いずれ至る未成   作:てんぞー

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第弐拾壱話

 ―――出撃から帰還した翌日、朝から清十郎の艦隊に所属する艦娘達は演習場にフル装備の状態でいた。そこに清十郎の姿はあるが、演習場の端、命令を出すわけでもなく全体を見るだけにその存在は留めてある。それもそうだ―――清十郎は提督であって全体の指揮は出来ても、艦娘が行う海上戦闘に関しては素人だ。体をどう動かせ、武術を使え、そんなもの、

 

 艦娘と深海棲艦の間ではクソの程にも役に立たない。

 

 そもそも武術だとか近代兵器でどうにかなるのであれば人類はここまで深海棲艦相手に押し込まれてはいない。人間で深海棲艦を相手する事は不可能であり、そして人間の技術なんて意味をなさない。どんなでたらめな動きで、意味のない動きであっても、艦娘が戦う方が遥かに効力を持っている。それこそ艦娘の中には武道の素晴らしさを思い、習う者もいる。だがそれはあくまでも少数派だ。そもそも接近戦など末期戦か特殊な思考をしている艦娘でしか行わない。故に艦娘の大半が行う訓練は一つ―――砲撃と射撃、そして模擬戦。これに尽きる。それ以外にも艦隊が提督の指示通りに動けるようにするための訓練などが存在するが、それでも現在の第二艦隊はそういうステージには立っていない。

 

 ”土佐”は着任直後から戦闘可能―――重度の訓練を施したのと同じような状態であった為そのまま出撃していたが、艦娘であっても多少の演習訓練は必須である。体を艦装に慣らす為の訓練、艦娘としての力が引き出せるようになるための練度上昇訓練。

 

 そういう、訓練や演習が艦娘には必要である。卯月や霧島が所属する第二艦隊は一番近い海域であれば蹂躙できる程の性能を持っているだろうが、そんな事には間違いなく意味はない。そして本人たちもそこで終わるつもりはない。

 

 故の演習だ。

 

 練度を上昇させ、第二艦隊をローテーションで回せるぐらいに練度を上昇させる。それが何よりも必要とされている。

 

 故に、第一艦隊の面子が第二艦隊へ指導を行っていた。それぞれが小さなグループへと分かれて、己が戦場に出て習った事、覚えた事、経験した事、それを伝えたり、動きとして見せる事で基礎を作り上げる。既にその前段階は一日前に、教導隊によって組み上げられている。故に、

 

 空気はそれなりに、軽かった。

 

「―――うっし、じゃあ霧島、先任としてこの俺、”土佐”様が”土佐”式生存術を伝授してやる。小者後輩はこの超大物先輩の武勇伝を正座して聞くんだぞ? いいな? ん? なんだお前その目は。え、もしかして疑問に思ってる? 思っちゃってる? ん?」

 

「何で喧嘩腰なんですかね……」

 

「そういう芸風だよ」

 

 軽い笑い声を零しながら”土佐”が視線を霧島へと向ける。金剛型戦艦、霧島。現状改二化が確認されている戦艦であり、高い練度に至った時に改二となる事で、恐ろしい程の火力を発揮される事が確認されている艦娘だ、故に将来性は高いし、高速戦艦故に素早い砲撃と移動を繰り出せる即戦力でもある。その相手をしている”土佐”の責任は重大だ。

 

 だが、

 

「まあ、おちつけよ―――ぽっぷこーんくうです?」

 

「え、遠慮しておきます」

 

 そですかー、と”土佐”の頭の上でポップコーンをむしゃむしゃと食べる妖精を霧島は軽く驚きつつ見ると、さて、と”土佐”が声を漏らす。

 

「とりあえず真面目な話をするとなると、俺はあんまりそういう射撃とか砲撃に関しては口出し……というか助けにはならない。基本的に狙いを付けて当てるだけだから。偏差射撃とか観測射撃も出来やしない。出来るのはちょこっと妖精さんに頼んで”中る”場所に砲撃する事ぐらいだ。それも結局俺自身の力ではないから、教える事が出来る訳でもない。だから俺が霧島、模擬戦等の事以外でお前に伝えられるのは俺が実際に実践したサバイバル術、生存術なんだよ」

 

 妖精が”土佐”の頭の上で胸を張る。それを見て霧島は短く笑いを零す。霧島も判断する―――”土佐”とはたぶんこういう艦娘なのだろうと。”土佐”という艦娘に対するデータが圧倒的に少ないため、霧島は対応方法に困っていたが、それでもこの数日で、どういう人物かは大体把握できた。故にそうですね、と霧島は少しだけ自信を込めて返答する。

 

「では先任の活躍、作法、しっかり学ばせていただきます」

 

 よっしゃ、と”土佐”は言い、そして人差し指を持ち上げる。まずは、と言葉を作り、

 

「―――深海棲艦は食糧だ」

 

「すいません、ちょっと理解できなかったようです」

 

 はっはっは、と胸を張りながら”土佐”は笑い、急激に笑う事を止める。そして真顔になり、

 

