TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか   作:TS娘には恋させよ

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9 友情トレーニング キングヘイロー

「あら、ちゃんと来たわね」

 

 朝六時。夏なのもあり、すでに気温は高い。海沿い特有のジメっとした、それでいて心地のいい風が肌をなでる。

 そんな風に髪をなびかせ、キングヘイローが立っていた。

 いや、キングヘイローはほんとジャージ似合うな……これでいいところのお嬢様だって言うのだからズルい。

 

「はい、今日はよろしくお願いします!」

「そうね、昨日は砂浜ダッシュをしていたんでしょう? ならば今日は山の方にでも行こうかしら」

「えっ」

 

 キングヘイロー、山……うっ頭が。

 彼女のキャラストーリーには山で遭難しかけるものがある。流石に気にしすぎか……? まああれ、ジュニア級での話だしな。

 

「じゃあいくわよ!」

「あの、行って何をするのかだけでも」

「? 山間トレーニングに決まってるじゃない」

「山間トレーニング……? この合宿場って、山の方にコースなんてありましたか……?」

 

 不安になってきた。

 が、虎穴に入らずんば虎子を得ずともいう。キングヘイローのトレーニングについて学ぶ貴重な機会だ。

 

「大丈夫よ! このキングがしっかりと下調べをしてきたわ!」

「じゃあ、よろしくお願いします」

 

 合宿場の周りはしっかりと舗装されているが、山の方面に進めばすぐに様子は変わる。

 足元はきれいに慣らされた地面から、凸凹とした土へと変わり、ところどころに石なども混じりだす。

 これ、大丈夫か……?

 

「ふっ、ふっ……なかなかいいトレーニングになりそうね」

「かなり、足腰が鍛えられそうです」

 

 こんな悪路を走っているというのに、キングの体幹に全く乱れはない。これが、黄金世代の一角。

 バクシンオー先輩の時も思ったが、強いウマ娘というのは皆『速いだけではない』。

 速さは、卓越した肉体強度と走行技術の副産物にすぎないのだ。

 

「くっ……足元が、わるくてっ……速度が出ないっ」

「あら、キツかったら言って頂戴。流石に後輩を、こんな山の中に置いていくわけにはいかないわ」

「ありがとう、ございますっ……!」

 

 砂浜とはまた違ったキツさがある。

 足元が悪いだけならまだいい。が、山の中は起伏が激しい。結果、登ったり降りたりを繰り返すことになり、疲労の度合いが跳ね上がるのだ。

 

「これ、今登ってる……? いや、平坦なのか……」

「あら、すごいじゃない。今ちょうど平坦なところを走ってるわよ。ずっと傾斜だったから勘違いしそうになるけどね」

 

 今走っている場所が平坦なのか、傾斜なのか。これは大変重要な事だ。感覚だけでどのような場所を走っているのか、それを理解できるようになれば、走行技術をさらに向上させる事ができるだろう。

 コースをすべて頭に入れていても、ウマ娘である以上『本能』に頼る場面はどうしても出てくる。そういった時のために、体の感覚をしっかりと調整しておくのは大切だ。

 

「あの傾斜を越えたら、第一休憩所よ! もうひと踏ん張り頑張りなさい!」

「ぐ、おおおおおっ!」

「これ、すごい傾斜、ねっ……!」

 

 2人して坂を駆け上がる。ほんと、キツい坂だ! 淀の坂はこれくらいキツいんだろうか。

 坂を駆け上がったところには、簡単ではあるが休憩所が設けられていた。ベンチくらいしかないが、何もないよりずっといい。

 

「ふぅ、ふぅ……大丈夫ですか、キングヘイロー先輩……」

「誰に、聞いてるのかしら……私は、キングよ……一流のウマ娘は、このくらいじゃへこたれないわ……」

 

 最後の坂はキツかった。おかげで息も絶え絶えだ。

 揃ってベンチに横たわり、息を整える。

 

「あなたは……」

「は、はい……」

「あなたは何のために走っているの?」

 

 俺に、目指すべき明確な目標はない。流されるままにブルボンに宣戦布告し、流されるままにGⅠに挑戦しようとしている。

 だが、今はそれでいい。そう俺は思うようになっていた。

 

「私は、ミホノブルボンに勝つために走っています」

「そう……いい目標だわ。ライバルが居るっていうのは、とてもいいことよ」

「あはは……未だにまともに勝てたことないですけどね」

「関係ないわよ。勝つ、と宣言した相手がいる。それだけで十分なの」

 

 キングヘイロー。今までの勝ちレースはホープフルS。ただし、このレースには黄金世代の4人は未出走だ。

 それ以降のGⅠでは、ライバルたちに勝てていない。皐月賞はセイウンスカイ、ダービーはスペシャルウィークが取った。

 

