TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
三女神が世界を眺めていると、一際強く輝くウマ娘を見つけました。彼女達が送り込んだあの『流星』です。
彼女は強い想いによって、また一つ成長しようとしていました。
そしてそれは、他のウマ娘達を観察して分析する能力と合わさり『固有』とも呼べる領域へと到達しようとしていました。
『固有』は強い想いを持ったウマ娘であることの証。
元はヒトであった彼女が、これほどまでに強い想いを抱くウマ娘になったことに三女神は歓喜しました。
そして、彼女が勝ったのならばその時には——
阪神レース場11R、フィリーズレビュー。新年明けて初めての重賞短距離レースとなるこのレースは、桜花賞トライアルとも呼ばれている。3着までのウマ娘には桜花賞の優先出走権が与えられるため、必然的に注目度合いも高くなるレースなのだ。
だが、俺にとっては全く別の意味を持つレースとなっている。
「ルクス? ルクス大丈夫かい?」
「——? ああ、大丈夫」
「それならいいんだけど。なんかボーッとしてるように見えたからね」
レース場の熱気に当てられた訳ではない。かといって、集中できておらずにボケっとしている訳でもない。
なんだろうな、この気分は。
手を開いて、もう一度握り直す。そうしているうちに、だんだんと気持ちが落ち着いてきた。
「ん、平気みたいだ。心配させてごめん」
「それならばいいんだけど……緊張、って訳ではなさそうだね」
「緊張は……してるだろうけど、それとは違うんだよ。うーん、上手く表現できないなぁ」
だけど、決して悪い気分ではない。
今回はGⅠレースではないため勝負服は着ていないものの、レースへの本気度合いは朝日杯以上だ。
おそらくここでミホノブルボンに勝てなければ、一生彼女の幻影を振り払うことはできないだろう。そう俺は確信していた。
「俺の得意な短距離……今度こそは、ブルボンに勝つ」
「頑張ってきてね。ルクスなら大丈夫。今回は
「そうだな……だけど、秘策を使えるかどうかは運次第ってところもあるだろ?」
その運が、果たして俺にあるのかどうか。それはこれからわかることだ。控室を後にして、パドックへと向かう。
上を見て、空模様を確認する。天気はなんとか持ち直したようで、雨の心配はなさそうだ。
「しっかし、人が多いなぁ……」
GⅡレースへの注目度はレースによって異なる。トライアルレースに位置付けられている、というのもあるが、それだけでは説明できないくらいの人がパドックを埋め尽くしていた。
声援は会場を埋め尽くし、熱気はとてもGⅡレースとは思えないほど。
最初こそ困惑していた俺だったが、ミホノブルボンの姿を見てすぐに気を持ち直す。
「で、どう思う?」
「なんだよ急に。注目株についてか?」
「ちげーよ、ブルボンとルクスのどっちが勝つかって話だって」
「それは……難しいな」
観客たちの会話に聞き耳を立てる。
話題の中心にいるのはブルボンと俺。多くの観客が俺たちの勝負がどうなるかについて話し合っていた。それもそうだろう。片やGⅠ勝利ウマ娘。片やそのウマ娘に真っ向勝負を挑んだウマ娘だ。
熱気と声援に、俺の体が大きく震える。
「お、ミーティアルクスが出てきたぞ」
「調子は……うん? なんかいつもと違うな」
「そうだな……だけど、なんだこの感じは。うーん……?」
パドックに出て、ステージの上でくるりと一回転する。全身を見せるようにして、観客に俺の姿をアピール。このお披露目というのが意外と楽しいのだ。勝負服の時ほどの楽しさはないが、それでもなかなかの心地よさがある。
それにこうして人々の視線を集めていると、俺の中のスイッチが切り替わるような気がするのだ。通常の状態から、走るための状態へと。
くるりと軽快に回る俺の姿に、観客からは声援と感心の声、そして少量の困惑の声が飛んできた。
「これは、どうなんだ?」
「確かに違和感はあるものの、調子自体は悪くなさそうだ。もしかすると、何かやってくれるかもしれないぞ」
「何かって……」
「わからん。だけど短距離の追込なんだ。俺たちが予想もしない走りを見せてくれるかもしれない」