「いや、割と真面目に深海棲艦は食えるもんだぞ。装甲は鋼材だから引っぺがす。心臓と血管に流れる血液には燃料が混じってる―――勿論俺らの体に流れる、消費される燃料と同じ規格のもんだから心臓抉り抜いて食っておけば現地で気軽に燃料補給は出来る。深海棲艦の使用する弾薬も規格は俺達のもんと共有だから殺した後体をバラす方法を覚えておけば弾薬を摘出する事も出来る。だからとりあえず、深海棲艦は食える。というかヤバイ時は遠慮なく食え。クソ不味いけど燃料と弾薬は補給できるし、修理の心得のある艦娘か妖精がいれば装備をバラして鋼材として使用できるし」

 

「すいません、貴女は一体どこの末期戦を乗り越えてきたんですか……?」

 

「アイアンボトム出身の艦娘にとってはこれぐらい普通普通」

 

「じっさいそうしなきゃやばかったじょうきょうですなー。じつになつかしいーですわー。ひびくひめい。あかくそまるうみ。どんどんしずんでゆくかんむす。はなにはかやくとちのにおいしかとどかない。このよのじごくでしたわー」

 

 ”土佐”自身、本当に良く生き残ったものだと思う。純粋に運が良かったとしか言えない。サバイバルに関するノウハウはその場で自分で組み上げながら妖精と相談し、生み出したものだ。故に絶望的な劣性に追い込まれるたびに修正し、そして繰り返し使ってきた戦術となって”土佐”を支えている。今の所”土佐”が行っているのは固定砲台としての役割だけだ。この役割は誰にだってできるし、教えなくても出来る。故に”土佐”は自分が艦娘へ、何かを教える時はまず、生き残る方法から伝えようと思っている。それも教導隊が教える様な戦闘での動き方ではなく、

 

「徹底的な邪道ぐらいしか俺には教えられることは無いんだよ。いや、マジで。普通の砲撃とか動き方だったらぶっちゃけ教導隊か利根から聞いた方が良いと思うよ。俺、出撃してもやってるのは攻撃食らうのを無視して砲撃してるだけだからな」

 

「―――俺としては被弾を減らした方が経済的に優しいのだがなぁ!」

 

 演習場の端から清十郎の声が飛んでくるが、”土佐”がそれをいい表情で無視する。

 

「提督によればこれから最低半年間は第二艦隊と足並みをそろえて、それから第一と第二の面子を混ぜることになってるけど―――たぶん、その頃には第三艦隊も許可されてるだろうし、そうなると第三艦隊の面子も相手しなきゃいけなくなりそうなんだよなあ……まあ、その話は追々としておいて、と。まあ、俺だってまだ数週間前に生まれたばかりだから技術的部分は助けにならないんだ―――その代わり生存術だけだったら物凄い自信あるけど」

 

「たとえばどんなことですか?」

 

「潜水艦の沈め方とか」

 

「なんですかそれ」

 

 疑いの視線を向けてくる霧島に”土佐”は潜水艦を戦艦でも倒せる事を証明する為に、軽く夕立へと向かって口笛を吹く。それに反応した夕立が言葉を継げる前に魚雷を生成し、それを”土佐”へと投げ渡す。それを片手でキャッチした”土佐”は霧島へ見てろ、と言葉を継げ、少しだけ沖の方へと海の上を滑りながら進む。

 

 ある程度、巻き込まない程度の距離を開けてから”土佐”は動きを止め―――勢い良く跳躍した。

 

「ふんっ!」

 

 主機、艤装、全てを瞬間的に最大出力へと上げた”土佐”は勢いよく落下し―――そして大量の海水を吹き飛ばすように着水する。巨大な水の壁に囲まれるように一気に陥没した海の中へと沈んだ”土佐”は、そこから片手に握っている魚雷を海の中、海の壁へと向かって投擲する。軽いスナップを加えた魚雷は壁にぶつかった所で爆散せず、そのまま壁を突き抜け、海の中で爆発する。その直後に”土佐”が戻ってくる水に巻き込まれない様に跳躍し、今度は波を起こさないように静かに着地する。

 

「どやぁ」

 

「ドヤァ」

 

「いや、それ真似できねーから。ざけんじゃねーぞ」

 

 天龍の相手をしていた木曾が中指を”土佐”へと付きたてていた。それを見た”土佐”は木曾を見てから、横へと視線を向け、

 

「へっ……あ、いや、ごめんね。そうだよね、軽巡だって潜水艦を攻撃出来たよね。ぼとぼと魚雷を海の中へと落とす感じで! いやぁ、超スタイリッシュだわ。マジキソーの潜水艦狩りの動きには負けるわー。おうふkつ」

 

「そこまで煽るって事は覚悟ができているって事だよな、土佐。いいぜ、上等じゃねぇか……! 先任の格の違いってやつを見せてやるよ土佐ァ―――!!」

 

