TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
俺の固有は体に恐ろしいほどの負荷を与える。それがわかったのは、桜花賞から少し経ってのことだった。
やたらと腹が減る、なんでもないのにボーッとしてしまう、挙句に今まで滅多にしなかった居眠りまでしてしまったのだ。
これはおかしい、と色々調べたところ、体にかなりの疲労が溜まってることが発覚。
そんなこともあり、NHKマイルカップを回避したのは正しかったと言えよう。
「えっと、コーヒーです。どうぞ」
「……」
しかし、それを良しとしないウマ娘が居た。
GⅠウマ娘、ミホノブルボン。NHKマイルカップへの出走を決定し出走票を受け取った彼女は、メンバーの中に俺の名前が無いのを見て、俺の元へと押しかけて来たのだ。
うーん、めっちゃ気まずい!
「あのー……えっと……?」
「なぜ……なぜNHKマイルカップに出走しないのですか? できることならば、あなたと走りたかった」
ミホノブルボンには珍しく、かなり感情が表に出ている。
怒りとも悲しみとも取れる感情を、俺へとぶつけてくるミホノブルボン。
まあ彼女の言うことはもっともだろう。
「やはりシニア級のウマ娘とも走ってみたくて。それに出走回避を決めてからわかったことなんですが、体への負荷や疲労がかなり溜まっていることもわかったんですよ。なので、NHKマイルカップは回避して、安田記念へ出走しようかな、と」
「そうでしたか……。申し訳ありません。私基準で考えてしまいました」
うんまあミホノブルボン基準だと、NHKマイルカップに出て安田記念にも出る……なんていうローテーションを選ぶだろうな。
俺の言葉を聞いて、目に見えて落ち込んでしまうブルボン。
なんかめちゃくちゃシュン、ってしてる……。
「ステータス、『反省』。私の基準を他人に押し付けないように、と父から言われてはいたのですが……」
「まあしょうがないですよ。私だってできることならばNHKマイルカップと安田記念両方出たかったですし」
本当になぁ。ブルボンとの決着はまだ付いていない。
「ブルボンさん、コーヒーは砂糖とミルク入れますか?」
「お願いします。脳への栄養補給の観点からも、砂糖は多めにしてください」
真っ黒な液体に、白が混ぜられる。
この色が変わり、香りに甘いものが混じる瞬間が本当にたまらないのだ。
うーん、こんなもんでいいか? ブルボンの味の好みがわからないので、いまいち加減ができん。
「どうぞ。もしもっと足したほうがよかったら言ってくださいね?」
「ありがとうございます。……これは、美味しいですね」
「わかりますか? えへへ、結構いい豆なんですよ。お客様用に買ったやつなんですけど、あんまり出す機会がなくて……」
これは決して交友関係が狭いわけではない。
そもそも部屋に他人を呼ぶなんてそうそうあることではないのだ。
そう、決して俺の交友関係の狭さが原因ではない!
「コーヒーについての情報を記録しました。今度自分でも淹れてみます。機械を使わずに淹れられるというのも私からするととてもありがたいです」
「あはは、ブルボンさんは機械系が苦手なんでしたっけ」
こうしてブルボンと話してみると、『感情が無い』わけではないことがよくわかる。
彼女は感情を表に出すのが苦手なだけなのだ。
現に先ほどは、思わず感情が表に漏れ出ていた。おそらくはあれが『素』のミホノブルボンなのだろう。
「なんなら余ってる器具持ってきますか? 始めは入門用みたいなのを使ってたんですけど、ハマり出してから本格的なのを買ってしまって……。使わなくなっちゃったんですよね」
それと同時に、ミホノブルボンは
頭の中がレース一色のレースバカ。趣味はトレーニングで、休日はレース観戦をして過ごす。
うん、これ思春期の女子学生の生活じゃねーわ!
