TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
1 始まりは突然に
あるとき、三女神様はとてもとてもめずらしいものを見つけました。ヒトの魂——それも別世界の——です。元の肉体は既にこわれてしまっているのか、ただただ漂うだけの魂。好奇心と哀れみから、三女神様は魂に肉体をあげることにしました。
生まれることのできなかったウマ娘の体、そこに漂っていた魂を入れたのです。
ですが、ウマ娘の体をもらった魂は喜びませんでした。彼には自分が既に死んでいる自覚がなかったのです。
そこで三女神様は考えました。そうだ、彼には使命を与えて送りだしてやろう、と。使命をやり遂げる過程で、素晴らしいトレーナーに出会えるように少しだけ運命に細工をしてあげるのも忘れません。
ヒトもウマ娘も、禁止されればされただけ意識してしまう生き物です。三女神様が一番望むことを禁止され、彼は送りだされました。
こうして哀れな魂は第二の人生……いえ、ウマ娘生を得ることになったのです。
4月。期待と不安を胸に、新たなるウマ娘たちがトレセンへとやってくる。学園は物珍しそうに辺りを見回すウマ娘で溢れていた。
そんな中俺は1人、三女神像の前で呆然と立ち尽くしていた。
「これ、どうすれば……?」
頭の上で揺れる耳に、腰の辺りから伸びる青鹿毛の尻尾。数分前まで俺にはなかったものだ。
元はといえば、俺はアプリ『ウマ娘プリティーダービー』をプレイする無数のトレーナーの内の1人だった。それが、突然ウマ娘にされたかと思えば『ガチ恋せずにトゥインクルシリーズを走り切れなければ一生そのまま』などと言われる始末。
「あー……あそこに居るのはスペシャルウィークか。あっちはテイエムオペラオー。で、向こうでなにか配ってるのがスマートファルコン、と」
ウマ娘にTSさせられて、ウマ娘世界にぶち込まれる。
創作ではたまに聞くシチュだが、自分がそうなるとは思っていなかった。
創作だからいいのであって、実際に体験するのはゴメンだ。少なくとも俺はそうだった。なんとしても、三年間走り切って元の世界に元の姿で戻る。あちらには残してきたものが多すぎた。
両親は健在、職もあるし貯金だって使い切ってない。見てない映画だってあるし、行ってない居酒屋だってある。
それに……こちらの世界に自分の居場所があるとは思えない。
「ええと、名前とか戸籍は……」
鞄を漁れば学生証と学生手帳が見つかった。
手元の学生証の写真と、ガラスに映る自分の姿を見比べる。どちらにも青鹿毛ショートボブの美ウマ娘が写っていた。イエイ、とピースしてみれば、ガラスの中のウマ娘も同じ動きをする。
名前は『ミーティアルクス』というらしい。全く聞いたことがない。ウマ娘には実装されていなかったし、実在馬にも……いなかった、と思う。
右眼は半分ほど前髪で隠れ、後ろ髪にはところどころに白のメッシュが入っていた。くそかわ。
「流石、ウマ娘だけあって容姿のレベルは高いなぁ。中身男だけど」
学生手帳には校則なども記載されていた。これは後で確認するとして、今はもっと個人情報が欲しい。最低限自分の置かれた立場を理解しておかないと色々マズい。
「他に情報は……実家の住所とか両親の名前とか」
個人情報の欄には身体計測の結果も乗っていた。胸は……まあまあある。いや、身長のことを考えれば結構あるのでは? 身長はそこまで高くはない。ライスシャワーなんかのちんまい子よりは高いが、おそらく黄金世代あたりには負けるだろう。体重も安定しているが……これは普段の生活次第である。
そうしてペラペラとページをめくっていると、お目当てのものを発見した。
「おっ、家族情報あるじゃん。えーとなになに、なんだこれ」
本来家族への連絡先などが書かれているはずの場所は空欄になっていた。受理する段階でおかしいと思わなかったのか?
