TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
クリスマス。世界の子供たちが待ち望んでいたイベントであると同時に、ウマ娘達にとっても重要なイベントであることが多い。
というのも、クリスマスは『有馬記念』と同じ時期のイベントなのだ。今まさにモニターの中では激闘が行われていた。
『さあ最終直線! 各ウマ娘一斉に駆け出した! 集団を抜けて前に出たのはグラスワンダー!』
「セイウンスカイはキツいかねぇ。あれは差し切られそうだ」
「厳しいだろうね。最終直線までにもう少し引き離しておかないと」
クリスマスの予定? あるわけないだろ!
もとよりこちらに家族もいない。ミホノブルボンもブリッジコンプも、冬休みに入って早々に実家に戻ったし、中・長距離を主戦場にしている子は有馬記念の現地観戦だ。
なので俺は寂しくトレーナー室で、カフェテリアから持ってきたケーキを突いていた。
『グラスワンダー! グラスワンダー強い! 今完全にセイウンスカイを差し切った! 勢いは衰えない!』
「決まったね。今年の有馬記念はグラスワンダーみたいだ」
「クラシック級で有馬記念を取ってくるとはなぁ。マイルも激戦区になりそうだ……気が重くなってきた」
「その分頑張らないとね」
「ん」
ミホノブルボンの短距離路線進出の宣言で、俺は方針を大幅に変更しなくてはいけなくなった。
ミホノブルボンの適性的に、当然彼女はマイルでも走る気だろう。それを避けて短距離に絞る……そんな事を、今の俺ができるはずもない。
本当は短距離に絞ってキングヘイローを迎え撃つ構えだったのに、なんでこんなことに。
「しっかし、マイルはどうするかねぇ。ほんと、1800mのレースは勝てる気がしないぞ」
「それに関しては少しだけ待って欲しい。今トレーニングメニューを組み直してるから」
「ほんとか、トレーナー!」
やっぱり俺のトレーナーは最高だ! この人が俺のトレーナーで本当によかった。
「そういえばルクス、今日は何か予定とかないのかい?」
「なんもないけど」
「……えっ」
驚きからか、トレーナーの動きが止まってしまった。
別に予定がないくらい普通では?
「流石のルクスでも、クリスマスくらいは予定があると思ってたんだけど……」
「んー、今ケーキ食ってるしこれでいいかなって」
「はぁぁぁー……」
トレーナーが深い深いため息をつく。あの、顔が怖いですよ?
「ルクス、お出かけしようか。着替えて正門まできてね」
「ふぇ!? 急になんで」
「言わないとわからないあたり、本当にダメそうだね……」
背中を押され、トレーナー室を追い出される。これ、どうすればいいんだろうか。とりあえず部屋に戻ってクローゼットを開ける。
以前は制服とジャージしか掛かっていなかったそこには、今は数着の私服が掛けられていた。
うーん、どれ着ていけばいいかな……
「あーもう、無難にこれでいいだろ!」
手に掴んだのはごくごく普通のシャツとジーンズ。ちらり、と一瞬だけ別の服へと目をやる。ブリッジコンプに押し切られて買った、ふりふりのアレ。いやいやいやいや、あれはダメだろ。流石に抵抗感が強い。
くそ、どうする……? でも前にかわいいって言ってもらえたよな、アレ。
「ううううううう……だけど、くぅ……」
恐る恐る『ソレ』を手に取り、自分の体に当ててみる。鏡に映してみれば、黒の髪が白いフリルでよく映えているのがわかった。確かに、かわいいよな。素体が悪くない上に生粋の女子に選んでもらったため、結構なレベルに仕上がっていると言えるだろう、
だけど、これを着て人がごった返す街中に……?
無理だろそれ!
「くそ、なんでこう、こんなに悩まないといけないんだ! うううううう、こっち!」
悩んでも時間が過ぎていくだけ。ならば手に取った方を着ていく!
目を瞑って服を掴む。手に伝わるのはフリルの感触ではなく、装飾もなにもない安物の服の感触だった。
よ、よかった……
「はぁぁ……着替えるか……」
出かけてもいないのに、なんだかめちゃくちゃ疲れた気がする。だいぶ時間も使ってしまったので、そそくさと着替える俺。
髪よし、耳飾りよし、財布よし! 忘れ物がないのを確認して、正門へ向かう。
門の前には珍しくスーツ以外を着たトレーナーが立っていた。
「ちゃんと来たね。来なかったらどうしようかと思ったよ」
「流石にそれはしないって。というかどうするんだこれから」
「ルクスの事だから、夕飯になにも用意してないんだろう? だからディナーでもと思ってね」
「クリスマスで混んでるから大変なんじゃないか?」
「大丈夫、なんとかするよ」
スーツ服以外のトレーナーは新鮮だ。なんというか、雰囲気が違うといえばいいのか。
紺のジャケットにチェックのスラックス、そして柄付きのシャツ。無難といえば無難だが、おそらくは全部上等なものだ。
ふと自分の服装を見返す。無難な格好ではあるが……質があまりにも違いすぎる。
くそ、やっぱりあっちの服を着てきた方がよかったのか?
