いずれ至る未成   作:てんぞー

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第肆話

 結局、途中で不調を感じ始める”土佐”に合わせて帰還のペースは若干遅くなった。それでもそれに対して一切の文句を吐く事なく、速度を合わせてくれる。それが嬉しいと思える反面、”土佐”にとっては若干心苦しい事でもだった。それでも無理する事は逆に心配させる事になると理解できる”土佐”は素直に好意に甘え、そして一定のペースで海路を進んでいった。それは”土佐”には解らないし、知らない道だ。だが艦娘たちはまるで自分の庭の様に理解しており、今晩は何を食べる、なんて事を気軽に相談しながら進み、

 

 日没を迎える。

 

 進む海路は艦娘たちにとっては既知であっても、”土佐”にとっては完全な未知であった。それ故艦娘たちがただ進むだけに飽きた様に雑談を始める間、”土佐”は軽く周りを観察していた。なんでも艦娘達には撤退専用の深海棲艦と遭遇しないルートが存在するらしく、鎮守府へと帰る時はこれを使って帰るらしい。それ故、一時間ほど前から”土佐”が進む海路には時折他の艦娘達とすれ違う時がある。出撃の為か横を通り過ぎて去って行く姿があれば、ボロボロの姿を見せて全力で先へと進んで行く艦娘の姿があった。ただ、進めば進むほど、

 

 水平線の向こう側に見える光が近くなって来る事を、”土佐”は認識していた。光源こそが目的であると、闇の中で目を凝らしながらそっちの方向へと”土佐”は視線を向けている。そうして段々と視界に見えてくるのは、巨大な基地の姿だ。港としての機能持つそこには海に突き出る様な巨大な桟橋を何個も保有し、高層ビルを思わせる様な建築物が何個も立っている。離れていても解る機械の音と、そして生活の光。

 

「―――アレが我等日本海軍の誇る横須賀鎮守府よ!」

 

 横を進む利根が誇らしげにそう言うと、補足する様に時雨が口を挟んでくる。

 

「えーと、土佐は記憶が希薄なんだっけ? だからちょっとだけ簡単に説明するけど、いいかな?」

 

「頼む」

 

 うんじゃあ、と時雨は横へとやって来ると、軽く咳払いをする。

 

「今の日本にはいくつかの鎮守府が存在するんだけど……この中でもトップを張ってる三つの鎮守府が横須賀、呉、そして佐世保なんだ。深海棲艦の襲撃に備えたり出撃の必要で昔よりもこういう鎮守府は増えたんだけど、それでも最も練度や質が高い鎮守府は依然この三か所だけ。特に横須賀鎮守府は他の鎮守府とは違って九割九分の艦娘達が人間から成った者じゃなくて、工廠や回収した艤装、生まれてきた天然ものの艦娘なんだ」

 

「人間から、天然……」

 

 ”土佐”がその言葉に呟くと、なんだ、と行ってくる声が”土佐”の背後からかやって来る。

 

「そんな事も解らないのか……と、お前の場合は特殊だったんだな。まあ、加賀型戦艦なんて聞いた事もないし”一人目”なんだとしたら納得も行くんだけどな」

 

 木曾のその言葉に時雨は苦笑しながら、声に出していない”土佐”の疑問に答える。

 

「うんとね、僕達艦娘には二つのタイプが存在するんだ。一つは艤装を装備した人間だね。こっちは深海棲艦を倒して回収した艤装や、死んでしまった僕達の仲間の艤装を適合する人間に渡す事で人間から艦娘へと成るんだ。艤装を装備している間は適合している艦娘と同じスペックになるし、同じ事も出来るんだ。割合としては基本的にはこっちの方が多いんだ」

 

 で、と時雨は区切る。そこで時雨は自分自身を、先頭で利根と遊ぶように滑る夕立等を順番に指差して行く。そして最後に時雨は”土佐”を指さし、指の動きを止める。

 

「僕や君がいわゆる”天然もの”ってやつなんだ。僕達は元々は第二次世界大戦において活躍した戦艦や駆逐艦、空母、そういった船達だ。ここにいる僕達は元は人間じゃなくて、艤装に”僕達”が宿る事で生まれてくる存在なんだ。精霊やら妖怪やらって呼ばれ方もしたけど、現在は艦娘って呼び方で統一されているね。僕達は皆”元”の艦の記憶とかを共通として持っている。そんな僕達はそれぞれ艤装を通して、今の人類を助けたいって思ったからこそ妖精さん達に力を借りて、艤装という媒体を通して此方側に干渉しているんだ」

 

 時雨が”土佐”の頭上の妖精へと視線を向ける。妖精はそれに気にすることなくごろごろだらだらと”土佐”の頭の上を楽しんでおり、その様子を後ろから眺めていた木曾が軽く溜息を吐く。

 

