TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
夏。合宿を終え、学園に帰ってきた俺はトレーニングに勤しんでいた。
サクラバクシンオー、キングヘイロー、そしてアドマイヤベガ。三者三様の走りを参考に、自分の走りを磨き上げていく。
「うん、悪くないタイムだ。スパート以外のタイムもかなり伸びてるね」
「基礎体力が伸びたからか? 砂浜でだいぶスタミナも鍛えられただろうしなぁ」
「練習でなら中距離は走れるだろうけど、本番だと厳しいだろうね。ルクスの中・長距離が苦手な理由はスタミナじゃないし」
そう、そうなのだ。俺が長い距離が苦手な理由、それは正確にはスタミナ不足が原因ではない。
問題は
バ群が嫌い、本気のウマ娘が苦手。つまりは、レースで走るだけでガリガリと精神力を削られる事に他ならない。
「本気のウマ娘にも、ある程度は慣れてきたけど……」
「バ群嫌いは治らないね」
で、その集中力が持つ限界がマイルって訳だ。気を抜いて走る……なんて手もあるにはあるが、それだとGⅠで勝ちを拾うのはどんなに運が良くとも不可能だろう。
中距離で『入着はできても勝利は勝ち取れない』とトレーナーが言うのはこれが原因だ。
「はー、ほんとままならんなぁ」
「とは言っても、マイルと短距離に絞る子は珍しくもないよ。むしろ、短距離から中距離まで走れる方が珍しい」
「そうだけどさ」
マイルから長距離まで走れる、という子はそこそこ見かける。が、短距離から中距離までとなると途端に数が減るのだ。短距離、という特殊な環境がネックになっているのだろう。
「で、どうするんだい明日は」
「ちょっと見に行ってくるよ。コンプのやつが出走するのに、見に行かない訳にいかないだろ」
9月後半にあるレース、スプリンターズステークス。そこに同室のブリッジコンプが出走するのだ。
ブリッジコンプのGⅠレース。絶対に観にいきたい。
「わかった、じゃあ一緒にいこうか」
「へ? なんだよ、トレーナーもくるのか? 無理についてこなくてもいいぞ」
「ルクス、明日のレースに出走する子は、僕達の前にライバルとして立ちはだかる可能性のある子たちだ。トレーナーの僕が観ない訳ないだろう?」
「あー、そうか。じゃあ、頼んだトレーナー」
翌日、俺たちはレース場にいた。中山レース場は人で溢れており、気をつけなければはぐれてしまいそうだ。
トレーナーの手を取り、きゅっと握る。
「ルクス」
「なんだよ。はぐれたらいけないだろ」
「……はぁ……」
手を引いて、観客席最前列に向かう。
少し早いものの、いい場所も確保できたしヨシ!
「スプリンターズステークスの出走表どこやったっけ……」
「はい、これ出走表だよ」
「ありがと、トレーナー。なになに、一番人気はタイキシャトルか」
出走表にはトレーナーの手で注釈が書き加えられていた。その子の脚質、人気度合い、前走や勝ちレースなどがところ狭しと加えられ、とても勉強になる。
とはいえ、今日注目するのは同室のブリッジコンプと『最強マイラー・タイキシャトル』だ。
「タイキシャトル、レースを見たけどすごい子だ。とはいえ、彼女の本領はマイルレース……」
「短距離でどの程度食らいついてくるかが勝負のキモになるな」
中山の芝1200m。内枠有利のコースであり、荒れやすいコースでもある。
そしてもう一つの特徴。それは、道中の大半を下り坂が占める、ということだ。これにより、かなりハイペースなレースが繰り広げられることが多くなる。
「お、コンプのやつ出てきたぞ」
「彼女、かなり仕上げてきてるね。調子も悪くなさそうだ」
「タイキシャトルは……うーん、どうだろ。調子は悪くなさそうだけど」
とはいえ、レースは時の運も絡んでくる。出走し、そしてゴール板を駆け抜けるその瞬間まで、結果は誰にもわからない。
返しウマが始まり、各ウマ娘が思い思いに駆けていく。
「タイキシャトルは……これまた豪快な走りだね。だけど、ちょっと走りのバランスが悪い気もするね」
「なんというか、すごいよなぁタイキシャトル。俺には無理だね、ああいう走りは」
タイキシャトルはなんというか、豪快だ。そもそもがデカいし、短距離やマイルを走るウマ娘にしては、スタミナもなかなかだ。
そんな彼女は。中盤まで先頭よりもやや後方に付き、最終コーナー手前あたりから一気に先頭を目指す走りを得意としている。アプリだと先行だったはずだし、情報通りといえるだろう。
「お、コンプのやつ走りの調子も良さそうだな。これは期待できるか?」
「うん、いい感じだね。かなりの好走が期待できそうだ。あとは、ハイペースなレースになった時にスタミナが持つかだね」
対するブリッジコンプは、ちんまい体をしている。とはいえ、スタミナがないという訳ではない。むしろ、スプリンターとしては十分な体力と言えるだろう。
そして彼女の脚質は『逃げ』。タイキシャトルの豪快な走りから、最後まで逃げられるか……それが今回のレースの焦点になってくる。