「それにしてもルクス、普通の服を持ってたんだね」
「どういう事だよそれ。俺だって私服くらい持ってるんだぞ」
「ルクスだと本当にジャージのまま来かねなかったから……」
ぐ、見透かされてる。きっとキングやトレーナー、そしてコンプのやつに口を酸っぱくして言われてなければ、いまだにジャージでお出かけだっただろう。
まあそれも過去の話。いくら無難かつ映えないものでも、私服には変わりないのだ。
「で、どこまでいくんだ」
「とりあえずは街中まで出ようかな。まだ時間的にも混みだす前だから、急げばなんとかなるとは思うんだ」
「はいよ、それじゃあいきますか」
トレーナーと二人、並んで歩く。こうしてゆっくり歩くのは夏祭り以来か。
別に人混みでもなんでもないが、なんとなくトレーナーの手を握る。おお、冷たい。
「ルクス?」
「ほら、トレーナー手が冷たいぞ? うりうり、冷えたままだと辛いだろ」
「そういうルクスはあったかいね。ウマ娘は代謝がいいから体温が高めらしいけど」
「そういやそうだな。薄着でもそこまで寒くないし」
他愛のない会話は、だんだんとレースの事へとシフトしていく。
というよりもそれくらいしか、俺の話せる話題がないというか……うんやめよっかこの自己分析。
「来年は荒れるよなぁ。トレーナーは知ってると思うけど、キングヘイロー先輩も短距離路線に来るし」
「ああ、聞いたよ。だけどキングヘイローか……短距離への適性がどの程度あるかがカギになるだろうね」
「その点は心配ないとおもうぞ。キング先輩、短距離得意だと思うし」
「なんだって? どこでその情報を仕入れてきたんだい」
「いや夏合宿で一緒にトレーニングしただろ? あれで気づいたんだよ」
おっとマズい。キングヘイローの距離適性については謎が多い。史実でも出走レースがしっちゃかめっちゃかだったし、アプリでもとんでもない目標レースと距離適性のキャラだ。
挙句、こちらの世界での勝ちレースはホープフルSのみ。これで短距離も走れるなんて、わかれという方が無理だ。
そんな状況で、短距離適性について気づいているのは不自然、とも言える。
「そうだったのか……しかし、ルクスと同じ後方脚質の短距離ね……」
「合宿でみたけど、ほんと凄まじい末脚だったよ。アレに対抗するには、ある程度競り合いもできるようにしないとマズいかもしれないんだよな」
「それはそうかもしれない。今までほとんど後方脚質の子とかち合う機会がなかったけど、これからは増えていくだろうしね」
そうなのだ。短距離とマイルに追込がほぼいないからこそ、俺は今まで戦えてきたというのがある。
例えば追込寄りの差しなんて子が同じレースに出てきた場合、かなり厳しい戦いを強いられるだろう。それを、どうにかして克服しなくてはならない。
「ま、トレーナーの事だからメニューは組んであるんだろ?」
「一応、ね。マイルに体を慣らすのとあわせて、競り合いを克服していこう」
「りょーかい」
街中に近づくにつれて、だんだんと人が増えてくる。ほとんどが複数人のグループで、中には男女のペアもいた。
イルミネーションで彩られ、普段とは違った様相を見せる街。その非日常的な光景に、俺のテンションも上がっていた。
「おおお、すごいぞトレーナー! ここまでとはおもってなかった!」
「連れてきてよかったよ。ほら、はしゃぎ過ぎてはぐれないようにね」
「おう! すごいな、あっちではなんか配ってるぞ」
「試食かな? どうだい、もらってきたら」
「いや、このあと夕飯だろ? ならやめとく」
よくよく考えたら全く行き先知らずに歩いてるんだけど大丈夫だよな? トレーナーに引かれるようにして、街中を歩いていく。
そうしてやってきたのは、中心街から少し外れた地区のレストラン。これ結構お高いお店では……?
「おいトレーナー、大丈夫なのかよこんなところ入って」
「ん? ああ、ドレスコードとかはないお店だし平気だよ」
「いやそうじゃなくて、お金とか」
「全く、ルクスは変なところで大人だよね。気にしなくていいさ、僕が払うから」
「いやいやいや、それはダメだろ!?」
買ってもらったり奢ってもらったり、そんなのばっかじゃないか! 幸い先日の朝日杯FSで2着という結果を残したため、少しだけ懐が暖かいのだ。奢ってもらわなくても全然なんとかなる。
「せっかくなんだ。GⅠでも好走できたんだし、お祝いさせてほしいな」
「でもさぁ……」
「それともルクスは祝われるのが嫌なのかい?」
ほんと、こいつは!