「まあ、付き合ってみりゃあ解る様に妖精ってのは激しく気まぐれな連中だよ。基本的に日本にしか出現しない上に艦娘と同伴じゃなきゃ日本の外にでない。脅迫や拷問は通じない上に酷く気まぐれ! 工廠で俺達を生み出すには艤装と、そして鋼材や弾薬といった資源を渡さなきゃいけないのにこいつらときたら注文通り作る方が珍しい。……提督たちは苦肉の策で与える資材をコントロールする事で作る艦娘や装備をある程度限定しているらしいけどな」

 

 木曾の話を聞いて”土佐”は頭の上から妖精を手に取る。うわぁ、と可愛い悲鳴をあげている妖精を手に、正面から”土佐”は覗き込みながら首を捻る。

 

「お前らそうなん?」

 

「だれだってせんぷーきのあるへやよりも、えあこんのあるへやのほーがいいのです」

 

「だよなぁ」

 

「良く話が通じるな、お前ら……」

 

 呆れた様な木曾の声に対して軽い笑い声尾を零しつつ、”土佐”は頭の上へ妖精を戻す。丸二週間、信用も信頼も出来る相手が妖精だけ。話し相手も妖精だけ、そんな状況で放置されているのであれば間違いなく仲良くなれるものだろうし、話しの一つでも出来るようになるだろうと”土佐”は思ったところで、”土佐”の頭に疑問が浮かぶ。それは軽い引っ掛かり故に直ぐに質問しようとしたところで、

 

「あ! 提督さんだ!」

 

「ぬ、待たぬか夕立!」

 

 横須賀鎮守府、海に突き出ている桟橋の先端い人の姿があるのが遠目からも確認できる。横須賀には既にそれだけ接近しており、横須賀から延びる光の圏内にも入っていた。久方ぶりの夜に見える光に”土佐”は安堵を覚えつつ質問しようとしていた事を止める。自分の立場を考えるのであれば、どうせ質問や説明の機会はやって来るのは確実であった。故に”土佐”は横へ、子供っぽい利根と夕立のはしゃぎ姿を見て苦笑を浮かべている神通と軽く視線を合わせてから時雨と木曾とその笑いを共有し、

 

 もうすぐそこにまで迫っていた横須賀鎮守府へと進入した。

 

 

                           ◆

 

 

 桟橋の先端に腕を組む様にして立っていたのは白い服装の男だった。”土佐”の知識にはないが、利根や夕立はその男を見て提督と言った、故にその純白の服装こそが提督が提督である証の服装、制服なのだろう。少なくとも、白い軍帽を被り、純白を服装に身を包む男の姿を見れば提督であると言われ、納得がいく。身長は”土佐”よりも高く、百八十を超えている。顔の作りは若い、が、だからといって若さは感じない。熟練された経験によって積み重ねられた凄みを男の目からは感じられる。

 

 それはある意味、深海棲艦よりも強く生に輝いていた。

 

 軍帽の中に隠れているようだが、はみ出ている黒髪がそれなりの髪の長さを主張している。”土佐”は目測、おそらくそれがセミロング程度はあると把握したところで、桟橋の横へとつく。先に到着した神通達が軽い跳躍で海面から桟橋の上へと着地する。それを真似する様に”土佐”も跳躍し、僅かによろけながらだが着地に成功する。”土佐”の耳元で声がする。

 

「いちおーけいれいするです」

 

 周りに妖精のその言葉は漏れていないようだった。”土佐”と土佐の関係を知っているのは現状この妖精一人だけ。故にそっと味方をしてくれる妖精に”土佐”は感謝しつつ、自分の記憶から拾い上げる様に敬礼を取る。

 

「加賀型未成戦艦土佐です」

 

「楽にして良い。それと俺の前で無理な敬語は不要だ、そんなもの堅苦しいだけだろう?」

 

 提督はそう言って笑顔を浮かべると、軽く軍帽を弄りながら視線を真直ぐ”土佐”へと向ける。それはまるで”土佐”を計る様な視線で、一瞬だけ”土佐”が心臓が鷲掴み去れたような感覚を得る。だがそれを即座に”土佐”は振り払う。”土佐”には土佐に対する責任がある。故に、己の失態は土佐の失態と成る。それだけは許せない。逃げる理由とした手前、許してはならない。

 

 帰ってきた視線に提督は頷く。

 

「日本海軍所属の東郷清十郎―――第三十九艦娘艦隊を指揮する提督、中佐だ」

 

 歯を見せる様な獰猛な笑みを浮かべつつ組んでいた腕を提督、清十郎は解く。そして凄みを持ったまま、高身長から来る圧迫感を合わせて手を伸ばしてくる。

 

「まずは横須賀鎮守府へ歓迎しよう、土佐よ。ようこそ人類の―――」

 

「おい、こら提督」

 

 先に上がっていた木曾が清十郎の横へと行くと、そのまま清十郎の足へと向かってローキックを叩き込む。その光景に軽く”土佐”が驚くが、清十郎は何事もなかったかのような涼しい表情を浮かべ、木曾へと視線を向ける。

