TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか   作:TS娘には恋させよ

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23 バレンタインイベント

 二月ももう中旬にさしかかろうという頃、トレセン学園は異様な雰囲気に包まれていた。

 それもそのはず、思春期の女子には一大イベントと言ってもいい『バレンタインデー』がやってくるのだ。

 当初俺はわりと呑気していた。それもそのはず、渡す相手なんていないのだから。

 が、そう言ってられたのも先日まで。

 

「で、ルーちゃんはトレーナーさんにチョコ渡すの?」

「はぁ? 何言ってんだ。大体俺とトレーナーは、指導者とそのウマ娘って関係であってだなぁ」

「何、知らないのルーちゃん。トレセンだと担当ウマ娘がトレーナーにチョコを渡すのは普通だよ? むしろ貰えないとトレーナーさん悲しむんじゃないかな」

「えっ」

 

 いや、流石に嘘だろ……? でもアプリでもみんなチョコ渡してたしな……。ええ、今から用意するのか?

 まあショッピングモールにでもいけば簡単に手に入るだろ。そう思って財布を確認する俺。

 

「うーん、どれくらいの値段がいいんだこういうのって」

「へ? もちろん手作りに決まってるじゃない。まさか買って済ませる気なのルーちゃん!?」

「それが普通じゃあ……?」

 

 割と本気のお叱りを受けて、しゅんとなってしまう。

 だけど俺チョコとか作ったことないぞ? なんだっけ、湯煎するとかその程度なら知ってるけど……。うーむ、器具も材料もさっぱりだ。

 

「というかコンプも自作してるのか? ならちょっと材料とか器材とか分けて欲しいんだけど」

「私は作ってないかなー。トレーナーが女性だし、友チョコも配らないといけないからそこまで労力割けないよ」

「じゃあやっぱり俺も買って来るんで……」

「だからダメだって! ルーちゃんは女の子! トレーナーさんは男性! わかる!?」

「ひっ」

 

 コンプの気迫に思わずたじろいでしまった。そ、そこまで怒るか……?

 まあ確かに手作りの方がもらって嬉しいというのは良く聞く話だ。トレーナーが喜んでくれるというならば、手間暇掛けて自作するのもやぶさかではない。だけど器具器材や材料はどうするかな、なんて思っていると、ちょうど良さそうな名前がスマホに見えた。

 すぐさまメッセージを打ち込み、送信する。

 返信は数分と待たずに返ってきた。

 

「おっ、さすがはコーヒー好きなだけあるな。助かるわ」

「おやおや、ルーちゃんご機嫌ですな?」

「おう、友達にチョコ作りたいから一緒に材料とか器具揃えるの手伝ってくれって言ったんだよ。そしたら快くオッケーしてくれたわ」

 

 メッセージの送信先はマンハッタンカフェ。こうして俺は、生まれて初めてのチョコ作りに挑むことになったのだった。

 とは言っても揃えるものは案外多くはない。カフェ曰く、手の込んだチョコでなければそこまでの準備は必要ないらしい。チョコが数種類に、混ぜ込む隠し味がこれまた数種。そしておまけと言わんばかりのコーヒー豆を携えて、調理室に向かう。

 

「待ってました……しっかり準備、買えたようですね」

「えっと、型とかは買ってないんですけどいいんですか?」

「はい。調理室に備え付けのものを使わせてもらいましょう……。せっかくの設備、使わないのは損です……」

 

 この時期の調理室は予約制。俺たちがここを使えているのは、予約抽選に見事当選するという幸運によるものだ。

 本当運が良かった。三女神の加護でもあるのか、ってくらいには。

 持ってきた品々をテーブルに並べ、手順を確認するとともに本日作るチョコの確認をする。

 

「甘め、普通、ビターの三種類を作ろうと思います……。それに合うコーヒーの淹れ方もお教えしますので……」

「本当にありがとうございます。こういうのはさっぱりで」

「コーヒーは、それだけでも美味しいですが……。他の物と組み合わせることで、より美味しさが際立ちます……」

「三種類の味も、コーヒーを考えてのことなんですね」

 

 カフェからレシピを手渡される。チョコの配分が事細かに記載されているそれは、一朝一夕では編み出せる物ではないだろう。

 これ、本当に教えてもらっちゃっていいのか?

