浅い微睡の中、”土佐”は背中にやわらかい感触を感じていた。それをもっと求める様に体を動かそうとしたところで、身体の上に乗る感覚を感じ取り、身体の動きを止める。艦娘であっても、寝起きは十分に眠く、辛い。特に久方ぶりの十分な睡眠をとった直後であればなおさら。”土佐”が体の上に乗っている感触が妖精のものだと気づくのに数分を必要としていた。そして数分経過したところで、全く起きようとする努力をしていなかった。
本来の”土佐”という人物は普通の人物だった。極限的な環境と、そして精神的な影響があったため大荒れしていたわけで、元々は平和と怠惰を愛する一人の人物でしかない。そして久方ぶりの安らかな空間はその本性を引き出していた。だから”土佐”は何か重要な事があったよな、なんて事を思いつつもまた微睡の中へと沈もうとし―――額に軽い衝撃を受ける。
「”とさ”さん、さぼりはよーくないです」
「眠いわぁー……」
「ぎそうをおんにすれば、いっぱつでめがさめますよー」
そう言いながら額をぺちぺちと叩く妖精が”土佐”を起こそうと額を叩き続ける。流石にそれを乗せたまま、眠れる程”土佐”も神経は太くはない。微睡を惜しく思いつつも、”土佐”は上半身を持ち上げる。それとともに小さく楽しそうな悲鳴を漏らしつつ、身体に乗っていたり張り付いていた妖精たちが落ちて行く。”土佐”の妖精が額から落ちて胸の谷間に着地しつつ、”土佐”は自分の姿を確認する。布団が一枚掛けられてはいるが、恰好は神通に貸してもらっているカジュアルな服装のままだ。場所も入渠施設内の宿直室のままで、昨夜からの変更は窓の外が明るくなっている事ぐらいになっている。
「ふぁー……ぁ……あー……良く寝たわ」
「”とさ”さんおはよーごぜうます」
「おはよーごぜうます妖精さん」
小さく笑いながら妖精を胸の谷間からサルベージした”土佐”はそれを頭の上へと乗せると、ベッドの上には他にも妖精がいるのを確認する。笑顔と共におはようの挨拶をすると、楽しそうに妖精たちが手を振り返しながら挨拶をしてくる。そこで段々と目を覚まし始めてきた”土佐”はベッドから降りると、軽く体を動かす。服に少し皺がついているからアイロンして返す必要がある、なんて事を思考しつつ、
「きどうてすとで、ちょっと”とさ”さん、ぎそうをおんにできませぬか」
「”とさ”さんのいいところみてみたい!」
「いっき! いっき!」
「れっつごー!」
「と、言う事は修理が終わったのか……って結構寝てるしそりゃあ終わるよな。うっし」
ベッドから降りて両足で立つ”土佐”は軽く体を右へ、左へと捻り、そして腕を真直ぐ上へと組んでから伸ばし、身体の調子が悪くない事を確かめてから体の内側へと意識を向ける。そこで体内に搭載されている艤装を、タービン、出力機、艦娘を艦娘として構成するそれぞれに機器へと向ける。この数週間でそれは使い潰す勢いで使用されてきて、ボロボロになっていた。だが軽く目を閉じて”土佐”が確認する艤装の調子は本来の輝きを取り戻したかのような力強さを感じられた。それを感じつつ、”土佐”は軽く艤装の出力を上げる。
音を立てずに艤装は起動し、そしてその力を発揮する。
人間を遥かに超える力が体に漲るのを”土佐”は感じつつ、妖精たちはその仕事を完璧にやり遂げた、という事を理解する。あの時、リ級やヲ級を千切ったり引き裂くのに”必要以上に力が必要だった”と、”土佐”は思い出す。今のこの完璧な状態の艤装であればフルスペックで力を発揮できる。もっと、戦いが楽になるし、戦いやすくなる。満足げな息を漏らしながら”土佐”は艤装の出力を燃料の節約のためにも切る。そしてしゃがみ、ベッドの上でわくわくしながら見てくる妖精達と視線を合わせ、その頭を撫でたりする。
「おう、完璧だよ。ありがとな、妖精さん達」
「うぇひひひひー」
「とーぜんのしごとをしたまでですなー」
「んほほほー」
「”とさ”さんのゆびにちょうきょうされるー」
「最後のお前だけは待て」
最後の発言を零した妖精を捕獲すると執拗に頭を焦げるぐらいの勢いで”土佐”が撫で始めると、宿直室への扉が開く。そこに入ってくるのはトレイの上に料理らしきものを乗せて運んでくる、明石の姿だった。明石は妖精と”土佐”の姿を確認すると楽しそうに笑みを零し、
