TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
シンボリルドルフ。『皇帝』とも言われる彼女は、見る者をも圧倒する走りでトゥインクルシリーズを制した。
が、そんな彼女の走りには意外と小細工が多い。アプリでもそうだったが、いわゆる『デバフ』に分類されるものを多用する傾向にあるのだ。
「やっぱりそうだよなぁ。これ、単純に加速してるだけじゃない」
「うん、ここで他の子の速度が下がってるね。よく見ないと気づけないけど」
モニターの前に二人で座り、リモコンを握りしめて再生と停止、そして巻き戻しを繰り返す。
先日のレースで掴んだ『デバフ』の感覚、それが体に残っているうちに、なんとしてでも『デバフ』について理解しておきたかったのだ。
「シンボリルドルフ……やっぱり、ただ速いだけのウマ娘じゃない。かなり『賢い』ウマ娘だ。これこそが俺が目指すべき走りなのかもしれないな」
「もはや芸術の域だね、これ」
「あー、うん。まず一人抜いて、抜かれた事にビビった子が呼吸や足使いを乱す。で、それに気づいた次の子が、シンボリルドルフの接近に気づいてペースを乱し……って連鎖が起こってる」
「ペースを乱すために何かしてるんだろうけど、全くわからないな……」
アプリにおけるシンボリルドルフの固有スキルは、『三人抜いた状態で最終コーナーに差し掛かると
自身の速度を上げる効果と、他のウマ娘を抜いた事を起点として発動するデバフ効果の複合スキル。それがこの世界におけるシンボリルドルフ、その固有スキルの正体だ。
「うぐぅぅ……やっぱり、こういう走りは実際に体感しないとダメかぁ……」
「だろうね。あまりにも細かい動作すぎて、記録映像からは解析不可能だよ」
「でも、そうするとこういう走りが得意な子を探すしかないんだよなぁ。知り合いには全然いないし……」
「ジュニア級の子で、ああいう小細工満載の走りをする子なんてまずいないからね。こういった走りをし出す子が出てくるのは、少なくともクラシックの夏以降だろう」
シンボリルドルフの走り、その一端だけでも真似できれば……と思ったのだが、これでは絶望的だろう。
どうすっかなぁ。デバフを得意とするウマ娘を適当に思い浮かべていく。が、どれも接点がない子ばかりだ。
考えを巡らすが、答えが出るはずもない。
「だぁぁぁっ! 煮詰まってきた! とりあえず走る! トレーナーは引き続き解析頼んだ!」
「気をつけてね。あんまり無理はしないように」
「はいよー!」
トレーナー室から飛び出し、グラウンドに向かう。端の方でウォーミングアップを済ませ、さあ走ろうと意気込んだ瞬間だった。俺の前を、漆黒のウマ娘が通り過ぎていく。
音も立てず、風も切らずに駆け抜けていくウマ娘。速度に見合った気配が一切ない。まるで
そしてその後を、追いかけるようにして青鹿毛のウマ娘が駆けていく。
「くっ! また、追いつけないっ……!」
「あの長い黒髪……まさか、マンハッタンカフェ……?」
ってことは、彼女の先をいくアレってまさか。
というか危ねぇ! 不思議なウマ娘に目を奪われていて、こんな距離までマンハッタンカフェが接近するのに気づかなかった。
「ふぅ、ふぅ……すみません、少し熱くなってしまいました……お怪我はないですか……?」
「あ、はい。近くを通り過ぎただけなので大丈夫です。えっと、なにか追いかけているように見えたんですけど」
「はい……追いつきたい子が、いまして……」
やっぱりあれは例の『おともだち』か。全身真っ黒のウマ娘、その姿は勝負服のマンハッタンカフェにそっくりだ。
そういえば、彼女もデバフの使い手の一人だったな。『スタミナグリード』という強力なデバフスキルを持ち、かつ固有がデバフ混じりの数少ない一人。
正直なところ、できるならば今すぐにでも併走したいっ——!
「それでは、私は彼女を追いかけますので……」
「は、はぃ……ひっ!?」
「なっ、あなたなんで、こんな近くにっ……!」
すぐ側に『おともだち』がいた。手を伸ばせば届きそうな距離に、背を向けて立っている。
音もなく目の前に移動してきた衝撃に、思わず言葉を失う。なんだ、なにが向こうの琴線に触れた……?
