TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
京王杯ジュニアステークス。東京レース場で行われるGⅡレースだ。
俺たちがこのレースを目標にした理由は二つ。一つは朝日杯FS前に実戦で体を慣らしておきたかったから。そしてもう一つ。二着までのウマ娘に朝日杯FSへの優先出走権が与えられるのだ。
ミホノブルボンとの直接対決、その前哨戦にふわさしいレースであると言えるだろう。
「ふぅ……」
「大丈夫かい、ルクス。今回は GⅡレース、目ぼしいライバルも見当たらない。ミホノブルボンにあそこまで食い下がれるならば大丈夫だ」
「とは言ってもね……」
ゲームではGⅡレースはいわゆる『ファン数稼ぎ』などの稼ぎ行為に使用されるレースだった。とりあえず、距離適性さえあっていれば高確率で勝てるレース。それがゲームにおけるGⅡレースだ。
が、現実となったこの世界ではそんな甘いものではない。
全員が死に物狂いで走り、一着をなんとしてでも取ろうとする……そんな激戦の場なのだ。
「やっぱり、怖いよ。ちょっとは慣れたけど、それでもまだ苦手意識は抜けないし……」
メイクデビュー、未勝利戦などとは比べ物にならないほどの気迫で迫ってくるのだろう。それも、以前よりもハイレベルなウマ娘たちが。
ブルリ、と体が震える。これは恐怖か、それとも武者震いか。
「大丈夫。何度も言うけど、君は僕のウマ娘なんだ。それとも、トレーナーの僕に勝利のライブを見せてくれないのかい?」
「それは、ズルいだろ……」
ほんと、俺のトレーナーはズルい! だって、こんなにも本気にさせるのが上手いんだから。
こんなことを言われて、奮い立たないなんてウマ娘じゃない。
「頑張るよ、トレーナー」
グッと全身に力を込める。たぎる気持ちを抑えることはしない。闘気を巡らせ、体をレースのために馴染ませていく。
呼吸を整えていると、部屋の扉が叩かれた。
「ルクス」
「うん、いってくる。ゴール板の前で、見ててくれ。俺が勝つところを」
振り返りはしない。ただ、宣言だけを残して控室を出る。
ウマ娘になってから3回目の本格的なレース。そして、初めての重賞は驚くほどの人だった。
「す、ごい」
この世界における、ウマ娘産業の規模は巨大だ。それこそGⅠレースともなれば、周辺に交通規制が敷かれるほど。
それを反映したのが、この観客の数だ。
観客席でうねる人の波、会場を埋め尽くす人の声。
「ふぅ……落ち着け、冷静さを欠けば負ける……」
今日、マークすべきウマ娘は特に居ないと言っていい。というよりも、この時期に情報があるような強豪ウマ娘は、ハナからGⅠを狙う。覇王世代達や、ミホノブルボンのように。
だからこそ、ここにいるウマ娘は全員がマークすべきでない。
だがそれは、脅威となる相手がいないということではない。むしろ全員が脅威だと言えた。
「あの子、なかなか仕上がっている。あっちは調子が悪そうか?」
GⅡレースに出走出来るということは、あと少しでGⅠに手が届く子も少なくはないはずだ。
他のウマ娘たちを見て、調子を確認していく。
「落ち着きがないな、あの子。あがっちゃってるのか」
俺たちウマ娘のお披露目は、まずレース場外のパドックで行われる。とはいえ、GⅡレースでパドックまでしっかりと見にくるようなのは、なかなかにコアなファンだ。というのもレース場外で行われるため、こちらを見たら十中八九自由席には座れない。
GⅠならばよりウマ娘を近くで見られるパドックにくるファンもいるだろうが……
「今日のお前のイチオシは?」
「うーん、ネクサスフォースはどうだ? 悪くない仕上がりだし、おそらくは短距離が得意と見ていい」
「あの子か。仕上がりは悪くなさそうだけど、落ち着きがないな」
観客席から漏れ聞こえてくる会話も、しっかりと出走ウマ娘を把握した上でおこなわれているものばかり。やっぱりここにいるのは、かなりコアなファンたちだ。
ふむ、俺はどんな評価をされているんだろうか。気になって聞き耳を立ててみる。
「ミーティアルクスか。このレースを選んだ理由知ってるか?」
「いや、知らん。だけど、あの感じだと朝日杯FSに殴り込みをかけるか、短距離レースで稼ぐつもりなんじゃない?」
