いずれ至る未成   作:てんぞー

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第弐拾話

 そしてまた、全員で鎮守府へと帰投する。

 

 イチヨン海域の攻略は大成功と言っていい成果だった。最初の遭遇戦を抜けばその後ヲ級へと当たったのは三回ほど、どれもヲ級は一体しか出現しない上にル級の存在はなかった。故に、それは艦娘達にとっては完全に容易い相手であった。空母の恐ろしさは開幕の爆撃に存在し、それを無力化する手段があるのであれば話は簡単だ。開幕の砲撃でヲ級を沈めてしまえば、残りの深海棲艦との戦いは今まで通りの戦いと変わりはない。砲撃し、接近し、そして雷撃戦に持ち込む。ヲ級さえ消えてしまえば今まで通りと同じ戦法が通じる為、苦労はなかった。初戦の夕立と”土佐”の被弾を抜けば残りの戦闘は全て無傷で乗り切り、そして完全な勝利を飾って鎮守府へと戻ってきた。

 

 何時もの桟橋、そこで待っているのは清十郎の姿だけではなかった。清十郎の横には服装の上から割烹着を着ている大鯨の姿が存在した。それを確認した艦娘達は桟橋へと近づいたところでいつもやる様に、海から跳躍する様に桟橋の上へと着地し、そして妖精の回収班が”土佐”の艦装を運んでゆく。

 

「第一艦隊帰投したのじゃ」

 

「うむ、任務ご苦労であった。何時も通り秘書艦は入渠後に俺の所へと報告へと来るように。なお大鯨は現状戦場に出す事も本来の運用法で運用する事はできん為、我が艦隊の食糧や台所関係を担って貰うことにした―――早い話、間宮と同じ仕事をしてもらう」

 

「マジでか!?」

 

「ひゃっほ―――!!」

 

 その言葉に艦娘達が歓喜する。鎮守府の各地に存在する間宮は艦娘達や提督たちの食糧事情をすべて任されている特殊な艦娘であり、彼女たちはそういう家事能力に秀でている。潜水母艦という役目を持つ大鯨も、間宮と同じ様な実力をそれに関しては持っている。そして基本的に少将や中将という上級階級に入る提督になってくると、軍部の方から任務や生活を円滑する為に間宮を一人配属されたりもする。その役目を今、大鯨は引き受けたのだ。

 

 まだイチヨン海域を抜けたばかりの提督では普通、こうも行きはしない。間宮と同等の家事能力を持った大鯨の着任は非常に幸運と言える事だろう。

 

「改めて皆さん、よろしくお願いしますね。今夜は腕によりをかけて美味しいカレーを作りますから。入渠が終わったら執務室へと戻って来てください。少し手狭かもしれませんが人数分の席は用意しておいたので皆で食べられますよ」

 

 そう言って笑う大鯨の姿を見た瞬間、夕立が飛び上がる、それを”土佐”が片手で捕まえ、持ち上げ、そして肩車する様に肩に乗せる。

 

「行くぞ夕立!」

 

「レッツゴー!」

 

「あ、待ってよ!」

 

 時雨が飛び付くように”土佐”のジャケットの裾を掴んだ瞬間、”土佐”が入渠ドックへと向かって一直線に駆けだす。半分飛んでいくように引きずられて行く時雨の姿を見ながら、木曾はぽつりと去って行く背中姿を眺めて呟く。

 

「……アイツ、小破してるから修理が終わるまでは入渠終わらないって解ってるのかなぁ……」

 

「たぶん解っとらんじゃろ、アレ。というか見事にノリが良いんじゃがアレ」

 

 呆れる集団をよそに、その足元では妖精達がハイタッチを決め、そして海域での戦闘記録の移譲を行っていた。まだ妖精の事を理解できていなかった頃の人間に見せれば発狂しそうなデータの移譲方法だが、これだけで妖精達には足りる。データを受け取った妖精は何処からともなく艦載機を一個呼び出し、それに乗ると受け取ったデータを運ぶ為に消え、残された妖精はやれやれ、といった雰囲気を出しながら木曾と利根に応える。

 

「”とさ”さんはもともときらくなたいぷですよ。どちらかというとやっとすのぶぶんがでてきたかんじですな。ようせいさんとしてはへんにがんばってる”とさ”さんよりは、、いまのようにばかやってわらってる”とさ”さんのほうがすきです。そしてきっと、とささんもそういう”とさ”さんのことのほうがすきです。だからきっと、いまのかんじがよいとおもいます!」

 

「ふふ、妖精さんは優しいですねー」

 

 そう言って神通はしゃがみ、妖精の腹を撫でる様にくすぐる。その言葉に妖精は笑い声尾零しながら桟橋の上に転がる。それを十数秒ほど続けると、桟橋に残っている理由もなくなり、艦娘達と清十郎が桟橋を去り始める。ただその後も妖精は桟橋の上へと一人、残り続ける。ちょこん、と桟橋の上に一人で座る様に去って行く艦娘達の姿を眺め、

 

