TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
GⅠレース、桜花賞から数日。
晴れてGⅠウマ娘となった俺は、大量の書類と睨めっこしていた。
「えっと……。これはパカぷちの契約書? 俺のパカぷちが出るのか。感慨深いな……」
「ミホノブルボンと対決し続けてたから知名度も高かったし、走り自体もかなり映えるものだったからね。当然といえば当然かな」
GⅠウマ娘になるということは、それすなわちメディアへの露出なども増えるということだ。パカぷちだけではない。TVや雑誌の各種取材、企業案件にグッズ展開……多すぎないかこれ。
「パカぷちとかってどんなのになるんだろうな……。やっぱ勝負服?」
「ええと、確かこっちにサンプルがあったはずだよ。ちょっと待ってね」
「え。待った、契約まだなんだけど!?」
トレーナーが取り出したのは、高さ25cmほどのぬいぐるみ。騎士服でキリっとした表情のそれは、確かに俺のパカぷちだった。おお、結構出来いいな。割とぬいぐるみでの再現が難しそうな勝負服なのに、なかなかに頑張っている。
「正規生産前にサンプルくらいは作るでしょ。ほら、結構いい出来だよ。うん、僕も一個欲しいね」
うぐ……。楽しそうにパカぷちを弄っているトレーナーを見ると、なんとも言えない気持ちになってくる。
褒められているから悪い気持ちではないはずなのに、どうももやもやする。居ても立っても居られなくなり、ついついトレーナーの裾を引っ張ってしまった。
「ルクス? どうしたんだい?」
「ん……。それ、俺にも見せてくれ。トレーナーだけ堪能するのはズルいぞ」
「ああ、ごめんね」
受け取ったパカぷちをいじくり回す。
この世界のウマ娘ショップには、こういったグッズが所狭しと並んでいる。人気のあるウマ娘はそれだけグッズの種類も多く、かの『皇帝』など一体いくつあるのか本人でも把握してないかもしれない。
「これが全国に出回るのか。俺も有名になったなぁ。トレーナーに会った頃なんて、模擬レースですら勝てなかったのに」
「ルクスが頑張ったからだよ。君の頑張りがなかったら、ここまでは来れなかったさ」
「俺だけじゃ無理だったよ。ほんと、ありがとうなトレーナー」
トレーナーに体を寄せる。親愛を示すようにと体を擦り付けてから、ハッとして体を離す。
ヤバい、無意識に凄いことをしそうになってた。最近なんかこういうことが多いんだよ! クソ、ウマ娘の本能め……。レースで競り合いが苦手なのをある程度克服したりするにつれて、こういう『本能』とも言えることに基づく行動が増えてる気がする。
「次はこれか……。んー、取材の依頼だけど……次走についても聞きたいって書いてあるな」
「次走、ね。ルクスはどうしたい? こういうのは本人の気持ちが大切だからね。とりあえず走ってみたいレースを上げてみてほしい」
次走。これがなかなかに難しい。
俺が走れるのは短距離とマイル。そして、晴れてGⅠで勝ったことにより、大半のレースには無条件で出走できるようにもなった。
GⅠで言うなら、直近で走れそうなのはNHKマイルカップ。もう少し後になれば安田記念などもあるが……
「どうするかなぁ。フィリーズレビューと桜花賞を連続で走ったし、NHKマイルカップはキツいかねぇ。安田記念も気にはなるけど……」
「そうだね。出来れば体を休めて欲しいかな。ちょっと懸念事項もあるし。安田記念はクラシックとシニアの混合レースだからね。シニア級のウマ娘とやりあう覚悟さえあれば、僕は悪くない選択肢だと思ってる」
懸念事項。これは俺の『固有』関連だ。あの技は少し……いや、かなり体への負荷が掛かる技のようで、検査結果が出るのを待っているところだ。
そして安田記念について。クラシック・シニア級のレースであるため、上の世代が出走してくる。
これがかなりのネックとなるのは間違いない。タイキシャトルやグラスワンダーなど上世代の強豪が出てくるのは確定と言ってもいいだろう。
どうしたものか……
「ただなぁ、一度でいいから上の世代の強豪の走りを見ておきたい気持ちがあるんだよ。もちろん負ける気なんてないけどな?」
「そうだね。ルクスは色々なウマ娘の走りを観察することが強さに繋がるウマ娘だから、一度出走してみるのも手かもね。得るものは多いはずだよ」
トレーナーの言うことはもっともだ。現に今俺が武器としている走りは、その大半が他の強豪ウマ娘の走りを解析した結果生まれたものばかり。ならば、上の世代の強豪との勝負は、必ず俺の糧となることだろう。
俺も覚悟を決めた!