 

「コーヒーというのは、奥深い飲み物です……。甘い物を組み合わせても、苦い物と組み合わせてもよい……。全てを受け入れてくれる漆黒……」

 

 そういうことらしい。要は、コーヒーの良さをもっとみんなに知ってもらいたいようだ。なんとも『らしい』理由ではある。

 備え付けられた調理器具を取り出し、レシピ通りに準備を進めていく。

 お菓子作り初挑戦ではあるが、これがなかなかに楽しい。自炊とはまた違った楽しさがあるのだ。

 

「それは、ビター用の材料です……。こちらのボウルに入れておいてください……」

「えっと、この牛乳は?」

「スイート用のですね……。まだ冷蔵庫にしまっておきましょう」

 

 マンハッタンカフェと二人でワイワイとやっているのも、楽しさを増幅させているのだろう。なんだかんだ言いつつ、仲のいい子とこうして何かをするのは楽しいのだ。女子会をやりたがる女の子たちの気持ちがわかった気がする。

 カフェと俺の相性は悪くない。物静かなカフェと、あまり自分を出さない俺。程よいマッチ具合だ。

 

「それでは、チョコを溶かしていきたいとおもいます……。あらかじめ決めた分量ずつ溶かして、このヘラでまんべんなく混ぜてください」

「おお、結構力が要りますね。もう少し溶かした方がいいですか?」

「そうですね……。もう少し粘度を落とさないと、うまくチョコ同士が混ざりません……」

「ほへー、そうなんですね。力任せはよくない、と」

「はい。料理もコーヒーも、調和が大切なので……」

 

 次々とチョコと隠し味を混ぜ合わせ、そしてそれを型に流し込んでいく。

 一部は生クリームを混ぜることで、いわゆる『生チョコ』にすることも忘れない。そうしてさらにいくつかの工程を経て、チョコレートが完成した。

 溶かす、混ぜる、冷やすといった簡単なことしかしていないが、なかなかの達成感だ。

 余分に出来上がったチョコを、味見と称して口に運ぶ。

 

「ん! これ、美味しいですね」

「少し待っていてください……。今、コーヒーを淹れますので……」

「あ、手伝いますよ」

 

 カフェが慣れた手つきでコーヒーを淹れる。既に挽いてある豆を使って淹れているので、そこまでの手順が必要なわけではない。だが、簡単な工程でも熟練度合いというのはわかるものだ。

 テキパキと準備が進められていく様を、俺は眺めているしか出来なかった。

 

「はい、あとは待つだけです……。この水滴が落ちるのが、私の心を癒してくれる……」

「すごい手際がいいですね……」

「昔から、ずっとやっていますので……。簡単な指南書を作っておいたので、是非あなたもコーヒーを淹れてみてください」

 

 本当何から何までいたれりつくせりだ。こんなに良くしてもらっていいのだろうか。何も返せるものがない気がする。

 

「どうぞ……。淹れたてが一番美味しいですよ」

「ありがとうございます。あのカフェさん? できれば私から何かお返しをしたいと思うんですけど……。こんなに色々手伝ってもらっちゃいましたし」

「別に構いません……。私がしたいからやっているので……」

「そうは言っても……」

 

 うーん、何かないだろうか。ちょっとしたものでもいいので、お返しくらいしたい。これは後でコンプのやつにでも聞くか。

 二人で静かにコーヒーをすすっていると、タイマーがけたたましい音を鳴らした。チョコ完成の合図だ。

 冷蔵庫を開き、中から固まったチョコレートを取り出す。

 

「いい感じですね。あとはラッピングですか」

「ラッピングは、渡す相手ごとに変えるのがベストだと思います……」

 

 コンプのやつに渡すのはいかにも女子らしいパステルカラーのラッピング。キングにはイメージカラーの緑をあしらったラッピングにして、でバクシンオー先輩にはこっちの……。

 いくつも用意したラッピングに、一つずつチョコを詰めていく。

 そうして最後に残ったのは、トレーナー用のチョコ。

 

「うっ……。これは、どっちにすれば……」

 

 『いかにも』な可愛らしいハートたっぷりのラッピングと、男性への贈り物といった感じの落ち着いた色合いのラッピング。その二択を迫られていた。

 自分が男だったとき、もし貰ったら嬉しかっただろうものは当然前者。だけどこれ、勘違いとかされない? 大丈夫?

 

「どうしたのですか……?」

「いえ、この可愛いラッピングだとちょっとあざといし、勘違いされないかなぁと」

「大丈夫ですよ……。思いは、必ず伝わります……」

 

 うーん、なら平気か! ハートラッピングにトレーナー用のチョコを詰め、これにて準備完了だ。バレンタインデーはもう目前。本当にギリギリでの調理だった。

 

「で、当日はこんな有様か」

 

 バレンタインデー当日。トレセン学園は混沌と化していた。ここぞとばかりにトレーナーにアプローチするウマ娘。友人とチョコを仲良くつつく微笑ましい者たち。安くなったチョコを買いに走る食い意地の張ったグループ。

 そんな中、俺は一つずつチョコを配り歩いていた。

 

「キング先輩、チョコどうぞ」

「あら、あなたにしては気が利くじゃない。というかこれ、もしかして手作り? 驚きだわ」

「あはは……。同室の子に『やっぱりバレンタインは手作りだよ!』って言われたんで」

 

