TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
阪神芝1400mにおける始めの直線は400m以上。ここをどうするかというのは実に難しい問題だ。いつも通りスタート後にゆっくりと後ろへ下がると、レースの展開を見極める体勢へと入る。
ゆっくりと息を吸って吐き、次第にウマ娘たちへの意識の間へと潜伏していく。
「さあ綺麗なスタートを切ったのはミホノブルボン! 流石はミホノブルボン、と言ったところでしょうか」
「そうですね。外枠という不利を感じさせない素晴らしい走りだと言えるでしょう」
呼吸をコントロールすることでスタミナを温存するとともに、徐々にギアをあげていく。ハロン棒を一本確認した時点で、ゆっくりと一番近くのウマ娘へ照準を合わせる。
「先頭はミホノブルボン、一バ身離れてマリフィクス。そのあとにリードエッセイ、アイボリーシュシュと続いています」
「最後尾はグランドフィースト……申し訳ありません、最後尾はミーティアルクスでした」
目の前のウマ娘、グランドフィーストの呼吸をゆっくりと読み取っていく。それに合わせるように呼吸を変化させ、タイミングを同調させる。こうすることで、相手は知らず知らずのうちに呼吸をコントロールされることになってしまう。
無意識という隙を突き、呼吸とペースを支配するまさに『邪道』と言える技だ。
が、俺は勝つためならばどんな邪道でも使って見せよう。それが俺の決意だ。
「おっと、グランドフィースト掛かってしまっているか?」
「まるで自分のペースを見失ってしまっているかのようですね。どこかで息を入れられるといいのですが」
「ええ。ですが、奇妙ですね……」
グランドフィーストは完全にペースを乱し、自然と加速をはじめてしまう。あれでは最後まで持たないだろう。が、それでいい。そうなってもらわなくては困る。
加速したグランドフィーストの後ろに付けるようにして、俺も少しずつ加速していく。
が、ある程度のところで別のウマ娘へと乗り換える。完全に自分の走りを制御できなくなったグランドフィーストは、そのまま中団のバ群へと突っ込んでいった。
「おっと、中団が荒れてますね」
「加速したグランドフィーストが突っ込んだことにより、バ群は乱戦の様相を呈しています。まさかコーナー前でこのようなことになるとは……」
そうして一つ目のコーナーに差し掛かる。
そこで俺は、またしても目の前のウマ娘の呼吸を乱すようにと呼吸を変化させた。それに加え、今度は足音も変化させて、徹底的に煽ってやる。前を走るウマ娘——サラサーテオペラは知らず知らずのうちに加速を始めてしまう。
が、彼女はその速度ではコーナーを綺麗に曲がることはできないだろう。
「さあ、各ウマ娘コーナーを曲がっていきます! サラサーテオペラ大きく外に膨らんでいる! 中団も同様に、加速が原因で膨らんでしまっているぞ!」
「あの速度でコーナーを綺麗に曲がるのは難しいでしょうね。それになにより、内ラチ側は荒れ気味です。近寄ろうというウマ娘も少ないでしょう」
「かなりハイペースなレースになってまいりました! 決着は早い段階でつきそうですね」
バ群は速度を維持するために、そして荒れた芝を避けるために自然と大回りをしてしまう。
しっかりとインを突いて走れているのはミホノブルボン、それに俺。この二人だけだ。
いつもよりも視界が広い。それと同時にウマ娘たちの息遣いと足取り、どのようにレース運びを行おうとしているのかが手に取るようにわかる。
ペースを落としてスタミナを温存しようとしたウマ娘に照準を合わせてペースを徹底的に乱してやり、なんとか内側に入って来ようとしたウマ娘を突き回してさらに加速させ、無理矢理内ラチ側から弾き出す。
「未だにペースが落ちる気配は見えない! 先頭のミホノブルボンもどこか表情が険しいか?」
「後ろ全体のペースが早い、というのは逃げにとってかなりのプレッシャーですからね。ここで自分のペースを保てるかどうかが、ブルボンの力の見せ所かもしれません」
阪神レース場のカーブは、コーナーの始まりと終わりが急なカーブになっている。つまりそれだけ
