまり、防具を捨て去っているのにも等しい行為となる。だがそれを考慮しても、水中を移動するというのは潜水艦以外には察知され難くなる最良の状態になる。―――駄目になる艦装を持たぬ”土佐”だからこそ、取れる戦術だ。

 

 そうやって、”土佐”は既に排除すべき獲物に狙いを定めていた。昼の間に最後の電探を使って見つけ、そして鎮守府を探す際に障害になるであろうとあたりを付けておいた、孤島近海の深海棲艦。それをどこかで排除しなければ絶対に、どこかで索敵に引っかかって捕まる。射方がいない環境で敵に捕まれば間違いなく沈められる。中破状態で何時までも戦い続けられるわけがない。それを”土佐”は理解していた。故に手段は選ばず、本能のままに、なるべく自分に被害を生まない様に、汚く。

 

 夜、一部の敵が無能と化すその時間帯にのみ進み、戦闘を行う。

 

 一番厄介な深海棲艦側の飛行艦隊を夜の間であればノーコストで無力化できる。その事実を利用しない手は存在しなかった。事実、それを考慮せずに昼間の移動のせいで”土佐”は小破を無視した一撃中破の状態へと叩き込まれてしまっている。故に海面から顔だけを出す状態で、視界でギリギリ捉えられる距離に”土佐”は隠れていた。僅かな光しか存在しない夜の海、それでも敵の姿を的確に捉えられるのは艦娘、という超人的な存在から来る機能の一つに過ぎない。

 

 そうやって、しっかりと数、形を把握できる距離で”土佐”は相手を観察する。海の上に存在するのは三つの姿だ。一つ目は巨大な帽子の様なものを被る、少女の様な存在。二つ目は目が青く輝き、燃えている存在。三体目は二つ目と同じ姿をしている。その姿と妖精が伝えてくれた知識から”土佐”は素早く敵が何であるかを分析する。”土佐”の予想が正しければ、相手は空母ヲ級、そして重巡リ級という敵になる。

 

 ヲ級は爆撃等を行える、空母の機能を持った深海棲艦。昼間であれば索敵、空爆、制空権の確保と、対空砲でも持っていなければ厄介極まりない相手となる。妖精の言葉によれば艦娘側にも空母は存在する。相手が出してくるように此方も空戦を仕掛けて相手の艦載機を潰せばいいが―――もちろん、そんな事を”土佐”が出来る筈がない。幸いなのがそれが昼間限定という事にある。夜の間は空母は艦載機を飛ばせない為、完全な無能となり果てる。

 

 問題は重巡リ級の方になる。

 

 重巡は戦艦ほどではないが装甲が厚く、そして火力が高い。昼、そして夜でも凶悪な火力を発揮してくるのが重巡という存在になっている。それが二体、”土佐”の視線の先に存在している。間違いなく敵を倒すうえでの優先度はヲ級よりもリ級の方が上になっている。だがここで留意しなくてはならないのは、

 

 ……此方は一人で相手は三人。ヲ級が夜には無力化出来ているとしても、夜に動けるリ級が二人も残ってやがる。ヲ級を無視してリ級を倒した場合、残る敵はリ級とヲ級だけになる。だけどリ級を潰している間にまた別のリ級が俺を襲う事だってできる。だとしたら本当にリ級を潰す事が最善手なのか? ……考えろよ”土佐”、どうやって生き残るかを。

 

 ”土佐”の予想では奇襲で確実に一体を沈める事が出来る、一撃で敵を倒すという確信がある。それ故にリ級を沈めた次の瞬間、残ったリ級が襲い掛かって来るだろうと”土佐”は判断する。その場合、攻撃を叩き込んだ隙から攻撃を回避する事は困難だと判断する。それは”土佐”の判断ではなく、土佐の方からの忠告だ。”土佐”の脳内で依然、変わることなく土佐は戦場と敵の死を求めている。だが”土佐”が迂闊な事をしようとすれば、土佐が恐れる。故にそれをセンサー代わりに”土佐”は判断している、この策は通るか、この判断は正しいかどうかを。

 

「……駄目か」

 

 ……土佐さんが怖がってるからなしだな。

 

 実際”土佐”が一体リ級を倒したとして、まともに補給を行っていない体で攻撃を回避できるか、と言われてしまえば難しいとしか”土佐”に応える事は出来ない。土佐の体は戦艦である為か、もしくはそれが特徴なのか、非常に筋力が強い。それこそそのまま素手で相手の体を突き破れる程に、鋼鉄を握力で変形させられるほどに。だから奇襲という状況であれば間違いなく一撃で敵を屠れると”土佐”は信じている。だがまともな戦闘に入れば継続的に戦い続けるのは中破し、燃料が不足している状態ではキツイ、キツすぎる。つまり、

 

 一度に二体沈める必要がある、な。

 

 リ級を同時に沈めれば残るのはヲ級だけになる。ヲ級の主な攻撃手段は艦載機による攻撃であり、近接戦はほぼできない上に夜では艦載機を飛ばす事は出来ない。だからリ級を沈めた瞬間勝利が確定する。だがそれだけではなく、”土佐”は目標としてなるべく燃料や鋼材、装備の類を深海棲艦から奪っておきたいとも考えている。そうでもなければ次に他の深海棲艦と接敵した場合、戦う手段が”土佐”には存在しない。