「私はね、あの子たちに勝ちたいの。どうしても、ね」

「先輩……」

「だから、あなたと一緒。まあ別にもっと大きな目標もあるけどね」

 

 ライバルは皆が皆、超一流のウマ娘だ。エルコンドルパサーはNHKマイルCを、グラスワンダーは朝日杯FSをそれぞれ勝っている。

 

「応援してるわ、あなたの事。それと一つ忠告よ」

「はい、なんでしょう」

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 心臓が、大きく跳ねた。

 それは、まさに少し前までの俺の事だったから。

 なんとしてでも勝たないといけない、勝たなければ全て無意味だ。そう、思って走っていた。

 

「それは、もう大丈夫です。トレーナーも付きましたし、晴れて未勝利戦にも勝てました」

「ええ、そうみたいね。あなたの走り、以前とは大違いよ」

「へ?」

「あら、一流のウマ娘は後輩のこともしっかり確認するものなのよ?」

 

 おおう、マジか。そんな前から目をつけられてたのね……

 この感じ、選抜から見てたな。

 

「ふふっ、私の前では気を張らなくてもいいのよ? 入学したてはもっとヤンチャだったみたいじゃない」

「あー、ああああっ! どこまで知ってるんだ!」

「さあ、どこまでかしらね?」

 

 これ、本当に最初から目をつけられてたな!? なんかしたか俺!

 

「取り繕うのはいいわ。ウマ娘たるもの、夢を見せるのも大切なことだもの。でも、自分を偽りすぎるのはやめなさい」

「はい……」

「よろしい。じゃあ次の休憩所まで一気にいくわよ? 準備はいいかしら?」

「はい!」

 

 再び山間部を走り始める。山の奥に進むほど、道はどんどんと険しくなっていく。足を取られる回数も増え、タイムはみるみるうちに落ちていった。

 そんな時だった、キングヘイローが声を上げたのは。

 

「きゃっ!」

「キング先輩!?」

「だ、大丈夫よ……ちょっと、虫がいただけだから……」

 

 びっくりした。もし怪我でもしたら一大事だ。

 もうすぐ折り返し地点なため、今が一番道が険しい。そういった事もないとは言い切れないのだ。

 

「あの、キング先輩靴紐が」

「あら、ありがとう。すぐ結ぶから、先に行ってて頂戴」

「へ、いや待ってますよ」

「大丈夫よ。それとも、私が追いつけないとでも?」

 

 自信満々にそう言い切られてしまってはしょうがない。

 山間部を1人で進んでいく俺。時折後ろを確認するも、なかなかキングヘイローはやってこない。

 

「本当に大丈夫か……? 迷ってないよな、キング先輩……」

 

 そうしていると、後ろからやってくる足音。が、明らかにペースが速い!

 山間部、しかもこんな荒れた地面をこの速度で走る……尋常じゃないぞ!?

 

「はぁぁぁっ!」

「ウッソでしょ!? マジで追いついてきたよ!」

 

 荒れた地面、その中でも比較的マシな部分を選び、こちらへ突っ走ってくるキングヘイロー。

 どうしても避けられない荒れた場所は、持ち前の根性で無理やり突き進む。これが、キングの走り——!

 

「ふぅっ……どう? ちゃんと追いついたでしょう?」

「は、はい……すごかったです……」

「あら、あれくらいなら頑張れば誰でもできるわよ?」

「あはは……」

 

 いや、その『頑張る』の程度がエグいんだよ……

 だが、あの煌めくような走り。電撃の如き追い上げ。思い出すのは『詰め寄り』の上位スキル『電撃の煌めき』だ。

 短距離用の、事実上キングヘイロー専用スキル。

 

「あの、どんなトレーニングで身につけたとか……あります?」

「ふふっ、いいわ。あなたに後でメニューを送ってあげる。ほら、連絡先をよこしなさい」

「いいんですか!? やった!」

「あなたは本当にかわいいわね……セイウンスカイさんもこれくらい素直ならいいのに」

 

 キングヘイローと連絡先を交換する。

 もしあの煌めきを手に入れる事が出来れば、俺の更なる武器となるだろう。短距離の追込、というレースの流れに左右されやすい適正の性質上、持てる手札は多い方がいい。

 

「ほら、休憩所も見えてきたし、一休みしたら最後まで突っ走るわよ」

「もうそんなにきてたんですか」

 

 頭の上に浮かぶ太陽。その位置は半分を過ぎている。結構走ったな……

 一休みしたのちに、俺たちは再び走り出す。陽が傾き出すにつれて、だんだんと心地のいい風が吹き始めた。

 結局、俺たちが合宿場まで戻ってきたのは陽が赤らみ始めた時。当初の予定通り、暗くなる前には帰ってこれた。

 

