TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
京王杯ジュニアステークス。その最終直線。
横に伸びたバ群には既に乱れが見えて、明らかにスタミナが不足しつつある子が目立った。
「さあ最終直線です! とはいっても東京の直線は約530mと長いため、仕掛けどころが難しくなっています」
「まだ誰も仕掛けようとしていませんね。坂を警戒している子が多いのかもしれません」
バ群が横に伸びた時はどうしようかと思った。
が、あの状況は不利であっても絶望的ではなかった。というより、本当にガッツリとこちらの対策を取りたかったならば、こちらの周りにピッタリついてしまえばよかったのだ。バ群の中で競り合わされる。その状況だけで、俺は走行を続けるのが困難だっただろう。
しかし、それをするのは自らの勝ちを捨てることに他ならない。短距離、それも前方脚質の子が序盤のアドバンテージを捨てるのは死に等しいのだから。
「さあゴール前の坂に差し掛かる! ここで速度を維持できるかどうかが勝ちに直結します!」
「おっと、後ろに動きが見えますね。まさかここから上がってくるのでしょうか!」
速度をある程度維持できる者、失速して垂れる者……バ群はぐちゃぐちゃに乱れ、混戦の様相を呈していた。
が、好都合だ。散々トレーニングで駆け上がった坂、それを突き進む。普段駆け上がってる坂はこんな緩くはないぞ!
「ミーティアルクス上がってきた! 坂だというのに凄まじい加速だ!」
「以前にも見せてくれた加速ですね。確かにこの末脚は凄まじいの一言に尽きます」
目を凝らせば、ゴール板前の観客席にトレーナーがいた。
ああ、ちゃんと約束を守ってくれたんだな。ならば、俺も約束を守らないと。
全身を使い、地面からの衝撃をそのまま推力に変える。
「ミーティアルクス再加速! 坂を駆け上がってさらに加速しました! 凄まじい、本当に凄まじい!」
「とんでもないですね……まさに『流星』と言ったところでしょうか」
乱れ切ったバ群を横目に、さらに加速を続ける。
脚が悲鳴をあげそうになるも、気合いと体のバランス調整で押しとどめ、そのまま先頭におどり出た。
限界ギリギリまで力を振り絞って、そのまま最後まで突き進む。
「『流星』が今ゴール板を駆け抜ける! 中盤の苛烈なマークをものともしない強い走りだ!」
ゴール板の前を駆け抜ける。
1着、1着だ! 初めての重賞、それもGⅡレース。肩で息をしながら、掲示板を見る。一番上には『10』の数字が燦然と輝いていた。
「1着は10番ミーティアルクス! 2着は2番カイコウイチバン!」
レースでほてった体を、軽く走って冷やす。同時に観客席に向かって腕を突き出し、勝利をアピールする。
トレーナー、見ててくれたよな!
「ミーティアルクス、今後が期待できるウマ娘です。短距離路線の星になるかもしれませんね」
「最終直線での加速は、かのサクラバクシンオーを彷彿とさせるものでもありました」
観客席のトレーナーは、普段からは考えられないほど喜びにあふれていた。いつもはあんな大人しそうなのに、あそこまではしゃぐことあるんだな……
とはいえ、自分のために喜んでくれているのはちょっと……いや、かなり嬉しい。
レースでの勝利がこんなにも嬉しいのは初めてだ。未勝利戦も嬉しかったけど、あの時は義務感から走ってたのもあって純粋には喜べなかった。だが、今は違う。
「
再び全身がぶるり、と震えた。
これが、これこそが、勝利の喜び——!
だめだ、これを知ったらレースから逃げられなくなる。まさしく、悪魔的な快感と言えた。
クールダウンを終えた俺は、ウイナーズサークルへと歩みを進める。そこでは勝者の特権、勝利者インタビューと表彰が待っていた。
「京王杯ジュニアステークスで優勝したミーティアルクスさんです。盛大な拍手でお出迎えください」
ウイナーズサークルには多くの人が集まって、俺のことを待っている。このレースは朝日杯FSの前哨戦という位置付けのレースだ。ここで勝ったという事は、そのままGⅠに殴り込みをかける可能性が高い……そういった面から注目度が高いのだろう。
「おめでとうございます。まずは今の気持ちを聞かせてください」
「そうですね、勝ててホッとしています。今回のレースはマークを受けたこともあって、かなり厳しいレースだったので」
インタビューはスムーズに進む。こうして話をしている間にも、カメラのシャッターが切られては、俺の姿が記録されていく。
写真を撮られるのはイマイチ慣れないな。大丈夫だろうか、ちゃんと写ってる?