いや、俺を送り込んだのは三女神——神だ。この程度のことは容易いのだろう。
「っ……」
本当に自分はこの世界に『ねじ込まれた』存在らしい。天涯孤独のウマ娘、それが俺というわけだ。
わかってはいた。だがお前は異物なんだ、と改めて突きつけられた気がして少しだけ気分が落ち込んだ。
とはいえ、落ち込んでばかりいられない。元の世界に戻るためにも、やることは山積みだ。
「まずはトレーナー探しからかなぁ。なんかいい感じにゆるーいトレーナー見つけて、適当にチームにでも入れてもらうかぁ」
トゥインクルシリーズを走り切る、という目標を果たすにはトレーナーが必要不可欠だ。実際、アプリではトレーナーがなかなか付かなくて難儀していたウマ娘も多かった。一応、やる気さえ見せれば救済策はあるらしいが、どこまで期待できるものなのかもわからない。事実、アグネスタキオンは退学になりかけたし、トーセンジョーダンは自分からトレセンをやめようとしていた。本当に最低限でしかない可能性もある。
「とはいえ、走り切るならまあ、難易度はそこまででも、ないよな……?」
ミソなのは『走り切る』というワード。走り切るのが目標なら、最悪『1勝』できればなんとかなる。
というのも、アプリでも語られているが『2年目9月まで未勝利だと担当契約が解除される』のだ。手元にあったパンフレットを確認すれば、確かにその旨が記載されている。これに引っ掛かったら一発アウト。
逆を言えば、これに引っ掛からなければある程度自由が効く、と言える。
正直、アプリのように『G1レースで○着』といった目標を提示されたら詰む。黄金世代に覇王世代がいて、スマートファルコンまでいるのだ。短距離マイル中長距離にダート……全て魔境確定と言っていい。
「いやマイルはまだマシか……? あっダメだわ、あっちにいるのタイキシャトルじゃん」
見れば遠くでデカいウマ娘がはしゃいでいる。その近くには無表情なウマ娘もいて……マジかよ、どうなってんだこの世代。
まさかオグリやタマモまで居たりしないよな……? 適性が中距離にしかなかったら絶望するぞ。
G1一着など目標にされた日には本当に『終わり』だ。が、流石にそんな厳しい世界ではないだろう。三女神様ほんとお願いします。慈悲をください。
一勝ならきっと、たぶん……
「それくらいならどうにでもなるでしょ。一勝したら後は担当トレーナーに見放されない程度に頑張って、ゆったりとウマ娘ライフ送りたいね。ほんとに……」
自意識は男だし、育成シナリオでよく見たスパダリイケメントレーナーにガチ恋するようなこともないだろうしな!
かくして、俺のトレセン生活が幕を開けたのだった。
☆
「うわぁ、すごい熱気……これが選抜レースか」
トレセンで生活を始めて早数週間。
意外と『走る』ことは楽しかった。これはウマボディに起因する楽しさなのだろうか。
「よっ、ほっ」
それにこのボディの性能は意外と悪くない。確かにアプリに登場するような凄いウマ娘程の性能はないが、新入生のうち上の下に食い込めるくらいの力はある。そこにアプリで培った『勝つ』ためのコース取りや、加速のタイミング、マークする対象などを加えれば……そこそこの勝率を叩きだせるのだ。
全く『走る』訓練をしていなかったのにこれ。頑張ればG2くらいならワンチャン……?
「まあ、それも全部トレーナーが付かないと話にならないんだけど」
そのためにも、選抜レースを落とすことはできない。そう、例え同じレースに『メイショウドトウ』と『テイエムオペラオー』が出走してるとしても、だ。
「はーっはっはっはっ! ここからボクの覇道が始まるということさ! さあトレーナー諸君っ! ボクの走りを見ていてくれたまえ!」
「はわわわわわわわわわわ……」
本当に気が滅入る。いや、2人ともいい子なのだ。同学年としてたまに話したりするし、併走トレーニングなども受けて貰ってるからよくわかる。だが、その実力だけはどうにかしてほしい。
ちょっといい線いけるのでは? などと思っていた俺の鼻っ面をへし折ったのが彼女たちだ。
「おや、確かボクと同じ新入生だったね! 併走トレーニングでもしないかい?」
そんな言葉に誘われて、併走してしまったのが運のツキ。
俺は、食らいつくことすら出来なかった。スペックが違う、というのだろうか。スタートダッシュの力強さも、コーナーリングの巧さも、直線での加速も全てが上。あれでまだ『未完成』? 嘘だろう?
あれはまさしく『覇王』だ。ワンチャントレーナー邂逅前のアプリ版オペラオーなら、勝負にはなるんじゃないか……なんて思っていた俺の心を折るには十分なイベントだったといえる。
それだけではない。黄金世代の走りは『未完成』なオペラオーの上をいく。
一度だけ目にしたエルコンドルパサーの走りは、それは凄まじかった。なんというか、別次元の走りだ。そしておそらく、それが黄金世代の走りなのだろう。
本当に、『走り切る』のが目標でよかった……
「第五選抜レース出場者は集まってください。繰り返します。第五選抜レース出場者は集まってください」
蹄鉄よし、耳飾りよし……最終チェックをして、ゲートに入っていく。
「選抜レース、2000m芝。バ馬状態は良」
距離は中距離。選抜レースでは自由に距離を選べるが、やはり中距離は人気だ。レース数も多く、三冠の称号を取るためには避けて通れぬ道。
だが、それゆえにレースを観にくるトレーナーの数も多い。つまりは、スカウトの機会も増えるのだ。
「これがゲートか……」
ゲートの中は案外居心地がよい。ウマ娘は狭い場所が苦手、などと言われていたが自分には当てはまらないようだ。やはり、ウマソウルが希薄もしくは無いのだろうか。
落ち着いた自分とは対照的に、隣の栗毛のウマ娘は落ち着かない様子でゲートの中で仕切りに動いている。
「各ウマ娘ゲートインしました」
時が止まったような静寂。それから一秒と経たずに……ゲートが開いたっ!