 木曾が”土佐”が即座に殴り合いへと発展しそうになり、清十郎が大笑いをあげてそれを盛り上げようとするが、横から投げつけられる魚雷が木曾と”土佐”を吹き飛ばし、一撃で二人を海の中へと沈める。妖精を道連れに沈んで行くのを眺め、二人を沈めた犯人―――神通は鋭い眼光を清十郎へと向ける。

 

「書類仕事を思い出した」

 

「提督、逃げないでください」

 

 背中を向けて逃げ出そうとする清十郎を声だけで神通が止め、そしてその光景を見ている利根が盛大に溜息を吐く。

 

「なんというか……全体的にお主らテンション高いのぅ……提督は何時もの事だとして」

 

 そうは言うが、大体の理由を利根は察していた。利根自身は一番最初に建造された艦娘―――清十郎が保有した一番最初の艦娘だ。その為に他の艦娘の面倒を見たり、演習とかも他の艦娘よりも回数が多く、慣れている。だがそれと比べて、他の艦娘は違う。二番目に来た神通はまだ落ち着きがあるが、それ以降の面子は鎮守府に、艦隊へと着任してからはまだ日が浅い。だから第二艦隊と言う明確に”後に続く”集団が、後輩たちが出てきて、それを実際相手するとなるとテンションがおかしくもなってくるところだろう。

 

 ―――吾輩も実際こういうテンションだったしなぁ……。

 

 若干木曾のキャラがブレている気がするのもそういう所で軽くテンションが上がっているのかもしれないが―――”土佐”に関しては完全に素のままだろうと利根は納得し、そして未だに被害を出してなさそうな時雨と夕立の方へと視線を向ける。何やら夕立が不知火に素手での深海棲艦の殺し方を伝授しているのを利根は見なかった事として利根は処理し、何故か沈んで行く卯月からも視線を逸らす。

 

「……うむ―――今日も平常運転であるな!」

 

「利根さん……あまり、現実逃避しないでください」

 

 神通が先に沈めた戦艦と軽巡を二人とも片手で持ち上げているが、その姿に後ろで天龍と霧島が軽くドン引きしている事実に対して利根はなんていうか困ったが、もはや色々と威厳は手遅れなのだろうか静かにネタに走った二人の冥福を祈る事にした。

 

「なんだか若干この艦隊の事が俺、不安になって来たんだけど」

 

「いや、まあ、そうじゃの、見た感じ不安だけどこう見えてもしっかり戦果が出してるんじゃぞ? じゃなきゃ第二艦隊とか作られないし。いや、まあ、一見本当に何も出来てないように思えるけど」

 

「というか言ってくる内容、やっている事が突飛過ぎて若干現実感ないと言いますか―――」

 

「―――じゃあやろうぜ!」

 

 神通の手から逃れ、復活した”土佐”が胸を張りながら拳を握る。

 

「やろうぜ第一艦隊対第二艦隊の模擬戦。確かにまあ、ちょっとふざけ過ぎたし一回ぶつかってみれば俺達がどれだけ真面目にふざけてるか解って来るから」

 

「普通真面目にふざけませんというか戦力差があり過ぎて提督だって―――」

 

「―――許可」

 

「提督!?」

 

 視線が一斉に清十郎の方へと向くが、清十郎はサムズアップを無言で送って来るだけだった。その事実に霧島が頭を抱えようとした瞬間には、既に第一艦隊の面子が陣形を組み、艦装を構えた準備を完了していた。

 

「はやっ!?」

 

「というか、一々教えるとか面倒なんだよ。こういうのは口で伝えるよりも何百回も演習繰り返して叩きのめして、そしてその度に覚えればええねん。第二艦隊は覚えて、第一艦隊はストレスを発散できる。素敵じゃねぇか」

 

 ”土佐”のあまりの暴論に反論を出そうとするが、卯月が小さく笑みを作って、そして空を見上げる。

 

「……大体こうなるって予想してたぴょん……」

 

 漏れ出たのは絶望の溜息と諦めの溜息だった。

 

 ―――そして、その日にそれを吐く事となったのは卯月だけではなくなった。

 

 

                           ◆

 

 

 それより半年間、清十郎は出撃の回数を落とし、その任務のほとんどを演習と遠征へと切り替える。まるでこれからはそうやって地力を高め、備える事こそが必要な事であると察知したかのように、出撃を減らす。

 

 それに対して多少の文句を漏らす艦娘は少なからず存在する。

 

 が、それでも腐ったり不満を爆発させたりしないのは清十郎がガスの抜き方、そして信頼を持って艦娘達に接していたからだろう。

 

 故に、この日から半年間、

 

 ”土佐”達が所属する艦隊は見えない何かに備える様に半年間の準備、育成の時期に入った。




 しばらくはこっち更新よー(別のを書き溜めしつつ)

 演習の内容は大体の予想通り、艦娘のノリで大体決まってます。大体こういう場合の初日は真面目に演習するってよりはお互いを知るためにじゃれ合っているという感じが強いです。本当に真面目に色々と開始するのはたぶん三日、四日目ぐらいから。少人数で長い期間一緒にいるからたぶん、お互いを知る事は重要じゃないかねぇ。

 ともあれ、時間飛ばしますわよー。

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