TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
昼下がりのトレーナー室。
俺は珍しくトレーニングもせず、ただただ本を読んでいた。それもレース関連の本ではない。
「ほへー……こっちの童話はこうなってるのか……でもなんなんだよ、このクリーチャーは。馬がいないせいか?」
トレーナーから『トレーニング禁止令』を出されてしまったのだ。いや、確かにここ最近ちょっとオーバーワークだった気がするけど……いや、ちょっとじゃないかもしれない……ブルボンが基準なせいで俺の感覚おかしくなってないか?
まあそんなこともあり、体と心を休める意味を込めて、こちらの世界の創作物を読み漁っているのだ。
これが結構面白い。アプリでも『走れメロス』が『走れウマス』になっているという話があったはず。
「あ、終わっちゃった。これが最後だったよなぁ」
トレーナー室にわずかばかり置かれていた本。それも全部読み終えてしまった。が、まだ随分と時間がある。どうしたものか……
そんなことを考えていると、トレーナー室の扉が開いた。
「ルクス、ちゃんと大人しくしてたかい?」
「んだよ、俺は猫かなにかか」
「猫の方がおとなしいかもしれないね」
ムスー、と頬を膨らませてジト目を向け、顔全体で抗議の意を表する。
本当、デリカシーがないトレーナーだ。一応こっちはウマ娘なんだぞ。
「で、大人しく何をしていたんだい?」
「ほら、読んだことがない本ばっかりだったから色々読んでたんだよ。児童文学とかもなかなかバカに出来ないね」
「ルクスは本が好きなの? それなら図書館に……ああ、閉館日か」
「そ。おかげですることがなくなっちゃってさぁ」
そうなのだ。今日は月に一回の閉館日。なんで被っちゃうかなぁ。
手持ち無沙汰な俺は、トレーナーに八つ当たりをすることにした。
「なぁ、なんか他にないのかよぉ。トレーナーなら色々持ってたりするんだろぉ?」
「うーん、単純に娯楽になりそうなのはあんまり無いんだよね。というか、ルクスは持ってないのかい?」
「え? なんもないけど」
「ほら、いつも読んでる雑誌とか、好きなゲームとか」
「ないよ」
こっちに来てから、娯楽にもほとんど触れずにレースに直結することばかりしてきた。街への買い物すら、コンプのやつに誘われなければいかないほどなのだ。
もちろん、部屋にある私物はレース関連の品ばかり。レースの詳細をまとめた資料の束とか、トレーニングで使う各種グッズとか……
「……わかった。ルクス、街まで行こうか」
「へ? なんだ急に」
「僕が間違ってた。ちゃんと、気の抜き方ってのを教えてあげないとダメみたいだからね……」
あれよあれよとトレーナーに学園から連れ出され、街に繰り出すことになってしまう。
そうして連れてこられた先は、ごくごく普通の複合商業施設。前の世界にもあった、いわゆるショッピングモールってやつだ。まあ、定番の買い物先と言えるだろう。
「おー、おっきい。どんな店が入ってるんだ?」
「大体なんでも揃うよ。ほら、何か欲しいものがあったら言ってごらん、お店まで連れてくよ」
「うーん、そういやちょっと気になるレースの情報が」
「ルクス。今日はそれは無しだって言ったよね?」
「う……」
仕方ないのだ。本当にレパートリーがレース関連のことしかないんだから。
何か他にないか、と必死に探すも、なかなか見つからない。こう、なんか女子っぽい趣味ないんか!?
ふと館内マップを見れば、一つのお店が目に止まる。
「あー、あの」
「何か気になるものがあったかい?」
「キング先輩に、もうちょっと身なりを整えろって言われて……」
「ああ、そういうことか。確かにいくらなんでも簡素すぎるからね。何も耳にしてないのは、そういう体質なのかと思ってたくらいだし」
「あはははは……」
アクセサリーショップ。本来ならこういうところに入る気なんて微塵も起きないのだが、事情が事情なのだ。
ほんと、ウマ娘なのに耳飾り無しは流石にマズかった。学園内見回しても、着けてないのは自分くらいだったのだ。正直ちょっと反省した。
これくらいはちゃんとしないと、有名になった時とかにマズいからね……仮にもGⅠに出ようとしているのだし。
「おおお、結構大きいんだな」
「そうだね、トレセンも近いし力を入れてるのは間違いないよ」
「そういや案内板にもやたらウマ娘向けのお店が書かれてたな……」
店内に所狭しと並ぶ耳飾り、メンコ、そして各種アクセサリー。いや、前世男だったしこういう店は正真正銘初めてなんだよな……
一体どこから見ればいいのか。
「これ、どうやって着けるんだ……? そういやブルボンのも謎髪飾りだったな。あれと同系統か」
おー、これすごいデザイン。みんなどこであんなアクセ買ってるのかと思ってたんだけど、割とああいうのがデフォルトだったのか。奇抜、っていうか目を惹くようなデザインなのも、ウマ娘用アクセサリーならではなのかもしれない。
「なぁ、どんなアクセサリー買えばいいと思う?」
「ルクスが好きなのを買うのが一番だよ。素体がいいからね、何を着けても似合うと思うし」
「へ?」
ぽんっ、と一瞬で頭に血が昇り、思考が止まった。
こいつ、急に何を!