 

 普段は艤装を切って燃料を節約しているとはいえ、それでも限界はある。

 

 土佐の体を持ってしまった”土佐”は普通の人間が食べる様な物を食べて味を理解しても、それでも腹が膨れる様な事はない。艦娘の体が求める資源は燃料の類だ。

 

 深海棲艦の体は艦娘を動かすのと同じ資源で動かされている。

 

 つまり綺麗に相手を殺せば、相手の体から資源を獲得できるという事だ。

 

 ”土佐”は思考する。今持っている武装で何を出来るのかを。そして相手を観察し、相手の状態を確認する。ヲ級のダメージは少なく見えるが、”土佐”の目にはリ級の姿が傷ついている様に見えた―――少なくとも中破レベルにまでリ級は二体とも弱まっている。小破までだったら怪しい所だが、中破レベルであれば確実に沈められると確信し、そして”土佐”が口を開く。

 

「なあ、妖精さん。武蔵……だっけ? のあの弾丸っぽいアレ。アレって全力で叩きつけるとどうなる?」

 

 ”土佐”の声に反応する様に髪の中から妖精は姿を現しながら答える。

 

「さくれつだんですなー。じょーやくできんしされてますがしんかいせーかん相手だとおっけーです。めりこんだらばくはつしてどっかーん、とものすごいえげつないやつですわー。こわいですわー。”とさ”さんならうみにたたきつけてばこーんしますよ?」

 

「炸裂弾……俺の筋力でも十分……うし、大体案が出来上がったな」

 

「おぉ、さすが”とさ”さんです。じゃあようせいさんはかくれてぐっどらっくいのってるです」

 

 そう言い、再び妖精は髪の中へと隠れる。だがその間にも”土佐”は頭の中で作戦を組み立てていた。武器は剣と槍と炸裂弾。おそらく炸裂弾では一体を殺しきる事しかできない。だったら、と”土佐”は口に出す事なく思考し、そしてどうするかを決める。それに対する反対の声は来ない。ただ目の前の敵へと向かって進め、滅ぼせ、蹂躙しろと、

 

 土佐がひたすら”土佐”に囁いていた。

 

「あいよ」

 

 ゆっくり、と波を立てない様に、波を立てない様に”土佐”が進む。その視線の先はヲ級と、そしてリ級を捉えている。負傷している事からおそらく昼間の間にどこかの艦隊に襲われたのかもしれない。だとしたら更に好都合だと思う。それは合流するチャンスが高くなっているという事でもあるからだ。故に”土佐”は静かに高揚しつつも海の上を揃って進む深海棲艦達を追いかける。見つからない為にもゆっくりとした進みで、完全に海面の下を進む。艦娘の身体能力は全てにおいて人間を凌駕している。息継ぎの心配をする必要なんかない。

 

 音を立てず、深海棲艦の背後へと”土佐”が回り込む。視線は撤退中なのか前方へと向かい、後ろは気にしていない―――”土佐”には都合の良い状況だった。故に上半身を海面から引き上げる。まだ深海棲艦は気づかない。だが接近すれば一瞬で気付く。このまま近づいたとしても先に見つかり、二人同時に落とす事は出来ない。

 

 三人の気を逸らす何かが、必要となる。

 

 故に胸の谷間に濡れないようにしまっておいた炸裂弾を取り出す。少しだけ、その表面が濡れている様にも”土佐”には感じる。だがそれはおそらく汗と、そして手が濡れている事だろうと思考し、音を立てぬように海面から上半身を持ち上げた”土佐”は―――全力で炸裂弾を投擲した。

 

 真直ぐ、正面をヲ級やリ級に後ろから来たと気づかせにくいように横を通した、低い位置を滑る様に放たれた投擲だった。戦艦型の艦娘の全力の投擲は一瞬で炸裂弾をトップスピードに乗せ、そして海面へと叩きつける。よって、

 

 炸裂弾は音と光を生みながら破裂する。

 

「―――!?」

 

 リ級、ヲ級の視線が素早く炸裂弾の方向へと向けられるのと同時に、破裂した炸裂弾の破片が視線を向けた深海棲艦達の正面から衝突する。正面からの衝突に怯んだ一瞬に、”土佐”の体は全力で動いていた。まともな補給がままならず、残り少なくなってきている燃料を全て艤装へと回す。瞬間的に艤装が最大出力を出し、”土佐”の全身に力をみなぎらせる。瞳は出力が上がった事から血の様に爛々と輝きを見せる。艦娘を海面の上へと押し上げ、浮かべる力場が”土佐”を弾く様に海中から叩きだす。

 

 左手に槍を、右手に剣を、体を弾丸の様に前へと叩き出し一直線に”土佐”が飛翔する。海面に沈んでいたのを一気に海面へと押し上げるその反動を利用したロケットスタート。瞬間的にトップスピードに乗った”土佐”が容赦なく両手に持っている武器を、

