いずれ至る未成   作:てんぞー

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第伍話

「ここが入渠ドックだ」

 

 そう言って木曾が案内したのは一つの建物だった。桟橋からゆっくり歩いて五分ほどの距離にある建物は比較的に提督、東郷清十郎の執務室の近くにあるらしい。木曾が言うには入渠ドックとは艦娘用の保養施設である。遠征や出撃に出た艦娘達を労い、休ませるための施設である、艦娘の好みを満たす様に様々な施設が入っている。基本的には入浴やエステ施設が入っており、その他には修理施設も兼業している。次の出撃に向けて艦娘達を休ませ、修理し、そして備える為の施設。それが入渠ドック。

 

 大型艦で練度が高ければ高い程、一回の出撃で必要とされる入渠時間は増えるらしいが、

 

「まあ、何というか俺達の修理は人間―――じゃなくて妖精の領分なんだ。詳しい話は要領が得ないというか適当過ぎて解らないんだが、妖精の連中達によれば練度が高ければ高い程艦娘というのは干渉し難く、修理するのに時間がかかるらしい。艦装の方とか明石とかがパパっと治してくれたりするんだけどなー……」

 

 ただ、

 

「ほら、俺達の様な天然型の艦娘って艦装は装着したりできるが艤装ってのは大体体の内にあるもんだろ? だから戦闘中で受けた傷とかは治療で治せても、戦闘で艤装に与えた負荷とかは普通に修理したりすることはできないんだよ。そこらへんは全部妖精の管轄―――治るまでは四六時中くっついて治療、って寸法さ」

 

 見た目では何の変化も無いのだが、と木曾は最後に付ける。やはり妖精という存在はほとんどがまだなぞらしく、木曾は妖精の話となると眉間に皺を寄せて頭を掻く。軍全体を通しても妖精に関してはこういうスタンスであり、有用である間は変な詮索や押し付けは行わない―――それが暗黙の了解として出来上がっているとのことであった。

 

「まあ、詳しい話はいいだろ。中に入るぞ」

 

「あぁ、うん」

 

 木曾の後を追う様に”土佐”が入渠ドックへと扉から入る。ドック、なんて名がついているが、中に入って”土佐”を待ち受けていたのは綺麗なホテルのロビーを思わせる様な空間だった。そこまで広くはないが、カウンターが存在し、その向こう側には桃色に近い赤髪の女が立っていた。艦装や艤装を所持しているのは傍目には見えないが、それでも艦娘としての勘か、”土佐”へカウンターの向こう側にいる女が艦娘であると即座に理解した。

 

「あ、お待ちしておりました! 私、工作艦明石改です! 明石、と気軽呼んでください」

 

「えーと、よろしく明石。俺が―――」

 

「土佐さんですね? 話は東郷提督から聞いています。あ、木曾さんもお疲れ様です。提督の方から土佐さんを待っている間は木曾さんも入渠扱いでゆっくりしてて良いそうですよ」

 

「ん、了解した」

 

  カウンターの向こう側からやってきた明石は真直ぐ手を伸ばし、”土佐”と握手を交わす。強く握手を交わした明石は”土佐”を見て、そして一歩離れる。

 

「えーと、先に軽く説明しておきますが、この入渠施設の管理を担当しているのが私、明石です。基本的にこの入渠施設は第三十五艦隊から第三十九艦隊までの艦娘用に作られている施設ですので、利用する際は他の艦隊の艦娘と偶にあってしまう事をあらかじめご了承ください。今回に限っては緊急な事もあって入渠施設全体を貸切状態にしているので特にそういう心配はありませんけどね。あ、ちなみに管理人のほかにもこの施設内でマッサージとか、お背中流したりとか、料理とかそういう事も基本的にやっているので、とりあえず困ったら私か、また別の明石の事を呼んでください。それで大体の問題は解決できるかと思います」

 

 あ、あと、と明石は付け加える。

 

「入渠後、色々検査があると思いますが、それに関しても担当は私がやるので安心してくださいね」

 

 そう言われた”土佐”は軽く頷きつつ、頭を掻く。

 

 ……そっか、俺って割とイレギュラーなんだったな……。

 

 明石は土佐の考える様な仕草を不安と受け取ったのか、大丈夫ですよ、と言葉を置きながら手を握ってくる。

 

「ちょっと土佐さんのスペック調べたりするだけですから。武蔵さんと大和さんの時もそうですが、”一人目”を軍部の方が蔑ろにすることは無いので特に心配する必要はないですよ……あ、”一人目”の意味も説明しておきましょうか?」

 

 と、明石が言ったところで、横から木曾が口を挟む。

 

「いや、その前に風呂にだけは叩き込んでおこう。いい加減お前も疲れただろう」

 

「あ……そうでしたね。では此方の方で色々と準備を進めておきますので、お風呂の方へは」

 