「よし、次走は安田記念で決まりだ! そうと決まったら、トレーニングメニュー頼むぞトレーナー!」
「わかった。シニア級のウマ娘とやりあうために、ハードなトレーニングメニューになると思うけど……」
「問題ナシ! 逆にゆるいメニューだったら怒るぞ? 上の世代に食らいつこうってんだから、それくらいはしないと」
そんなこんなで次走を決めた俺たち。安田記念の日付を赤い丸で囲み、気合を入れる。
残りは2ヶ月程度、果たして俺の走りがどこまで通用するのか、本番までにどこまで自分自身を仕上げることができるのか。わからないことだらけではあるが、やるしかない。
目標も決めた俺たちが次にすることは……
「月刊ウマ娘の添木と申します。本日はよろしくお願いします」
「ええと、よろしくお願いします」
雑誌の取材である。トレーニングじゃないのかって? いや、これがなかなかに重要なことなのだ。
ウマ娘の情報を得るルートは大きく分けて三つある。一つ、トレセン学園とURAの公式リリースによるもの。二つ、陣営から直接告知される情報によるもの。そして三つ目、それが各種メディアからによるものだ。
ウマ娘産業において、飛ばし記事やゴシップというものは驚くほどに少ない。マスコミの質が良いのだろうか?
なのでこうして正式な取材をしっかり受けて、世間に自分自身をアピールしないといけないのだ。
「ではまずはトレーナーさんとの出会いなどを聞かせていただければ……」
「はい、その恥ずかしいことなのですが、入学してからずっと模擬レースで勝てないことが続いていた時期がありまして。その時に声をかけてもらったのが始まりですね」
「その頃から今のような走りだったのですか?」
「当時は……そうですね、逃げをやってみたり、先行をしてみたり……。今のような追込で走るようになったのは、トレーナーの担当になってからですね」
自分の転換点は間違いなくあそこだっただろう。トレーナーとの出会いがなければ、今の自分はなかった。はっきりいって、未だに勝つどころかデビューすらできていなかっただろう。
そういえば元の目標って、適当なトレーナーを捕まえてゆるゆると3年間適当に走ることだったのでは……? あっれー?
「まさに運命の出会いということですね! いやぁ、素晴らしいですなぁ」
「そうですね……ですが結局メイクデビューでミホノブルボンに負けてしまいまして」
「ええ、見させていただきましたよ。メイクデビューとは思えない力強い走りでした。あのミホノブルボンとの因縁はあそこから始まったのですね」
「はい。彼女に勝ちたい、という気持ちが私をここまで強くしてくれたんだと思っています。ですから、ブルボンには感謝しているんです」
まあ何はともあれ、3年間走り続けられないなんてこと、そうそうないだろうしやりたいようにやればいいだろう。もう1つの条件のガチ恋は……中身男だし、男と恋愛なんて無いから安心だな!
むしろブルボンとかキングとかカフェとか、ウマ娘の方に気をつけないとマズいかもしれん。ほんと、ウマ娘は美人だからな。思わず嫉妬してしまうくらいには。
「ええ、そのミホノブルボンにも先日2連勝し、2勝2敗で並びましたね。それについてはどう考えていますか?」
「ミホノブルボンは強いウマ娘です。このままで終わるようなことはないでしょう。必ず更に力をつけて、私の前に現れてくれると信じています。だからこそ、私ももっと力をつけないといけない……」
ミホノブルボンの走りを解析してわかったことが一つある。ブルボンは最終直線、そのラストで加速を見せることがあるが……おそらくアレ、『固有』と呼ばれる走りではない。ただ根性で加速しているだけだ。
それに気づいた時は絶叫しそうになった。まだ強くなるのかよ!