「ほら、これなんかどうだい? 青鹿毛だからシルバーのアクセサリーは似合うと思うよ」
「あ、あうあうあうあう……」
「あんまり暗色系の物だと、髪に隠れて目立たないから、こういった感じの物から選ぶといいんじゃないかな」
「ふぇぇぇ……」
耳にそっとアクセサリーを当てられ、茹った思考がさらに沸騰していく。
なんで、こいつに、こんな翻弄されないといけないんだ! ウマ娘ボディ、本当に不便すぎだろう!
「どうしたんだい、ルクス」
「あの、あの、自分で、えらびます……」
「ああ、ごめんね。少し耳に近すぎたかな?」
「はひ……」
ウマ娘の耳はとてもとても敏感だ。それこそ、こうして近くに手をやられるだけで、変な気持ちになってしまうほど。
今日はメンコを着けているからまだマシだけど……
「ふぅ……落ち着いた……」
「大丈夫? 悪かったね、ルクス。お詫びに何かプレゼントしようか」
「ふぇ!? い、いや良いって! この前もこのメンコ買ってもらったじゃん!」
「遠慮しなくていいんだよ。ルクスはちょっと欲がなさすぎるからね、もうちょっと欲を表に出す練習だと思って」
ううう、本当ズルい。そう言われると何も言い返せないじゃないか。丸めこまれてばっかりだけど、もしかして俺ってチョロい……?
いや、元男なんだしもうちょっと気を強く持たないと。
「うーん、うーん……アクセサリー、やっぱりよくわからないなぁ」
「ビビっときたのでいいんだよ。深く考える方が良くなかったりもするからね」
「あー、これどうかな。着けるのは……右はなんか違和感すごいんだよな」
未だにメンコは左にしか出来ない。こう、なんというか体が拒絶している感じがある。左なら割とすんなりとできるんだが。
と、耳飾りを試着してみようとして問題が発生した。メンコ、取らないとだめじゃね?
実のことを言うと、俺はメンコの着脱が死ぬほど苦手なのだ。いままで無かった場所にある耳、その上うまく動かせなくてやたら敏感と来た。今も必死に取ろうして、何度も失敗している。
「あーもうっ!」
「ほら、こっちにおいで。外してあげるよ」
「う……」
それは、マズい。こう、なんというかほんと耳はだめなんだ。
耳を他人に差し出すという行為、これにはかなりの拒否感が伴う。どうやらこれはウマ娘共通の感覚のようで、よっぽど気を許した相手でもなければ近づけられるのすら無理だとか。
だって言うのに、気軽にそんなこと言うんじゃないよ、トレーナー!
「大丈夫、僕はトレーナーだから扱い方は良くわかってるからね。痛くしたりはしないよ」
「そうじゃなくて……」
「ほら、おいで」
だけど、1人で外すのにも無理がある。うまくいかずにコンプのやつに手伝ってもらうこともかなり多い。リラックスして時間を掛けられる自室ですらそれなのだ。こんな場所で、うまく外せる気がしない。
だからこれは、しょうがないこと……
ぽふ、とトレーナーに体を預ける。
「ん、お願い……」
「じゃあ外すよ。うーん、メンコのサイズが合ってないわけじゃなさそうだね。今まで着けたことがなかったのが原因かな?」
「トレーナー、もうちょい優しく……」
「ごめんごめん。練習するしかないかもね。ほら、取れたよ」
自慢じゃないが、俺の背は小さい。それこそ、こうしてトレーナーに体を預けると、口のあたりにウマ耳が来るくらいに。
そんな状態で喋られてみろ! 正直、おかしくなりそう。
耳が外気に触れる感覚とともに、勢いよくトレーナーから体を離す。長時間は、マジでヤバい。
「トレーナー! ちょっとこれ試着するから!」
「あ、ああ。大丈夫かい?」
「大丈夫!!」
気になっていた耳飾りを手に取り、軽く耳に当ててみる。
うん、悪くないかもしれない。流星、と言った感じの耳飾り。うーん、俺の名前にはぴったりのアクセサリーだよな。
アクセサリーを選べるほど目が肥えてないのもあって、ここはフィーリングで決めるのもありかもしれない。
「うーん、これにするか……?」
「似合ってるよ、ルクス。それが気に入ったのかい」
「なーんか、妙に気になるんだよこれ。あー、そういやメンコの時もこんな感じだったな」
「ウマ娘にはまだ不思議が多く残ってるからね。勝負服なんて走りにくそうに見えるのに、あれを着るとやる気も実力も上がるし」
そうなのだ。本当ウマ娘には不思議がいっぱいだ。
だがその理論でいくと、気に入った耳飾りを着けて走ればやる気と速度が上がる……? ちょっと試す価値あるな。
「よし、これに決めた!」
「気に入ったのがあったようでよかったよ。それじゃあ会計してくるね」
「う……本当にいいのか、トレーナー」
「もちろん。まったく、ルクスは遠慮しすぎだよ。自分のトレーナーにはちゃんと頼って欲しいな」
これ、トレーナーの業務内なのか……? いや、絶対違うだろ。とはいえ、頑なに拒み続けるのもまた違う気がする。前にも信頼関係の話になったが、これもその延長と言えなくもない。ないよね?