「あぁ、任せておいてくれ―――こっちだ」

 

 明石が手を振り、忙しそうに去って行く。それを見届けた”土佐”は先導する木曾の後ろについて行く。”土佐”は初めて訪れる入渠ドックを少々物珍しげに見ながら歩く―――ここに、艦隊に所属して戦うのであれば割と頻繁にこの通路を通って利用するのだろう、なんて事を思っていると、木曾が暖簾の前で足を止める。

 

「ここだ」

 

「えーと、風呂場だっけ」

 

「おう、つっても大浴場の方だけどな。個人の方が良かったか?」

 

 木曾の返答に対し、言葉が詰まる。だが一人で入った所で、そして複数人で入った所でそう変わらないだろうと判断し、”土佐”が首を横に振る。そうか、と返答を受け取った木曾がそのまま暖簾を抜けて脱衣所の方へと入って行く。それを追いかけ、”土佐”は脱衣所の中へと入る。其処で見る事が出来るのは巨大なホテルや旅館に設置されている温泉や大浴場、その前にある脱衣所だ。此方も他と同様、綺麗に保たれている。入り口から脱衣所の様子を確認していると、木曾が籠を抱えながらやって来る。その中にはタオルなどが入っている。

 

「大浴場の方は普通の銭湯とかと変わりないから別に教えなくてもいいよな?」

 

「あぁ、それぐらいは流石に覚えてる」

 

「そりゃ良かった。んじゃあ俺は遊戯室にいるから終わったら適当に来てくれ」

 

 籠を渡してきた木曾はそのまま暖簾をくぐって脱衣所から出て行く。その姿を数秒眺めてから”土佐”は脱衣所の棚の上に籠を置く。そして長く、息を全て吐き出すような溜息を吐く。漸く、安全で、そして気の抜ける場所へとやってきた。この環境に敵は存在しない。”土佐”を、そして土佐を傷つける様な、殺してくるような存在のいない安全圏へと到達する事が出来た。鎮守府へと所属するという事はこの先艦隊に加わって戦うという事ではあるが―――それでも、そうしている間は身の保障はされている。今、自分は限りなく安全で安心できる場所にいる。

 

 その事実が何よりも”土佐”の心を、安らぐことを許していた。長く続いた緊張を切り、漸く”土佐”は死に怯える必要のない場所へと到達した。その証拠に、土佐の意志は明るい色を常に”土佐”へと伝えていた。再び大きく溜息を吐いた”土佐”の頭の上から飛び降りる姿がある。

 

「とささんも”とさ”さんも、ほんとうにおつかれさまでした」

 

「あぁ、本当にな……お前もお疲れ様、相棒」

 

 そう言って”土佐”は着物を合わせる為に使っている腰の帯へと手を伸ばし、引っ張る。既にボロが来ていた帯は軽く引っ張る事であまりにもあっさりとほどけ、ぼろりと繊維を少し千切れながらも手の中に納まる。タオルを籠の中から取り出し、”土佐”は取った帯を籠の中へと入れる。その動きに連動する様に様に閉じていた服の合わせが開く。丁度良いと、”土佐”が着物を脱ぎ、それを軽く折りたたみながら籠の中へと入れる。

 

 そしてインナーへと手を伸ばしたところで停止する。

 

「……」

 

「”とさ”さん?」

 

「うん、いや、あの……」

 

 ―――今、女の体をしているんだよな……?

 

 ほんの数分前まではそれを一切気にしなかったというより気にするだけの余裕はなかったし、気にする事から逃げていた。だがこうやって安心できる環境にやって来ると話は変わってくる。心に余裕ができるという事は、考える事に余裕が増えるという事でもある。今までは気にしなかった事を気にするだけの時間と場所が出来たという事だ。

 

 ―――たとえば風呂に入るから裸になって体の現実と直面する必要があるとか。

 

「いまさらですなー」

 

「うるせぇ」

 

 艦娘の死体から剥ぎ取ったインナーも割とボロボロだが、それでも大事な部分は隠れる程度には無事だ。片手をインナーにかけつつ、そういえば、と軽く思い出す。じっくりと自分の―――土佐の体を観察した事が無い、と。そもそもそれだけの時間がなかったとも言えるのだろうが。ただ理性的な部分で、”土佐”はこれ以上脱ぐことを恐れていた。それは一つ、本来の主である土佐に対する申し訳なさと、

 

 そしてこれを確認したら今までは夢半ばだった感じが現実になりそうで。

 

「”とさ”さん、”とさ”さん。たぶんですけどとささんはそーゆーこときにしませんよ? たぶん。めいびー。きっと。”とさ”さんをえらんだのもとささんっぽいですし?」

 

「……そっかな。……許してくれるかな、土佐さん」

 