「中盤に何度も小刻みに加速しているように見えたのですが……」
「はい、前方集団を突いてなんとか突破口を見つけようとしてました。結果的にはうまくいってよかったです」
矢継ぎ早に質問が投げかけられていく。うーん、なんというか無難だ。もうちょっと突っ込んだ質問がくると思っていたんだけど。
そんな事を考えていると、ついに待っていた質問が投げかけられた。
「今回、京王杯ジュニアステークスへの出走を決めたきっかけはなんだったのでしょうか」
「それは……朝日杯FS出走の準備のためです。この後、私は朝日杯への出走を計画しています」
「阪神JFではなく、ですね?」
「はい。朝日杯FS、そこでミホノブルボンにリベンジをします」
会場がざわつく。それもそうだろう。堂々と『ミホノブルボンを倒す』と宣言したようなものなのだから。
「メイクデビューで敗れたミホノブルボンに、ですか」
「はい、これは既に決めていた事です」
力強く宣言する。待ってろ、ブルボン。必ずお前に勝つ。
一時は動揺していた観客達だったが、すぐに納得したのか落ち着きを取り戻す。それからはなんの波乱もなく、優勝トロフィーを受け取り、俺のはじめての重賞レースが終わった。
とはいえ、全てが終わったわけではない。この後、ステージに移動してライブをしないといけないのだ。
……やっぱこれ、全力疾走したその日にライブもやるのおかしくねぇ? 俺、もうだいぶ体ヤバいんだけど。
「ルクスちゃんー! 今日のレース最高だったぞー!」
「カイコウイチバン! 次回も応援するからがんばってくれよー!」
ライブ会場に観客達の声援が響き渡る。二回目となるセンターでのライブ。自分こそが主役であり、人々の声援が俺に集中する瞬間でもある。
うれしさから思わず緩んでしまいそうになるのを押しとどめ、高らかに歌声を響かせる。
その日、確かに俺はレースと勝利の喜びを知ったのだった。
「ルクス、お疲れさま」
「ん、ちゃんと勝ってきたぞ。褒めろ」
「ああ、素晴らしい走りだった。途中はかなりキモが冷えたけど……」
ライブも終わり、控室に戻ってきた俺。
一番始めにするのは、レースのフィードバックだ。今日のレースは実に実りの多いものだった。
「ま、あれくらいならなんとかなるってわかったのは収穫だったな。相手の走りを乱すって方法も、ぶっつけ本番だけどうまくいったし」
「合理的な判断だね。ルクスは後ろから追い上げるスタイルだから、レースの動きを見た上で、それをコントロールできる力を身につけられれば……」
「かなりの力になるだろうな。とは言っても、ブルボンなんかがこの手にひっかかるとは思えないんだよねぇ」
ブルボンが自らのペースを乱したのは、メイクデビューラストの一件のみ。彼女の走りに介入するのは、並大抵の方法では無理だ。並大抵っていうか、後ろから小細工を弄してるうちは絶対無理じゃないかな……
「ま、ブルボン周りのウマ娘をうまく牽制して、一騎討ちに持っていく……それがうまい使い方ってとこだろ」
「そうだね。それだけで走りやすさはだいぶ変わるはずだ」
ほんと、これだけ色々策を弄したのに、未だに勝てるビジョンが浮かばないミホノブルボン……バケモノすぎないか? というか、俺の周りにバケモノウマ娘が多すぎる。
が、ため息をついたところで状況は変わらない。それに裏を返せば
「あとルクス……あれを使ったね?」
「あー、バクシンオー先輩から盗んだ技のことか。結構うまくいってただろ?」
「驚いたよ。不安なら使うな、とは言ったけど、まさかあそこまでうまく使ってみせるとは」
現にスプリントターボはサクラバクシンオーから学んだ技だ。これは俺の切り札の一つして重宝している。もっと完成度を上げれば、更なる加速も期待できるだろう。
「じゃあルクス、脚をチェックさせてもらうよ。あの技を使ったらこうするって約束だったからね」
「う……はいよ、トレーナー」
脚を差し出し、トレーナーに診断してもらう。確かにスプリントターボは強力な技だ。だが、その分肉体への負荷も大きい。もし自身で気づかないほどでも綻びがあれば、それは致命的な怪我となって俺に襲い掛かるかもしれないのだ。
ウマ娘の故障率は主戦場とする距離が伸びるほど増える。が、それは短距離では故障が起きないということとイコールではない。短距離ウマ娘にだって故障は発生するのだ。
「うーん? 予想よりだいぶ疲労が少ないね。もう少しダメージがあると思ってたんだけど」
「今回は体でのバランス調整もうまくいったからなぁ。その気になればもう少しいけたかもしれないしな」
「ダメだよ、ルクス。油断ってのが一番怖いんだ」
「う……ごめん……」
俺にとって、加速をすることは勝ちに直結する。というより、最高速で走り続ける時間なんて極々わずかなのだ。1に加速、2に加速と言っていいだろう。
「でも、もう一段階ギアを上げられるなら、ミホノブルボンを差し切るのも不可能じゃないはずだ」
「ああ。ブルボンは足を残して逃げ切ろうとする可能性がある。だからこそ、再加速したところについていく必要がある……」
「そうだね。加速して、もう一回加速する……それができないと、厳しい戦いになるのは間違いない」
やっぱあれだけ逃げておきながら、まだ加速するだけの余力が残ってるのおかしくないか。本当に厳しい相手だ。
だけども、今だけは勝利の余韻に浸っても許されるだろう。
「トレーナー。まだ褒めてもらってないぞ」
「へ? ほら、素晴らしい走りだったって」
「違うだろ? 走りだけじゃなくて、俺も褒めてくれよ」
せっかくこれだけ頑張ったんだ。もうちょっと褒めてもらってもバチは当たらないだろ?
