TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
レース序盤、波乱は驚くほど少なかった。
まるでそうなるのが正しいとばかりにミホノブルボンがハナを取り、自然とバ群が形成されていく。俺は相変わらず最後方で様子見だ。
今回は初っ端から他のウマ娘の呼吸を乱す、なんてことはしない。
あの技は強力ではあるが、集中が必須。精神力をガリガリと削られるため、前回のレースよりも距離が伸びた今回では、下手に使用すればゴールまで持たない可能性もある。
「さあ先頭に位置取ったのはこのウマ娘、ミホノブルボン! 競り合ったポライトサルートを引き離し、直線を駆け抜けていきます!」
桜花賞はフィリーズレビューとは違い、外回りのコースを使用する。これのおかげで最終直線は前回よりもさらに長い470m。この点を見れば、俺にとっては前回よりも有利だと言える。
そしてもう一つ。内回りでは長く緩い下り坂からの強烈な上り坂だったのが、急な下り坂から強烈な上り坂へと変化している。
「向正面を駆け抜けて、今先頭のミホノブルボンがカーブに入った! 綺麗なコーナーリングだ!」
「すごいですね。あれほど綺麗なコーナーリングならば、減速もほとんどないでしょう」
GⅠレースともなると、どのウマ娘もコーナーリングが綺麗だ。だが、その中でも一際綺麗なのがミホノブルボン。
驚くほどの精度で、軽快にコーナーを進んでいく。
さて、そろそろ俺も準備をしないと。
「先頭は相変わらずミホノブルボン! その後1バ身離れてポライトサルート、さらにその後ろ1バ身離れてネレイドランデブー」
呼吸をゆっくりと細めていき、気配を押し殺していく。ターフへと溶け込むようにと自身の存在を希薄にするこの技術は、マンハッタンカフェから盗んだものだ。正確にはマンハッタンカフェから、というよりは『隣にいる存在から』だが。
自分の存在を曖昧にしていき、同時に他のウマ娘達の意識へと焦点を合わせる。
「そして最後方は……ミーティアルクス、ここにいました。うっかり見落としてしまいそうですね」
「最終直線以外ではほとんど目立たない様子は、まさに流星と言ったところでしょうか。一瞬の煌めきに魅了されたファンも多いことでしょう」
今回のウマ娘達は皆、ミホノブルボンにペースを乱されまいと意識しているようだ。そのせいでバ群が縦に伸びてしまっている。これは困る。
足音を立てながら、ゆっくりと前のウマ娘との距離を詰めていく。突然聞こえ出した足音に驚いたのか、少しだけ速度が上がる。
「いまだに先頭はミホノブルボン。ですがポライトサルートも置いてかれまいと食らいついています」
「レースも中盤に差し掛かり、各ウマ娘速度を上げ始めたようです。縦に伸びていたバ群が次第に縮まってきました」
前回ほど徹底的にウマ娘達の動きをコントロールする必要はない。
ゆっくりと自分に有利になるように、レースに介入していく。全体の速度を上げ、少しずつ他の子のスタミナを削っていき、こちらは加速する準備を整える。
俺は勝負の瞬間を最終コーナー、その終わりと決めた。坂が始まる、その場所に。
「ミーティアルクス、以前見せた大胆な走りが嘘のように落ち着いた走りを見せています。いまだ最後尾で足をためての様子見。ここまでくると不気味とすら言えますね」
「ですが彼女の武器はその猛烈な末脚。最終直線前に大きく動くのは間違いないと思います」
その瞬間が刻一刻と近づいてくる。
「さあ最終コーナーです! ここから先頭のミホノブルボンを捉える子は出てくるのか!」
最終コーナー半ば、その坂に差し掛かった瞬間、俺は下り坂を利用して一気に加速する。
コーナーを強引に曲がり、前を行くウマ娘達の横を強引に掠めるようにして突き進む。途中こちらの動きに気づいたウマ娘が、なんとかそれを阻止しようと体を動かすが……
こちらの進路がなくなるよりも先、俺は一気に加速してそのウマ娘の横を駆け抜ける。
