いずれ至る未成   作:てんぞー

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第弐拾参話

 海域には通常海域と深部海域というエリアが存在している。深部海域は通常海域よりも進んだところに存在する、ニイイチやニイニ、そういう海域のさらなる奥地に存在する海域となっている。そこは練度の高い艦娘によって追いやられた”本来”の海域の主達が存在する海域となっている。そもそもイチイチやイチニ、等という海域の名称は海軍の司令部が難易度別に付けているものであって、数字が若ければ若いほど難易度が低くなっているが、勿論それは最初からそうであったわけではない。練度の高い艦娘を従えた提督が段階的に敵が強くなるように殲滅、調整しているのだ。

 

 ただ、深海棲艦の物量はほぼ無制限と言っても過言ではない。鎮守府近海であれば二桁に届くかどうか程度にしか確認できないが、深部海域や鎮守府から離れた最前線では五十体同時に出現して来ることなど普通に存在する。そしてそれをまだ未熟な艦娘の前に出現させれば、轟沈が連続で発生することなど見えている。故に練度の高い艦娘での殲滅任務が回ってくる。演習場での戦闘訓練にも限度や限界が存在する。演習のみで高い練度へと到達する艦娘だって存在はする、だがそんな艦娘は”演習番長”等と呼ばれたり、実戦経験の少なさから轟沈することが少なくない。

 

 艦娘という存在の練度を高める上で必須なのはやはり、深海棲艦との衝突であり、それなくては艦娘に本当の成長はあり得ない。故に、安全に深海棲艦と衝突できる環境が求められる。だから間引きや、海域にしては強力すぎる深海棲艦の撃破が任務として回ってくる。”土佐”が行うニイサン海域の任務もその一つに過ぎない。オリョール海域は艦娘にとって必要とされる資源が多く確保できる場所だ。しかし、エリート級の存在は極限までなく、フラグシップだってほとんど存在しない。日本海軍にとっては間違いなく補給の為の重要地点だ。

 

 そこにフラグシップ級やエリート級の急激な増加、目撃、被害報告―――その出現場所は深部海域に他ならない。その対処はもっと練度の高い艦隊が行うとし、”土佐”達の受けた任務は既にニイサン海域に紛れ込み、友軍を襲って被害を出したエリート級やフラグシップ級の完全駆逐、それだ。

 

 故にニイサン海域へとやってきた”土佐”達の口数は少なかった。既に”土佐”が鎮守府へと着任してから数か月が経過している。その数か月の間に”土佐”は艦娘おしても、そして女としても多くの事を学んでいる。そして同時に、旗艦としてふるまう事の意味も少しずつだが学んでいる。敵が強くなればなるほど、轟沈に対する恐怖やリスクが上がってくる。そして今回”土佐”が連れているのはまだ建造されてからそう時間が経過していない艦娘もいる。となると、少々不安になってくるものもある。

 

 ―――それを、”土佐”は欠片も表情に見せないが。

 

「うーし、止まれ。飛龍索敵、残りは警戒で宜しく。解ってると思うが今日は指令が別の任務の指揮を執ってる。だから今回の任務はうちらだけでやらなきゃいかん。何時も以上に慎重に進めて終わらすぞ」

 

「了解しました」

 

「任せろ」

 

「やーせーんー!」

 

 迷いのない夕立のローキックが川内を一撃で海の中へと叩き込む。ぶくぶくと音をたてながらも夜戦と叫んでいる川内の姿を見て小さく”土佐”は笑うと、頭の上でぐったりと倒れている妖精の姿に触れる。危機感を欠片も見せない妖精がそういう態度を取っているとは、つまり今は”土佐”や妖精を脅かすような危機が迫っていない事になる。一種のセンサー替わりと言っても良い働きをしている妖精の姿に安堵すると、飛龍の放った艦載機が索敵から戻って来る。”土佐”がそれを描くんんして飛龍へと視線を向ける。

 

「二時の方向に深海棲艦の姿を確認しました。戦艦ル級に重巡リ級―――二体のみです。相手は此方の索敵に気付いて戦闘態勢に入ってます」

 

「飛龍、もう一度索敵頼む。その間に長門、霧島、サクっと終わらすぞ」

 

 背後から砲を取り出し、それを構えつつ二時の方向へと”土佐”が視線を向ける。それに合わせる様に霧島と長門が艦装、その砲塔二時の方向へと向ける。銃数秒後、水平線に深海棲艦の姿が浮かび上がってくる。それは飛龍が報告したようにル級とリ級の二体のみの姿だった。そこにはほかの深海棲艦の姿は一切なかった。故に先制の砲撃として”土佐”が巨大な艦装の砲を発射させ、ル級を一瞬で沈める。

