TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
「夏祭り?」
「うん、なんでも合宿場の近くでやってるらしいよ。どうだい、息抜きに行ってきたら」
「えー、どうしようかな……」
夏合宿も半分が終わった頃、トレーナーがそう切り出した。
夏祭り、夏祭りかぁ。そういやアプリでもそれっぽい描写があったよな。とはいえ、一緒にいく相手が……アヤベさんならなんだかんだ言いつつ付き合ってくれそうだけど。
「最近はかなりキツめのトレーニングばかりだったから、気分転換も必要だよ?」
「とは言っても、誰と行くかって問題が……そうだ、トレーナーが付いて来ればいいじゃん」
「へ? ちょっとなにを」
この手があるじゃないか! というか女子同士のお出かけって、未だに慣れないんだよな。ブリッジコンプのやつは、俺の事をよく引きずり出すけど……
「あー、ルクス? こういうのは同級生とかと一緒に行くものじゃないか?」
「いいじゃん別に。それに、キツい俺のトレーニングに付き合ってるんだから、トレーナーも気分転換が必要だろ」
「……それを言われると辛いな。仕方ない、一緒に行こうか」
やった!
荷物の中から財布を引っ張りだし、ジャージのポケットに入れる。そうしてそのままトレーナーの腕を掴み、引きずるようにして飛び出した。
「ちょ、ルクス!? 急すぎないか!」
「いくよ、トレーナー!」
いや、実際夏祭りは気になってた。1人でなら行ってもいいかなぁ、とは思ってはいたんだが……1人で夏祭りとか、ちょっと寂しすぎるので考えないようにしていた。
絶対周りカップルとか友人グループとかばっかりだろ。知ってるんだぞ、祭りはぼっちに厳しいイベントだって。
「待って待って! 財布とってくるから! というか、着替えたりしなくていいのかい?」
「え、着替えるってジャージと各種トレーニングウェアしか持ってきてないし……」
「ルクスはほんと、ストイックだね」
トレーナーも準備を済ませ、2人仲良く夏祭りに向かう。
現地は人でごった返しており、なかなかの盛況ぶりをみせていた。というか、背が小さいせいで辺りが見渡せない。トレーナーとはぐれないか心配だ。
出店の看板ですら、ぴょこぴょことジャンプしなくては確認できない。くっ、いい匂いがするのに、看板が見えない! なんの匂いだこれ。
と、四苦八苦しているとトレーナーが心配したのか声をかけてきた。
「ルクス、こっちこっち」
トレーナーに促され、人の少ない場所へと向かう。
いやぁ、人混みを甘く見ていた。小さくなった影響をモロに受けている。あんまり気にしてなかったけど、俺ちんまいな……
「大丈夫かい? はぐれないように注意してね。一度見失ったら簡単には見つけられなそうだし」
「ん、わかった。なんかこう、うまい事はぐれない方法ないかな」
「あー、うーん」
急にトレーナーの歯切れが悪くなった。
こういうときは大体何かを誤魔化そうとしている時だ。目も泳いでるし。ふと辺りに目をやると、稀にではあるが手を繋いで歩く人が見受けられる。
その手があったか。確かに妙案だ。
「トレーナー、手つなご」
「ルクス? それは」
「はぐれたら困るだろ? ほら、早く手出せよ」
「あの、だな」
「なんだよ、なんかだめな理由でもあるのか? 手を怪我してるとか言わないでくれよ? それなら今すぐ部屋に戻って安静にしてもらうからな」
ほんとどうしたんだよ。半ば強引に手を取り、トレーナーと手を繋ぐ。
「んー、やっぱ大きいな、手」
「ルクスがちっちゃいんだよ」
「ちっちゃい言うなし。今まさにそれで困ってるんだぞ」
観念したのか、トレーナーは割と素直に手を握り返してきた。うむ、満足。
2人で歩き、屋台を見て回る。トレセン管轄の合宿場が近くにあるからなのか、ウマ娘用の屋台も多く、なかなかに新鮮だ。
りんご飴、焼きそば、射的。いやぁ、やっぱりお祭りは楽しいな!
「うん、ルクスが楽しそうでよかった」
「こういうの、久しぶりだからなぁ。お祭りとかいつぶりだっけ」
「沢山楽しんでね。ここのところ、ずっと頑張りっぱなしだったから、一回気を休めた方がいい」
「でもなぁ、あんまり気を抜くのも」
「気を張りすぎると、ある日突然切れて立ち直れなくなったりするから、僕としてはしっかり気を休めてほしいかな」
「それなら、まあ」
なんかうまく丸め込まれた気がする。
こう、トレーナーは俺の扱いが上手すぎるんだよ。言い負かされてばっかりじゃないか。そんな俺わかりやすいか?