「やっぱりそんなところか……ミホノブルボンと競り合った末脚からして、中距離以上で猛威を振るいそうなもんなんだけどな」
うん、まあそうだよね。俺だってスタミナがあって、中距離以上でも集中力が持てばそっちにいってた。が、どうにも集中力だけはどうにもならない。マイルより上の距離だと、どこかで必ずプツリと精神の糸が切れてしまう。
たぶん、競り合ったりするのが苦手なのに関係してるんだろうな。こればっかりはどうしようもない。
いわゆる、気質に関わることなのだろう。
「とは言っても、あの末脚は素晴らしかった。短距離レースでも、もしかしたらもしかするかもしれないぞ」
「短距離は勝つウマ娘が最近逃げ先行ばっかりで、単調になりがちだから頑張ってほしいよな」
案外好意的な声が多い。というよりも、割とファンの民度が高めだ。ネットを見ていても、質の悪いファンというのは存外に少ない。
パドック中央のステージで、くるりと回ってお披露目する。まあGⅡレースなので勝負服じゃないけど。
「おおお、すごいトモだ。ミホノブルボンのもすごかったが、こっちも負けてないな」
「脚質から言って中・長距離タイプかと思っていたけど……これは、確かにスプリンターで間違いない」
観客達から驚きの声が上がる。どうだ、すごいだろ? トレーナーに頼んで組んでもらった、対ミホノブルボン用のトレーニングの成果だ。
とはいえ、タイツを履いているので全容はお見せ出来てはいないが。だって恥ずかしいじゃん! 生脚!
パドックでのお披露目が終われば、次はレース場へ移動となる。
長い地下通路を通り、決戦の場へ向かう。
「トレーナー、私頑張るから! 勝ったら褒めてね!」
「ああ、頑張ろう!」
「私不安になってきた」
「あれどこで仕掛ければいいって言ってくれたんだっけ!?」
割とここまでウマ娘を送りにくるトレーナーは多い。ここがレース前に、出走ウマ娘以外と会える最後の場所なのだ。仕方ないだろう。
戦術を確認し合うペア、励ましの言葉を送るトレーナー、泣きそうなウマ娘をあやすトレーナー……十人十色の様相だ。
「ふぅー……」
俺は、既に控室で別れを済ませてある。地下通路を歩きながら、精神を統一させていく。
知識と判断と理性、これらに頼る俺の走りは、精神の安定こそが何より大切だ。仕掛け場所、仕掛ける方法、それらを見失えば勝ちは無い。
そして、地下通路から出ればついに本バ場——コースへと進むことになる。
ここで行われるのは返しウマ。いわゆる、ウォーミングアップだ。
「よっ、ほっ。芝の状態は悪くなさそうだな。でも、内ラチ側は荒れ気味か……」
一日におこなわれるレースは一つではない。京王杯ジュニアステークスは東京レース場の11R、つまりはこれ以前に10ほどのレースが行われている。
全てが芝のレースというわけではないが……
「あんまり内に寄りすぎないほうがいいな。いつも通り大外を狙うのが無難だろ」
返しウマでの行動は、ウマ娘の個性がとてもよく出る。俺はこうしてコースの状態を確認しているが、あっちの子なんて思いっきり全力疾走だ。バテないのか……? 俺にスタミナがなさすぎるだけか。
そして、会場にアナウンスが響き渡る。
「続いてのレースは、京王杯ジュニアステークス。各ウマ娘はゲートインの準備を行なってください」
ゲートの前へとすすめば、そこには真剣な表情のウマ娘が14人。フルゲート18人なので、わずかに足りていない。まあ、短距離レースだし仕方ないだろう。
体を伸ばして、ゲートイン前の準備を終わらせておく。
そんな俺たちを鼓舞するように、ファンファーレが鳴り響いた。
「快晴な空の下おこなわれます京王杯ジュニアステークス、芝1400m! バ場は良となっています! 今日の注目ポイントはどこでしょうか?」
「そうですね、東京レース場は最終直線が長いです。530mの直線に、2mの坂。これをどう攻略するかが勝敗に関わってくるでしょう」
俺にとっては有利なコースと言える。なんと言っても、最終直線が長くて坂がある……これが素晴らしい。これのおかげで、後方脚質の勝率も悪くないのだ。
そしてもう一つ。外枠内枠の有利不利が付きにくいという点もいい。
今回の俺の枠番は、5枠10番。まあ、悪くはない。
