TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか   作:TS娘には恋させよ

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 今回のレースも二話構成となります


18 決戦! 朝日杯FS!

 会場の外からでもわかるほどの熱気。

 GⅠレース、朝日杯FSの会場である阪神レース場は人でごった返していた。こうして関係者出入り口からこっそりと会場入りしなかったら一体どうなっていたのか……それを考えると実に恐ろしい。

 

「トレーナー、俺の勝負服は?」

「はい、これ。着付けのためにスタッフ呼ぶかい?」

「う……さすがに大丈夫、だと思う。GⅠに出られるようになったんだから、これからも着る機会あるだろうし慣れておかないと」

 

 俺の、勝負服。

 GⅠレースでのみ着用を許されるそれは、多くのウマ娘にとって憧れのものだ。

 選抜レースでボロ負けしてた頃のことを考えると、ずいぶんと遠くまできたなぁ。まさかこれを着れる時がくるなんて思わなかった。

 

「よーし、じゃあちゃっちゃと着替えるか」

「ちょ、ちょっと、ルクス!?」

「んー? どうしたトレーナー」

 

 いざ、着替え! というところで、トレーナーからストップがかかる。ジャージもまだ脱いでないってのに、どうしたんだ?

 

「ルクス、僕がまだ外に出てないんだから……」

「そんくらいいいだろ」

「いいわけないじゃないか……ほら、今外出るから。全くルクスも女の子なんだから、もうちょっと気にしなよ」

 

 トレーナーが出たのを確認して、ジャージを脱ぐ。いや流石にまずかったか。勝負服を着て走れるという高揚感から、ちょっと無防備になりすぎた。

 キングとかコンプのやつに知られたらまた大目玉くらいそうだな……これからは気をつけよう。

 

「さーて、ちょっとトラブルはあったけど早速着るか」 

 

 勝負服を手に取り、少しずつ袖を通していく。が、なかなかこれが上手くいかない。あっれー、前着せてもらった時はこうやって着てなかったっけ?

 

「む、こうじゃなかったか……? ヤバい、これやっぱ複雑だな」

 

 勝負服の構造は、世辞にもわかりやすいとは言えない。まあすごいデザインの服多いもんな……俺のも結構すごいデザインだし。

 四苦八苦しながらも、なんとか着替えていく。

 

「やっべ、こっち先だったか……? いや、大丈夫か。マジで構造がさっぱりだ」

 

 普段まともに普通の女ものすら着ない弊害が、ここにきて出てしまった。

 ただでさえ難しいのに、事前知識もないんだからそりゃあ大変だ。ぐぐぐ、こうじゃない……? いや、こっち通せば……

 

「やった、いけた! ふぅ、危ない危ない……またトレーナーに呆れられるところだった」

 

 やっとのことで勝負服を着終える俺。もしかしてこれに慣れないとダメなのか?

 

「トレーナー、着終わったよ」

「ん、終わったかい? 入るよ」

「おう、俺の優雅な勝負服姿をよくみるがよい」

 

 その場でクルリと一回転して、勝負服の全容を披露する。ふわり、と宙を舞うのは肩からかけた赤のケープ。

 スカートではないため、腰周りにヒラヒラとしたものはない。髪も長くないので、宙を舞うのはケープだけだ。

 

「スカートじゃないってのは気が楽だな。というかこう、なんというか騎士っぽい感じもする」

「そうだね。ケープに籠手、それにサイハイブーツってところがそれっぽいかもしれない。カッコいいってのを前面に押し出す方針ならば、ピッタリの勝負服かも」

「そうだろ? 他のデザインが大体ふりっふりのふわっふわだったからな……なんであんなのばっかりだったんだ。こういうズボンスタイルじゃないと走りにくいよ」

 

 京王杯ジュニアステークスで勝利し、GⅠレースへの出走が決定した俺の元に届いた数枚の勝負服案。こちらからデザインを指定することもできるらしいが、女性的なファッションセンス皆無な俺にそんなことができるはずもない。

 なので提示された案から選ぶ必要があったのだが……

 

「ルクスはどっちかというと『可愛い』感じの外見だからね。そういう案が多数届くのもしょうがないよ。だけどうん、カッコいいのも悪くない」

「だけどなぁ、こうなんでへそを出させたがるんだよ。仕方なく黒のインナー着てるんだぞ」

「勝負服案、全部へそ出しスタイルだったからね。確か他はお人形さんみたいなのとか、姫系のとかだったかな?」

「なんでファンタジー系で固めてくるんだか」

 