「流石ですね。ルクスさんのトレーニングは、ミホノブルボンと並んでキツいと有名ですので」
「へ? ちょっと待ってください、それどこ情報です!?」
「有名な話ですよ。夏合宿などのデータは結構出回っていますからね」
夏合宿には取材陣も数多くやってくる。特定の日付だけは取材が許可され、その日だけはほぼフリーでの取材が可能なのだ。当日はかなりのマスコミがやってきていたが、まさか俺みたいなジュニア級のウマ娘に目をつけてるところがあったとは……
しかし、ある意味で見る目がある記者だったのだろう。現に俺はGⅠを取ったのだし。
「それで、次走はやはりNHKマイルカップですか? 一番直近のGⅠマイルレースですが」
「それなのですが……NHKマイルカップは回避して、安田記念を目指そうと思っています」
「安田記念、ですか」
まあ驚くよなぁ。実際クラシックとシニアの混合で、クラシックの子が勝つことは少ない。それも考えると、出走することは無いと思っていたのだろう。
「一度でいいので、シニア級のウマ娘と走ってみたいのです。この時期にシニア級のウマ娘と走ることで得られるものは多いと思っていますので」
「では、勝つつもりはないと……?」
「いえ、全力で勝ちにいきます。トレーナーにもそのためトレーニングメニューを組んでもらいました」
その言葉を聞いて、目の前の記者が息を呑むのがわかった。
えっと……?
「ああ、すいません。思わず気迫にたじろいでしまいまして……やはりルクスさんもGⅠウマ娘なんですね」
「ふぇ? ああっ、すいませんなんか威圧してしまったみたいで!」
「大丈夫ですよ。むしろいいものを見せていただきました。写真、撮れてるか?」
記者が後ろのカメラマンに問いかけると、返答として指で作られた丸が返ってくる。う、うう、恥ずかしい……
思わず顔を手で覆ってしまう。
「さて、それではそろそろプライベートなことについて聞いてもよろしいですか?」
「はい……えっと、どんなことでしょうか……」
「趣味ですとか、休日の過ごし方ですとか、そういったことをお聞かせ頂ければと思います」
趣味……? 休日の過ごし方……?
「えっと、趣味はレース観戦で、休日は大体レース映像見るかトレーニングをしてますね」
「……あの、他に何か趣味があったりは?」
「最近はコーヒーなんかを飲んだりもしますが、休日を潰したりするほどではないので」
明らかに記者が困っているのがわかる。うん、まあトレーナーにも言われたけど、あまりにも趣味がなさすぎだよな。わかるよ。
だけど、ウマ娘のレースは元の世界で憧れたものの1つなのだ。それこそ、アプリをプレイして関連情報を漁るだけで一日が終わるほどに。
「ではこう、最近出かけたところとかそういうことでも構わないので何かありませんか」
「最近出かけた……ああ、少し前に新しい服を買いましたね」
思い出すのはホワイトデーのこと。あの服はかなり気に入っていて、何も無い時でも着たりしているほどだ。そのたびにコンプのやつが微笑ましい顔でこちらを見るのはなんなんだろうな。
「へぇ、流石GⅠウマ娘、そういうことにも気をつかっているのですね。差しつかえなければ、どんな服か写真などを見せていただくことは……」
「えっと、写真なら……トレーナー、ある?」
「うん、前に撮ったのがあるよ。すいません、後でデータをお送りしますね」
「ありがとうございます」
こういう取材のために何か趣味作った方がいいのかなぁ。後でトレーナーにでも相談するか。
そんなこんなで一波乱あったものの、取材は無事終了した。こういうのを受けると、自分もGⅠウマ娘になって、世間から結構注目されてるんだなぁというのをつくづく実感する。
「おつかれ、ルクス。なかなか良かったよ。もしかしてこういうの初めてじゃなかったりする? 妙に慣れてたし」
「んー? 流石に取材とかは初めてかなぁ。ほら、インタビューはすでに何回か受けてるだろ? それと同じだろ」
元は社会人なのでこう言うのにはある程度耐性と慣れがある。それのおかげもあって、メディア映りがいいのだろう。これもファン人気に繋がってるのかもな。
さーて、ずっと座ってて体も固まってしまったし、軽くストレッチしてからトレーニングと行きますか。
安田記念までは約2ヶ月。春のグラウンドに、俺の足音が高らかに響くのだった。