「どうやら元気になったみたいですね。とりあえず朝食を持ってきました。食べ終わったら早速検査とかに入りますけど……大丈夫ですよね?」
それに対して”土佐”は軽く頷きながら妖精達を回収すると、半分を頭や肩の上に乗せ、残りを両手を使ってジャグリングし始めて、
「こんだけ調子良い」
「妖精さん達と仲が良いですね、土佐さんは……」
若干呆れながらも明石は笑い声を零すと、ベッドの横のテーブルに料理の乗ったトレーを置く。それは見た感じ、普通の料理にしか見えないが、
「艦娘が食事代わりに摂取している燃料を一般的な料理として加工したものです―――まあ、食材化とかは妖精さんか間宮さんにしかできないんですが。ここらへん、間宮さんや妖精さんに詰め寄ってもやり方教えてくれないんですよね―――あ、料理に関しては普通の料理と同じ味ですからご心配なく。結局は燃料で出来ているので人間の方が食べたら一瞬でトイレ直行ルートですけど」
「これがたぶん初めてのまともな食事なんだよなぁ……」
食事一つがこんな尊いものだとは、普通に生きている分には解らない事だよなあ……。
そんな事を思いつつ、”土佐”は食事と明石、関わった全てに感謝しつつ此方へとやってきた初めて口にする料理を、朝食を食べる。
それは今まで食べてきた何よりも、美味しく感じられた。
◆
”土佐”が食事を食べ終わると、”土佐”の休憩、休養の時間は終わる。修理も補給も睡眠も行った”土佐”がこれ以上休んでいる理由は存在しなく、”土佐”の身の預かりは海軍、軍隊となっている。求められるのは力と成果であり、無料で施しを与える様な余裕が人類にある訳ではない。故に与えられた優しさと恩に対して”土佐”には報いる義理と義務が存在する。勿論、それだけの覚悟は二週間の間に”土佐”の中で出来上がっていた。故に検査や性能実験に関して”土佐”に否定する要素はなく、朝食を食べ終えた後で”土佐”は入渠ドックから明石について行き、出る。
「入渠ドックには残念ながらそういう環境が揃ってないのでここから一番近い第十一演習場の方を一旦貸切にして色々と実験する事になっています。既に機器も色々と持ち込んでいて、準備万端だったり―――昨夜から」
「なんだか待たせているようで申し訳ない……」
「あ、いえいえ、実際上層部の一部の方々はアグレッシブですが、それは全体から見て少数です。基本的に元帥ポストの方々にいるのは第二次世界大戦経験者の方々なので、私達艦娘に対して思い入れ持ってたりと……別の意味で色々と大変だったりするんですよ? 夕立さんの一人目の時とか”戦果が解らなくてごめんなさい”と叫んで土下座はじめたり、綾波さんを前に心臓発作起こしかけたり」
「アグレッシブ元帥っすなぁ」
綾波や夕立は史実において凄まじく活躍した艦として認識されている。生存者であるならそこに何等か思うところがあってもおかしくはないと、”土佐”はそう思考しつつ明石の後ろを歩く。空は澄み渡る程の快晴で、水平線の向こうが見えそうなほどに海は凪いでいる。だがそれでも遠くからは人の声が、海の上には出撃する艦娘の姿がある。遠巻きながら、”土佐”も視線を向けられている様に感じる。その視線が、少しだけ”土佐”には居心地が悪かった。
「あ、此処です」
そう言って明石が連れてきたのは”海の上”に存在する施設だった。天井のない半円の様な形をしており、おそらく艦娘達が戦えるように海の上に建てられているのだろう。明石について中に入れば、予想の通りに小さな陸地と、そこから続く海が存在していた。広さは結構存在し、派手に動き回る事が出来る様になっている。”土佐”が視線を陸地の方へと向けると、そこには様々な機械が存在しており、海上戦闘用の金属型艦装靴も存在していた。ニーハイブーツ型のそれを明石は持ち上げる。
「とりあえず普通の靴じゃ耐久性に難があると思いますし、検査中は此方の方でお願いします。その間に色々と準備をしていますので」