「―――……ほんと、今の様にずっと”土佐”さんも土佐さんも笑っていられれば妖精さんも嬉しいんですけどねー。この世の中だとそうならないのが悲しいと言いますか、無常と言いますか。世界を回すシステムというやつはどーしてこーも残酷に出来ているんでしょうなー……悲しいのは嫌ですねー……」

 

 

                           ◆

 

 

 入渠には夕立と”土佐”の修理が必要であったため、いつも以上時間がかかった。その事に若干二人が憤慨しつつも、入居後は即座に執務室へと集合した。子供らしい駆逐艦とほぼ同じようなレベルの振る舞いを”土佐”は取ってはいるが、妖精の言葉通り、どちらかというと此方の方が”土佐”の素としては近い。度重なる戦闘と環境の変化、そして心を許せる戦友という存在に凝り固まっていた疑惑や悩み、そういう物が”土佐”の中で溶けはじめていた結果が形として現れていた。それを木曾達は苦笑しながら見ているが、”土佐”が明るくなる姿は好意的に受け入れられていた。

 

 そして到着する執務室にはテーブルと料理が広がっている。既に午後の演習を終えた第二艦隊の面子は入渠を前に終わらせており、自分の席を確保していた。それを見た”土佐”と夕立が笑みを浮かべ、

 

 そして卯月の両側を挟む様に座る。それを見た卯月が反射的に天井を眺めながら小さい声で漏らす。

 

「ひぎぃ……」

 

「うむうむ、仲良き事は善きかな善きかな!」

 

「提督、アレはどう見ても仲が良いって感じじゃないだろ」

 

「ネタに走っている間は大丈夫だ」

 

「なるほどなー」

 

 あっさりと言いくるめられた天龍を見て、卯月は早速絶望の表情を浮かべていた。その間にも夕立と”土佐”は両側から距離を詰め、卯月ににじり寄っていた。その光景を他の面々は苦笑しながら眺め、そして、

 

「とりゃっ」

 

 床から跳躍する姿がある。

 

 妖精だ。

 

 赤髪の妖精は何時も通り跳躍から”土佐”のサイドポニーに捕まると、それをロープの様に登り始める。そうやって数秒後には頭の頂上へと到着し、定位置を探る様に頭の上で位置の微調整を行い、そして自分の場所を見つけると満足げな息を吐きながらぐったりと、と頭の上に倒れる。それを確認した”土佐”は安心の息を吐く。実際の所、”土佐”も割と頭の上に乗っている妖精の重みは気に入っている。自分の一番の相棒が誰か、と問われれば”土佐”は間違いなく即座に妖精の存在を上げるだろう。故に頭の上の妖精の重みに安堵していると、大鯨が準備が終わった、と言う。そして執務机で座る清十郎が頷く。

 

「では諸君―――いただきますッ!!」

 

「提督、そこ無駄な迫力いらねぇよ」

 

 天龍に軽いツッコミを食らいつつも、そうやって大人数での食事が始まる。艦娘達にとって食事は娯楽だが―――提督たちの多くはこうやって艦娘達と一緒に食事をとる事を好む。軍人としての経験がこういう行動が絆を深める事へと繋がると理解している事と、何よりも艦娘達が人に近い姿を取っている事からそれが来る。故に提督たちは積極的に艦娘が集まり、共に食事をとれるような機会を用意する。その為には間宮か大鯨の協力が必須である為、そこまで回数は多くはない―――間宮も大鯨も建造がほとんど確認されない珍しい艦娘であるからだ。

 

 故にやはり、清十郎は運が良かったと評価できる。こうやって好きに出来る環境はなかなか存在しない。

 

「はーい、おかわりは十分ありますから気にせず食べてくださいね」

 

 そう言って大鯨の視線が向くのは戦艦である”土佐”と霧島の二人だった。霧島は金剛型であるが故、他の戦艦型と比べればまだマシと言える所がある。が、”土佐”は戦艦としては破格の燃費の悪さは持っている。それこそ大和型に匹敵するレベルの燃費の悪さを。補給すべき燃料を材料へと変換し、加工して作った料理を今艦娘達は食べている。間宮と大鯨、そして妖精にしか今の所できない技術ではあるが、料理の味と形をしているだけでそれは根本的には普通の補給作業と変わらない。そして戦艦とは多く補給する艦である為―――必然的に、霧島と”土佐”の食べる量は凄まじかった。

 

 艦娘達の前に並べられている料理の量は均一のものだったが、食べ始めて数分で霧島と”土佐”の皿は完全に綺麗に料理が消えていた。まだ半分も食べ終わっていない駆逐艦たちとは大違いだった。その事に大鯨は苦笑し、カレーの入った鍋を片手で持ち上げながら近くへと運び、次のご飯とカレーを”土佐”と霧島へとよそう。

 

「焦らなくてもまだまだありますからね」

 

「大丈夫大丈夫、今日はちょっと遠くまで行ったから燃料ガッツリ補給してるだけだから」

 

「そう言えば今日はイチヨン海域の攻略でしたね。先任の皆様方は本日、どんな調子でしたか?」

 