 

 あとは長門と霧島の砲撃で近づく前にリ級を沈め、一瞬で終わる。

 

「……ヲ級やヌ級、それにホ級もイ級も姿がないな。……はぐれだったのか?」

 

 長門のその言葉に”土佐”がそうだな、と呟く。しかし呟きながらも、”土佐”の胸中に少量の嫌な予感が広がっていた。またあの”追われる”様な感覚ではない。そういう類のであれば妖精が反応しているからだ。”土佐”の胸中に広がる嫌な予感はもっと別種のものだった。故に首を傾げ、選択肢をした。

 

「別の艦隊が既にここらへんで暴れているかもしれないしな。―――ちょっと司令部へ連絡を入れてみる」

 

 困った表情で索敵を行っている飛龍へと”土佐”は一度視線を送ってから、耳元のインカムに触れる。艦装と同じ技術で作られているインカムは艦娘が起動させたい、そう願う事によって起動する。故にあっさりとインカムは起動し、そして横須賀鎮守府へと繋がる。海域へと出撃している影響かインカムに少量のノイズが混じる、が、気にするほどの量ではない。”土佐”が口を開く。

 

「此方第三十九艦娘艦隊。司令部、現在ニイサン海域に出撃中の他の艦隊がないか教えて欲しい」

 

『―――はいはーい! 此方司令部青葉でーす! ちょっと待ってて―――おいコラ、誰だ私のプリン食ってるやつはぶっ殺してやらぁ……! おいこら大和テメェ―――!!』

 

 インカムを思わず取ってしまうほどの怒声に”土佐”が視線を外すと、苦笑いを浮かべた霧島の姿があった。

 

「なんで上位の艦娘や環境にいる艦娘はこう……非常にユーニクな方々が多いんでしょうね」

 

「何かしら一芸に特化していないとどこか突き抜ける事が出来ないという事ではないのか?」

 

「つまり夜戦特化である私は夜戦特化という未来が約束されているのね!」

 

「うるさい」

 

 川内の頭を掴んだ夕立が川内を海の中へと叩き込む。駆逐が軽巡の上に立つという物凄いありえない光景が映し出されているが、これももはや日常の一部であり、驚く姿を見せる者は一切存在しなかった。ただそうやって川内と夕立が適度に緊張感を抜いている中で、逆に”土佐”は小さく、緊張していた。飛龍へと向けられた視線は飛龍が顔を横に振る事で返答が返って来る―――つまり深海棲艦の姿は確認できないという事実だ。飛龍の索敵能力は利根のそれよりも遥かに優れているのは装備している艦載機から理解できる。だからこそ、嫌な予感をもたらす。

 

『あーごめんごめん。で、オリョクルしてる子だっけ? 本日は深部海域に艦隊が出撃しているけどこれも一つだけだし他には何もないねー、任務ご苦労様』

 

「どうもありがとございました、それでは」

 

 インカムを切ってから”土佐”はどうすべきか悩む。が、自分の持っている権限から取れる選択肢は狭まれる。その中から”土佐”は己が最善であると思うものを選ぶ。頭の上の妖精を軽く叩くようにして起こし、声を投げる。

 

「なあ、妖精さん。妖精さん的にどうなんよ、ここ」

 

 ”土佐”の声に反応する様に妖精は起き上がり、短く唸る。

 

「うーむ、しんかいせいかんのけはい、まったくかんじないですなー。なんというーか。せんめつしたあとのしずけさというより……だれもいないしずけさ? なんかそんなかんじがします。ようせいさんてきに、いまはいちばんあんぜんなかんじですわー」

 

 ありがとうと呟いた”土佐”は選択を決める。

 

「―――索敵しつつ海域全体を見て回るぞ! 道中特に深海棲艦共の残骸を探せ! 何でも良い、連中がこの海域で沈んだのかどうか、その証拠を掴め! 返事はどうしたぁっ!」

 

「了解!」

 

 ”土佐”に返事が返ってくるのと同時に再び艦娘達に真剣な空気が戻り始める。”土佐”の様子から海域がおかしい事は把握していた。故に飛龍は索敵用の艦載機を飛ばしたまま低速で動き、それを守る様に艦隊は動き出す。その視線は水平線上に現れる筈の深海棲艦を求める動きであり、獲物を狩る者の視線だった。

 

 が、

 

 ―――それをあざ笑う様に、深海棲艦はそれから出現することはなかった。

 

 

                           ◆

 

 