 最後の言葉は小さく呟く様に”土佐”が口にする。だが返答は返ってこない。もとより”土佐”と土佐がコミュニケーションを成立させたことなんてない。一方的に送ってくる土佐の意志を”土佐”が受信し、そしてそれを”土佐”が好き勝手解釈しているだけだ。だから楽しそうな今の土佐の意志を、雰囲気を、”土佐”は大丈夫だとして解釈する。そこで再び溜息を吐き、

 

「……何中学生みたいなリアクションしてんだ。女の裸を見るのだって別に初めてじゃないだろ」

 

 インナーをそのまま一気に脱いだ。

 

「”とさ”さんってものすごいおとこらしいですなー。ようせいさんとしてははじらいがあったほうが、こう、じつにもえるかんじでぐっどです。あとできたらぱんつはひもぱんでおねがいします」

 

「ばぁーか」

 

 妖精の軽く口のおかげか、はたまた土佐の体に土佐の”女”としての色が強く染みついているのか、インナーはあっさりと脱げた。そのまま靴と靴下を脱いで籠に入れると、髪の毛をサイドポニーに縛っていた鉢巻を”土佐”が取る。しゅるしゅる、と音を立てながら”土佐”の長い髪が床へと付く様に落ちる。野暮ったい、長すぎるとも評する事の出来るその髪を”土佐”は無視し、そのまま履いている下着に両手で手をかけて脱ぎ、籠の中へと入れる。

 

 服を脱いだ所で籠の中に入っている今までの服装を改めて”土佐”が確認する。重巡のだったり、空母のだったり、駆逐艦のだったりと、来ている服装の元の持ち主の種別は関係なく色々と良く集めたものだ、と”土佐”は思う。だがそれを妖精も思っていた事なのか、

 

「ほんとばらばらですなー。ようせいさんでもちょっとおどろきです」

 

「だな」

 

 くすり、と笑みを零して脱衣所を”土佐”が見回す。そうやって探すのは部屋の端にある鏡の存在だ。天井に届きそうなほどに高い鏡はおそらく高身長の大和型の事を考慮して作られたものなのだろう、それは艦娘の中でも比較的に背の高い”土佐”の姿を用意に捉える事が出来た。”土佐”は改めて、鏡に映る己の姿を―――土佐の姿を確認した。

 

 鏡に立っているのは全裸の女の姿だ。身長はおそらく百六十程。体格は良い。戦艦型の多くがそうであるように、”土佐”が軽く胸を強調する様に張れば、その豊満な胸が自己主張する様に髪の合間から姿を現す。特徴的とも言える錆びた赤色の髪は引きずる程長く伸びており、それは胸の先や股間周りを隠して、妙な艶やかさを今の恰好に生んでいた。少なくとも男なら生唾を飲みこまずにはいられない様な姿だ。

 

「……ふむ」

 

 軽く顔を覆う髪を退けて確認する顔に傷は多く、綺麗系の筈の顔に入った傷のせいでどこか頼もしさが生まれているが、それは”土佐”が自分自身を鏡で確認しているからだろうと分析する。両目の色は髪よりも明るい赤色をしており、戦闘中ふと海面を覗き込んだ時、爛々と輝いていた事を思い出させる。電探を使っていた時も、そういえば軽く輝いていた、と。

 

「まさしくびじょじゃんるですな。びしょうじょとびじょのあいだというかんじで。どっちもあじわえてじつにおとく。ようせいさんはだいすきです」

 

「このエロ妖精め」

 

 何時の間にか頭の上にいた妖精の腹を撫でたり突っついたりで”土佐”が軽く妖精と遊ぶと、再び視線を鏡に移る己の姿へと向ける。

 

「……辺り前だけど、土佐さんの姿、か」

 

 そこに男の姿はなく、生まれたままの女の姿しか存在しない。そこには特に興奮も困惑もなく、何故か妙に落ち着く所さえあった。変った事よりもその事実に対して”土佐”は困惑を軽く覚え、悩もうとするが、頭からそれを振り払う。もう鏡には映らなくなった男の姿を思い出せずにいるが、それをあっさりと諦める。鏡に映る己の姿から視線を外し、足を風呂場の方へと向ける。

 

「ま、さっさと入らないと風邪引いちまうしな!」

 

「ですなー。れっつごーおふろたーいむたーいむー」

 

 頭の上で妙な歌を歌う妖精の姿を微笑ましく感じ、胸の中に一瞬だけ感じた寂しさを振り払う様に”土佐”は風呂場へと向かった。




 入渠シーンが服を脱ぐシーンだけで終わった。次回こそは(

 割と茶番やどうでもいい描写で話数が増えている様泣きもしますが、なんかこれも艦これっぽいなぁ、とか思ってると説明やら描写でドンドン文が増えて行く感じに。1話5000文字だと癪が若干足りない感じに。これ以上増やすと1日1更新辛い上に読み物として一番快適な文字数のレンジから離れるのよねー……。

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