「さあ、各ウマ娘がゲートインしていきます」
「おっと、ちょっとごねている子がいますね。大丈夫でしょうか」
俺はゲートインに苦手意識が得にないのでいいが、このゲートが苦手な子も多いらしい。
セイウンスカイとか苦手らしいし。現に隣の子がめちゃくちゃグズってて、大変なことになっている。
狭く閉ざされたゲートの中で、一人考えにふける俺。仕掛けはコーナーを回ってからか? 坂での減速が期待できるならば、直線の半ばからでもいいかもしれない。
「今最後の子がゲートインしました」
「今回のレース、一番人気はミーティアルクス。メイクデビューではミホノブルボンに敗れましたが、その時の走りと未勝利戦での走りが評価された結果でしょうか」
「彼女の末脚には光るものがありますよ。今日もその末脚が炸裂するのでしょうか」
俺一番人気だったのか。なんか嬉しい。とはいえ、評価されているという事はそれだけ
俺の走りは、必然的に他のウマ娘たちの行動に左右されやすい。
「二番人気にはネクサスフォース。こちらはメイクデビューでの走りが評価された形ですね」
「短距離では定番と言える、逃げのウマ娘です。坂での減速が心配ではありますが……」
観客達も固唾を飲んで出走の時を今か今かと待っている。
そしてガタンというゲートが開く音が、レースの始まりを告げた。
「さあ各ウマ娘一斉にスタートを切った! 先頭に躍り出たのは3番ネクサスフォース!」
「逃げであるからこそ、先頭を取りに行きたかったのでしょうね。かなりの好スタートでした」
「悪くないですよ。短距離において、逃げで先頭を取ることには大きな意味があります」
いつもどおり、俺は集団の後ろについて展開を見守る。というより、序盤はこれくらいしかできる事がない。
が、決して考えることがないわけではない。
今前を悠々といくネクサスフォース。あのペースは終盤までは持たないだろう。走りの完成度からして、最終直線の坂は越えられない。わざわざついていってスタミナを削る必要もないだろう。
「一番人気のミーティアルクスは後ろからのレースを選びましたね」
「彼女は最終直線での一点勝負を仕掛けるウマ娘です。序盤は様子見をするのでしょう」
東京芝1400m。このコースは短距離では珍しく、前半のタイムが早くならないことで知られる。
だからこそ、しっかりと見極めなくてはならない。仕掛けどころを。
一つ目のコーナーを過ぎ、二つ目に差し掛かる。そしてその中盤ほどまできたところで、前方の集団に変化があった。
「おっと、バ群が横に伸びてますね」
「これは……ミーティアルクス対策を多数のウマ娘が取った、と見るのが正しいのでしょうか」
やられた!
マズいマズい、俺は競り合いとバ群に弱い。自慢じゃないが、あの薄いバ群だって中に入っていくのはゴメンだ。
どうする、考えろ……
「図らずも包囲網が出来上がってしまった、ということでしょうか」
「そうですね。あの末脚をなんとかして封じようと考えた子が多かったのでしょう」
「しかしなかなかにリスキーな策を取りましたね。コーナーで外に膨らむのは走行距離も伸びて不利になりがちなのですが」
「いえ、まだジュニア級のウマ娘なのでコーナーリングが得意でない子もいるのでしょう。あえて外に膨らむ事で、速度を落とさないように曲がる意図もあるのだと思います」
ここは、あえて踏み込む! コーナー中盤、少しだけスピードを上げて前方集団に近づく。
案の定、こちらがスパートの準備をしたのだと勘違いして、速度を上げてくれた。
「おっと、集団が加速しました。一瞬ミーティアルクスも加速したように見えたのですが……」
「本当に一瞬でしたね。彼女は未だ、悠々と最後方を走っています」
中途半端な加速を使い、相手をちょこちょこと突き回す。
だいぶ前方集団のペースが乱れ、バ群に乱れが出てきたその時。ついにコーナーが終わった。
最終直線、ここからが本番だ——!
誤字・脱字の報告を始め、各種声援本当にありがとうございます……
ジュニア級は30話行かないくらいで終わらせられる(予定)です。
とりあえずジュニア級終了までは毎日投稿を続けますので、今しばらくお待ちください。クラシック級も毎日投稿するかは現状未定です