加速した集団の中に、膨らまずにカーブを曲がり切れるウマ娘は既に居ない。仮にあの速度でも、自分自身のペースならば、しっかりとしたコーナーリングを見せることのできる子もいただろう。が、あれは『俺によって作られた』ペースだ。おおよそそんなことは無理だろう。
「おっと、最終コーナーの終わりで後ろから迫る影! ここでくるか、このウマ娘!」
「猛烈な追い上げを見せるのはミーティアルクス! やはりこのウマ娘が上がって来た! 凄い勢いだ! だが目の前にはバ群があるぞ!」
今日までずっと研究を続けてきたことがある。それは『この世界に固有スキルは存在しているのか』というもの。
シンボリルドルフのあの走りはさながら『固有』と言うにふさわしいものだった。
そして偶然にも舞い込んできた幸運。アグネスタキオンからのデータにより、その研究は大幅な加速を見せた。
「これは……?」
「み、ミーティアルクス、ガラ空きになった内ラチ側を爆走! 荒れた芝をものともしない力強い走りです!」
「バ群や競り合いが嫌いなウマ娘だと思っていましたので……これは予想外の展開ですね」
『固有スキルは存在する』、それが俺が出した結論だった。そして、その固有スキルは本人の走りが色濃く出たものであるということも導き出すことができたのだ。
さて、ここでもう一つ疑問が生まれる。
その答えが、これだ。
「内ラチを爆走するミーティアルクスを先に行かせまいと、内側に寄ろうとするウマ娘が見られますね」
まずは一人。ハイペースにさせられたせいでスタミナが心もとなくなってきたウマ娘を横目に、順位を上げる。
わざと足音を強くし、息遣いを少しだけ乱して、さらには『気迫』をぶつけてやる。抜かれた、という事実と襲い掛かる不快な外的要素に、思わず萎縮してしまうウマ娘。彼女は内ラチ側に寄ることを諦め、怯えたように速度を下げてしまった。
「ですがやはり荒れた芝を嫌っているのか、いまいち動きが鈍いですね。ほとんどの子が無理に競り合って速度を落とすよりも、自分の走りを続けることを選んだのでしょう」
そして二人目。怯えて速度を落としたウマ娘に反応するようにして、少しだけ足取りを乱してしまった子。それに照準を合わせ、再び威圧感を放つ。プレッシャー、耳障りな足音、意識を乱す吐息。
標的にされた子は、やはりたまらず速度を落としてしまう。
そうして二人が速度を落とせば、バ群全体が自然とペースを落とすこととなる。
「バ群のウマ娘は誰もミーティアルクスに近寄れない! 大胆な作戦です!」
「ええ、リスクを冒してまで内側にくるとは誰も思ってなかったでしょうからね。実際に、誰も内側に入る子はいません」
「そのリスクを取ってでも、最短距離となる内側を進みたかったのでしょうか?」
続く三人目。もうここまで来れば後はなし崩し的にバ群を乱すことができる。
そうして乱れに乱れたバ群を横目に、俺は最終直線を突き進む。バ群の前に出てしまえば、わざわざ荒れた内側を走る必要もない。脚に力を込め、整った芝の上を駆け抜けていく。
ウマ娘たちを手玉に取り、バ群を内側からブチ抜いたという達成感と気持ちよさ。高揚した気分は、体のスペックを上昇させてくれる。
「ミーティアルクス加速! ごぼう抜きの勢いそのままに、ミホノブルボンに迫ります!」
「相変わらずの凄まじい加速ですね。あとはこの加速がブルボンに届くか、それが勝負を決する鍵になるでしょう」
ゴール板までは残り400mたらず。ひたすらに潜伏しつづけ、足をためていた俺は、ここぞとばかりに全てを解放する。
が、ブルボンとの距離が縮まらないっ——!
「ブルボン逃げる! それをミーティアルクスが追う! だが2人の差が縮まらない! やはり強いぞミホノブルボン!」
「ブルボンのペースが上がりましたね。このままだと追いつかれると思ったのでしょうか?」
「さあ二人の差は未だ3バ身! その後ろはさらに3バ身離れてシャドウストーカー!」
残り最後のハロン棒が横を流れ、ゴールまでの距離が200mになる。そしてここから、急勾配の坂が姿を現す。
今まで走ったコースとは比べものにならないほどの傾斜だ。足と体が悲鳴をあげそうになるが、ここで速度を落とすなんてできるはずがない!
