TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
僕が彼女を見つけることができたのは偶然と言ってもいいだろう。
いつも併走トレーニングをしているウマ娘がいる、という情報を小耳に挟んだのが始まり。
随分と寂しがり屋なのだろうか、なんて始めは思った。が、その走りを見て考えは変わる。
「くそっ、ヤバすぎだろっ!」
「ふっ! ボクに勝つのはまだまだ早いよ! ほーら、追いついてごらん!」
「ああああっ! なんでそんなふざけた態度でそこまで早いんだよぉぉぉ!!」
まず異常だったのは併走相手。あれでジュニア級……? 確かテイエムオペラオーと言ったか。彼女なら選抜レースに出れば一発で行き先が決まるだろう。それほどの走り。
そしてもう一つ異常だったこと。それは彼女自身の走りだ。
あまりにも、ぎこちない。
「ひぃ、ひぃ……おえ、ちょっと、やば」
「あ、あのぉ、大丈夫ですか……?」
「大丈夫、たぶん大丈夫……」
子供のウマ娘だってもうちょっとマシな走りをするだろう。トレセン学園に入学できたのが不思議なくらいだ。
まるで、数日前に初めて走ったかのようなぎこちなさに、僕は天を仰いだ。これは、学園側に言ってなにか対策を取ってもらうべきか……? このままだと、確実に体を壊すだろう。
「ふぅ……ちょっとはマシになってきた」
「つ、辛かったら保健室までご一緒しますぅ……」
「いや、そんなことよりキミも併走してくれないか」
「ふぇぇぇ!? 私ですかぁ!?」
どうやら次の併走をするらしい。が、あの子はあまり走らなそうだな……さっきの子——テイエムオペラオーもそうだったが、彼女の併走相手はどれもパッとしない。一見すると『走らない』ように見える相手とばかり併走しているのだ。
そして、予想以上の走りを見せられて撃沈する。
「ごめんなさいごめんなさいぃぃ!」
「謝りながら、走るなってぇぇ!」
まただ。今度のウマ娘はメイショウドトウ。明らかに走らないであろう雰囲気のウマ娘なのに、想像以上の好走だ。
これは一体……
「かひゅっ……これ、まず……」
「ごめんなさいぃ……今、保健室につれていきますのでぇ……」
「保健室はいいから、ちょっと休ませて……」
全くわからない。が、彼女には光る『何か』があるのかもしれない。手帳を取り出すと、チェックする新入生の欄に彼女の名前——ミーティアルクスを書き記した。
それからというもの、彼女の姿をよく見るようになった。
が、あいも変わらず併走でズタボロにされている。
「やば、これ無理……なんだよ、あの強さ……」
これは、異常だ。数回目にしてようやくわかった。彼女、明らかに『走るウマ娘が誰か』わかっている。
それも、トレーナーの間で情報が出回っていないような子ですら、だ。
こうは思いたくないが、もしかするとあの子のウマ娘を見る目は僕たちトレーナーを超えているのかもしれない。
「はぁ……次は誰に頼むかな……あー、あそこにいるのは……」
そう言って走っていく彼女。
うーん、走りは随分とマシになったか……? とはいえ、やはり違和感が拭えない。彼女の走りには、喉に小骨が刺さったような気持ち悪さがある。
何がおかしいんだ?
「あ、ありがとうございました……」
「楽しかったよー! また一緒に走ろうね」
「は、はい……」
今一緒に走っていたのは中距離のウマ娘だ。
対するミーティアルクスは、明らかに中盤から失速していた。もしかして、距離適性が合っていないのか?
いや、そんなまさか。彼女、自分がどの距離なら走れるかすらわかっていない……?
そんな風に彼女を観察していると、ふと後ろから声を掛けられた。
「ちょっといいかしら?」
「君は……確かキングヘイロー?」
「そうっ! 私こそが一流のウマ娘、キングヘイローよ! って、そんなことはいいのよ。あなた、新入生目当てのトレーナーでしょう?」
黄金世代の一角、キングヘイロー。まごうことなきGⅠウマ娘だ。
なんでこんなところに?
「あの子……ミーティアルクスって子。
「なんで僕が」
「気になってるんでしょう? それにしても、酷い走りね。おそらくは私と同じ後方脚質だっていうのに」
「へ?」
そんなまさか。いや、確かにそう考えれば合点はいく。合っていない距離、合っていない脚質。その二つが不協和音を生み、そこまで酷い走りになっている……
だが、中央に入れるような子なのにそんなことがあるのか……?