よくよく考えると、男性からウマ娘への贈り物、しかも耳飾りって相当アレじゃないか……?
……中身は男だからセーフ!
「あーうー……頭ん中ぐっちゃぐちゃになりそう……」
考えに耽っていると、会計を済ませたトレーナーが帰ってくる。
「おまたせ。はい、これ」
「あ……ありがと……」
「また今度着けてるところを見せてね? ルクスなら絶対似合うと思うから」
「ひゃう……」
というか、耳がスースーする……メンコ、外したままじゃん!
くそ、これまた着け直すのか? 本当、めんどうだなウマ娘!
そう思って懐を探すも、メンコがどこにもない。おかしい、と思っているとトレーナーがポケットからメンコを取り出した。
「ああ、ごめん。預かったままだったよ」
「よかった……無くしたかと思ったんだぞ!?」
「ごめんごめん。そんなに焦るなんて、よっぽど気に入ってくれたんだね」
「ばっ、おま、くぅ……」
デリカシーが、なさすぎる! 何度目だこれ!
なんでこう、こっちの心にズカズカと踏み込んで来るかなぁ!? くそ、ほんと調子狂う。相性が悪いんだか良いんだかわからない。
「んだよ、気に入ってたらおかしいか?」
「いや、嬉しいかな。贈り物を大切に使ってくれるってのは」
「〜〜〜っ!」
最近こういうのがとても多い。なんだかわからないが、トレーナーの一言一句、一挙一動に心を掻き乱されてしょうがないってことが。
おかしくなってしまったのだろうか、俺。
「それじゃあ、帰ろうか。たまにはこういう息抜きもするんだよ?」
「わかったよ……次はコンプのやつと来る」
「ルクスは意外と友達が少ないからね、交友関係を広げるのは大切だから……他の子も誘ってみたりもしてね」
「お前は俺のお母さんか。最近は前よりマシだよ……ちょっとは」
他愛のない会話をしながら、学園に戻ってくる。空は黒く染まり始めており、門限も近い。
寮まで送ってもらった俺は、そのまま部屋に飛び込むとベッドに身を投げた。
コンプのやつはまだ帰ってきていない。そっと、ポケットから紙袋を取り出す。中に入っているのは、今日買ってもらった耳飾り。
「えへへ、結構良い感じじゃん。ちょっと、着けてみようかな」
鏡の前に立ち、慣れない手つきで耳に装着する。
かなり手間取ってしまったが、なんとか上手く着けることができた。
青鹿毛に、金の星がとてもよく映える。確かに、似合ってるな。黒、白、金と三色揃っているのは、なかなかに目を惹くだろう。
「いいじゃん。明日は、これしていこうかな……」
鏡の前で軽く動いてみたりして、様子を確かめていると、部屋の扉が開けられた。
「たっだいまー! あれ、ルーちゃんそれどうしたの」
「ふぇっ!? あ、こ、これか? 今日ちょっとアクセサリーショップで買ってきて」
「ええええええ!? ルーちゃんが1人でアクセサリーショップ!? 嘘でしょ!?」
「いや、その、1人じゃないっていうか……」
俺の様子を見たコンプのやつが、腕を組んで納得が言ったような顔をする。なんだその顔。
「トレーナーさんと一緒にいったんだ?」
「な、なんでわかって」
「わからない方が問題かなぁ……ルーちゃんは気づいてないけど」
「へ?」
コンプはご馳走様、とだけ言うと自分のスペースで何やら作業を始めてしまう。
俺は釈然としない気持ちのまま、買ってきたアクセサリーのお手入れをするのだった。
ふと三女神様は下の世界に目をやりました。頑なに耳に飾りを着けないウマ娘、その子がどうなったのか気になったのです。
そうして覗いてみれば、彼女が耳飾りをつけているではありませんか! それも
三女神様は知っています。耳飾りを右に着けるウマ娘は、元となった魂がオスの子。対して、左に着けるウマ娘はメスの子……
しかし彼女の元になった魂は、人の男の物です。
つまり耳飾りが左にあるということは、彼女の魂が完全に女の物へ変化した事を意味していました。
これからはもっともっと楽しい