TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
いよいよGⅠレースがやってきました。三女神たちが与えた贈り物は果たして『流星』の糧となるのでしょうか。
彼女の肉体と精神は、すでに十分に成熟しています。まだ伸び代はあるでしょうが、一流のウマ娘としては十分な仕上がりです。それ故に三女神たちは、彼女が『固有』とも言える走りを発現させられていないのが残念でなりませんでした。
だからこその贈り物です。彼女に足りないのは、ウマ娘であれば誰もが持っているウマソウル。三女神たちは彼女の魂に少しだけ細工をし、ウマソウルを混ぜ込みました。
もしこれで固有を発現できないならば、彼女には『運』がなかったのでしょう。
さあ、このレースのどのような結末を見せてくれるのでしょうか。三女神は『流星』たちのレースをじっと眺めながら——
GⅠレース、桜花賞。
このレースは俺にとって2回目となるGⅠレースであり、ミホノブルボンとの4回目の対決の舞台でもある。
今までの戦績は1勝2敗。
「ここで勝って、ミホノブルボンに並ぶ……っ!」
「短距離で勝ったからこそ、次はマイルでも勝っておきたいね。1600mならば適性の範囲内だ。短距離と同じとまではいかなくても、充分に戦えるはずさ」
「そうだな。ブルボンが相手でも勝機は充分。あとは俺が力を出し切れるかどうかだ」
以前の俺ならば、こんなことは言ってられなかっただろう。
トレーナーと俺、人バ一体となって努力を続けてきた成果が出ていると言える。
「今日はどの作戦でいくんだい? 前回と同じことをするのはかなりリスクがあると思うけど」
「んー、あの方法は取りたくないかな。というよりも、あれは一回だけでいいから披露しておくことに意味があるんだよな。ああいう走りをされるってわかってると、向こうも警戒せざるをえないだろ?」
前回やった、『内ラチ側からの突撃』は劇薬だ。
強烈な印象を観客とライバルたちに与え、『こいつならもしかしたら』と思わせる。それだけで相手は自分の走りを十全にできなくなるのだ。
言ってみるならば、デバフの下準備。まあ何度もやっていれば色々と対策はされるだろうが、少しやるだけならば効果的に働くだろう。
「あんなのを見せられたらね……。僕だってルクスの対策をするなら、絶対内側からの追い上げにも注意するかな。もっと言うならば、何をやってくるのかわからない怖いウマ娘として徹底的にマークするかもしれない」
「考えるけどやらない、やろうとも思わない。そんなことをやるウマ娘だって印象づけられてるといいんだけどなぁ」
レースはファンファーレの前から始まっている。少なくとも俺の場合はそうだ。
俺はミホノブルボンにポテンシャルで勝ってるだなんて思っちゃいない。そんな俺が何の策もなしに彼女に食らいつくなんて自殺行為だ。
だからこそ、こうして少しでも勝率を上げるために策を弄していると言える。
「さーて、そろそろ時間か。ま、見ててくれよトレーナー。今日は前回よりも調子がいいからな」
「なんかそう言われると逆に不安になるね……。ま、ルクスが言うなら信じることにするよ。頑張ってきて。君がGⅠを取るところ、見せてね」
「おうよ。ブルボンも他の奴らも全部ちぎって、ゴールまで駆け抜けてやる」
ケープを羽織り、ヒトでごった返すパドックへと移動する俺。
GⅡであるフィリーズレビュー、そのときよりもさらに多い人が観客席を満たしていた。完全に定員をオーバーしているようで、入口で係員が何やら誘導を行っている。
「桜花賞、注目はもちろんミホノブルボンとミーティアルクスで決まりだな」
「フルーツパルフェも悪くないんだが……やっぱりあの2人に比べると見劣りするか」
「そうだな。2人は前走のフィリーズレビューで凄まじい走りを見せてくれたから、今回も期待出来ると思ってるよ俺は」
俺とブルボンが観客たちの話題を独占していた。片やGⅠウマ娘。片やそのGⅠウマ娘に前走で勝っているウマ娘。話題にならない方がおかしいだろう。
「ポライトサルートはどうだ? ポテンシャルは高いと思うんだが」
「そうだな……朝日杯FSでは仕掛けどころを間違った感じがあった。それさえなければ上位入着も可能だっただろう」
が、完全に他のウマ娘の話題がないか、と聞かれるとそうではない。
「ほら見ろよ。ポライトサルート、かなりの仕上がりだ。これならば、あの2人にだって喰らいつけるさ」