「私も気づいたのは偶然よ。この前、門限ギリギリに滑り込んできたのを見たの。その時の加速は、明らかに短距離の後方脚質向けだったわ」
「じゃあ本人は、自分の走りを全く理解せずに走って……」
「そういうこと。とは言っても、私にわかるのはここまでよ。あとはあなたたちトレーナーの仕事でしょう?」
それはそうだ。ここまではわかったとしても、『どうすればいいか』を導き出せるかはトレーナーの腕次第。
が、何にせよまずは選抜レースを見ないことには始まらない。
いくつかの新入生をチェックし、選抜レースに臨む。
さて、肝心のミーティアルクスは……
「最終コーナー回って各馬一斉に直線に差し掛かる! おーっとどうした? ミーティアルクスが失速だ!」
「おいおいおい……」
先行で走っていた彼女は、最終直線に差し掛かった途端に失速してしまった。それもあの減速っぷり……スタミナ不足だけではないだろう。
見れば、彼女の耳と尻尾が怯えたように縮こまっている。まさか……
「他のウマ娘が怖いのか……?」
いやいやいや、それはいくらなんでもマズいだろう。
レースをする上では致命的な欠点とも言える。競り合いが出来ないとなれば、先行や差しで走るのは絶望的だろう。
僕は頭を抱えた。あれは自分の手には負えない。それこそ、あの欠点を帳消しにするような凄まじい武器でもなければ無理だ。
手帳に書かれた彼女の名前に横線を引こうとして、寸前で手を止める。
「待てよ……? 彼女、
思い返してみれば、併走トレーニングでもほとんどが先行・逃げで走っていた。いや、短距離で走ったことすら無いのだ。
適性距離でも、適性脚質でも走っていない。そのくせして、選抜レース上位に食い込むようなウマ娘に食らいついている。異常、と言っていい。
「テイムオペラオーは一着、メイショウドトウは二着……他にもこっちの子は一着で……」
今回彼女が走ったのは中距離。見たてでは、彼女に中距離は厳しいだろう。鍛え上げればGⅢやオープン戦ではなんとかなるかもしれないが、それでも一着は無理だ。
「……もう少しだけ彼女をマークしてみるか」
そして、その選択肢は正解だったと言ってよかった。
次の日、彼女は珍しく1人でトレーニングをしていた。が、その走りが明らかにおかしい。先行でも差しでも追込みでもない。かと言って、逃げかと言われると疑問が浮かぶ。
そんなこと、ウマ娘1人でできるはずがない。走り方を変えるというのは、トレーナーとウマ娘がみっちりと時間をかけて初めてなし得ることなのだ。
「うーん、これだけ走れれば逃げ切れるか……? 選抜レースの平均タイムは余裕だし、次はマイルレースを選ぶから……」
手にストップウォッチを握りながら走るミーティアルクス。
その姿は、トレーナー無しでも走れてしまうのではないかと思うほどだ。
が、なにがそうまでして彼女を駆り立てる? キングヘイローは言っていた。彼女が
「もしかして……」
一つ考えられるのは、走りたいから走っているのではなく、『走らなくてはならない』理由があるということ。
彼女の入学資料を所定の手続きをして入手し、ペラペラとめくってみる。そこにはあるはずの情報が欠落していた。生い立ち、入学時の成績……まるで
だがこれでわかった。どんな事情かは知らないが、彼女はここ以外に行き場がないのだろう。どこかの名家から放り出されたのか、それとも捨て子か……
「確かにこれは危ういな……だけど、それ以上に魅力的なウマ娘でもある」
大逃げの練習をしていたようだが、どうやらペース配分をミスったらしい。あらかじめ決めておいたラップタイムに届かないようで、焦った表情をしている。
そして僕は、『流星』を見た。
「おらぁぁぁっ! 逃げが、なんぼのもんじゃいっ!」
猛烈な加速で一気に直線を駆け抜けていくミーティアルクス。あの脚は……
「ひぃ、ひぃ……やばい、振り絞りすぎた……」
キングヘイローの言っていた事がわかった。あれは確かに後方脚質向けの凄まじい末脚の素質を持っている。
それを見た瞬間、僕の心は決まっていた。彼女を、スカウトする。
そうして迎えた2回目の選抜レース。ミーティアルクスの戦績は散々たるものだった。またしても最下位。
スタミナが切れ、集中力が切れ、みるみるうちに順位を落としてぐったりと走る姿を見て、誰もスカウトしようする者はいなかった。
「あはは、これもうだめかも……」
そんな彼女に、優しく声をかける。
とはいえいくつか確認しておきたいこともあったので、ついでとばかりに質問を投げかけた。
その結果がこれだ。
「勝ちたいよ! 俺は勝たないといけないんだ! だけど、本気で走るウマ娘が怖くて、気づいたら体が勝手に道を譲ってて、勝てなくて、うううう……うあぁぁぁぁっ!」
まさかここまで取り乱してしまうとは。感情のやり場を失った子供のように泣きじゃくるミーティアルクス。そんな彼女の背中をさすりながら話を聞いてやる。
やはり、なんらかの事情持ちのようだ。とはいえ、それはスカウトをやめる理由にはならない。
だからこそ、彼女に手を差し出した。
