TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
朝日杯フューチュリティステークス。俺たちはゲートの中で、出走の瞬間を今か今かと待っていた。
会場を満たす静寂。
そしてガコンという金属音とともに、眼前のゲートが開いた。
「さあ始まりました、朝日杯フューチュリティステークス! 勝利の栄光は誰のものになるのか!」
「ミホノブルボンがハナを取った! 安定した滑り出し、これは好走が期待できますね」
先頭争いはわずか数秒足らずで終わる。
ミホノブルボンの開幕加速に着いていけるウマ娘がおらず、結果として彼女に先頭を渡してしまう。これは他の逃げの子にとって、かなり厳しい戦いになるはずだ。
「1バ身離れて、続く二番手はビームオブラブ。必死の表情で食らいついてはいますが、かなり厳しいでしょうか」
「ミホノブルボンのペースについていくのは至難の技でしょうね。そして、ペースの落ちないであろう彼女を抜くのはそれ以上に難しいはずです」
阪神芝1600m、外回り。大きく膨らんだ曲線が特徴で、直線といえるのは最初の向正面と最終直線の二つだけ。
それ故前方脚質、特に逃げの子は的確なコーナーリングを必要とされる。
その点、ブルボンのコーナーリングは素晴らしい。全く速度を落とさず、一定速度のまま一つ目のコーナーを曲がっていく。
「さあ、向正面を通り過ぎ、コーナーに入りました! 先頭は相変わらずミホノブルボン!」
「クスタウィが上がってきましたね。コーナーで先頭に躍り出る作戦でしょうか」
「最後方は相変わらずミーティアルクス!」
「ですが決して悪い走りではありませんよ。コーナーリングも綺麗ですし、うまくスタミナを温存できているとみるべきでしょう」
たとえ最後方からのレースだとしても、決して気を抜けるわけではない。トレーニングで鍛えた体内時計を使い、ミホノブルボンのラップタイムをできるだけ正確に測っていく。
俺の体内時計が正確ならば、ミホノブルボンのラップタイムは
「ミホノブルボン未だタイムは乱れず! 強いとしか言えない走りです!」
「他の逃げを一切寄せ付けず、意気揚々と先頭を走っています。最終直線で彼女が失速するかどうか、そしてそれまで他の子が力を残せるかどうかがカギになるでしょう」
12かける8は96。つまりは1:36。朝日杯FSの勝ちタイムはおおよそ1:32から1:35の間となっている。
つまり、1ハロン12秒未満で走り続けるならば、勝ちタイムに手が届くのだ。
そして、
「おっと、最後方のミーティアルクスが加速したか? ミホノブルボンのハイペースな逃げに焦ったのでしょうか」
「釣られるようにして前方集団も加速しましたね」
すぅ、と軽く息を吐いたのち、息遣いを変化させる。
前方の数人の息遣いを読み取って、それを乱すように呼吸をする。そして追い討ちをかけるように、足音を響かせながら少しだけ加速した。
息を乱され、追い立てられた集団は、少しずつペースを乱しながら加速を始める。
「随分と不自然な加速ですね。一人二人ならまだしも、全員が掛かり気味とは珍しい」
「完全にペースを乱してしまった子もいますね」
少しずつ、少しずつ前方集団のスタミナを削っていく。加速と減速、そして足音と息遣いを駆使し、レース終盤に向けての準備をするのだ。
バ群を乱してこちらの通り道を作るのも忘れない。
「おや、ミーティアルクスも掛かっていたと思っていたのですが、随分と落ち着いた様子です」
「これは……今回のレース、彼女とミホノブルボンの一騎討ちになるかもしれませんね」
コーナーで足取りを乱すのは最悪の事態と言っていい。ペースが乱れた子は、次々と先頭狙いの集団から弾かれていく。
そうして残るのは、ただ一人先頭を突き進むミホノブルボン一人。
「さあ二つ目のコーナーももうすぐ終わり! ここからが勝負どころです!」
「阪神の最終直線は長い上に、下り坂と上り坂の両方があります。これをどう利用するかが明暗を分けるでしょう」
仕掛けるのは直線に入ってから。おそらく今仕掛ければ、確実にゴールまで持たないだろう。
だからこそ、今は息をひそめながらミホノブルボンの走りに注目する。相変わらず彼女のラップタイムは12秒未満で安定していた。
そして、運命の最終直線がやってくる。
「ついに最終直線! ミホノブルボン、ペースはおちずに未だ先頭! 彼女を捉える子は出てくるのか!」
「そういってるうちにミーティアルクスが上がってきましたよ!」
タン、と軽くステップを踏んだのち、乱れたバ群を横目に加速を始めた。
ブルボンのハイペースな走りに調子を乱され、後ろからの小細工でスタミナを削られた彼女達。既に走りは精彩を欠き、みるみるうちに速度を落としていく。
俺は下り坂を使い、普段よりも一段上の加速で集団をちぎった。
「猛烈な追い上げ! 下り坂を利用した、電撃のような走りです! ミーティアルクス、彼女がやってくれるのか!」
「京王杯の時よりも加速が強くなっていますね。ですがミホノブルボンまではまだ距離がありますよ」
ブルボンまではおおよそ6バ身。その差が、なかなか縮まらない!