というわけで、最近やっと趣味が出来て休日の過ごし方も分かってきた俺から、ブルボンへとおすそわけだ。
「あの、この豆までいただいていいのですか? ステータス『困惑』……。流石に貰いすぎでは」
「いいんですよ。せっかくだからブルボンさんもコーヒーにハマってください」
「ですが私は……」
うーん、考えれば考えるほど彼女は俺に似ている。こうやって妙に強情なところとか。
こういうタイプへの対処法はよく知っている。俺がよくトレーナーにやられてるからな……。
「これとこれとこれ! それにこれも! 使わないものが部屋にあっても邪魔なだけなんで、ブルボンさんがもらってくれるととても助かるんですよ」
理由を与えてやる。これが正答肢だ。
なんか悪いから……などという遠慮や良心で断っているのは俺自身がよくわかっている。なので、こうして理由を与えてやれば一発だ。
「了解しました。ミッション『人助け』であると推定。ですが、これは不用品ではないのでは?」
「それは買いすぎちゃった豆です。これから梅雨ですし、シケちゃうといけないので」
正直なところ、コーヒーについて語れる同志を増やしたいという気持ちは大いにある。
コンプのやつはああ見えて緑茶派だし、キングは紅茶派らしいからな……
周りのコーヒー派がカフェしかいないのだ。
「ありがとうございます。帰ったら早速コーヒーを淹れてみます」
「あ、簡単でおいしい淹れ方もメモに書いておきますね? ブルボンさんだとネットで調べるとか出来なさそうなので……」
ブルボンからの誤解も解け、コーヒー派の輪を広げるのに成功した俺。
そんな俺が次にすることと言えば……当然、トレーナー室でNHKマイルカップの出走表の確認だ。
自分が出ないので、出走表なんて確認してなかった。見れば内枠である3番にブルボンの名前がある。
「うーん、この感じだとポライトサルートとネレイドランデブー、あとブルボンの三人が有力候補か?」
ミホノブルボンの実力は、同世代の中でも頭ひとつ抜けている。というか、『固有』習得してギリギリっておかしくねぇ?
出走表にペンで気になることをメモしていく。
同時に、NHKマイルカップの舞台となる東京レース場のコース図を取り出した。
「ゴール前の坂はなし。途中の起伏は多い……。3コーナーの入り口に下り坂があるのもなかなかに厄介だな。これはスタミナ勝負になるか?」
俺がもし走るならどう走るか。それを考えつつ、ブルボンの走りをシミュレートしていく。
そうして頭を捻っていると、トレーナー室の扉が開かれた。
「あれルクス、どうしたんだい? 東京レース場……ってことはNHKマイルカップの分析か。でも君は走らないだろ?」
「あーさっきブルボンが部屋に来てさ。俺がNHKマイルカップに出ると思ってたらしくて、すっごい悲しそうでな……。だからせめて、当日観戦に行こうと思ったんだけど」
「ただ観戦するだけじゃもったいないから、当日どんなレースになるか予想しておこう、ってことかい?」
流石トレーナー、俺のことをよくわかっている。
それに東京の芝1600mは俺の次走である『安田記念』と同じ条件。ブルボンがそちらにも出走するならば、今回のレースをしっかり分析しておくことには大きな意味があるはずだ。
東京レース場の1600mは非常に起伏が多い。平坦な部分はゴール前だけと言っていいほどに。
かつ、高低差は一番大きいところで2mとなる。これは、ミホノブルボン有利か?
「今回のNHKマイルカップ、もしルクスが出走していたとしたら、ブルボンが一番の強敵だっただろうね。ここは後方脚質が勝ちやすいコースだけど、それを加味したとしてもブルボンの脅威はかなりのものだ」
どうやらトレーナーも俺と同じ結論に至ったらしい。
ミホノブルボンの特徴の一つとして、『坂でも速度が落ちない』というものがある。
この特徴により、こういった起伏の多いコースではミホノブルボンは猛威を振るうこととなるだろう。
俺も『坂で加速する』とか散々言われているが、あれだって結局は他の子がスタミナが切れて減速する坂で、俺は減速してないというだけの話。
いや、『固有』の時は別だが。あれはマジで坂道だろうと関係なく加速可能だ。
「まあそうだよなぁ。ブルボンに対抗できるとしたらネレイドランデブーか。多分今回は先行じゃなくて差しでくるだろうしなぁ」
「もともと彼女は差しよりの先行だからね。最近はミホノブルボンの逃げ対策で前よりの先行で走ってるけど」
「だよなぁ。ま、今回はしっかり体力を温存して、最終直線でどれだけ加速できるかってのが重要になってくるだろ」
俺たちの分析は間違っていなかった。
NHKマイルカップ当日、スタートと同時にハナを取ったミホノブルボンは快調な逃げを見せた。
「ミホノブルボン強い、ミホノブルボン強い! 後ろの子達は全くついていけていない! 圧倒的な逃げだ!」
