TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか   作:TS娘には恋させよ

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32 知らない気持ちと契約について

耳をしぼる【みみをしぼる】

 耳をピタリと後ろに倒すしぐさ。余裕がない時や、怒りや不快感を感じている状態で見られる。

 


 

 その日は朝から機嫌がすこぶる悪かった。

 トレーナー室でお気に入りのコーヒーを淹れて平静を取り戻そうとするも、いまいち気分が落ち着かない。

 

「どこだ……まだ残ってただろう? この前買ったばっかだぞ……あった! って、うぉぉぉっ」

 

 まずはジャブと言わんばかりに、豆がいくら探しても見つからない。しかも見つけたと思えばバランスを崩して倒れそうになる始末。

 そして、そこからもトラブル続きだった。

 

「ううう、なんだこれ……。マズっ、溢れる溢れる!」

 

 豆を挽かずにドリップしそうになるわ、入れすぎでカップからコーヒーが溢れそうになるわ、砂糖を何杯入れたか忘れて余計に入れるわと散々な状態だ。

 どうもに集中力が散漫になり、普段当たり前のように出来ていたことすら、出来なくなってしまっている。

 

「あっれ、砂糖余計だったか……? なんかめっちゃ甘いな。いやでも2杯入れたはず……いや、4杯くらい入れてなかったか? ああ、もうっ!」

 

 思い返せば、こうも調子が悪くなったのは朝にトレーナーを見かけてからだ。

 俺は晴れてGⅠウマ娘となり、マスコミや他のウマ娘から声を掛けられる機会も増えた。これはいい。

 が、それと同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「クソ、淹れ直すか……? でも結構いい豆なんだよな……。もったいないから飲むか……」

 

 今日だってウマ娘たちに囲まれ、『短距離以外に興味は無いか』なんて言われて……。

 トレーナーのウマ娘は俺なんだぞ!?

 ああくそっ、気持ちが全く落ち着かない!

 そうして糖分過多のコーヒーと戯れているとトレーナー室の扉が開いた。

 

「ふー、ごめんルクス。ちょっと逆スカウトに捕まっててね」

「ふーん、まあいいよ。ほらこれ、この前アグネスタキオンから貰ったタマモクロスのデータ。軽く目を通したけど相変わらずすごいぞ」

「……ルクス?」

 

 ティースプーンでコーヒーをかき混ぜながらぶっきらぼうに話し掛ける。

 まあそもそもだ、専属契約でここまでやってきたのが異常だったと言えよう。

 短距離、しかも追込。挙句に気性難と来た。普通ならば他にもウマ娘を追加して数人でチームを組むのが普通だ。

 こんなウマ娘を専属にするなんてリスクが高すぎる。

 まあどうせ専属って言っても1年契約とかだろ?

 そろそろ専属の縛り期間も終わって、新しい子をスカウトできるようになるはずだ。

 

「んだよ、見ないのか? 『白い稲妻』の異名は伊達じゃないぞ。あの加速は……参考にできるのかなぁ。無理な気がしてきた」

「大丈夫かい? なんか調子悪そうに見えるけど。無理はしないでね?」

「ふん」

 

 新入生も入ってきて、選抜レースが開催されているのをちらほら見かけるようになってきた。あの中には将来のGⅠウマ娘も居る事だろう。

 まあ、トレーナーがチームを組むというのならば()()()()()()()()()、納得はしてやってもいい。大変面白くないが!!

 

「うーん……。あの、僕なにかしたっけ?」

「あー、うー……これは、えっと……うー!」

 

 納得はしたいんが、なんだこのモヤモヤは!

 思わず髪をかきむしるが、モヤモヤは晴れない。

 トレーナーがああやって他のウマ娘にチヤホヤされるのが妙に気に食わないし、このトレーナー室にほかのウマ娘が居座るのを想像しただけで落ち着かなくなる!