「おお、予想以上だ。仕掛けどころさえ間違えなければ、やってくれるかもしれないぞ」
「だろ? 俺のイチオシだからな! ポライトサルートちゃーん! 応援してるからなー!」
ポライトサルート。以前のレースで彼女と走ったこともあったな。なるほど、体を見れば観客の言う通り、『やるかもしれない』ウマ娘なのがわかる。
勝負服から覗く肉体はしっかりと引き絞られており、顔も気合い充分だ。
そもそもの話だが、GⅠに出てくるようなウマ娘は皆が皆『超一流』のウマ娘ばかり。注目しなくていいウマ娘など存在しない。
「おっと、ミホノブルボンの番だぞ。前回の仕上がりもすごかったが、今回はどうだ?」
「まああのミホノブルボンが仕上げをミスるとは思わないけどな」
相変わらずミホノブルボンの勝負服は凄いデザインだ。機能性を重視しながらも、うまい具合にブルボンらしさを全面に押し出している。
「うお、これは……」
「凄いな……」
観客がわずかにざわつく。そりゃそうだろう。ブルボンの体の仕上がり方は、まさに『別格』と言えた。引き絞られた肉体、うっすらと浮き上がる筋肉。
俺も思わず息をのんでしまう。
「ここまでとはな……。体重に関しては変化なしのはずなのに、トモは明らかに太くなってるぞ……」
「つまりそれ以外の無駄な部分を徹底的に落としたってことか……。やばいな……」
ミホノブルボンの雰囲気に呑まれそうになってしまう。自分を強く保つため、フッと気合いを入れる。
息を吸って、吐いて。
ゆっくりと精神を統一させる。
「さて、お次はもう1人の注目株だぞ」
「ただなぁ、勝負服の関係でいまいち仕上がり具合がわかりにくいんだよね」
ステージへと出ていき、力強くポーズを取る。俺はここに居るんだ、と観客に語りかけるかのように。
「また凄いな、ミーティアルクスは。勝負服で仕上がりが分かりにくいとは言ったが……」
「勝負服の上からでもかなりの仕上がりなのがわかる。それになにより、あのブルボンの後でも霞まない気迫……。メイクデビュー前の映像を見たことがあるが、別人だな……」
この日のためにできることは全部してきた。フィリーズレビューから大して時間はなかったが、思いつく限り全てのことを試し、用意したと言える。
が、それでもなお、ミホノブルボンに……いや、GⅠ勝利という栄光に手が届くかはわからない。
「誰が勝つかわからなくなってきた。ほら、さっきの子もなかなかに悪くなかっただろう?」
「そうなんだよなぁ……。とりあえず、返しウマまで見ないことにはどうにもならん。調子が良さそうでも、いざ走ったらなんか違うなんてザラだからな」
お披露目を終わらせて、地下通路へとひっこんできた俺。
今日、観客達の注目は俺とミホノブルボンに集まっていた。そしてそれは他のウマ娘達も同様のはず。彼女達は必ず俺達をマークしてくる。
が、はっきり言ってそのマークはほとんどが意味をなさないだろう。
マークをブッチ切って意気揚々と先頭を進むであろうミホノブルボン。最後方へ潜伏し、最終直線でミサイルのように全部ブチ抜いてカッ飛んでいく俺。
自分がウマ娘ならキレてるわこんなん。
「どうだった? ミホノブルボンの仕上がりは。遠巻きには見てたけど、あれは凄いね。フィリーズレビューから大して時間が無かったっていうのに」
通路で待っていたトレーナーが話しかけてくる。
はっきり言ってあの仕上がりは異常だ。流石は『無敗で二冠を取る予定だった』ウマ娘だと言える。
とはいえ、充分に勝機はあるだろう。まだミホノブルボンは
「ああ、尋常じゃなかった。でも、勝つのは俺だ」
「この分なら大丈夫そうだね。あの仕上がりを見て萎縮してないかと心配したんだけど……。うん、頑張ってきて」
「もちろん。必ず、勝つ」
パドックで見たミホノブルボンの仕上がりを思い出し、ブルリと体を震わせる。
恐怖からくる震えではない。これは武者震いだ。強者を前にしての、魂の震え。
長い長い地下通路を抜ける間に、ゆっくりと心を落ち着けていく。流石に、昂った気持ちをそのままぶつけて勝てる相手ではない。
「ティアラ路線の第一歩目、GⅠレース桜花賞! 阪神レース場は人でごった返しています!」
「本日は来場者が想定を超えたため、入場規制が敷かれております。GⅠレースでの恒例行事とはいえ、やはり驚くほどの人ですね」
この世界のウマ娘産業の巨大さは本当に凄い。というかレース場もっとデカくすればいいのでは?