前から思ってたけど、明らかにこちらの扱い方を熟知してやがる。そんな風に言われたら、嫌って言えないだろ……
「わかったよ、ご馳走になる」
「それじゃあ入ろうか。すいませーん」
なるほど、なかなかにおしゃれなお店だ。しかしこの店をどこで知ったんだトレーナー。
だけどよくよく考えれば、アプリでマヤノトップガンのトレーナーは料亭なんかを知ってたな。やっぱ高給取りの中央所属トレーナーはこういうのがデフォなのか。
「あの、二名で予約無しなんですけど」
「ちょうど空きがございますのですぐにご案内できますよ。コートをお預かりしますね」
入ってそのまま、テーブルに通される。座ってメニューを開いて値段をチェック……うわぉ。
いや確かに払えない金額じゃないんだけど、これ下手すると社会人の一週間分の食費くらいは吹っ飛ぶんじゃ……?
「好きなのを頼んでいいよ。遠慮したら怒るからね?」
「だ、大丈夫なんだよな……?」
「ルクス、レースに勝つと収入があるのは君だけじゃないんだからね……」
「あっ。あははは……」
そうだったわ。いやぁ、めっちゃ恥ずかしい。心配し過ぎて恥をかいた。
それじゃあお祝いだっていうし、せっかくだから遠慮なくいきますか。メインの料理に加えて、付け合わせで数品オーダーする。
メニューを閉じて、注文した品が来るのを待つ。
「おー、すごく混んできた。入口で返されてる人もいるな」
「タイミングが良かったね。本当にギリギリだった」
「ふふん、こんな日に運がいいなんて、やっぱり俺はツイてるってことだな」
料理が出てくるにはしばらく時間がかかるだろう。なんかいい話題はないかな……と思っていると、トレーナーが何かを取り出した。
えーっと、なんかの袋?
「ルクス、メリークリスマス。本当はトレーナー室で渡す予定だったんだけどね」
「おわ、いいのかよ。俺なんも用意してないぞ?」
まさかクリスマスプレゼントをもらえるなんて思わなかった。突然の事だったため、お返しを何も用意してない。どうするかなぁ、これ。
渡された袋は意外に軽い。んー、なんだろ。
「かまわないさ。ほら、開けていいよ」
「それじゃ失礼して……これは、髪かざりか?」
「ほら、勝負服が騎士っぽいデザインだったでしょ? だからこういうのも似合うかな、って」
ティアラと王冠の間の子、といったところだろうか。意外にも落ち着いたデザインなので、普段使いもできるか……?
西洋風なそれは装飾こそ少ないものの、主張が強過ぎない方が俺好みだ。
「え、えへへへ……いいじゃん、これ。ありがとトレーナー」
「気に入ってくれたなら良かったよ。色々考えたんだけど、こういうのはルクスはほとんど買わないだろうからね……」
「うぐ。最近はちょっとは気を使うようにしてるんだぞ?」
「そうだね、私服も少しずつだけど増やしてるみたいだし」
やばいこんな嬉しいクリスマスプレゼント初めてかもしれない。顔のにやけが止まらず、思わず口元が緩んでしまう。すごいだらしない顔してないか、俺。
そうやって、プレゼントを堪能してると料理がやってくる。
「お待たせしました。こちら左から……」
「あ、それはこっちで、そっちのスープはそっちです」
「おー、美味そう。いい匂いだ」
並べられた料理にフォークを刺し、一つずつ堪能していく。カフェテリアの食事も美味しいのだが、これは別格と言っていい。ほっぺたがとろけるようだ。
次々に口に運んでいき、並んでいた食器全てを空にしてしまう。
「ふぅ、美味しかった。なぁ、トレーナー。デザート頼んでいいか?」
「もちろん。なにか気になるものでもあったかい?」
ウマ娘になって味覚も敏感になったのか、前よりもスイーツなどの摂取量が増えた。特に人参系のスイーツは、本当に気分が高揚する。
最後に頼んだスイーツもペロリと平らげ、俺たちは店を後にした。
「食った食った。ご馳走さま、トレーナー」
「満足したみたいでよかったよ。じゃあ帰ろうか」
「おう、これで明日も頑張れるわ。来年は激戦の年だろうしなぁ」
年末。ジュニア級の終わりはすぐそこまで来ていた。俺はトレーナーの手を強く握り、これからの事を考えてブルリと体を震わせる。
キングヘイロー、ミホノブルボン、そしてまだ見ぬ強敵達。彼女達との戦いは、そう遠くない未来にやってくる——