 とはいえ、こうして勝負服を着られるというのは素晴らしいことだ。

 くるり、とケープを翻して控室を出て、颯爽とパドックへと向かう。地下通路からでもわかるほどの熱気。これがGⅠの熱気か。

 パドックのステージ、その周りを埋め尽くす人、人、人。その多さに、呆気に取られてしまう。

 

「ブルボーン! 応援してるぞー!」

「ビターパルフェー! こっち見てー!」

 

 観客席からはひっきりなしに声援が聞こえ、それがレースの盛況っぷりを物語っていた。

 俺が出たことのある重賞レースはGⅡのみ。あのときも人が多い、なんて思っていたが……これはあのときとは比べ物にならない。

 おそらくは会場収容人数の関係でここに入れなかった人、それも少なくない数がいるのだろう。

 

「ブルボンの勝負服、あれすごいな。メカ系で来るとは思ってなかった」

「ああ、とはいえミホノブルボンのイメージにはピッタリだと言える。常に同じ速度で逃げ続ける様子は、まさにサイボーグって感じだからな」

「今日もあの逃げで勝利を掴むのか?」

「わからん。GⅠという大舞台でもあの走りを貫けるか……それがブルボンがこれから活躍できるかを左右するだろう」

 

 ブルボンへの評価は相変わらず高い。

 ステージ上のブルボンも、ビシッ! とポーズを決め、観客席からは大きな声援が上がっていた。

 そうしてさらに数人挟み、とうとう俺の出番がやってくる。ステージの中央、そこでタンッとステップを踏み、華麗にターンする。ふわりと舞うケープと、銀色の軌跡を描く籠手。

 

「おおお、てっきり可愛い系だと思ってたけど、これもなかなか……」

「わかるぞ。可愛い感じの子がカッコいい勝負服を着る……これでしか取れない栄養がある」

「黒インナー越しのへそ、素晴らしい! わかるか、この素晴らしさ。ルクスちゃんのこと応援してきてよかった……」

 

 可愛い系じゃないことへの評価も、案外悪くないようだ。お披露目の最後、サービスとばかりにピシッと天に向かって腕を突き上げる。

 俺のパフォーマンスに、会場から再び声援が湧き上がった。ふふん、いい感じのパフォーマンスだろ?

 

「なるほど、かなり自信があるみたいだ。彼女の末脚は凄まじい。だが、それだけであそこまで自信を持てるとは思わない。もしかすると今回のレース、荒れるかもしれないぞ」

「どうした急に」

「前回の京王杯ジュニアステークスで、彼女は前方集団を撹乱して、スタミナ切れを誘発した……同じような光景が見られるかもしれない」

「だけどあのブルボンが、そんな策に乗ってくるか……」

「わからない。だが、少なくとも他のウマ娘には一定の効果があるだろう。ブルボンとの一騎討ちを望んでいるなら、間違いなく使ってくる」

「じゃあ注目すべきウマ娘であることは間違いないってことか」

 

 パドックから降りて既に待機場所に引っ込んだミホノブルボン、その体を見る。

 露出度が高く、かつ体のラインが見えやすい勝負服……だからこそ、そこから読み取れる情報は多い。

 

「……予想よりもだいぶ鍛えてきたな。追いつけるか?」

 

 全身はしっかりと引き絞られ、それでいて筋肉の量は減っていない。どれだけのトレーニングを積んできたのだろうか。あの筋肉から生み出される推力、それが彼女の脅威的な逃げを支えているのだろう。

 その姿に、俺の体がブルリと震えた。恐怖? いや、これは武者震いだ。あれだけの強く強大なウマ娘と競えるという事実が、俺の中の闘争心をくすぐる。

 

「やるしかない。待ってろ、ブルボン」

 

 地下通路を抜け、レース場へと進む。ここが外部と接触できる最後の機会だ。

 通路の端、馴染みのある顔がそこにはいた。

 

「ルクス」

「ん、来たのかトレーナー」

「当たり前じゃないか。前回は君に止められちゃったけど、そうじゃなければ会いにくるに決まってるじゃない」

「ま、嬉しいけどな」

 

 おそらくはこのレース、全力を出し切ってなお、勝ちの目は薄い。

 俺の適性が微妙に低いマイルレースだから? 否。相手がミホノブルボンだから? 否。

 全ての力を使い、それでいてなお勝てるかどうかわからないのがレースだからだ。だがそれは、ミホノブルボンでさえ同じはず。

 