まあそうするわけにもいかない事情が色々とあるのだろうが。
「GⅠレースというだけあって、フルゲート18人での出走となります。この18人の中からGⅠ勝利の栄冠を手にすることができるのはただ一人。一体誰がその栄冠を手にするのでしょうか」
俺の前走であるフィリーズレビュー、これは桜花賞のトライアルレースという位置付けをされている。が、桜花賞と同じコースを走るわけではない。
簡単に言ってしまえば、フィリーズレビューは内回りコースで、桜花賞は外回りコースなのだ。
違いはコーナーの角度や直線の位置などと言った細かい部分くらいにはなるのだが……その細かい違いであっても、レースを左右するのには充分な要素となる。
「さあ返しウマも始まり、会場の熱気も高まってまいりました。おっと、インペリアルタリス全力疾走です。これは自信の表れでしょうか」
「彼女は逃げ寄りのウマ娘ですからね。自分の走りを再確認する意味もあるんでしょう」
俺の番がやってくる。芝の状態は悪くない。内ラチ側の芝にも大きな荒れは見られず、前回と同じ戦術を取るのは不可能そうだ。
とはいえ、元々アレをやる気はなかったので構わないが。
「ミーティアルクス、快調な走りです」
「前走で大胆な走りを見せてくれましたからね。今回はどんな走りをみせてくれるのか楽しみです」
「そうですねぇ。短い距離では珍しい追込のウマ娘であるということからも、ファン人気が高い子の1人です。そう言った意味でも期待している観客は多いでしょうね」
出走が近づくにつれて、俺の精神が研ぎ澄まされていく。遠くから聞こえる実況の声、それが少しずつ小さくなっていくような感覚すら感じる。
精神は目の前のウマ娘達へと集中していき、他のことが全て『無駄』として切り捨てられていく。
そんな中で、高らかにファンファーレが鳴り響いた。
「さあ、各ウマ娘がゲート前に集まりました。今回の一番人気はミホノブルボン。4枠7番での出走です」
「やはりこのウマ娘が一番人気ですね。彼女の逃げはまさに驚異的とも言える精度を誇っています。ここまでの全てのレースで、上がりと下りのタイムの差が一秒以下。サイボーグの名は伊達ではありません」
眼前のゲートへと入ればレース前の準備が全て終わり、あとは出走の瞬間を待つだけとなる。
自分が今、過去一番の状態にあるのがなんとなくわかった。前回のレースでも調子が良かったが、今回はアレ以上だ。
息を大きく吸ってから、長く長く吐く。
「そして二番人気はミーティアルクス。7枠15番での出走です」
「前走では、短距離とはいえミホノブルボンに勝っています。短距離マイル両方でミホノブルボンに勝つと同時に、GⅠウマ娘となることができるでしょうか」
ゲートの中がこれほどにもどかしい場所だと、そう思ったことはなかった。
だが、もどかしいと同時に落ち着く場所でもある。ああ、俺は走ることができるんだ。そう感じさせてくれるのだから。
「三番人気はポライトサルート。ミーティアルクスとミホノブルボン、その両方に朝日杯FSで敗れています。今日はリベンジなるでしょうか」
「かなり期待できるウマ娘だとおもいますよ。返しウマでの調子も悪くありませんでした」
最後のウマ娘がゲートに入る音が聞こえる。足取りからは、少しばかりの不安が感じられる。
桜花賞はクラシック級のレース。シニア級では出走できない。泣いても笑っても、出走できるのはこの一度きり。この一回で全てが決まるのだ。
「さあ全ウマ娘ゲートインが完了しました。クラシック級の今後を占うレースの1つ、桜花賞。その出走は間も無くです」
静寂が俺の耳を貫く。
あれほどまでに騒がしかった会場では、誰1人として声をあげることはない。それがレースに対して、そして本気のウマ娘達に対する礼儀だと言うかのように。
そして、金属音とともにゲートが開く——!
「ゲートが開いて各ウマ娘一斉に駆け出した! 先頭争いはミホノブルボンとフルーツパルフェ! 先頭は渡さないとばかりに激しい競り合いを繰り広げています!」
二度目のGⅠレース、桜花賞。その栄冠は誰の手に——