全体的に反応は悪くない。最後に一礼し、後ろへと下がる。少しずつ、少しずつ意識がレースへと切り替わっていく。
一人、また一人とお披露目を済ませていき、ついにはミホノブルボンの番がやってきた。
パッと見、ブルボンの調子は悪くなさそうだ。というよりも、レース本番で調子の悪いブルボンを見たことがない気がする。サイボーグと呼ばれるだけのことはある。
「ブルボンは相変わらずだな。仕上がりも良いし、調子も悪くなさそうだ」
「安定してるってのはレースにおいて大切なことだ。その点、ミホノブルボンはまさにGⅠウマ娘にふさわしいと言えるな」
いつも通りブルボンの評価は高い。朝日杯フューチュリティステークスで勝ったことにより、彼女の知名度と評価は大きく上がった。その結果が如実に現れていると言っていいだろう。
感心しつつも、少しでもブルボンの姿から情報を得ようとする俺。
重心はしっかりと安定しているし、筋肉のつき方も均等かつ理想的だ。
「今日もブルボンはあの逃げを見せるのか?」
「短距離レースだからな。最初から最後までハイペースな逃げを見せるのは間違いないだろう」
「だろうな。そして短距離という戦場で、ミーティアルクスが差せるのか……それが今日の見どころか」
お披露目を終えたブルボンが後ろに下がる。
その瞬間、俺と彼女の目線が合った。普段は表情を表に出さないミホノブルボン。その目には熱い闘志の炎が灯っていた。
俺はそんなミホノブルボンの姿に、口の端を吊り上げて反応する。
先頭で待ってろ、ミホノブルボン! 今日こそは勝ってやる。
パチリ、とまた1つ俺の中のスイッチが切り替わった。地下通路に戻り、ゆっくりと歩みを進めていく。長い長い通路。ここを歩くと、もうすぐレースが始まるのだと実感することができる。
そうして歩いていくと、通路の中ほどでトレーナーが待っていた。
「やあルクス。その感じだとパドックでのお披露目は上手くいったみたいだね?」
「ああ。だけど、ミホノブルボンの仕上がりもかなりのものだった。やっぱりブルボンはかなりの強敵だ」
「そうだね……とはいえ、付け入る隙がないわけじゃない」
いくらブルボンが強いとはいえ、絶対に勝てない相手かと聞かれればNOだと言えるだろう。
俺の持ちうる全てを出し切り、使えるものを全て使えば可能性はあるはずだ。
「で、コースはしっかり頭に入ってるかい?」
「当たり前だろ。俺は本能に任せて走るタイプじゃないからな。詳細までばっちりだ」
フィリーズレビューの舞台となるのは阪神芝1400m内回り。
コースの特徴として、スタートから最初のコーナーまでが長いこと、そしてゴール直前に急勾配があることというのがある。高低差自体は約2mと今まで走ってきたコースとそこまで変わらないが、100mという短い区間の坂であるので勾配自体はかなりのものだ。
また阪神レース場は、一般的にバ場が荒れやすい。冬場、しかも11Rなのだ。なかなかにパワーを必要とするレースになることが予想される。
「というわけで、今回はあの作戦でいこうと思ってるんだよな」
「悪くないと思うよ。とは言っても、未だに完璧とは言えないからね……もし危ないと感じたらすぐにやめるんだよ?」
「おうよ。ま、ミホノブルボンに勝つためには、ちょっとくらいのリスクは必要経費だろ」
地下通路を歩きながら、今一度作戦を頭の中で整理していく。
アグネスタキオンから入手したデータは大変有用だった。きっと今回のレースの鍵となってくれることだろう。
通路の終わり、出口からは光が差していた。あそこを通れば、もう後戻りはできない。
「じゃ、勝ってくるわ」
一言だけトレーナーに言い残し、俺はレース場へと出た。
観客席はGⅡレースとは思えないほどの熱気が渦巻き、俺たちの勝負を今か今かと待っている。
「さぁついにやってまいりました、阪神11Rフィリーズレビュー! 今回は例年よりも来場者が多いですね」
「ええ、ミホノブルボンとミーティアルクスの決着を見に来ている人は少なくないでしょう」
「メイクデビューから続く、短距離・マイル路線の死闘……かなりの注目度ですね」