「こりゃあ一体どういうことだ」

 

 ニイサン海域―――東部オリョールと呼ばれる海域を”土佐”達は深部以外、端から端へと移動した。しかし、そこには深海棲艦の姿がたったの一つも確認されることがなかった。それどころか深海棲艦の残骸すら発見されることはなかった。それはつまり、深海棲艦の消失に轟沈の事実はないという事だ―――深海棲艦がどこかへと移動した、という事実のみが残る。そこに”土佐”は元から持っている情報を加える。エリート級やフラグシップ級の出現に急な移動―――通常海域で目撃できないのであれば、

 

「深部海域の方に移動したのか……? いや、しかし……」

 

 纏めて、他の深海棲艦前いなくなるのはさすがに道理が通らない。そう判断する。エリート級やフラグシップ級の数が多すぎると深部海域へと押し戻されるか殲滅されるかは深海棲艦側も理解、というよりは学習している。その為に数が溢れるのは定期的な事で、数は多くない。だからエリート級やフラグシップ級が生存を優先して深部海域へ逃亡するのはまだ理解できることだ―――だがそこに普通の深海棲艦が混ざる事はない、そういう通常型、練度の低い艦娘でも狩れる深海棲艦はわざと残されるからだ。

 

 一種のプロレス状態ではあるが、そういう事に関しては普通の艦娘が考える事ではないので、一時忘れておく事に”土佐”は決定する。

 

 重要なのは彼女がっている状態とも合致しない事だ。その事に”土佐”が少しだけ困惑していると、飛龍が艦載機を着艦させ、視線を向けないまま口を開く。

 

「三時……深部の方角から艦娘が六、接近してきます。おそらく深部の方で作戦行動を行っていた一団だと判断します」

 

 飛龍の言った方角へと視線を向ける。数秒後、そちらから艦載機が飛んでくるのが見える―――彩雲、まだ清十郎が開発していない艦載機だ。だからそれが自分たちの艦隊以外の放った艦載機だと知り、艦娘達が警戒を緩める。それが正しかった証明する様に、三時の方向から艦娘達がやって来る。その一団を率いる様に先頭を行くのは白い巫女衣装の様な服装の艦娘―――扶桑だった。

 

「全艦停止! ……少々お時間を宜しいでしょうか」

 

「どうも、此方もできたら情報交換の方をしたい所でして」

 

 ”土佐”と扶桑が向き合うが、そうやって話をしようとしている時点で、互いの憶測があっているのかもしれない、という考えは生まれていた。だがそれを確実化させるためには二人は話し出す。共に背後に艦隊を待機させつつも、ある種の緊張感が場に生み出されていた。

 

「今朝から深部海域の間引きを行っていたのですが目撃できたのが総数で二十程です」

 

「此方も通常海域で目撃できたのは普通のが二体程でした。もしかして深部海域の方へと全部引っ込んだのかと危惧しましたが、その様子だと」

 

「えぇ、むしろ通常海域の方へ流れ出たのかと思っていましたが違っている様子ですし。どういう事なのでしょう、深部海域にしては少々異常とも言えるぐらいの静けさだったので困っていたのですが……司令部に連絡を入れても特に異常はない、との言葉でしたし」

 

「そうですか……」

 

 扶桑の言葉はつまりこの東部オリョールそのものから深海棲艦の姿がほとんど喪失しているという事実だ。これを深海棲艦が撤退した―――とは絶対に考えることはできない。もし深海棲艦が人類から手を引いたのであれば、それに近い存在である艦娘も理解できるはずなのだ。だから深海棲艦の姿が見えないだけの状況とは、

 

「……移動している……?」

 

 誰かの呟いたその言葉に”土佐”と扶桑が首を傾げ、思考に没頭する。何故移動するか、と。物量で圧倒している深海棲艦は移動して集まる必要としない。だからこそ艦娘が定期的に間引きをし、下位の海域を訓練場扱いできるのだ。

 

「―――集結しているっぽい?」

 

 夕立の放った言葉に視線が集まる。その視線に夕立は胸を張るが、直ぐに見捨てられる。夕立の姿に少々の哀愁が混じるが、それをだれも気にしない。それよりも問題が残る。

 

「もし、どこかへ集まる為に移動していたとして―――どこへ……?」

 

 答えのない疑問だけが残された。




 夏イベント進んでますか?

 轟沈してませんか?

 お迎え、しましたか?

 米帝していませんか?

 ハクチダヨォ……サイショノイベガ……モウスグ……ハジマル……ヨォ……

 どう足掻いても絶望をテーマに艦これは書きたいと思っています

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