 これは今日は休んだ方がいいかもな……。

 

「ごめんトレーナー、やっぱ調子悪いみたいだわ。データはコピーしたから、少し自分で解析してみる」

「あ、ルクス!? ちょっと!」

 

 トレーナーが止めるのを聞かずに部屋を飛び出す。

 向かった先は屋上、その一角。風に当たりながら、ゆっくりと思考を整えていく。

 ふとグラウンドに目を向ければ、新入生たちがコースを走っていた。ふーむ、あの子は素質ありそうだな。

 

「だけどあの速度じゃコーナー曲がれんぞ……? ああ、やっぱりコケた。まああの思い切りの良さは武器かもなぁ」

 

 俺は何をやってるんだろうなぁ。これならば走ってる時の方が楽だ。あの瞬間は、全てを忘れて走る事だけに集中できる。

 そうやって練習や模擬レースを見たり、空を見上げて黄昏ていると、屋上の入り口が開く音がした。

 

「はぁ、こんなところにいたのね。あなた、どうしたの? あなたのトレーナーさんが探してたわよ」

 

 この優雅そうな一流ボイスは……キングヘイローか。どうやらこちらがトラブったのを見かけて、首を突っ込みに来たらしい。

 相変わらず面倒見がいいなぁ……。

 

「あはは……。なんかこう、今日はうまくいかなくて。トレーナーとのコミュニケーションすらぎこちなくて逃げ出してきちゃったんですよ」

「あなたねぇ……。で、何があったの。全部話してみなさい」

 

 ジトーっとしたキングの目に、俺は諦めて全部話すことにした。

 この言葉にできない気持ちを誰かに打ち明けたかったというのもあって、洗いざらいキングへとぶちまけていく。

 そうしてたっぷり十数分は話していただろうか。俺の話を聞き終えたキングが大きなため息をついた。

 

「はぁぁぁぁぁ……。あなたは、ほんっとうに! なんで私の周りはこういうめんどくさいのが多いのかしら!」

「えええ、そこまでいうほどですか……?」

「そうよ! そういうのはちゃんと言わないとダメ! いまからでもトレーナーさんに、『このまま専属でやりたい』って言ってきなさい!」

 

 いやでも、めんどくさいウマ娘だって思われたくないし……。

 それに、トレーナー側の意思も重要だから、こっちから一方的に専属を続けるって宣言するってのもなぁ。

 そうやってうじうじ言い訳していると、キングヘイローが再びため息をついた。

 

「あのねぇ、あなたはそれくらいのワガママは言っていいのよ。GⅠウマ娘なら専属くらい珍しくないわ。それに、思ってる事を口にしないで調子を落とすなんて馬鹿らしいわよ」

「う、うう……。でも……」

「それに、あなたはとうの昔にめんどくさいウマ娘よ! それもとびっきり! 誰の目から見てもそうよ!」

「そ、それは……」

 

 えっと、何か反論を……うん、無理だわ。

 選抜レースで毎回最下位。短距離とマイルが主戦場のくせして追込しか出来ない。挙句にレース狂いで私生活がズボラ。耳飾りすら持ってない……。

 これ、くっそめんどくさいウマ娘では?

 

「いいこと? まずはあなたは自分が『とんでもなくめんどくさいウマ娘』だってことをもう一度自覚なさい! そうしてから、トレーナーさんとの仲を再確認すること!」

「トレーナーとの、仲……?」

「そうよ! 大体ねぇ、1年もあなたみたいなのに付き合ってるのよ!? 今更専属やめてポイ、なんてあり得ないでしょう!? しっかり話し合うの!」

 

 確かに、そうかもしれない。こういう契約の事に関して、しっかり話し合ったことなかったもんな。

 

「全く、本当に手がかかる子だわ。それに……まあこっちは自分で気づかないと意味がないわよねぇ」

「えっと……? まだ何かあったり……」

 

 キングが妙な目でこちらを見てくる。この呆れるでもなく、見守るでもない目は……なんだろう。

 まだ俺が気づいてない何かがあるのか?

 

「とりあえずは契約についてね。あなたは変なところで奥手なんだから、ちゃんと押せ押せでいくのよ?」

「押せ押せって……」

「『このまま引退まで専属契約したい!』くらいの事は言いなさい。トレーナーっていうのはね、担当にそう言われるほど信頼されたら嬉しいものなのよ」

 

 まあ確かに、ウマ娘のアプリやってる時はそんな気持ちだった記憶がある。

 信頼、信頼かぁ。ちょっとだけ、ワガママ言ってもいいのかな。

 

「わかったらトレーナーさんとしっかり話をしてきなさい! いい?」

「ひゃい……しっかり話し合います……」

「それでいいわ。全く、あなたは手のかかる後輩ねぇ」

 

 キングヘイローに促されるまま、トレーナー室へと向かう。

 さっきあんな風に飛び出したからすごく気まずい……。扉に手をかけたまま硬直する俺を見て、キングヘイローが呆れたような顔をする。

 しゃーないじゃん! こういう経験ないんだよ!