返しウマのために、コースに足を踏み入れる。
足を踏み締め、バ場の状態を確認していく。
外ラチ側こそ安定しているものの、内ラチ側はかなりの荒れようだ。一応良バ場表記にはなるだろうが、かなりギリギリだと言えるだろう。
これならば、内側に寄るのを嫌がるウマ娘は多いはず。
「この荒れ方なら十分許容範囲内……やっぱりやるしかないな、アレ」
トレーナーと共に特訓を続けて、ようやく形になった走りが1つある。ただし、その走りをするためには克服しなくてはいけない欠点が1つあった。そして、すこしだけではあるがそれの克服に成功したのだ。
競り合いが苦手。それが克服しなければならなかった欠点だ。
まだ完全な克服は成功していない。が、条件さえ選べば……なんとかなるはず。
「……やるか」
心を決める。ミホノブルボンに勝てる確率が上がるなら、なんだってしてやろう。それがどんな茨の道であっても、俺は駆け抜けるだけだ。
返しウマが終わり、全員がゲート前に集まる。
緊張した体をほぐしながら、ゆっくりと意識を切り替えていく。
「返しウマも終わり、いよいよゲートインです! 今回のレース、注目すべきポイントはどこでしょうか?」
「そうですね、かなり難しいですが……やはりバ場の状態でしょうか。ただでさえパワーの必要な急勾配がゴール前にあります。今日のバ場状態は良でこそありますが、ところどころ荒れている場所が目だっていますから……」
「なるほど、パワー不足だとゴール手前が鬼門になると?」
「ええ、その通りです」
おそらくは、誰も俺がしようとしていることに気づいていないだろう。
だからこそ、その意識の隙を突く。
「さあ阪神レース場にファンファーレが鳴り響きました!」
「いよいよですね。今年のクラシック級、その短距離路線がどうなるかがわかるレースになるはずです」
ゆっくりとゲートに入っていく。この瞬間は何度味わっても緊張するものだ。また1つ、パチリとスイッチが切り替わる。
決して広くないゲートの中は、不思議と俺の心を落ち着かせてくれた。ふぅ、と息をはいて今一度心を整えていく。
大丈夫、俺ならばできるはず。
「今回の一番人気、ミーティアルクスは2枠3番。内枠での出走となっています」
「阪神の1400mは内枠有利と言われていますが、彼女に限ってその有利はあってないようなものでしょう」
「そうですね、序盤から前に出るような走りをしませんからね」
今回の出走ウマ娘は15人。フルゲートでの出走ではなく、3人ほど欠けての出走だ。この場合、一番内枠の1枠に割り当てられるのは一人だけとなる。
フルゲートではない。これは俺にとって有利に働く。ウマ娘の数が少ないほど、競り合いが発生する確率は減るのだ。そしてバ群に開く穴も大きくなるだろう。
「対する二番人気のミホノブルボンは6枠11番での出走です」
「逃げである以上、内枠の方が望ましいのですが……今回は運が悪かったと言うべきでしょうか」
「これはやはりミーティアルクスとの対決において、不利となるでしょうか?」
「そうですね、先頭をとれるかどうかということにかかっているでしょう。ミホノブルボンは毎回綺麗なスタートダッシュを切っています。今回もそうならば、先頭をとれる確率はけっして低くないと思います」
逃げという戦術において、先頭を走ることは大きな意味を持つ。後ろを自分のペースで翻弄することができるならば、それだけ有利となる。
その点、ミホノブルボンはスタート直後という局所的な面から見てもかなり優秀だと言えよう。これまでのレースで先頭を取れなかったことはないのだから。相変わらず、憎らしくなるほどの優秀さだ。
「全ウマ娘ゲートイン完了しました」
「さぁ、始まりますよ。短距離ということもあって、一秒たりとも目を離せないレースになりそうです」
静寂に包まれる会場。先ほどまでの熱気に溢れた歓声が嘘のように静まり返っている。
そして、ついにレースが始まった。ガコン、という特徴的な音と共にゲートが開く。
さあ、行くぞミホノブルボンッ——!
皆様、評価とお気に入りと感想本当にありがとうございます……たくさん来てうれしいので、絵担当をしばいてなんか描かせます