「僕の、担当ウマ娘になってくれないか?」
その瞬間、彼女の顔がパァと明るくなり、尻尾がパタパタと振られる。よっぽど嬉しかったのだろうか。
いくつかの問答ののち、ついには欲しかった言葉を引き出す事に成功する。
「私、ミーティアルクスはあなたのウマ娘として、トゥインクルシリーズを駆け抜けましょう。最後まで、絶対に」
その強い意志のこもった言葉に、僕の体も奮い立つ。そうして僕たちのトゥインクルシリーズが幕を開けたのだった。
とはいえ、すぐにデビューとはいかない。まずはルクスにあった走りをみっちりと体と頭に教え込むところからだ。
「ふぅ……どうですかトレーナー」
「うん悪くないよ。この調子で次はスパートの位置を変えてみようか」
が、その過程で気になったことが一つ。彼女、自分を取り繕ろうとしているのだ。一人称は『私』を使い、誰にでも敬語で接する。なんというか社会人みたいだな、なんて思ってしまった。
だが、トレーナーとウマ娘の間にわだかまりがあってはいけない。心を通わせ、人バ一体でやっていくのが正しい姿なのだ。
だからこそ、彼女には素直になってもらいたい。が、今はまだ無理だろう。少なくとも、何かしらの結果を出させてあげないと。
そうして迎えたメイクデビュー、その結果は惜しくも2着というものだった。
「う、うう……」
「ルクス、いいレースだった」
「ひぐっ、いいレースってなんだよぉ……勝ててないんだぞ……」
涙を流すルクスを見て、僕は優しい言葉をかける事しかできなかった。優しく頭を撫でてやり、君はできない子なんかじゃないんだと教えてやる。
きっとこの子はこうして走りを肯定された事がなかったのだろう。だからこそ、トレーナーである自分がしっかりと認めてあげないといけない。
そうして信頼関係を築いていったある日、ついにあの話を切り出す事にした。
「……そうだな、僕はルクスのことをまだよく知れてない。君はどんなウマ娘なんだ?」
「ええと、短距離が得意な追込ウマで」
「違う、僕が聞きたいのはそういうことじゃないんだ。君がどんな性格で、何が好きなのか。そういったことも知りたいと思ってる」
彼女の事を、彼女自身から聞きたい。その一心で問いかける。
そうしてルクスから返ってきた言葉は、僕を満足させるものだった。
「あーわかったわかった。これでいいのか? 俺はミーティアルクス。好きなものはウマ娘だ」
「ずっと気になってたんだけど、どうして『私』なんて一人称を使って取り繕っていたんだい?」
「いやー、その方がウケがいいだろ? どうしてもスカウトされたくてさぁ」
うん、なんというか完全に世間知らずって感じだ。本当にどこか良家の箱入り娘で、レースのために単身飛び出してきたんじゃないだろうね……?
とはいえ、これでスタートラインに立てたという感じだ。
嬉しくなり、思わずルクスの頭を撫でてしまう。
「あとトレーナー、手」
「あっごめん。嫌だったかい?」
「嫌っていうか、なんで撫でてるんだよ。誰にでもこんなことしてるのか?」
流石にしない。
彼女、気づいていないが、嬉しいときにはちぎれんばかりに尻尾を振るクセがあるのだ。普通のウマ娘ならばある程度自制が効くものなのだが、彼女の場合は全く効かないらしい。
こういう姿を見せられると、思わず甘やかしたくなってしまう。
「まったく……」
「ごめんごめん。ほら、お詫びに人参ゼリーをあげるよ」
「そんなもので機嫌直すとおもったら大間違いだぞ」
そんな事を言いつつ、耳はご機嫌そうに揺れているし、尻尾はやっぱり左右に振られている。
彼女の普通じゃないところはこれだけに止まらなかった。
とにかくズボラ。それも私服どころか耳飾りすら持ってない。
トレーニングとレース観戦以外に趣味は無し。休日にお出かけすらしない。
友達は同室のブリッジコンプくらい。あとはライバルのミホノブルボンも友達カウントでいいのか……?
とにかく彼女、恐ろしいほどにレース以外の事を考えてないのだ。だからこそ、ブリッジコンプが彼女をお出かけに連れて行ってくれたときは心の底から喜んだほどだ。
「ほら見てください! 素材はいいんですから、こうやってオシャレさせないとダメですよ! ね、カワイイでしょ!?」
「うん、そうだね。可愛いじゃないかルクス」
「は、う、あうう……」
恥ずかしそうにしているが、相変わらず尻尾はご機嫌そうだ。
ルクスは恥ずかしがり屋だが、その反面押しに弱い。もうこれを利用して色々と教えていくしかないかな……
そんな事を考えつつ、僕とルクスの日々は過ぎていくのだった。
そして、ついにはGⅠ出走——しかも結果は2着、という結果を出す事が出来たのだ。
確かにミホノブルボンは強い。が、僕のルクスも決して劣ってはいないだろう。だからこそ、来年こそは彼女を勝たせなければ。
そう強く心に決め、僕は除夜の鐘を聞きながらトレーニングメニューを組んでいくのだった。
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