 そうしてうだうだしていると、キングが一気に扉を開け放った。

 

「ルクスさんのトレーナーさん! あなたの担当を連れてきたわよ!」

「おわっ! る、ルクス? もう大丈夫なのかい?」

「あー、うん。その、なんかすまん」

「それじゃあ後は2人でしっかり話し合う事。いいわね?」

 

 キングは俺たちがぎこちなくも向かい合ったのを確認すると、風のように去っていった。

 

「えっと、何から話したらいいかな……トレーナー、俺との契約についてなんだけど」

 

 かつてないほど緊張している気がする。

 ふと横を見れば、キャビネットのガラスに俺の姿が映っていた。耳をペタンと倒して、今までみた事もないくらいにしおらしくなっている俺の姿が。

 

「ああ、とりあえずは3年間の専属契約って事になってるけど……それがどうかしたのかい?」

「……へ? 待って、3年間!?」

「専属契約は大体が3年だよ。3年の間にいい結果を出せば延長もあるし、逆に全く結果が出なければ早期打ち切りもあるけど」

 

 ポカン、と口を開けてしまう。

 ええ、3年間の専属契約だったの……。しらなかったそんなの……。

 というかキング先輩これ知ってたろ!? 俺がウジウジしてるから発破かけるために知らないフリしてたんじゃ?

 

「正直ルクスの才能を誰にも渡したくなかったってのもあるし、何よりGⅠを視野に入れたら専属以外なさそうだったしね」

「あ、ううう……」

 

 めっちゃ恥ずかしい。あれだけ悩んでたのがバカみたいじゃん!

 はぁ……。ということは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってわけだ。

 

「僕の指導力だとGⅠウマ娘1人で手一杯だろうしね。ルクスのことだから、これからもGⅠに出走していくんだろう?」

「それはもちろん。俺はまだまだ強敵と走りたいからな。それにブルボンとだって2勝2敗で引き分けって状態だ」

 

 だけどそうか、『俺を誰にも渡したくない』かぁ! そう言ってもらえるとちょっと嬉しい。

 はっきり言って俺の適性はしっちゃかめっちゃかだ。俺の強さを知っていても、いざ担当するとなったら躊躇するトレーナーは少なくないだろう。

 そんな中でこうまで言ってもらえるってのは、ウマ娘として幸福であるとしか言えない。

 

「ふふーん♪ ほら、コーヒー淹れてやるよ。とっておきがあったはずだからな」

「急にご機嫌になったね。まあ、ルクスが調子を取り戻してくれてよかったよ。君が部屋を飛び出してった時はどうしようかと思ったけど」

「あははー……。それはほんとごめん」

 

 またキング先輩に助けられたな。今度何かお礼しないと……。

 彼女には借りだけが増えていく一方だし、何か大きなお返しを考えるか。

 棚に仕舞い込んでいた豆を取り出してコーヒーを淹れる。GⅠ勝利の賞金で買った、なかなかに高級な品だ。

 

「ほいよ。ぜひ味わって飲んでくれ。あ、ミルクと砂糖はいつも通りでいいか?」

「ああ、いいよ。ありがとうね。それにしても、ルクスも随分と家庭的になったよね。最初は耳飾りすら着けてなかったのに」

「それは言わないでくれ。ほんっと、反省してるから……」

 

 デスクにコーヒーを置き、トレーナーの隣へと座る。

 問題も解決した事だし、やっぱり座るならいつも通り隣じゃないとな。

 ゆっくりと体をトレーナーへと寄せ、そのままゆっくりと擦り付ける。あー、やっぱりこれ落ち着く……

 

「ん、これ美味しいね。ルクスの腕が上がったからかな?」

「んなことないって。豆が美味いんだよ。言っただろ? とっておきだって」

 

 午後のトレーナー室で、2人コーヒーを飲む。

 まあ、たまにはこういうのも悪くないよな。

 春、なんでもない日の午後。俺たちは寄り添いながらゆったりとした時間を過ごすのだった。

 

 


すり寄せる【すりよせる】

 目を細めて頭や鼻をすり寄せるのは愛情表現の一種。ウマは甘えたい時などにこの仕草をする。




 体調が死ぬほど悪いので、少し投稿お休みするかもしれません。
 ちなみに予約投稿してあるので明日は投稿あります
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