なんだか釈然としないもやもやした気持ちを抱えながら、屋台に目をやる。
「これは、メンコか」
「あれ、ルクス昨日はしてたよね?」
「キング先輩にもらったやつか。あれ一個しか持ってないから、洗濯してる間は着けられないんだよな」
「待ってルクス、君がメンコをしないのって、体に合わないとかじゃなくて『持ってないから』なのかい?」
以前キングと風呂に入ったとき、メンコも耳飾りも持ってないと言ったら大変驚かれた。目を見開きながら、ウマ娘であることを捨ててるとか、本当に女かとか言われたときはこっちも驚いたものだ。
で、面倒見がめちゃくちゃいいキングは、予備のメンコを俺にくれた。遠慮しようとしたのだが、『キングのプレゼントが受け取れないのかしら!?』と涙目で言われてしまったのだ。受け取らないわけにもいかなかった。
「あー、うん。なんというか、どうやって買えばいいのかもわからなかったし……」
「呆れた……ズボラなところがあるとは思ってたけど、ここまでとはね」
「しゃーないだろ。全くこういうこと教わってこなかったんだから」
「普通はそんなことないんだけど……ルクスを見てたら本当にあるのかも、って思ってしまうのがおそろしいところだね」
メンコはなかなかに快適だ。通気性も悪くないし、何より『聴力の強いウマ娘耳』に制限をかけてくれるのが嬉しい。元ヒトの身としては、ウマ娘ボディは過剰スペックに感じる事も多いのだ。
まあレースでやりあうならば、その過剰スペックを使いこなせないとダメなのだが。
屋台に並べられたメンコは、どれもなかなかにデザインがいい。屋台の品なんて、大体が三流品かパチモンだと思ってたのでかなり意外だ。
「よう、嬢ちゃん。なかなかいい品だろ? ここは合宿場も近いからな、本職の奴らが小遣い稼ぎにきてるのさ」
「本職?」
「勝負服とかを作ってる奴らさ。小遣い稼ぎをして、ついでに名前を売っておこうなんてやつも少なくないぞ」
おー、じゃあマジで質がいい品なんだな。チラっと見えた値段もなかなかのものだ。
俺の目が屋台の端に置かれたメンコで止まる。流星の刺繍があしらわれた、可愛らしいメンコ。
「…………」
「ルクス、どうした?」
「あ、いやべつに……」
すっごい欲しい。
いや、可愛いものとかにはそこまで興味がないんだが、あれから目が離せないのだ。どうする? 値段だけ見てみるか?
少しだけ値札をめくって、そこに書かれていた金額に驚愕する。た、高い……
現在俺の所持金は、全て虚空から湧いて出たものだ。比喩でもなんでもなく、一月に一回決まった日に、財布に突如としてお金が現れるのだ。絶対これ三女神の仕業だろ。
で、その金額は決して低いわけではない。が、高いわけでもない。このメンコは、お財布ギリギリ……いや、今見たら足りなくねぇか?
「う、うううう……」
「ルクス? 本当に大丈夫かい?」
「大丈夫、大丈夫……うう……」
欲しい。マジで欲しい。
こういってはなんだが、明らかに本能がアレを欲している。勝負服職人が作っていると言うだけあって、そういう不思議な現象があってもおかしくはないだろう。
「もしかして、あれが欲しいの?」
「……う、うん……」
こくり、と頷く。欲しいもんは欲しいんだからしょうがない。とはいえ、お金も足りないし今回は諦めるしかないのだが。なんとか、取り置きとかしてもらえないかな……いや、屋台だし無理か……
そんな事を考えてると、トレーナーが財布を取り出した。
「すいません、端のそれいただけますか?」
「おお、お目が高いね兄ちゃん! 予備もセットになってるからお買い得だぞ」
「これでお願いします」
「ちょ、ちょっとトレーナー!? 流石にそれは」
決して安い買い物ではない。必死にトレーナーを制止するものの、また言葉巧みに押し切られてしまう。
「メンコを使うってのは、他のウマ娘に怯えがちな子には有効な手段だよ。ルクスはメンコが出来ない、って訳じゃないんだし」
「いや、だからって買ってもらう訳には」
「それに、初勝利のお祝いもしてなかっただろう? だからこれは、そのお祝い」
「なんだよそれ、ズルい」
「大人はズルいんだよ」
そうしているうちに、トレーナーがお金を払い終えてしまう。あああ、結局また負けた!
ほんとなんで勝てないかなぁ!?