「後方で動きがありました! ミーティアルクス、やはり上がってきた! 下り坂を利用しての猛烈な加速だ!」
「加速によってコーナーリングが難しくなるという欠点を、最終直線で大外に出ることでカバーしてきましたね」
まだ最後尾の3人を抜いただけで、前には大量のウマ娘が控えている。
先頭を狙って思い思いの走りをするそれらは、蠢く壁となって俺の前に立ち塞がっていた。が、そんなものは全て抜き去ってしまえばいい。
芝を強く踏みしめると、さらに強く加速をする。と同時に、前方のウマ娘を威圧して萎縮させ、意図的に追い越しやすいような体勢を取らせた。
「さあ最終直線! ミホノブルボン逃げる! ポライトサルートを引き離して差は2バ身! 最後方からはミーティアルクスも上がって来ている!」
「大外からの追い上げですね。進路を塞ごうとするウマ娘を器用にかわして今4人目を抜きました」
走るウマ娘を抜き去ることによる高揚感。
俺はここに居るんだと誇示するように、わざと足音を強く鳴らしながら先頭を目指して駆け抜けていく。
前を行くウマ娘達の全てがわかるような全能感と、まだまだ加速出来るという想いに身を任せ、直線を進む。
「阪神の芝、外回りにおける最終直線の長さは450m以上! まだまだ先は長いぞ!」
「ポライトサルートがミホノブルボンに食らいついてますね。再び差が縮まってなんと1バ身! ここから差し返せるか!」
1人、また1人とウマ娘を抜き去っていく。萎縮したウマ娘達は一気に失速し、反対に俺は速度を上げていく。
だが、まだ足りない。
俺の限界にも、ミホノブルボンに追いつくためにも——!
だから、さらに加速する。思い出すのはキングヘイローの煌めくような末脚。全身に力を込め、下り坂の勢いそのままに、さらに加速を続ける。
「おおっと!? 後ろのミーティアルクスさらに加速! 気づけば最後尾の彼女が中団まで上がって来ている!」
「ですがここから先には急勾配の坂があります。彼女は前回、その坂をものともせずに駆け上がりましたが……」
「そうですね、仕掛けどころを間違った結果の加速でなければいいのですが」
一気に駆け抜け、ついには二番手のポライトサルートの背中を捉えた。
それと同時に、足元の傾斜が先ほどまでと逆になる。上り坂。しかも1.5°という急勾配だ。しかしこれは既に経験済みだ!
坂に差し掛かった瞬間、全身を使って更なる加速を開始する。
「さあ、阪神のゴール前、その坂がウマ娘達に襲い掛かる! だがミホノブルボンは減速しない!」
「二番手のポライトサルートもかなりの根性で坂を駆け上がっています。ですが、かなり苦しそうですね」
スプリントターボ。この技はサクラバクシンオーから盗み取った技ではある。が、アグネスタキオン曰く
それを聞いてから考え、そして試行錯誤を繰り返していた。先日のフィリーズレビューでは完成度に難があったためやらなかったが、この土壇場で完成まで漕ぎ着けた。
まるで何かに導かれるように、俺は脚へと強い力を込める。
「こ、れは! ミーティアルクス、坂だというのに猛烈な加速! 下り坂の勢いそのままに、ミホノブルボンに迫っています!」
「驚きましたね……坂で加速する、なんて言われている彼女ですが、まさかここまでの加速を見せてくれるとは」
これが、俺専用のスプリントターボ。いや、ここまでくると『固有』と言っていいかもしれない。シンボリルドルフの走りを参考に編み出した追い上げ、そして坂を駆け上がるために使用するスプリントターボ。
俺の『勝ち筋』とも言える二つの走りを束ね上げ、自分自身の技へと昇華させる。
「ミホノブルボンが逃げる! だが表情は険しい! 逃げ切れるか!」
一瞬でいい。夜空で煌めいては消えていく流れ星のようでいい。だからこそ、その『一瞬』に、最後の直線に全てを賭ける。
ゴール前、俺は更に大きく芝を踏みしめると、それが捲れ上がるほどに強く地面を蹴った。
そしてミホノブルボンの横を突き抜ける——!