「はぁー、いいトレーニングになったわ。さすが、GⅠウマ娘もやっていたトレーニングなだけあるわね!」

「えっ、そんなトレーニングだったんですか……?」

「言ってなかったかしら? 上級者向けのコースらしいわよ」

「うへぇ……それであんなにキツかったのか……」

 

 はっきりいって、山間部コースを使ったトレーニングはキツかった。それも、全身にずっしりとくるタイプのキツさ。短距離を走った時とはまた違うキツさだ。

 軽くストレッチをし、そのまま風呂に向かおうとする俺。

 そんな俺に、キング先輩からストップがかかっった。

 

「ちょっと待ちなさい。ここまで一緒にトレーニングしたのだから、お風呂まで一緒にいくわ」

 

 えっそれはちょっと……

 実は俺、この世界に来てから今まで、一回も大風呂に入ったことがない。そりゃそうだろ!? 元男だぞ!? あんな空間、耐えられるわけない。

 

「あの、いつも部屋のシャワーだけで済ませてて……」

「はぁ!? あなた、正気!? ダメよ、そんなんじゃ! ほら、こっちに来なさい!」

「あああ、待ってキング先輩! ほんと待って!」

 

 キングヘイローに手を引かれ、風呂場に連行される。

 脱衣所にはトレーニング後のウマ娘がちらほらと。あああああ! なんかこう、落ち着かない!

 

「ほら早く脱ぎなさい。あんまりそのままにしておくと、蒸れて肌に悪いわよ」

「あ、あはは……今から部屋でシャワーに切り替えることって……」

「もう! 脱がせるわよ!」

「ちょ、あああっ!」

 

 キングヘイローの手で見ぐるみ剥がされてしまう俺。というかなんでそんな手際がいいんだよ!

 脱いだ服はきれいに畳まれ、カゴに入れられる。そして俺は体にタオルを巻かれ、晴れて大浴場デビューとなった。

 

「まったく、こんなところでウララさんでの経験が役に立つなんて思わなかったわ……」

「お、おちつかない……」

「さあ、そこに座りなさい! 髪洗ってあげるわ」

「ええええ、いいですよそこまでは!」

「いいから座る!」

「は、はひ……」

 

 言われるがままにワシャワシャと髪を洗われる俺。あっ、上手い……めちゃくちゃ気持ちいいわ……

 

「キング先輩、すっごい上手いですね……」

「同室の子の面倒を見てあげてたら自然とね。それより、やっぱり髪が少し傷んでるわね。シャンプーとリンスは何使ってるの?」

「一応、同室の子が勧めてくれたのを」

「うーん……普段シャワーにはどれくらい時間を使ってるかしら」

「5分くらい……?」

 

 男の頃もそれくらいだったし。幸い、髪型はロング系ではない。洗うのにもそこまで時間ががかからないのは楽でいいんだよな。

 だが、そんな俺の言葉を聞き、キング先輩は絶句していた。

 

「あ、あなた一体どんな入り方してるのよ!?」

「へ? 髪洗って、体洗って顔洗って……」

「髪だけで5分はかかるでしょう!?」

 

 確かに、今のようにしっかりと洗えば時間はかかるかもしれない。が、そこまでしなくても……

 

「いい? 髪は女の、ウマ娘の命よ。しっかりと時間をかけなければダメ」

「でも」

「でももなにもないわ! まさか入った後に乾かしたりしてない、なんてことは」

「それは流石にやめました。同室の子にかなり怒られてたんで」

 

 ほんと、ブリッジコンプには色々と怒られた。そのおかげでなんとか『女』として生活できている、といえるかもしれない。

 が、それでもまだ足りないらしい。

 

「はぁぁぁ……本当に、とんだやんちゃ娘ねあなた……」

「えへへへ……」

「いい? 今からしっかり手順を教えるから、ちゃんと覚えなさい!」

「はい……」

「それに、あんまり酷い有様だとトレーナーにも色々言われるわよ?」

「ふぇ!?」

 

 それはヤダ!

 いや、あのトレーナーがそんなこと言ってくる性格とは思えないけど、関係が悪くなるのはマズい!

 

「あら、随分と食いつきが良くなったわね? ふふっ、そういうところはほんと可愛いわね」

「ど、どうすればいいんですか……?」

「はいはい、ちゃんと一から教えてあげるわ」

 

 そうして。俺の日課に『長めのシャワー』が追加されることになる。しっかりと手入れをするようになった青鹿毛は、以前よりも数段ツヤと色の深みを増すことになるのだった。流石はキングヘイロー、髪の手入れ技術も一流……

 

 

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