 

「どうした木曾、俺は今歓迎で忙しいんだが」

 

「それのどこが歓迎に見えるってんだよ。どこからどう見ても威圧してるんだよ。提督さ、自分の姿を鏡で確認してるか? 初めて利根が来た時覚えてるか? 自分の姿がどう相手に映っているか理解しているのか?」

 

 木曾の言葉に清十郎は無論、と声を返す。

 

「俺は毎朝毎晩鏡で自分の姿を実にチャーミングであると把握しているし、利根が俺の笑顔にやられて腰を抜かした事も覚えていれば、皆俺の前では笑顔になるぐらい俺が愛嬌ある人物であるという事は把握している。ほれ、良く見ろ木曾よ、俺には何の問題もないではあるまいか」

 

「よっしゃ、今夜は徹夜で説教コースだな」

 

「解せん」

 

「あ、あと吾輩あの時は普通にビビって腰を抜かしておいただけだからな!」

 

「それはそれで、力説するのは恥ずかしい事ですよ……?」

 

 清十郎が纏っていた重圧感は木曾とコントを始めるのと同時に完全に霧散する。清十郎はふざけた要素をしているが、”土佐”は半ば直感的に清十郎の先ほどの威圧感……プレッシャーを与えてくるような行為は意識的なものであると判断している。清十郎は間違いなく試すつもりの、そんな好奇心にあふれた視線を”土佐”へと向けていた―――それを、”土佐”は理解していた。

 

 ……海軍ってこんな連中ばかりなのかよ。

 

 だとしたら酷い地獄だと”土佐”は判断した。こんな男が何人もいる様な場所を事地獄と言わず何と言うのだろうか。

 

「あぁ、そうだった。忘れるところだった」

 

 そう言って木曾の頭を片手で清十郎が抑え、そしてもう片手を差し伸べてくる。

 

「横須賀鎮守府へようこそ、新たな艦娘よ。此方から司令部に連絡し貴君の入渠用ドックを確保しておいた。現状の貴君の預かりは見つけた俺の艦隊所属扱いとしている―――異存はないな?」

 

「右も左も解らない所を助けてくれた恩人に対して反対が出来る程俺は悪い性格をしているつもりはないよ」

 

「であるならば積る話はまた後でだ! 木曾、土佐の面倒に関してはお前に一任する! 入渠ドックへと連れて行ったら着替えを用意しておけ!」

 

「あ、提督。木曾さんファッションセンスないので土佐さんが可哀想な事になってしまうので、着替えは私の方で用意します」

 

「何気に神通って酷いっぽいよね」

 

 軽く無言で返答する艦隊の様子は木曾にとっては肯定と同じだった。それを受けて木曾は軽くショックを感じたのかそのまま項垂れ、無言のまま去って行く艦隊の仲間たちが去る前に一度手を振りながら去る。その様子を呆然と”土佐”は眺めながら木曾の復帰を待つと、

 

「はぁ……ちっとは勉強してみるか。悪い、待たせたな」

 

「いや、気にしてないから」

 

 木曾は少し居こごちが悪そうに頭の後ろを掻くと、視線を恥ずかしそうに逸らし、背中を見せる。

 

「あー……一応俺から補足しておくとな……アレが俺らの司令官、提督の東郷清十郎中佐だ。ああ見えてまだ三十になったばかり……だったか? まあ、あんな風に馬鹿な所はあるけどスーパーエリートらしいぜ。ま、超人っぷりは一緒の艦隊で生活する様になったら嫌でも解るから一旦置いとくか」

 

 とりあえずは、と木曾は振り返りながら言う。

 

「提督が土佐専用に入渠ドックを取っておいてくれたはずだ。とりあえずそこで風呂に入ったり修理されたりで一旦疲れや汚れを落としてくれ。その後でみっちりきっちりと話しを聞くはめなると思うし、それに備えて英気を養ってくれ。とりあえずまずは案内するか」

 

「あぁ、うん。頼む」

 

 入渠ドックの意味を知らない”土佐”に対し、妖精がやれやれ、なんて事を呟きながら”土佐”の耳元でこっそりと知らない単語の意味を教える辺り、すっかり妖精は妖精で”土佐”を甘やかしている。

 

「まあ、なんだ」

 

 木曾は頭を掻きながら、

 

「慣れるには時間かかるかもしれないが、今日からここがお前の新たな家だ―――ようこそ、横須賀へ」

 

 深海棲艦の到来により、日本最大最高の鎮守府となった横須賀鎮守府。

 

 それは夜中といえども、まるで昼間の様な光を放ちながら”土佐”の存在を迎え入れていた。




 提督が艦娘に勝てるわけないじゃないですかぁー! 勝てる訳ないよねー……?

 あ、次回は”土佐”さんの濃厚な入渠シーン。妖精さんもポロリ。

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