「快晴な空の下、ついに始まりましたスプリンターズステークス! 短距離の王者を決めるべく、16人のウマ娘たちがゲートに入っていきます!」
「あいにくの曇り空ですが、バ場はかろうじて良となっています。ですが午前中の雨のせいもあり、ところどころにぬかるみが見られますね」
「始まったかぁ」
高らかにファンファーレが鳴り響き、全員が一斉にゲートに向かって歩き出す。
コンプは2枠3番。内枠有利の中山1200mでは、かなりの好条件を引けたと言える。対するタイキシャトルは6枠11番。この差が、どうレースに関係してくるか。
「今回のレース、注目すべきはどの子でしょうか」
「そうですね。マイルレースで未だ負けなしの一番人気、タイキシャトルはかなり期待できますよ。前走はNHKマイルカップ、着順は一着です」
「ですが……うーん、少しゲート入りに時間がかかっているようですね」
やはりタイキシャトルは高い評価を受けている。本来の戦場であるマイル以外でこの評価、さすがだと言えよう。というか未だマイルで負け無しなのバケモノじゃねえかな……まあ、短距離ではちょくちょく負けているっていうのが救いだ。
まあ、ゲート入りがスムーズじゃないのはしょうがない。ああいう性格なんだ、狭いところは苦手なんだろう。
「私イチオシのウマ娘はブリッジコンプですね。タイキシャトルとは違って、短距離が主戦場の子です」
「彼女は過去にマイルレースでタイキシャトルに敗れていますからね。リベンジとなるでしょうか」
全員がゲートに入り、会場が静まり返る。
これだけ遠くにいるというのに、ゲートから伝わる覇気と闘気に、体がブルリと震えた。
「さあゲートが開きました! 一番に飛び出したのは3番ブリッジコンプ!」
ガタン、と音を立ててゲートが開き、ウマ娘たちが一斉に走り出す。
「おっと、5番ハープリズム出遅れたか? 2番ファーメントウィンも先頭集団に食らいついていく!」
「1200mという短いレースです。かなりハイペースな展開になることが予想されますね」
中山の直線は短い。これは、最終直線だけの話ではない。芝1200mのコースは、コーナーの終わり部分から始まる。そしてスタート地点からすぐの場所に向正面があり、これが約200mの直線。そうして、その後は最終直線まで全てコーナーとなっているのだ。
つまり、1200mのうち、直線なのは半分以下の500mほど。
「おっと、11番タイキシャトルが集団から抜け出して3番ブリッジコンプに迫る! 枠番の不利をものともしない力強い走りだ!」
「ですがブリッジコンプも負けてませんよ。引き離そうと加速しています」
中山・芝1200mの平均タイムは1:08程度。3ハロン(=600m)を駆け抜けたブリッジコンプのタイムは33.8。これはかなりハイペースなタイムだ。確かレコードタイムがサクラバクシンオーの1:07.1なはず。
が、短距離レースというのは全体的に、前傾タイムとなることが多い。前方脚質の子が多いのが大きな要因の一つと言える。
「さあ最終コーナーを回って各ウマ娘一斉に駆け出した! 中山の直線は短いぞ! 後ろの子たちは間に合うか!」
「先頭で競り合っているのは3番ブリッジコンプと11番タイキシャトル、そして1番のフィアースキック! おっと、フィアースキック失速か!?」
かなりハイペースなレースだった事もあり、最終直線での伸びが鈍い。
ブリッジコンプもタイキシャトルも、顔に疲労が見えた。が、それでも必死の形相で、先頭を渡してなるものかと競り合いを続ける。
「タイキシャトル追いつくか! ブリッジコンプ逃げきるか! タイキシャトルかブリッジコンプか!」
最終直線、その終わり。競り合った2人のうち、タイキシャトルが足を取られ少しだけ姿勢を崩した……ように見えた。
そうして次の瞬間、もつれこむようにしてゴール板の横を駆け抜ける。
これは、どっちだ? 最後、タイキシャトルが差し切ったのか、それともコンプが逃げきったのか……
「おっと、これはどちらが勝ったのでしょうか!?」
「これは……」
掲示板には『写真』の文字が表示されていた。写真判定。肉眼で判別しにくい僅差のレースで行われる判定方法だ。
それほどまでに、彼女たちの差は小さかった。
レース場も、なかなか無い写真判定という言葉にざわついていた。
「なあトレーナー、どっちが勝ったと思う?」
「……ブリッジコンプかな。最後、ゴールに突っ込んだ体勢は、彼女の方が有利に見えた」
一分ほどの後、掲示板に数字が灯る。
一着は3番。
「今判定が終わりました! 一着は3番ブリッジコンプ! 二着は11番タイキシャトルです!」
「やった! トレーナー、コンプのやつがやったぞ!」
見れば、ゴールの先でコンプのやつが大粒の涙を流していた。
初めてのGⅠ勝利。その喜びはどれほどのものなのだろうか。そんな彼女にタイキシャトルが近づいていく。そして、ギュウと力強くハグをした。
あれ大丈夫か……? コンプのやつ、潰れてない?