 キングがラッピングからチョコを取り出し、一口食べる。味を確認して満足したように微笑むと、こちらを優しく撫でてきた。

 

「あなたは本当にいい子ねぇ……。しっかりといい味に仕上がってるわよ。ほら、本命は私じゃなくて別にいるでしょう? 早くそっちに行ってあげなさい」

 

 本命? 何言ってるんだキングは。

 いまいち納得がいかない思いになりながらも、こちらを優しく送り出そうとしているキングを見ると何も言えない。

 仕方なく次のチョコを配りにいく。

 

「こんにちは……」

「あ、カフェさん。これ、先日のお返しも兼ねてです」

 

 マンハッタンカフェに手渡すのは、先日作ったチョコ。そしてそれに加え、コーヒー豆の袋も手渡す。先日ショッピングモールに買いに走ったそれは、いわゆるチョコレートとの組み合わせを前提としたコーヒー。

 バレンタインデーに贈るお返しとしては、これ以上ないものだろう。

 

「これは……。ふふっ、そういうことですか。また、一緒にコーヒーを飲みましょう……」

 

 カフェは微笑んでそう言うと、チョコを摘みながら去っていった。

 その後はバクシンオー先輩に会ってチョコを渡し、アドマイヤベガに会ってチョコを渡し、ミホノブルボンにチョコを手渡してステータス『喜び』を観測したり、たまたま通りかかったアグネスタキオンにチョコを渡したら蛍光色の怪しい液体を代わりに貰い……

 気づけば手元にあるチョコの包みは一つになっていた。

 

「すぅー……っ。て、なんでこんな緊張してるんだ」

 

 トレーナー室、その扉の前で大きく深呼吸をする俺。残った一つは当然トレーナー用のものだ。

 意を決してトレーナー室に入り、できるだけ自然に包みを渡す。

 

「やっほートレーナー! はいこれ、バレンタインだしお世話になってるお礼ね!」

「やあルクス。それ、チョコかい? ありがとう、ちょうど甘いものが欲しくてね」

「ほら、どうせずっと仕事してたんだろ? コーヒー淹れてやるよ」

 

 マンハッタンカフェに貰った指南書通りに、コーヒーを淹れる。黒色の液体からは芳ばしい香りが漂い始め、俺たちの鼻腔をくすぐった。

 

「コーヒーおまちどう。そっちのチョコと一緒に食えよな」

「ん……? もしかしてこれ、手作りかい? まさかルクスの手作りチョコが食べられるとはね」

「まさかってなんだまさかって」

「それは……。うん、言わないでおこうかな」

 

 トレーナーがコーヒーをすすり、チョコを一口食べる。俺はその光景から目が離せない。感想を今か今かと待っているのがわかったのだろうか。トレーナーがクスリと笑って口を開いた。

 

「うん、美味しいよ。ありがとうルクス」

「ふふん! そうだろそうだろ? ちゃんと味わって大切に食えよな」

 

 ついつい頬が緩んでニヤけてしまう。いやぁ、作ったものを他人に褒められるのがここまで嬉しいとは。

 トレーナーがコーヒーを飲み干してしまったのを確認して、追加でカップへ注いでいく。

 

「本当に美味しいね。コーヒーによく合うよ」

「そういうコンセプトだしな。ほれ、仕事疲れには甘いものが大切だぞ」

「こんなものもらっちゃったら、ホワイトデーのお返しは奮発しないとなぁ」

 

 あっ、全くそっちのこと考えてなかった。よく三倍返しなんて言うけど、別にお返しが欲しいわけでもないしなぁ。

 まあトレーナーから何かもらって悪い気分にはならないしいいか。

 

「ん、期待してるぞ」

「ああ、たっぷり期待しててくれ」

 

 これでバレンタインデーのイベントは全て消化……。とはならない。

 もう一人だけ、チョコを渡していないヤツがいるのだ。

 

「というわけでコンプ、ほらチョコだ」

「マジ!? ルーちゃんの手作りチョコ!? 家宝にする!」

「いや、ちゃんと食べてくれ」

 

 ラッピングからチョコを取り出して口に運び、なんとも言えない至福の表情でベッドに寝転がるブリッジコンプ。そんなに美味かったのか……?

 ともあれ、これでバレンタインイベントは完遂。肩の荷が降りた感じがする。

 

「うーん、ルーちゃんの愛情がこもってる……。あと10年は戦えるよ……」

「んな大袈裟な」

「大袈裟じゃないよ! いやぁ、しかしこの愛を一身に受けてるなんて、本当羨ましいですなぁ……」

「……?」

 

 ウマ娘になって初めてのバレンタイン。すこしずつではあるが、俺の中の何かが変わりつつあった——




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