 

 怯んでいるリ級の胸に叩き込む。

 

『死ね。沈め。早く死ね。死ね死ね死ね』

 

「惨たらしく死ね」

 

 槍と剣が二体のリ級の胸を貫通する。だがその程度では深海棲艦は死なない。そもそもこの程度で死ぬのであれば艦娘の力など必要にされない。その構造は人体に近いが、完全に人体と同じわけではない。だが、同じ所もある。

 

 たとえば脳、神経。

 

「砕けろッ……!」

 

 ”土佐”がリ級の首を掴む。横並びのリ級の首を背後から掴む様にして、鋼鉄さえも容易く捻じ曲げる握力でリ級の首を絞める。”土佐”の手に感じるリ級の抵抗は一瞬に過ぎない。一瞬のみ、胸を刃に貫通されたリ級は怯んだ隙と、そしてダメージを受けたショックが存在し、抵抗する事は出来なく、戦艦級の力に逆らうだけの力も存在しない。

 

 故に二つの首は容易く千切れた。

 

 頭と胴の分かれたリ級の死骸を”土佐”は解放すると、返り血に染まった視線を真直ぐヲ級の方向へと向ける。海面に浮かぶリ級達の死体から既に剣は引き抜かれている。槍の方はリ級へと突き刺し抉った瞬間に折れている為、もう利用は不可能になっている。故に”土佐”は剣を片手で握り、

 

『嫌、嫌、嫌ぁ!』

 

「ぉ―――」

 

「自爆覚悟での攻撃って感じか土佐さん? させねぇけど」

 

 ヲ級の顔面へと刃を叩きつけた。ヲ級が艦載機を浮かべる前に、開いたヲ級の口の中へ刃が叩き込まれる。次の瞬間にはそれが筋力任せに横へと振るわれ、一撃でヲ級の頭を切り飛ばす。血を流しながら倒れるヲ級の姿を見てから、漸く”土佐”が長い溜息を吐く。

 

「良くやるじゃねぇか」

 

 そう言って剣を持ち上げた瞬間、剣が真っ二つに折れて先端が海の底へと沈んで行く。これももう使い物にならないな、と呟きながら”土佐”が折れた剣の残りを海へと捨てる。周りに存在するヲ級とリ級共々、その死体の状態は比較的良好だ。妖精が戦闘が終わった事から頭の上へと出現する。

 

「かんぜんしょーりってやつですな。これならこうざいとねんりょうがとれそーです。あ、でもだんやくはつかいきってるぽいぽいですっぽい?」

 

「腹が満たせるならそれに越したことは―――!」

 

 ヲ級を持ち上げて回収できそうな資源を回収しようとしたところで、”土佐”の動きが止まる。戦闘を行ったばかりで鋭敏になっている感覚は敏感に迫ってくる存在の気配と、そして音を捉える。何かが迫ってきているという事実に対して”土佐”は短く舌打ちする。おそらく炸裂弾の音と光でバレたのかもしれない。倒すのも良いがもう少し後の事を考えておけばよあった―――これは失敗だ、と。

 

「逃げられるか……?」

 

 そこまで思考したところで妖精が静かな事、そして何よりも、

 

『……』

 

「土佐さん……安心してる?」

 

 ”土佐”の脳内で戦場を求める土佐の声が、意志が響かない。何よりもそれは逆に安心するかのような色を持っている様に感じられた。故に”土佐”はようやく、此処で自分がどこまで来たのかをおぼろげながら理解した。

 

「”とさ”さんおつかれさまです」

 

「お疲れさん、妖精さん」

 

 くたびれた様な息を吐くのと同時に、満月が浮かぶ夜の海に複数の姿が生まれる。それはどれもが臨戦態勢に入っている証として武器を持っていた。それは魚雷だったり、砲だったりとする。だが重要なのは現れた彼女たちが背負っている艤装、そして装備している艦装は深海棲艦達の異形染みたものではない事だ。

 

「―――我が索敵機から逃れるとでも……うむ……?」

 

「あれ? 敵がいないっぽい?」

 

 彼女達の肌は深海棲艦と違い普通の人の色をしており、人類を守る為に戦っている。

 

「待って、あそこに艦娘がいるよ」

 

「もしかして派遣先バッティングしてた?」

 

 彼女達の事を、人類は艦娘と呼ぶ。

 

 ”土佐”は大きく手を振り上げながら声を出す。

 

「―――おーい、助けてくれー。いい加減泥の様に眠りたいんだぁー……」

 

「みっしょんこんぷりーとですな」

 

 約二週間ぶりに生きている艦娘を見かけた”土佐”は、

 

 その時点で今までの疲労を感じ、

 

 そのまま倒れるように海の中へと沈んだ。




 艦これという名のギアーズオブウォー(身内談

 そのうちチェーンソーでも出してやろうかと思ってたのになんでバレたんだ。tもあれ、セリフだけでやってきた艦を解った人は凄いなぁ、とか思いつつ”土佐”さんと土佐さんの活躍はこれからだ。

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