「東京レース場は起伏の多いコースです。坂道に強いという彼女の特性と良く噛み合っていますね」
そしてそのまま先頭を譲る気配すら見せない。影すら踏ませず、ブルボンは東京の勾配を駆けていく。
予想通りの展開。二番人気のポライトサルートは『逃げ』であるため、ここからの巻き返しはかなり厳しいだろう。
そうすると必然的に、レースはブルボンが逃げるか、他の子が差すかの勝負となる。
「かなりのハイペースとなったレースですが、ミホノブルボンいまだに失速せず! まさに驚異的な逃げだ!」
「ですがまだ勝負は決まっていませんよ。東京の直線は長く勾配がないことで有名です。ここから巻き返す子が出てくるかもしれません」
実況の言葉通り、後ろにいるネレイドランデブーが虎視眈々とミホノブルボンを狙っていた。
今は足をためているようだが、タイミングが来れば足を解放してスパートをかけてくるだろう。
そしてその予想は現実のものとなる。
「さあ最終コーナーを回って直線に入りました! だがここには坂があるぞ!」
「ミホノブルボン、相変わらず速度を落としません。本当に凄まじいですね……ここの坂で失速する逃げは少なくないのですが」
直線始めの坂をミホノブルボンが駆けていく。その走りには一切の澱みが見られず、まさにサイボーグの名の通りと言えた。
そしてそんな彼女へと猛烈な勢いで迫る影。
スパートを掛けたネレイドランデブーが、ミホノブルボンに勝利を渡してなるものかと突き進む。
「おっと、ネレイドランデブー上がってきた! だがミホノブルボンまではまだ距離がある! 捉えることはできるのか!」
が、ミホノブルボンを捉えるのにあの加速では足りないだろう。
道中の坂は、ネレイドランデブーの体力を想像以上に奪っていた。それゆえの加速不足。
対するミホノブルボンは、まだ余裕を残しているようにも見えた。
ネレイドランデブーとミホノブルボンの差は3バ身から縮まらず、そのままゴール板まで駆けていく。
「ミホノブルボン逃げる! ネレイドランデブーとの距離は縮まらず! これが『サイボーグ』ミホノブルボンの実力!」
「まさにお手本のような逃げですね。彼女を捉えるのはやはり至難の技と言えます」
ゴール板の横を最初に駆け抜けたのはミホノブルボン。そして数コンマ遅れてネレイドランデブーが駆け抜ける。
「今ミホノブルボンが先頭でゴール板を駆け抜けた! 1着はミホノブルボン! 2着はネレイドランデブー!」
まさに圧勝、と言っていいレースだった。
ミホノブルボンはまだ加速の余地を残していたはず。ネレイドランデブーがもっと迫ってきていた場合、ブルボンは加速して振り切ったに違いない。
果たしてこのレース、俺が出走していた場合ブルボンに勝てたか?
「ミホノブルボン、前回よりもさらに強くなっている……。やはりかなりの強敵だね」
「ああ。もしかすると、俺みたいなのに覚醒する時もそう遠くないかもしれないな」
「ルクスが『固有』って呼んでるやつだっけ?」
ブルボンの固有。いまだ覚醒に至っていないそれは、未知の脅威となって俺を苦しめている。
マジで怖いんだよ! アプリ版だと確か最終直線での速度上昇だったはずだ。いやあそこからさらに速度上がるの……? 怖すぎだろ。
「ブルボンの勝利者インタビューみて帰るか……。マジでブルボンが怖すぎる……」
「これはうかうかしてられないね。安田記念で何かつかめるといいんだけど」
そうして迎えたミホノブルボンの勝利者インタビュー。
ブルボンは慣れた感じで、記者からの質問に答えていく。
「素晴らしい走りでした。次走についてなどは考えていますか?」
あ、それは俺も聞きたかった。ブルボンが部屋に来た時に聞き忘れてたんだよな。
とはいえ、部屋に来た時の反応を考えるに次走は……
「次走は安田記念を考えています」
「安田記念……。クラシック・シニア級のレースですが、勝つ自信があるということですか?」
「はい。勝利こそが私に課せられた使命でありミッションであると考えています」
やはりそうきたか。
いや、マジで安田記念が魔境になってないか……? ミホノブルボンは出走確定。キングヘイローやタイキシャトル、グラスワンダーも出走してくる可能性がある。
うーん、マジで『固有』を使いこなせるようにならないと話にならんかもしれない。
「安田記念、かなり荒れそうだね。これは一度戦術を見直す必要もあるかもしれない」
「とりあえずは『固有』のために併走を増やしたいんだけど……この時期に受けてくれるところあるのか……?」
「とりあえずダメ元でいくつかオファーを出してはいるけど、あまり反応は芳しくないね」
本当にままならないことばかりだ。
安田記念までは残り1ヶ月。俺たちは頭を抱えながらも、勝利に向かって全力を尽くすのだった。
今月もできる限り毎日投稿はして行きますが、やっぱりどこかでお休みもらうかもしれません。
ちょっと執筆ペースも落ちて来た気がするので……。