下り坂を使ってまで加速してるというのに、ハイペースな逃げに追いつくにはまだ足りないというのか。
切るか? アレを。
「もうすぐ残り200m! そしてこの地点で下り坂が上り坂へと変化します!」
「上り坂でも同じタイムを出し続けるミホノブルボンと、上り坂でも加速するミーティアルクス……その一騎討ちになりましたね」
上り坂に入った瞬間、芝を蹴り上げて大きく加速する。
全身を使って加速し、ブルボンに迫る。
「ミーティアルクス加速! 上り坂での加速だ! ブルボンまでの距離が縮まっていく!」
「本当にすさまじい末脚ですね。これならばもしかするかもしれませんよ!」
「さあミホノブルボンも逃げる! 果たして逃げきれるのか!」
3バ身、2バ身。ブルボンとの距離が縮まる。
が、これ以上はスプリントターボを維持できない! 脚への負荷が強まり、限界が近づく。だけど、あと少しなんだ!
もう一度脚に力を込め、さらに芝を強く踏み締めた。
限界? それがなんだっていうんだ。ここが、その超えどころだろう!?
「み、ミーティアルクスさらに加速! ブルボンに並ぶか!? 差し切るか、逃げ切るか!」
「ミホノブルボンも表情が厳しい! もうレースは残りわずか! 勝利を手にするのはどっちだ!」
脚から上がる悲鳴を無視して加速し、ついにはブルボンに並ぶ。このまま、さらに先へ——!
しかしブルボンも負けてられない、とばかりに死力を振り絞って加速する。
ウッソだろ、どこにそんな力が残ってるんだよ!
そして、二人もつれ込むようにしてゴール板の横を駆け抜けた。
「これは、どっちでしょうか……?」
「ごくわずかに、ミホノブルボンの方が体勢が有利だったでしょうか。ですが……」
掲示板に着順はまだ表示されていない。だが、わかってしまった。最後のあの瞬間、俺はミホノブルボンを差し切れなかった。
流れそうになる涙を抑え、芝の上で立ち尽くす。死力を尽くして、限界のその先まで力を振り絞り、それでもダメだった。
「着順が決定しました! 1着はミホノブルボン! 2着はミーティアルクスです!」
「まさに激戦でしたね。ジュニア級からこれだけの走りを見せてくれるとは、今後が楽しみな二人です」
ああ、ダメだったんだ。その事実を再確認した後、気づけば俺は控室にいた。
ここまでどうやって戻ってきたのか、その記憶が曖昧だ。それほどまでに、ショックだった。
「ルクス……」
「ごめん、トレーナー。俺、負けちゃった……あんなに大口叩いたのに、ブルボンに勝てなかった」
堪えていたものが溢れでてしまう。観客の前ではあんなに我慢できていたのに、堪えられずに大粒の涙がこぼれ落ちた。
「トレーナーも、信じてくれてたのに……俺、それに応えられなかった……本当に、ごめん……」
「いいんだよ、ルクス。GⅠでアレだけの好走ができたんだ。十分さ」
「それでも、それでもっ!」
泣きじゃくる俺をトレーナーが抱きしめる。
背中をさすられ、トレーナーの熱を感じて、俺の心が少しずつ落ち着いていく。なんで、こんな落ち着くんだよ……
「ミホノブルボンは強かった。彼女はGⅠレースでも上位を競うようなレベルのウマ娘になる。今ならそう確信できるよ」
「う、うう……でも、勝ちたかったんだよぉ……ミホノブルボンに、勝つことができるのはきっと……」
「どういうことだい?」
「それは……」
その時、控室の扉が叩かれた。ライブはまだ先のはず。一体誰だ?