「はい、ルクス。後で採寸して、レース用のも発注しようね」
「……ねえトレーナー」
いいこと思いついた。ちょっとトレーナーを困らせてやろう。
案外トレーナーは線引きをちゃんとするタイプだ。さっきも手を繋ぐのを躊躇していたように、『そういう事』を担当にしてはいけないと思っているのだろう。
そこを、突く!
「耳に、着けてよ」
「へ?」
「だから、メンコ着けて。今ここで」
「ルクス? あの、ルクスさん?」
「早く」
どうするトレーナー? ここは大人しく引くしかないだろう? これで俺の勝ちだな!
そう勝ち誇る俺の
「ひゃいっ!?」
「ルクス、あんまり動かないで。メンコは左でよかったよね? 昨日も左だったし」
「ひゃ、ひゃい……」
「片方だけでいいかな?」
「み、右は着けると変な感覚あるんで、左だけで、お願いします……」
まってちょっとまって。なにそれきいてない。
ここは『ごめんルクス。それは出来ない』って引くところだろ!? なんで優しく被せてるんだよ!
「はい、どうだいルクス。違和感ない?」
「ない、です。あの、ありがとう、ございます……」
「ん、どういたしまして。よく似合ってるよ」
「あ、あう……」
脳が茹って、考えがまとまらない。なんで反撃されただけでこんなに取り乱さなきゃいけないんだ。
くそ、ほんと訳がわからない。
「ルクス、尻尾を抑えておいた方がいいよ。他の人にあたっちゃう」
「しっぽ……?」
「うん。パタパタ動いてるから」
この体になってから、頭の上には大きなウマ耳が、お尻の辺りにはウマ尻尾が生えた。が、これの制御が非常に難しい。いつの間にか動いてるし、なにより動いているのを自分で察知出来ない事が非常に多いのだ。
今も全く気づいてなかった。
「んっ、ちょっと、待って! なんで自分の尻尾なのに、言うこと聞かないんだっ!」
「あ、あはは……」
なぜかいつまでも止まろうとしない俺の尻尾。数分の格闘の後、やっとの事で抑える事に成功するのだった。
ほんと、訳がわからん! なんだよウマ娘ボディ! 俺に不利なこと多すぎだろ!
「なんかどっと疲れた……」
「じゃあどっかで座って花火でも見ようか」
「ならなんか買ってからにしよう。たい焼きとかわたあめとか食べたいかも」
屋台を物色し、いくつか食べるものを買ってから脇道に逸れる。
できるだけ人の気配がなく、かつ花火が見える場所を探せば、案外候補は多数見つかった。
あそことか開けてる上に人もいないしいい感じかね? 俺たちはそこに腰掛けて買ってきたものを広げた。何から食べようかな。
「んー、美味しい。屋台のチープな料理って、たまに食べるとなぜか美味しく感じるんだよな」
「たまにだからだろうね。こういう気分転換ってのは大切なんだよ」
「そうだなー。なんか気分転換で疲れた気がしないでもないけど」
「あはは……」
遠くで光っては消える花火。一瞬の煌めきを残し消えていく様は、華々しくも哀しい。
俺はトレーナーにもたれかかると、心の内を打ち明けた。
「なぁ、トレーナー」
「なんだい、ルクス」
「俺は、ミホノブルボンに勝てるのかな」
ずっとずっと考えていた事。どんなにトレーニングをしても、ミホノブルボンに負ける光景を振り払う事が出来ない。最終直線、ゴール手前で再加速するブルボンの姿が頭から離れないのだ。
勝ちたい。だけど勝てる気がしない。
「ルクス……」
「あはは、弱気になりすぎかな。でも、ブルボンは確実に前回よりも仕上げてくるはずだ。その時、果たして追いすがれるのか」
「大丈夫だよ」
優しく抱きしめられる。不思議と、嫌な感じはしなかった。いつもは『気軽に頭撫でやがって』とか、『抱きしめるのは担当とそのトレーナーという関係上大丈夫なのか?』とか思うのに。
「君は僕のウマ娘だ。担当の事を信じてないトレーナーがいるもんか」
「でも」
「それに、僕は君が頂点を取れると思ったからスカウトしたんだ」
「随分と大きく出たな……なんだよトレーナー、そんな野望持ってたのか」
「笑うかい?」
「笑うもんか。俺をスカウトしてくれた、大切なトレーナーなんだぞ」
ぎゅ、とトレーナーを抱きしめ返す。これは親愛のハグだ。だから、大丈夫。
「ありがとう、トレーナー。俺は、ブルボンに勝つよ」
「楽しみにしてる」
そんな暑い夏の夜。
次の日から俺たちは誓いを新たに、打倒ブルボンに向けて更なるトレーニングを積み重ねていくのだった。