……一つ、考えられることがある。俺の肉体はウマ娘の物。ならば、もしかすると……そういうことなのかもしれない。
「えっと、あの……初めまして……?」
「———」
「あはは、あのぉ……」
元となった競走馬が漆黒の彼女の血を引いている。ありえない話ではないだろう。目の前の彼女が、『沈黙』などと呼ばれたあのウマならば、それこそ子供は山のようにいる。
が、なぜ俺に彼女が見える……?
「あっ……行ってしまいました……」
「なんだか、複雑な事情がありそうですね。私、関わって大丈夫でした?」
「問題、ないとは思います……ですが、本当に珍しい……あの子が、私以外に興味を示すなんて……」
全くわからん! もしも
うーん?
「ほんとうに、ごめんなさい……あなたを、巻き込んでしまって……」
「別に謝るほどのことじゃないですよ。あ、私ミーティアルクスです。よろしくお願いします」
「マンハッタンカフェ、です……あの、よかったら少しおはなしを、しませんか……?」
「ぜひ! トレーナーにも友達増やせって言われてますしね……」
グラウンド脇のベンチに腰掛け、他愛のない会話をする。マンハッタンカフェは物静かな性格だ。あまりキャピキャピしたのが得意でない俺としては、実にやりやすい相手でもある。
そして話をしているうちに、話題が『おともだち』のことへと移った。
「あのウマ娘は一体……音もなく走るなんて、普通は無理ですよ」
「……あの子は、言ってみるならば私にしか見えないウマ娘なんです……まさか、私以外に見えるウマ娘がいるなんて思ってもいませんでしたが……」
「ほんと、なんで見えるんでしょうね」
「わかりません……あなたは、霊感などは……」
「まーったくです」
そうなのだ。マンハッタンカフェのように霊障なんかを経験したこともないし、神社などで何かが見えたこともない。合宿場にも定番の『怪談』なんてのがあったが、俺は結局そういったのに遭遇しなかったし。
あーいや、毎月財布に奇妙なお金が生えてくるのは一応霊障とかに入るのか……?
とはいえ、それの原因だいたいわかってるしなぁ。
「考えても、わかりそうにもありませんね……」
「そうですね。こればっかりは」
カフェがこちらにカップを差し出してくる。
真っ黒な液体からは、香ばしい匂いが漂ってきた。おお、これはまさか。
「どうぞ……私が淹れたコーヒーです……淹れたてではありませんが……」
「いただきます。ん、これおいしいですね!」
「気に入っていただけたようで、よかったです……」
マンハッタンカフェのコーヒー。飲んでみたかったものの一つだ。いやぁ、これは美味しい。
豆がいいのもあるだろうが、カフェの腕もかなりのものなのだろう。
煮詰まって硬くなった頭が、解されていくような感覚がする。
「ふぅ……すごく落ち着きました。ありがとうございます」
「はい、悩んでいるときはこうしてゆったりと一息つくのが一番です……」
「えっ、悩んでるの顔に出てました!?」
「はい、それはもう……」
恥ずかしい。というか、俺の周りの奴らはやたらとこっちの感情を当ててくるんだが、なんでそんなにわかるんだ!? もしかして、俺ってめちゃくちゃわかりやすい?
なんだ、何が原因だ。もしかして俺自身が気づいてない何かがあるのかもしれない。くそ、ダメ元でトレーナーを問いただしてみるか。
「なにか、悩みがあるならば話してみませんか……? 一人で悩むのは、辛いものですから……」
「うーん、それじゃあちょっとだけ」
「どのような、悩みでしょうか……」
「レースのことなんですけどね、こう前のウマ娘を戸惑わせたりする走り方がイマイチ形にならなくて」
渡りに船、とばかりにカフェに話を切り出す。
ワンチャン、これでコツとか教えてもらえないかな……そんな漠然とした思いで発した言葉は、想像以上の回答となって返ってきた。
「そうでしたか……ならば、私と少し走ってみますか……?」
「へ?」
「あの子に追いつくために訓練した走りの中に、そういった走り方がありますので……」
「本当ですか!? え、でもそんなの簡単に見せちゃっていいんです……?」
「問題ありません……あの子の存在を証明してくれる、大切な友人のためですので……」
なんか、重くない!?