全身に力を込め、体全体で推進力を生み出していく。俺の十八番となった加速技法、『スプリントターボ』。力強く足を踏みしめ、坂を勢いよく駆け上がる。
「ミホノブルボンとミーティアルクスの距離が縮まる! 残り2バ身! ゴールまでは後わずか! 逃げ切るのか、差し切るのか! 勝利の栄光はどちらの手に渡るのか!」
ここで俺たち二人の明暗を分けたのは、その走行技法だった。
前半は他のウマ娘とレースを徹底的にコントロールし、極力体力を温存する俺。対して序盤から終盤まで一定の速度で走り続けるミホノブルボン。
意図的に作られたハイペースの中で、ミホノブルボンの体力は想像以上に削れていた。いくらサイボーグと呼ばれようと、彼女もウマ娘だ。乱れ、混乱したバ群からの不協和音は、彼女の力を少しずつだが削いでいたのだろう。
「坂を駆け上がり、ゴールまでは後わずか! ミーティアルクスがミホノブルボンに並んだか!?」
「ブルボンがさらに加速! まさかまだ加速する余力が残っているとは……」
そんな中でも再加速をするミホノブルボンは流石だと言える。
だが、勝つのは俺だ——!
アグネスタキオンは言っていた。俺の体はさながら
スプリントターボ。これは1レース1回までが限度だ。これまでは。
再び芝を踏みしめる。そして、ブルボンの加速に合わせるようにして再度加速する!
「ルクスも再度加速! どっちだ! 差すか逃げるか! 今、ゴール板の前を二人同時に駆け抜けました!」
「ここまでの激戦とは……ですが、ミーティアルクスの方が早かったような気もしますね」
体で風を切る感覚。そして観客たちのどよめきが俺を包み込んだ。
どうなった……? あの瞬間、俺はミホノブルボンを差し切れたのか?
足にかかる負荷を軽減するために、ゆっくりと速度を落としながら掲示板を見上げる。未だ点灯しないそれが、今まさに俺の運命を握っていた。
十数秒の静寂ののち、掲示板に光が灯る。
一番上に灯ったのは、『3』の数字だった。
「着順が確定しました! 1着はミーティアルクス! 2着ミホノブルボン! 最後の最後にミーティアルクスが差し切っての勝利です!」
会場のあちらこちらから歓声があがる。その全てが俺を祝福しており、同時にミホノブルボンの健闘を讃えていた。
ああ、掲示板が滲んでよく見えないや。強敵に勝つのは、こんなにも嬉しいんだな……
「GⅡとは思えないほどの激戦でしたね」
「ええ、今年のクラシック路線……それも短距離やマイルが楽しみな一戦でした」
涙を堪えることができず、ポロポロと雫をこぼしてしまう。
そんな俺に、ミホノブルボンが歩み寄ってきた。彼女はこちらに手を差し出し、じっと見つめてくる。
「素晴らしい走りでした。あれほどの走りをされては、負けを認めるしかありません。優勝、おめでとうございます」
「ひっぐ……ぶる、ぼん……」
「涙を拭いてください。良く父が言っていました。勝者は笑い、喜ぶものだと」
「う、ん……」
差し出された手を握りしめ、強く握手をする。涙を堪えて精一杯の笑顔を作り、観客に向かって大きくアピールをした。俺は勝ったんだ、と。
「ステータス、『悔しい』を確認。そして同時に『もう一度戦いたい』という欲求を確認しました」
「ブルボン……? ……そうですね、これで終わりなんてありえないですよね」
ぐ、とブルボンの手を再び強く握る。そしてしっかりと瞳を見据えて宣言した。
「次はGⅠ。桜花賞で会いましょう」
俺たちは1着と2着。2人とも桜花賞への優先出走権を与えられている。そして、一番直近のGⅠマイルレースが桜花賞だ。
握った手を離し、俺はウィナーズサークルへと向かう。勝者としての役目を果たすべく。
俺はこの日のことを決して忘れないだろう。ミホノブルボンに勝った日。強敵に勝つことの喜びを知った日。
その日俺は、ウマ娘としての階段をまた一段登ったのであった。