 不知火の言葉にそうだなぁ、と声を漏らすのは木曾だった。応えようと神通と利根も一旦スプーンの動きを止めるが、木曾が片目で自分が話すと視線を送る。夕立、時雨、そして”土佐”に関しては食べるのに夢中過ぎてそもそも話を聞いていなかった。

 

「ま、簡単に言うと拍子抜けってのが本音かもな」

 

 木曾のその言葉に清十郎は聞こえない様にほう、と言葉を漏らし、カレーを食べ続ける。清十郎のその言葉が聞こえなかった木曾はそのまま話を続ける。

 

「いや、ヲ級は誰もが通る最初の壁って聞いてたし、戦艦級も強敵だって理解していた。だけどイチサンでル級は倒しているし、ヲ級と同時に現れてもそこまで脅威を感じなかったっつーか……いや、まあ。そう言っちゃ駄目なんだろうな。多分開幕でヲ級を一体沈める事が出来たのが良かったんだろうな。それでヘイトが一気に土佐へと回って俺達の方が動きやすくなったんだろ。実際ヲ級の爆撃やル級の砲撃は俺達軽巡や駆逐艦が喰らえば一発で中破は確実の様な威力を持ってるからな」

 

 ”土佐”は自分の名前が出た事に顔を一度持ち上げるが、呼ばれていない事に気づき皿の上に乗っていた最後のカレーを食べ、その皿を大鯨の方へと向ける。それを受け取る大鯨の笑みは若干引きつっていた。

 

「土佐、貴様それは六回目だぞ―――ともあれ、解っているのであればそれで良い。実際の所鎮守府近海の海域は戦艦級と空母級の艦娘を手に入れていない事を前提とした難易度になっている。俺の様な新任提督となると建造を回す事は一つのリスクとなる。手に入れられる資源は少なく、そして貯蓄できる量も少ない。ここで資源を大量消費する戦艦や空母の取得は難しい―――意図的にそうしてあるからだ。故に潜水艦、戦艦、空母、軽空母―――これらの艦娘が手に入るとここらの海域の難易度は圧倒的に下がる。元々軽巡や重巡辺りで突破される事を想定しているだけの海域だからな」

 

 つまりは、と提督が一拍を置いてから言葉を続ける。

 

「汝慢心するべからず。汝油断するべからず。汝常に常勝の為最善を尽くし続けると心得よ―――この先の海域からは戦艦や空母を保有している事が前提条件となってくる。相手も普通にヲ級やル級を組んで出すようになるため、相応の注意が必要となる」

 

 故に、と清十郎は拳を握る。

 

「明日は潜水艦か空母を建造で出すぞ……!」

 

「提督、黙って食べてください」

 

「あ、はい」

 

 神通の睨みが一瞬で清十郎を黙らせる。それを見ていた不知火が頷き、

 

「なるほど、これが戦艦級の眼光と言うやつですか。参考にさせていただきます」

 

「いや、個人的には参考に……なんでもない」

 

 神通の眼光に負けた清十郎が溜息を吐きながら負けを認め、そして軽く溜息を吐いてから話を戻す。

 

「妖精より連絡で、本日の出撃で利根と木曾と神通が改造できると教えてもらった。故に明日はこの三者を外す。残りの第一艦隊の面々は第二艦隊の面々と混ざって合同演習を行う。個人的には早めに第二艦隊の練度を最低限第二艦隊の面々だけでイチヨン海域を突破できる練度にまで引き上げたい。そうやって第一艦隊と第二艦隊でローテーションを組み、一人あたりの出撃を二日に一回にしたい」

 

「つまり無駄な休日が消えて、意味のある休日ができるって事か」

 

「うむ」

 

 今までの第一艦隊オンリーの状況だと、第一艦隊が出撃し、帰投し、そして次の出撃までに何らかの準備が必要な場合は何もしない一日が生まれてしまう。だが第二艦隊が出撃できるレベルまで育っていれば、第一艦隊が改造や補給、修理等で休んでいる間、第二艦隊が代わりに出撃して戦果を得る事が出来る。つまりは効率的に艦隊を回す事が出来るようになる。

 

「故にしばらくは第二艦隊と第一艦隊で足並みをそろえ、演習が多めとなる。その後は予め計画していた通り、現在の第一艦隊と第二艦隊の面々を混ぜて運用する事となる。……ふむ、飯時にする話ではなかったな。俺の話はここまでだ。後は自由に食べるが良い」

 

 清十郎の言葉に続く様に、大鯨は”土佐”に十皿目のお代わりをしながら告げる。

 

「食後にアイスも用意していますから、満腹になっちゃ駄目ですよ?」

 

 元気の良い返事が返されつつ、そうやって鎮守府の一日は過ぎ去って行く。




 たまーに感想で来るけどリアルではなく空想科学である事を忘れない様にしよう。

 ファンタジー重点。開発で装備を生み出すのは人間じゃなくて妖精さん。フェアリーテクノロジーである。

 そしていよいよ南方諸島海域に進出ですな。2-4突破は生放送中にやったんだよなぁ……。

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