そう言うと明石は背中を向け、鼻歌を歌いながら大量に並べられている計器や艦装を触り始める。その動きには妖精達もついて来ており、明石が機器を弄っている様に、動きに混じって艦装を動かしたりしている。その背中姿に慣れているな、なんて感想を”土佐”は抱いてから靴を艦装の物へと履き替える。本来なら艦娘は艦装を所有しており、まるで魔法の様に自由に出し入れする事が出来る。
だが、未成戦艦という存在であるせいか、土佐という艦娘には最初から艦装が搭載されていなかった。たったの一つも。
故に、こうやって別の艦娘の艦装を、まるで人間から艦娘へとなった者の様に装備しなくてはならないのが”土佐”に与えられたデメリットだった。人間と同じ、といってしまえばそれまでの話ではある。
「終わったよ」
艦装靴を履き終えた”土佐”はそう言って明石へと視線を向けると、明石がちょっと待ってくださいね、と機械の操作をしていた。そのまま明石は”土佐”へと視線を向ける事無く、背中姿で”土佐”へと指示を飛ばす。
「こっちの方は準備を進めておきますので、とりあえずは速力を計りたいので妖精さんを一人乗せてくれますか? 機関出力に関しては修理中に妖精さんたちが既に調べてくれていたようなので大丈夫ですから」
「おしごとですわー」
「了解」
妖精を新たに肩の上に乗せた”土佐”は軽い跳躍と共に艤装の出力を一瞬で最大状態へと持って行く。朝食を通して燃料を摂取したばかりの”土佐”の体は力で溢れ、漲っている。今までの様なだるさは一切も存在しておらず、海面へと軽く着地するのと同時に、ゼロからトップスピードへと自分自身を叩き込む。体に叩きつけられ、駆け抜けて行く颶風を感じつつ、”土佐”は軽く体を前に倒す様に姿勢を変えて颶風の抵抗を減らす。そのまま演習場の奥へと向かって一瞬で加速する様に移動すると、演習場の端で大きく波を吹き飛ばす様に発生させつつクイックターンを決め、また一瞬でトップスピードに乗って開始地点まで戻ってくる。今度はターンした時とは違い、機械がある事も考慮して徐々に速度を落とすような形で近づき、停止する。
「だいたい28から29のっとぐらいでしたな。もともとのかががたせんかんのきかくですと26.5のっとぐらいらしいでしたし、ひとりめだとこうりょするとけっこーあっぱーちょうせいはいってますなー」
「なるなる、28から29ノット……完全に馬力と速力に関しては長門型を超えている感じですね。流石に馬力は大和型を超える事はありませんが。……っと、これぐらいの速度なら二次改装の金剛に負ける感じですが無改装状態で考えるなら十分すぎますね。……えーと、装甲値は確か妖精さんが……」
「あかしさん、ここですよー」
「ありがとうございます妖精さん。えーとえーと、あったあった。装甲値は高い、っと。背丈も結構高い感じですよねー、土佐さんは。少なくとも長門さん並に背が高いですし。あ、そっちのデータも持ってくれば良かった。うーん、ちょっと反省ですね」
「もってくるです?」
「ひとっぱしりするです?」
「じゃあ、お願いしちゃおうかな?」
「わぁー!」
妖精達が駆けだすのを眺めていると、端までやってきた明石が機械を握っており、それを”土佐”へと手渡ししてくる。それを渡した明石は、機械を指さしながら説明してくる。
「それは握力の測定器です。一応元の企画書や妖精さんから馬力が大体どんなものかは聞いていますけど、実際はどれぐらい出るのかテストです。艤装の出力を最大にして、それのグリップ部分を全力で握ってください。一応長門型でも壊れない程に頑丈に出来ているものなのでそれ」
「ほほう」
その事に”土佐”が艤装の出力を最大まで上げて目を輝かせると、”土佐”の頭の上に乗っている”土佐”の妖精が小さくあー、という声を零す。だがそれが聞こえる事もなく、
”土佐”は本気で機械を握る。
そして次の瞬間には機械が千切れて壊れた。
「りきゅうをちぎれるのに、きかいをちぎれないわけがないのです」
妖精のその呟きは嫌に演習場に響いていた。
加賀型戦艦でググれば企画スペックは出てきますわ。それに一人目という要素で若干数値+されている感じで。性能的に見れば長門以上大和未満かそんな感じで。
何時になったら提督とかと合流なんでしょうかねー