「すみません、入ってもよろしいでしょうか。少しおはなしがあります」
「へ、ブルボンさん!? ちょ、ちょっと待ってください」
「了解しました。ステータス『待機』」
なんでブルボンが? もしかして別れの言葉だろうか。彼女は今後、クラシック三冠路線に進むはず。だから俺と対決できるのは今回がラストのはずだ。
「トレーナー! どっか変なところない!? 俺大丈夫!?」
「大丈夫、いつもの可愛いルクスだよ」
「え、えへへ……じゃなくて! あーもう! ブルボンさん、入ってください」
「はい。お邪魔します」
「あー、今お茶出しますね。ちょとまっててください」
ブルボンは椅子に座ったまま無言でこちらを見ている。出されたお茶に手をつけようともせず、ただ見つめてくるだけ。えっ、なにこれ。
「あの……」
「…………」
「ブルボンさん?」
「何を言えばいいのかとずっと考えてました。ですが、深く考えるよりも思いをぶつけるべきだと、そう思ったのです」
ブルボンがこちらを見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「ありがとうございました。とても、とても良いレースでした」
「えっ、と……?」
「ルクスさん、あなたと走れて本当よかった。つまりはステータス、『感謝』です」
まさかお礼をいわれるとは思ってなかった俺は、思わず面食らってしまう。確かに今日のレースは激戦といっていい戦いだった。それこそ、この一度で終わらせたくないと思ったほどには。
また競いたい、もう一度走って次こそは勝ちたい。
だがその思いも、ブルボンが中・長距離路線へ進めば叶わぬものとなる。
「ルクスさんは次のレースを決めていますか」
「えっと、まだです……」
「今回は私がレースを指定しました。次は、あなたが決めてください。あなたの有利な短距離……そこでもう一度、あなたと走りたいです」
「……へ?」
どういうことだ。ミホノブルボンはクラシック三冠路線に進むはず。短距離レースに出走している暇なんてないはず。
一体、何が。
「ブルボンさんは、今後どの路線に進むんですか? あの、失礼ですけど短距離路線にくるとは思ってなかったので……」
「肯定します。当初の予定では私は三冠を取るために中・長距離路線に進む予定でした」
「なら、なんで……」
俺の予想通り、当初の予定では三冠路線に進む予定だったようだ。だがここにきて急に方針転換することになった、のか……?
そういえば、前にもこんなことあった気がする。あれは確か……
「……私が三冠路線に進む理由、それは漠然とした想いからでした。走る目的としてちょうどよかったのかもしれません」
三冠はミホノブルボンの夢だったはず。幼い頃に父に連れられていったレースで受けた衝撃が忘れられず、三冠を目指すようになる。それがアプリ版のストーリーだ。
「目指した理由はもう覚えていません。それだけ、些細な理由だったのでしょう」
「きっかけを、覚えていない……?」
「はい。おそらくは何かしらの媒体で三冠について目にしたのが始まりなのだと思います。あの頃は、走ることへの目標を持っていませんでした。だからこそ、三冠というインパクトのある言葉に惹かれたのでしょう」
ミホノブルボンの話から耳が離せない。
おそらく、俺は大きな転換点に立ち会っている。
「そして私はあなたに会いました。初めて私に勝とうとして、最後まで食らいついてきたあなたに。前回もそうでしたが、あなたは今回はもっと近くまで迫ってきました」
「でも、勝てませんでした」
「それでも、です。ゴールの瞬間、負けたかもしれないと思ったのは初めてです」
ミホノブルボンに見つめられる。その強い眼差しから目が離せない。
おそらくこのミホノブルボンは、走るための確固たる目的を持たずにここまでやってきてしまったのだろう。そして、俺が彼女に目的を与えたのだ。
「あの瞬間、私の胸の中に不思議な気持ちが生まれました。以前、あなたとトレーニングした時と同じ……それでいて、比べ物にならないほど大きな気持ちです」
「ブルボンさんは、それで私のところにきたんですか?」
「はい。この気持ちは、ステータス『闘争心』だと判断しました。あなたともう一度戦いたい。それが私の願いです」
「わかりました。それならば……」
ビシッとミホノブルボンに指を突きつけ、宣言する。
「次こそは勝ちます」
あいにく重賞の短距離レースは来年の三月前半までない。が、きっとこの胸の熱は、4ヶ月の時を経ても収まることはないだろう。
勝ちたいという強い欲求。ただ一人のウマ娘へと向けられる、強い強い感情だ。
ああ、きっと俺もブルボンと同じ気持ちなんだろう。
「フィリーズレビュー。三月の短距離GⅡレース、そこであなたと決着をつけます。私の得意な、短距離レースで」
「了解しました。次も私が勝ちます」
「いえ、次こそは私が勝ちます」
宣戦布告。朝日杯FSの時とは真逆の構図でおこなわれるそれは、俺たちの行先を決めるものでもあった。
ライバルを得た俺は、ジュニア級での出走を終えて新たなステージへと足を進める。
ウマ娘生活二年目、クラシック級。
シニア級ウマ娘とクラシック級ウマ娘が入り乱れる魔境に環境を移し、俺は走る。その先には何が待っているのだろうか——
三女神が
それと同時、彼女は一つの大きな運命を変えたのです。
三女神は知っていました。この世界においてミホノブルボンは『三冠を掴み取れずに故障する末路を辿る』ということを。そしてそれはいずれ来る未来でした。
ですが、今は違います。
大きく揺れ動いた運命、それを見て三女神様は喜びました。これならもっとたくさんのウマ娘が幸せになる! そうして三女神様は準備を始めます。かの流星に、もっと悲劇を覆させるべく——
年末イベントと間話、あと掲示板形式をいくつか挟んでジュニア期は終わりになる予定です
いつも閲覧、誤字脱字の報告、お気に入り、評価及び感想ありがとうございます。今回も当作品をよろしくお願いいたします