「はぁ……わかったよ。頑張ったね、ルクス」
「もうちょい。まだ足りない」
「流石はルクスだ。カッコよかったよ」
「ん……」
最近気づいたのだが、この体は褒められると露骨にスペックが上がる。特に信頼している人相手だと、それはもうコンディションに直結するほどに、だ。
体が微妙にふわふわして、気分が高揚する。
自然と身体が動き、トレーナーに寄りかかっていた。ぎゅぅ、と抱きついて頬擦りをする。あー、なんか落ち着く……
「ルクス……」
「あとすこしだけ……あー……」
少しずつ落ち着いてきたが、それでもまだふわふわした感じが残っている。とはいえ、いつまでもこうしているわけにはいかないだろう。
ゆっくりとトレーナーから離れて気持ちを落ち着ける。
「もういいかい?」
「大丈夫……うん、満足した」
「それはよかったよ、ルクス。そうだね、今度お祝いもしようか」
「やった!」
我ながらチョロすぎないか? とも思うが、多分これがウマ娘のデフォルトなんだろう。アプリでもやたら距離近かったりする子多かったし。
鼻歌を歌いながら、帰り支度をして控室を出る。
「ふーん、ふーん♪」
学園に帰ってきても、高揚感は消えなかった。シャワーを浴びてベッドに飛び込み、枕を抱きしめてやっとのことでおちつきを取り戻すことができた。
「で、ルーちゃんはどうしたの。帰ってきて早々にそんな事して」
「んー? 勝ったのが嬉しすぎて、我慢できそうになくてな」
「そうだよ、ルーちゃん勝ったっていうのに私にお祝いさせてくれないじゃん! ほら、こっちきてお祝いさせてよ!」
「うぐ、わかったよ……」
ブリッジコンプのところにいくと、抱きしめられてくしゃりと頭を撫でられる。ちょ、おま、髪が乱れる!
「ほんと、ルーちゃんは可愛い後輩だねぇ……次、朝日杯FSに出るんでしょ?」
「ん、ああ……」
「大丈夫、ルーちゃんなら。相手は強いかもしれないけど、絶対に勝てない相手なんていないんだから」
「んー……」
頭を撫でられ、耳をマッサージされて、夢見心地でコンプに体を預ける。
レースとライブの疲労からか、ゆっくりと瞼が落ちていく。
「あらら、ルーちゃんおねむみたいだね? ほら、寝ちゃっていいよ。ちゃんとベッドまで運んでおいてあげるから」
「ありがと、コンプ……」
京王杯ジュニアステークス。ブルボンとの決戦の前哨戦でもあるそのレースは、俺に力を与えてくれた。
そして続く朝日杯FS。そこで俺は、新たな感情と出会う事になるのだった——
【京王杯ジュニアステークス】ミーティアルクス、重賞初勝利
11月○■日 19:14 配信 31
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笑顔でセンターを飾る
ミーティアルクス
GⅡレース、京王杯ジュニアステークスで優勝したのは重賞初勝利となるミーティアルクス。序盤は後ろに下がりつつも前を目指していたが、中盤に苛烈なマークを受けて一時は厳しい状況だったが、終盤にバ群が乱れると戦況が一気に変化した。ウマ娘のいない場所を突き進んで一気に追い上げ、力強くゴール板の前を駆け抜けた。
ミーティアルクスはウィナーズインタビューで今後について「ミホノブルボンにリベンジするために、朝日杯FSに出走したい」と語った。ミホノブルボンにはメイクデビューで敗北したという因縁があり、共に今後に期待ができる有力ウマ娘だ。
ジュニア級のレースからはしばらく目を離すことができないだろう。
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