「ミーティアルクスとミホノブルボンがもつれるようにしてゴール! 最後の最後にミーティアルクスが差し切ったか!」
「そうですね、明らかに最後差し切ってからゴールしたように見えました」
ゴール板の横を駆け抜け、その先の芝でゆっくりと速度を落としていく。
掲示板を見なくても自分の着順はわかった。最後の瞬間、俺は確かにミホノブルボンを超えた。
「掲示板が点灯しました! 1着はミーティアルクス! ミーティアルクスです! ミホノブルボンに勝ち、GⅠ勝利の栄光を手にしたのはミーティアルクスです!」
「凄まじい末脚でしたね……。最後、少し足りないかと思ったのですが、坂であそこまでの加速が出来るとは……」
掲示板を見上げれば、その一番上には確かに15……俺の番号が灯っていた。
堪えていたはずなのに涙が溢れそうになる。GⅠに勝つ。それがここまで嬉しいものだとは思わなかった。
だがその涙を必死に堪えながら観客席へと顔を向け、天に向かって大きく右腕を突き上げる。
そして、人差し指を突き立てた。俺が1着だ、と宣言するように。
「マイルでのGⅠレースで勝利したことで、彼女とミホノブルボンの対決はお互い2勝2敗となりましたね。次走がどうなるかはわかりませんが、今後が楽しみな2人であると思います」
「今回の2着はミホノブルボン、3着はポライトサルートです。ポライトサルートも今回はかなりの好走を見せてくれました。彼女も今後が期待できるウマ娘ですよ」
レースもインタビューもつつがなく終わり、控室に帰ってきた俺。
体を包む高揚感は全てが終わっても収まらず、控室に入るや否や、俺はトレーナーに抱きついた。
「やった、やったぞトレーナー! ついに、やったんだ……!」
トレーナーの大きな体に顔を埋め、泣きじゃくりながら歓喜の声をあげる。
「ちゃんと、ブルボンに勝って……GⅠで、うう……」
「よく頑張ったね……。最後の加速は本当にすごかった。やっぱり君は凄いウマ娘だ」
たっぷり十分はそうしていただろうか。やっとのことで気持ちを落ち着けたのはよかったが、新たな問題が発生した。
これ、結構大胆なことしてないか……? 抱きついて顔を埋めて泣きじゃくるって、あの、あの……
「これでルクスもGⅠウマ娘の仲間入りだ。桜花賞の後に回してもらっていた取材とかもあるから、そこらへんのことも考えないとね」
「あ、あの、トレーナー……」
「そういえばライブの方は大丈夫かい? まあ、しっかりそっちの練習もしてきたし、大丈夫だとは思うけど」
そっちは大丈夫なんですけど、今が大丈夫じゃないっていうか……
トレーナーはこちらを抱きしめたまま、優しく頭を撫でてくれている。まあ、悪い気分ではないしこのままでいいか……
そうして俺は、ライブの準備が終わったことを告げにスタッフがやってくるまで、トレーナーの腕の中で勝利の余韻に浸っていたのだった。
三女神たちは狂喜乱舞していました。
三女神たちの贈り物で『流星』は新たな可能性を覚醒させ、GⅠという栄冠を手にすることとなったのです。
これほどまでに早い覚醒に、三女神は驚きました。ウマ娘の力の源は『想い』。幾人もの想い、そして流星自身の想いも束ね、それが力となったのでしょう。
ですが『流星』の行く先にはまだまだ試練が待ち構えています。漆黒の少女を襲うであろう悲運、機械少女の覚醒……
三女神は信じていました。『流星』ならばその全てを乗り越えてくれると。
そうして三女神は『流星』を祝福し——