「おっと、4番スプリングハッピー出遅れた! 6番のテイエムオペラオーは快調な滑り出し!」
そして、この選抜レースで俺は『レースで競い合う』ということを、真に理解していなかったことを思い知る。
「ひぃっ……!」
「最終コーナー回って各ウマ娘一斉に直線に差し掛かる! おーっとどうした? ミーティアルクスが失速だ!」
こわい。俺は、そう思ってしまった。
鬼気迫る表情で、最終コーナーで競り合うウマ娘たち。走る前は敵ではないと思っていた、いわゆる『格下』であろうウマ娘に気迫で負け、道を譲ってしまう。
ウマ娘は一般的にとても耳が良い。それこそ、レース中に他のウマ娘の息遣いまでわかってしまう程に。 何が何でも食らいつく。お前はそこを退け! そんな声すら聞こえてくるかのような、荒い息遣い。
バ群の中で、俺は何もできなくなってしまう。ふらふらと自分の位置すら見失い、外に弾き出されていく。
好位置を維持出来なくなった俺は、みるみる順位を落としていった。
「一着テイエムオペラオー! 二着はメイショウドトウ!」
他のウマ娘から数秒遅れでゴール板を駆け抜けた俺。ゴール先の芝で、呆然と着順掲示板を見上げる。
何も出来ずに佇む俺のところに、スカウトが来ることはなかった。
☆
「えー、ルーちゃんそれであんな順位落としちゃったの? 最終コーナーまではいい感じだったのに!」
同室のウマ娘、ブリッジコンプが叫ぶ。
「ああ、うん。いやさ、怖かったんだよね……コンプは怖くないの? みんな『食い殺してやる』ってくらいの表情と息遣いで突っ込んでくるじゃん?」
「うーん、気にならないかなぁ。案外ルーちゃんって繊細だよね。私生活はガサツなのに。私が言わなかったらいまだに外でも『俺』って言ってたでしょ? ほら、髪もちゃんと乾かさないと朝大変だよ?」
「私生活がガサツは余計だ。はぁ、こんなんじゃデビューなんて夢のまた夢だよ……」
非常にマズい。今の自分の状況をアプリ的に表すなら『本番×』といったところだ。しかもこれ、『バ群×』とかも併発してない? バ群に飲み込まれた瞬間、ほとんどなにも考えられなくなってたんだけど。
というかこれ、詰んでない?
おそらくはウマ娘としての本能が希薄なのが原因だろう。レースになにがなんでも勝ちたい、そんな本能が存在しないため、気持ちで負けているのだ。というか、全力で走るウマが怖くない人間なんているのか? そう考えると絶望とも言える。
えっこれ改善できるの……? アプリならばスキルポイントを割り振れば一瞬だが、現実ではそうも行かない。地道に向き合い、少しずつ改善していくしかないのだ。
とはいっても慣れでどうにかなるのか……? 多分これ、俺という存在の根幹に関わってくる不調だぞ?
『小さなほころび』やら、『まだまだ準備中』などとは訳が違う。
「でも、それ以外はいい感じだったし次はイケるって! すごかったよ、あのコーナーリングとか!」
「あはは、ありがと。そういってもらえると気が楽になるよ」
「うんうん、ルーちゃんはそうやって笑ってるのが一番!」
よし、と自分の頬を叩いて気合いを入れ直す。この『本番×』と『バ群×』を何がなんでも改善しなくてはならない。
今回は『先行』で走ったのも良くなかったのだろう。先行というポジションは、どうしても後ろから迫るウマ娘と並んだウマ娘、両方を意識しなくてはならない。
ならば……逃げを選ぶのが良いかもしれない。有名な例では、ツインターボは気が弱く馬群が怖かったためあのような大逃げをしていたという話がある。
そうだ、大逃げだ。影をも踏ませぬ大逃げ。これで勝ちを掴み取る!
そして俺は知ることになる。逃げという脚質の厳しさと、『トレセン学園は婚活会場』であるということを——
= NDF
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■■区■■で乗用車にはねられ成人男性1人死亡 逃走の運転手を逮捕
202■年■月■■日 8時37分 事故
■■日、■■都■■区の路上で、成人男性1人が乗用車にはねられ死亡しました。警察はこの事件を引き起こした後の逃走したと見られる運転手を逮捕し、詳しい状況を調べています。
■■日午前■■時ごろ、■■都■■区中心街近くの路肩で、歩道を歩いていた■■■■さん(■■)が乗用車にはねられました。
警察によると、駆けつけた救急隊員によりまもなく死亡が確認されました。
警察は乗用車を運転し、事故後に逃走を続けていた■■■■容疑者(■■)を過失運転障害の疑いで本日逮捕しました。
調べに対して容疑を認めているということです。
現場にはブレーキ痕はなく、後ろから追突された■■■■さんは即死であったとみられています。
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