「タイムは1:08.0か。途中ハイペースになったせいで、最後にみんな失速してたね。それでも逃げ切ったんだからなかなかの根性だ」
「コンプのやつ、ああ見えて熱血だからなぁ」
GⅠレース、そのウィニングライブ。ブリッジコンプが歌い、踊る。
観客席を埋め尽くす黄色のライトに祝福され、高らかに歌う彼女は、間違いなくその日の勝者だった。
「よかったなぁ、コンプ……ほんと、よかった……」
ブリッジコンプ。アプリではモブウマ娘として時折見かける彼女は、お世辞にも強い性能ではなかった。適性もBが並び、終盤までに後方へ消えていくなんてことは日常茶飯事。
だがそんな彼女は、この世界では勝ちを掴み取った。
死に物狂いでトレーニングを続け、適性を覆すための努力を惜しまず、GⅠという大舞台で輝いてみせたのだ。
確かに最後、タイキシャトルが体勢を崩したのが勝利の要因——つまりは運がよかった、ということもあるだろう。
だが、運がいいだけで勝てるほど、GⅠもタイキシャトルも甘い存在じゃない。
「うぐ、ううう……」
ブリッジコンプは、そんな言葉の体現者であると言えた。
「おまえががんばってたの、おれしってるからよぉ……こんぷ、勝ててよかったよぉ……」
「あーあ、服が汚れちゃうよ。ほら、顔拭いて」
泣きじゃくって顔をぐちゃぐちゃにしてしまう俺。
だってよぉ、仕方ないだろ……
コンプのやつが明らかにキツいと言えるトレーニングを、死に物狂いでこなしてたの知ってるし。
「ずびっ……ふぇぇぇ……なんか、泣きすぎてへんな感じ……」
ライブが終わる頃に、やっとの事で涙が止まった。
流石に泣きながら学園に帰るのは変な誤解を受けそうだし……
トレーナーに部屋まで送ってもらい、ベッドに飛び込む。こうでもしないと、無意識のうちに走りだしてしまいそうだった。
「ただいまー! 私様のお帰りだぞー!」
「コンプ!」
扉を勢いよく開き、ブリッジコンプが帰宅する。
「おめでとうコンプ! ほんと、よかったよ……」
「あーあ、ルーちゃん泣いちゃダメだって。ライブで散々泣いてたでしょ?」
「ぐすっ……なんだよ、見てたのかよ」
「あったりまえでしょ。可愛い可愛い同室の子を見逃すはずがないって」
ブリッジコンプに抱きしめられ、頭を撫でられる。
なんで俺の周りのやつらは、やたらと頭を撫でたがるんだ?
「ルーちゃん」
「ん、なに」
抱きしめたまま、コンプが何かを決心したかのように切り出す。
「次は、ルーちゃんの番だから。私に、ルーちゃんが勝負服で踊るところ、見せてね」
その言葉に、俺はこくりと頷いた。
まずは京王杯ジュニアステークス。そして、その次に朝日杯FSだ。
打倒、ミホノブルボン。俺の胸に、さらに決意の炎が灯る。
「必ず、必ず……」
そうして、決戦の時は近づいていく。
【スプリンターズステークス】ブリッジコンプ、執念の粘り勝ち
9月○■日 19:24 配信 204
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ライブでファンたちに笑顔を見せる
ブリッジコンプ
中山レース場で行われた11R、スプリンターズステークスはブリッジコンプが勝利を飾った。同ウマ娘がGⅠレースで勝利を上げるのは今回が初。タイキシャトルから逃げ切って、僅差でのゴールだった。
インタビューに対してブリッジコンプは、「短距離という戦場で、タイキシャトルに勝てたことは自信になった。これからもこの路線で頑張っていきたい」と語った。ブリッジコンプの次走は未定。陣営はマイルチャンピオンシップ等のマイルレースも見据えてローテーションを組んでいくと記者たちに語った。
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