「君がステージで歌って踊るの、楽しみにしてるよ」

「はぁ……気が早いなぁ、トレーナーは。まあ待ってろよ。すぐに最高のステージを見せてやるから」

 

 誰もが負け、誰もが勝つ可能性がある。それがレースの世界。だからこそ全力を出し、死力を尽くして走り抜けるのだ。

 息を整え、全身に力を込める。

 

「トレーナー、行ってくる」

「いってらっしゃい。楽しんできてね」

 

 最後に一回、トレーナーの手を握って、離す。少しだけ、力が湧いてくるような感じがした。

 長い長い通路を歩く。そして地下通路を抜ければそこは決戦の場、阪神レース場の中。

 

「さあ皆さん、ついに出走が近づいてまいりました! ジュニア級ウマ娘が出走出来る初めてのGⅠレース、朝日杯フューチュリティステークス!」

 

 阪神レース場、芝1600m。このコースの大きな特徴は二つ。一つは直線が500m近く、とても長いこと。そしてもう一つ、あの中山に次ぐ急勾配が存在することだ。はっきり言ってしまおう。差し、追い込みといった後方脚質が有利なコースだ。

 だがそれが分かっていてもなお、俺はマークするのをミホノブルボン一人に絞っていた。

 それほどまでに、ミホノブルボンは脅威だといえる。

 

「さて、今日はどんなレースが見られるでしょうか。早速注目のウマ娘を紹介していきましょう!」

「一番人気はこのウマ娘、ミホノブルボン! 坂だろうとお構いなしに、全く同じペースで逃げ続けるという彼女は、サイボーグと呼ぶにふさわしいウマ娘です」

「前走はオープンレースである、アイビーステークスです。他のウマ娘を全く寄せ付けない、力強い走りでしたね」

 

 ミホノブルボンの返しウマは非常に安定している。ウォーミングアップにしてはペースが遅い。バ場の状態を確認しているのだろうか。

 

「彼女は逃げを得意とするウマ娘ですが、阪神レース場には坂があります。これをどう攻略するかが鍵となってくるでしょうね」

「ええ。もしもあの坂を減速せずに乗り越えられるならば、ミホノブルボンの圧勝で幕を閉じるかもしれません」

 

 俺もミホノブルボン同様、バ馬の状態を確かめるように返しウマをする。バ場の状態は良、かなり安定した足場だ。芝もあまり荒れていない。

 足元が悪くないため、かなりハイペースなレースになりそうだ。

 

「そして二番人気はこのウマ娘、ミーティアルクスです。前走は京王杯ジュニアステークス、着順は1着となっています」

「短距離では珍しい、追込を得意とするウマ娘ですね。前走ではまさに流星のごとき末脚を見せてくれました」

「最終直線、その一瞬に全てをかける走り……それに魅了されたファンも少なくないでしょう」

 

 俺はなかなかに高評価らしい。バ場の状態を確認しながら、会場に響く実況に耳を傾ける。

 ブルボンに次いで、二番人気とは思わなかった。短距離で追込なんて奇抜すぎて人気は薄いと思っていたのだが……いや、奇抜だからこその人気か?

 

「さぁ返しウマも終わり、ゲートインの時間が近づいて参りました! 会場の熱気も最高潮を迎えております!」

 

 ゲートイン、その時が迫ってくる。ゲート前の芝を歩いていると、ふとミホノブルボンと目が合う。

 一瞬だけだが、その目には確かな意志があった。

 言葉は不要。あとはレースで語り合うのみ、と。確かに彼女はそう言っているように思えた。

 

「各ウマ娘ゲートインを始めました。一番人気のミホノブルボンは7枠13番での出走です」

「今回はフルゲート18人の出走となっています。苛烈な争いが繰り広げられそうですね」

「今回は逃げを得意とするウマ娘が複数人いることもあって、序盤から目が離せない展開となるでしょう」

 

 もう既に4回目となるゲートイン。閉塞感こそあるものの、特に苦手意識はない。

 むしろここに入ると、俺の中にある闘争心が掻き立てられる。早く走らせろ、そう体が叫んでいるかのように。

 開幕を告げるファンファーレ。俺の感情が、頂点に達する。

 

「晴れわたる空の下、阪神レース場で行われる朝日杯フューチュリティステークス、芝1600m!」

 

 すぅ、と息を吸って、吐く。

 ミホノブルボンとの、決戦が幕を開けた。勝負の女神は果たしてどちらに微笑むのか。決着の時はすぐそこまでやってきていた——

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