あー、このカフェもしかしてトレーナーとまだ会ってないのか。そんな状況で『おともだち』が見えるウマ娘が現れれば、この反応も無理ないかもしれない。
友人と言ってもらえるのは悪い気分ではないし、これからしっかりと友人らしくしていけばいいだけの話だ。というか、マジで友人と呼べるウマ娘が少ないので仲良くしてほしい。
「よし、カフェさん準備はいいですか?」
「はい……私が後ろから追い立てますので、なるべく自分のペースを保ったまま走ってください……」
他の子に追いかけられるというのは新鮮だ。いつも最後尾から追い上げる走り方をしているため、基本追いかけられることはない。
選抜レース以来かなぁ、こういうの。
「ふっ、はっ……すぅ……」
「これ、すごく、走りにくいっ!」
そうして走ってみれば、なるほど『デバフ』とは言えて妙だ。息遣い、足音、気配。それらが、まるでこちらを追い立ててかき乱すようにと襲いくる。
自分の走りに集中することもできず、自然とペースが乱れてきてしまう。
「何が原因だ……? 息遣いだけじゃない、かといって足音が主な要因でもない、くそっ考えが全くまとまらないっ……」
「すぅ、はぁ……ふぅ……すっ……」
足がもつれはじめ、しまいにはスタミナ切れでダウン。これは、ヤバいな……
練度の高いデバフがここまで驚異とは思わなかった。シンボリルドルフがあれだけの追い上げをみせるのも納得できる。
だけど、一体どこから紐解けばいいのか。
「どうでしょうか……うまくできていたとは思うのですが……」
「とても勉強に、なりました……はひ、かひゅ……」
「あの、大丈夫ですか……? かなり、疲れてるみたいですけど……」
「短距離が一番得意なんで、こういうのになれてなくて……」
前回の京王杯ジュニアステークスで使った、不恰好なデバフ。それに流用できる技術を頭の中でまとめる。足使い、息遣いあたりは真似できないこともないだろう。が、気配ってどうやって出すんだ……? 覇気とかそういうのは全くもって理解できてない。
なんとか真似して、とりあえず形にはしないとな……
「そうだったんですね……あの、今更ですけど連絡先を交換したり……」
「はい、もちろんしましょう! えへへ、だんだん連絡先が増えてきた」
なんとか息を整え、マンハッタンカフェに別れを告げてトレーナー室に戻る。
うん、かなり実りのある併走だった。たまには全く別の距離の子と併走するのもいいな。あと、自分の普段走らない脚質で走るってのも悪くないかもしれない。
「遅かったね、ルクス」
「ああ、ちょっとね。デバフのお手本を見せてもらってた」
「それは……どうだった? その満足そうな顔をみると、映像ではわからないこともわかったんだろう?」
「とはいっても、どう言葉にしたものか……」
言語化が非常に難しい。これは形態化された技術というよりも、『感覚』に頼った曖昧なものであるのだろう。それ故、こういったことをするウマ娘が少ないのだと考えられた。
才能、という言葉で片づけたくはないが、適正がかなり絡んでくるのは間違いない。こればっかりはしょうがないだろう。
「というわけで、修得できるかどうかは全くわからないんだよなぁ」
「それならしばらくは併走トレーニングを中心にするかい? 何人かに声を掛けて、練習相手を探しておくけど」
「それが一番かな。でも、これ一本にリソース注ぎ込むってのもねぇ」
「なら、トレーニングの息抜きに併走をするくらいにしておこうか」
「うん、そうして」
朝日杯FS、そこまでにデバフを修得できるのかは運も絡んでくるだろう。
才能、努力、運。それら全てが備わった者が、真に強いウマ娘だという者たちがいる。だからこそ、その運を引き寄せるため、努力を続けなければならない。
ぐ、と体に力を入れる。
朝日杯FSまで既に1ヶ月を切っている。はたして、俺はどこまでいけるのだろうか。
いつも閲覧、お気に入り、評価、感想本当にありがとうございます。おかげでなんとかジュニア級終わりまでは毎日投稿続けられそうです。